フォトセット【サンドイッチとアイスティー】
「シャッターチャンスだ!」
「壊すなよ」
うちの店ではそこそこいいデジカメを使っている。
宣材写真やメニュー撮影のためだ。
最近ではゲームの写真も撮る。
「何を撮るんですか?」
「文化祭。あと写真部でフォトコンもやってるんだって」
「へえ」
フォトコンはフォトコンテストのことだ。
パンフレットによると前夜祭部門、本祭部門、人物部門に分かれているらしい。
「前夜祭なんてあったか?」
「文化祭の準備とか練習風景のことよ」
「ああ、本祭部門は文化祭当日の写真ですから、前夜祭部門がないと開催直後は人物写真しかなくて困るわけですね」
「なるほど」
本祭部門は一般客も参加できるらしい。
データでの応募も可能だ。
写真に限定すると応募数が少なくなるからだろう(データだけならスマホでも気楽に参加できる)。
賞品は食堂・購買・文化祭のチケットだ。
大賞、特別賞、佳作、どれも10枚単位なので現金に換算するとかなりの額になる。
応募しない手はない。
「これまでのフォトコンの受賞作から傾向と対策を練りましょう!」
「傾向なんてわかるの?」
「むしろこの手のコンテストは傾向を調べないと勝負になりません。審査員には必ず好みがありますから」
フォトコンの審査員は写真部。
部員は毎年入れ替わるから、写真部の顧問に的を絞る必要がある。
「あれ、なんか周りが黒い」
「余黒ですね」
現代の写真は光沢のある紙に余白をつけるのがスタンダード。
余白は『額縁効果』だ。
窓や門のような額縁っぽいもので被写体を囲むと、視線が被写体に集まる。
余黒は珍しい。
黒ぶちは白よりも力強さを感じる。
「懸賞とかラジオのハガキ職人みたいね。他のハガキより目立つために縁取りしてたらしいわよ」
「ほとんどの写真が余白だから余黒は目立つのか」
紙で応募したほうがよさそうだ。
光沢紙を使うだけで光沢処理も施せる。
少しでも目立つように規定の最大サイズで応募すれば完璧だ。
大きいは正義。
「他に法則性ある?」
「受賞の法則性はありませんね。でもどういう写真を選考で落としてるのかはわかります」
「たとえば?」
「日の丸構図です。人の顔が真ん中にくるような構図ですね。『写真を撮るときにこうしてはいけない』といわれるタイプの写真は落とされてます」
「日の丸構図は何がダメなんですか?」
「試しに撮ってみてください」
「はい、チーズサンドイッチ!」
パシャ
「はい、見事な日の丸構図ですね」
「何がダメなのかぜんぜんわかんないんだけど」
「頭の上の何もない空間は必要ですか?」
「……まあ、いらないよな」
「つまり最初から顔をど真ん中にして撮る必要がないわけです。写真は小さく区切られた空間にバランスよく配置しないといけません。必要のないものはバッサリ切り取ります」
「『トリミング』ってやつね」
「はい。一番トリミングされやすいのが日の丸構図の頭の上、そして写真の四隅です。それと邪魔になるものは写らないようにしましょう。代表的なのが文字です」
「文字?」
「看板、ポスター、カレンダー、文字の書かれたTシャツ、あとはお菓子やペットボトルのような商品のパッケージに書かれた文字です。人は文字に目が引き付けられます。もちろん文字だけではありません。ポスターやカレンダーのイラストなんかもそうですね。これらは権利的な問題も生じてきますから、極力写らないようにしましょう」
「お店のメニューも入れちゃいけないの?」
「店員が被写体なら『そこが喫茶店で写っているのは店員』だという情報を与えてくれるわけですから、あっても構いません」
もちろんありすぎてもよくない。
何事も加減が重要だ。
「これで完璧ね」
基本的な情報は頭に入れたので、さっそく撮影に行く。
「デジカメなんだからガンガン撮ってけ」
「キャメラを止めるな!」
写真は質より量。
ブレやピンぼけは写真の天敵だが、たくさん撮っていればカバーできる。
「目線ください」
「……オタクの真似して撮るな」
コスプレイヤーを撮影するカメコ(カメラ小僧)の典型的なイメージだ。
スナップ写真にあるまじき暴挙である。
「文化祭の準備をしてるところがメインですから、無意味なカメラ目線はオススメしません。写真の目は人を惑わす『邪眼』だと思ってください」
「なにそれかっこいい」
カメラ目線だと自然な表情を撮りにくい。
なにより目は顔の中でも感情が強く出る。
文字やイラストと同じで、目に視線が引き寄せられてしまう。
「んー、たしかにしっくりこないわね。消しちゃおっと」
「撮影中に消すのもNGです」
「なんで?」
「デジカメの小さいモニターとパソコンの大きいモニター、プリントアウトした写真は印象が違います。一応パソコンで確認するまでは絶対に消さないでください」
「はーい」
重要なのはプリントアウトしたときにどう写っているかだ。
画像のレタッチ(コントラストの調整など)をする場合は、先にプリントアウトして仕上がりを確認してからにしたほうがいい。
「あとカメラは横だけではなく縦でも撮影してください。そして前後・左右・上下に動きましょう」
「上下?」
「アングルです」
インパクトのある写真を撮る一番手っ取り早い方法は『一歩前に出る』こと。
ズームと物理的に一歩近づくことは意味が違う。
奥行きに差が出るらしい。
横に動けば見える角度や写る範囲が変わる。
ハイアングルとローアングルでも印象は違ってくる。
あらゆるパターンで撮影しまくれば、いいものが撮れる可能性も上がるだろう。
「ふー、これだけ撮れば十分ね」
「あとはレタッチして印刷、そしてタイトルだな」
「……タイトル付けるの苦手なのよね」
「桜やお祭りのように見ればわかることは説明しない。見るだけではわからないこと、テーマや前提知識を仕込みましょう」
「4コマ漫画みたい」
なんとなく似ているような気がしないでもない。
タイトルに伏線を仕込んで写真でオチをつける、あるいは写真だけではわからないがタイトルでオチを理解する。
タイトルを含めて一つの作品なのだ。
適当にネーミングするとろくなことにならない。
「あ、メニューも撮らなきゃ」
うちのクラスは喫茶店だ。
簡単に作れて、なおかつアフタヌーンティーとして優雅な雰囲気も出せるようにサンドイッチやクッキー、紅茶やアイスティーなどを用意する。
「えーと、照明はこれね」
光源を調節するために室内の灯りを消し、正面から光を当てた。
職業柄、これは俺でもわかる。
「……それは一番やってはいけないパターンだ」
「なんで?」
「影が濃いとまずそうに見える。半逆光が一番目立たない」
「半逆光?」
「斜め後ろだ」
「こう?」
照明の位置を調節し、真上から撮影する。
「真上から撮るのはピザみたいな丸いやつだ。斜め45度から撮れ」
「その角度も根拠あるの?」
「テーブルで食事するときの目線ですね」
「あー、そういうこと」
レフ版で光を反射させて影を目立たないようにできれば完璧だ。
パシャ
「わ、ぜんぜん違う」
正面から光を当てた写真は濃い影が伸び、テーブルの色なども濃く出ていた。
一方、半逆光の写真は影が目立たず全体が輝いており、テーブルの色も薄く感じる。
比較してみると半逆光のほうが明らかに新鮮だ。
フルーツサンドは断面のインパクトがあるので、メニュー表でも映えるだろう。
「うちと同じのを出されても困るから、紅茶はティーバッグな」
「ティーバッグ1袋で何杯まで淹れていいの?」
「1袋1杯に決まってんだろうが!」
「えー。予算オーバーしちゃうじゃない」
「……どんだけ予算ないんだよ。どうしても1袋で2杯分淹れたいんならティーポットで長めに蒸らせ」
「らじゃー」
淹れ方は基本的にカップもポットも変わらない。
あらかじめカップ(ポット)を温めておき、熱湯を注いでからティーバッグを入れ(絶対に熱湯が先だ)、フタをして蒸らす。
ティーカップの場合はティーバッグを取り出すとき、紅茶の色が均一になるように振って取り出すといいだろう。
決してスプーンでティーバッグを絞ってはいけない。
渋味や苦味が出るからだ。
「アイスティーも基本は同じだ。ティーバッグ数袋で濃い目に淹れて蒸らしたら、ティーバッグを取り出して水を加える。冷やす前に砂糖を入れるとクリームダウンで濁らなくなるぞ」
「へー」
「ストレートで出せなくなるから、うちの店では絶対にやるなよ」
「う……」
やろうとしてたな、こいつ。
それだけクリームダウンというのは厄介なのだ。
クリームダウンしてしまったらミルクを入れてごまかすしかない。
熱い飲み物を撮影する場合、黒背景にすると湯気が写る。
冷たさを表現するならグラスの表面に水滴を浮かべるのがセオリーだろう。
「人物部門も応募しますか?」
「人物部門は審査じゃなくて一般からの人気投票らしいわよ」
「……人気投票だと対策が立てにくいな」
ほぼ顔と知名度で決まるだろう。
一年生というだけで知名度に大きな差が出る。
演劇やメイド喫茶など、文化祭の出し物の宣伝のために気合の入ったコスプレも多いはずだ。
うちで入賞を狙えるとしたらアリスぐらいだろう。
ダメもとで一応撮影だけはしておく。
「目線ください」
今回は正しい声のかけ方だ。
目は視線を引き寄せるだけあって、人物写真では重要ポイントの一つである。
その後も声をかけつつ、俺の周りグルグルしながらパシャパシャ撮りまくった。
最初はどうポーズをとればいいのかわからなかったものの、撮られ続けるうちに慣れてくる。
いわゆる『捨てカット』。
どうしても最初は緊張するので、緊張をほぐすために声をかけながら適当に何枚か撮るのだ。
「首痛いポーズちょうだい」
「首?」
「首に手を当ててるポーズってよく見るでしょ。業界では『首痛めてる系男子』っていわれてるのよ」
「……どこの業界だよ」
「次は頭痛ね」
頭、目、歯(頬)、首、肩、腰、膝……。
モデルはあらゆる場所を痛めているらしい。
「んー、いまいち決め手に欠けるわね」
「受賞作をチェックしてみましょう」
人気投票なので正直参考になるのか疑わしかったが、
「あ、人物写真にはわかりやすい傾向がありますね」
「え、どんな?」
「女装です」
「は?」
「男性部門は女装への投票が圧倒的です」
二人が満面の笑みを浮かべてこっちを向いた。
……この笑顔を狙って引き出すことができたら、間違いなくプロのカメラマンになれるだろう。




