リアル脱出ゲームセット【パンケーキとキャンブリックティー】
「リアル脱出ゲーム作りたい」
「喫茶店でやるなら戸を全部締め切って内側から開かないようにする必要があるんだが、それは誰がやるんだ?」
「えっと……、みんな?」
「お前がやるんだよ!」
「えー」
思い付きだけで企画して面倒なところは人に丸投げ。
失敗するイベントのお手本のような奴だ。
「倉庫を使うのはどうでしょう?」
「物があふれすぎてて厳しいですね。内輪の客だけでやるなら問題はありませんけど」
「ではやってみましょう」
「え、今から?」
「はい。制限時間は10分です」
「短くない?」
「シンプルな脱出ゲームなので」
面白そうなので倉庫に行ってみる。
ギギギ
錆び付いた扉を開け、ホコリくさい室内に入った。
ゴミが多すぎてうんざりする。
そろそろ大掃除するべきかもしれない。
「出入りできるのは入口だけですか?」
「窓には格子がありますから入口だけですね」
「隠し扉とかないの?」
「あるわけないだろ」
金目のものがあるのならとっくに売り払っている。
実質的にただの物置だ。
「これなら大丈夫そうです」
一通り見まわして準備も完了したのか、
カチャッ
先生が外から鍵をかけた。
これで謎を解かない限り倉庫から出られない。
「とりあえず問題探しましょ」
「そうだな」
倉庫を探索し、密室を脱出するための謎を捜索する。
「江戸時代の碁盤とかある?」
「江戸時代のはないな」
「槍とか座敷牢は?」
「ねえよ」
「つまんない」
「ホコリに魔法陣を描くな」
倉庫や蔵には骨董品が眠っているし、人を監禁することもできるので、マンガやアニメではよく物語の発端になるのだ。
ホラーのシチュエーションでもありがちなので、
「ん、この博多人形。前に見た時より髪伸びてないか?」
「ぎゃー!?」
薄暗い倉庫の中で年代物の人形などを見かけるとかなり怖い。
そうして探索すること5分、
「……おかしいわね。なにもないんだけど」
怪しいものが何もない。
「ひょっとして問題を解くタイプじゃなくて、物理的な仕掛けで外へ出るタイプなのか?」
「でも外に出れるのは入口だけなんでしょ。あのカギは内側からじゃ外せないわよ」
「うーん」
扉を外すのも壊すのも無理。
ミステリのように機械トリックで中から鍵を外すのも不可能。
八方ふさがりだ。
時間だけが過ぎていく。
落ち着いて状況を整理する。
いや、整理しようにも情報がなさすぎる。
倉庫に閉じ込められていて、脱出する方法がないということだけだ。
「ん?」
微妙に引っかかる。
倉庫に閉じ込められている、とはどういう状況だろう。
「……まさか」
「なんか思いついたの?」
「まあ、状況的に考えたらこうするのが自然だな」
確証はないものの、
コンコン
ダメ元で扉を叩いてみる。
「すみません、誰かいませんか? 閉じ込められてしまったんですけど」
「はい、いま開けます」
「はあ!?」
先生が外からカギを開け、あっさり脱出に成功した。
「ちょっと、どういうこと!?」
「倉庫に閉じ込められる現実的な理由は何か? それは中に人がいると気づかずに鍵をかけられることだ。ラブコメでよくあるシチュエーションだな。制限時間がある以上、倉庫で一晩過ごして鍵が開くのを待つという選択肢はない。つまり『外へ助けを求める』のが正解だ」
「そんなの反則でしょ!」
「密室から脱出するのに、外へ助けを求める以上の方法がありますか?」
「ぐぬぬ……!」
リアルに閉じ込められたら誰もがやることなのに、リアル脱出ゲームでは誰もやらない。
意外な盲点だ。
それだけにメインの脱出ゲームとしては使えない。
「うちでは大掛かりなやつは難しいから、これぐらい手軽なやつを考えろ」
「脱出ゲームっていうより『〇〇しないと出られない部屋』みたいな感じになりそう」
「なんだそれ」
「キスをしないと出られない部屋とか、告白しないと出られない部屋とか……。一部で流行ってたのよ、そういうネタが」
「キスとか告白するだけなら簡単だろ」
「だからこれ、ゲームじゃないのよ。好きな漫画のキャラをそういう部屋に閉じ込めて、この二人ならどういうリアクションをするだろうって妄想して楽しむオタクの大喜利」
「二次創作系のネタか」
こういうのは実際に見てみたほうが早い。
カフェに戻ってネタをあさる。
「なるほど。口にしろとは指示されてないから、解釈次第でいろんな展開ができるわけだな」
「そういうこと」
普通にキスして出るカップルもいれば、おでこや手の甲にキスするキャラもいる。
間接キスで扉が開くこともあれば、強引にキスしようとして相手に殴られ、床とキスして扉が開くというネタもある。
告白しないと出られない部屋もだいたい同じようなネタだ。
他にも『給食を全部食べないと出られない教室』『原稿を描かないと出られないホテル』『小説投稿サイトで一位にならないと出られない部屋』のように、様々なバリエーションがある。
『ようやく条件を満たして部屋を出たら、外にも別の条件を満たさないと出られない部屋がある』というパターンも多い。
「これならうちの店でもやれるんじゃない? 『髪をきちんとして、はきものの泥を落さないと出られない部屋』」
「最後に食べられるパターンですね」
『注文の多い料理店』のネタだ。
店に入ると黒い扉があり、赤い字でこう書いてある。
『お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください』
いわれた通りにしてから扉を開くとまた扉があり、
『鉄砲と弾丸をここへ置いてください』
『どうか帽子と外套と靴をおとり下さい』
『ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください』
『壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください』
『頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください』
『どうか体中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください』
妙だと思って調べてみると、最後の扉の鍵穴から青い目がこちらを覗いていた。
客が料理を食べるための準備ではなく、店主が客を食べるための注文だったという話だ。
「クリームと香水と塩で食べる人間っぽいスイーツある?」
「……あるわけないだろ。強いて挙げるならパンケーキの人形だな」
「あ、『インガルス一家物語』に出てきたやつ!」
インガルスに登場したのはただの人型のパンケーキだが、塩を入れてタネを作るのは珍しいことではない。
現にうちの店のパンケーキにも少量の塩が入っている。
クリームもパンケーキなら問題ない。
……注文の多い料理店の香水は酢なので調整が少し難しいものの、リンゴ酢のようなフルーツビネガーなら大丈夫だろう。
スプーンでタネをすくい、小さなパンケーキの人形を焼く。
材料と形が変わっているだけで、普通のパンケーキと大きな違いはない。
「食べる時は手、足、お腹、頭の順番でね」
注文の多い喫茶店。
お茶はインガルス一家物語にも出てくるキャンブリックティーにした。
作中ではお湯とミルクを半々にしてお茶を落としている。
お湯とミルクの割合は半々でなくてもいい。
茶葉はアッサムが無難だろう。
ハチミツはお好みで。
「あ、きれい」
「キャンブリックは亜麻色のことだからな」
ある意味、最も美しいミルクティーかもしれない。
「あとはデスゲームかしら」
「『人を殺さないと出られない部屋』ですね」
「王道だな」
普通に相手を殺して外に出る。
自殺して恋人を外に出す(しかし残された相手は条件を満たしていないので出られないというオチもある)。
外と連絡を取ることが可能ならば、電話やメールなどで間接的に人を殺す。
出られないだけで生活することはできるので、部屋で7年我慢する(失踪届が出されて7年経てば死亡扱いになる)。
閉じ込められたストレスでもう一つの人格を作り出し、肉体の主導権を奪うことで主人格を殺す。
なんでもありだ。
「1組の夫婦が人を殺さないと出られない部屋に閉じ込められました。しかし扉が開いたとき、二人とも生きていたそうです。外部と連絡を取る方法はありません。さて、二人はどのようにしてこの部屋を出たのでしょう?」
「閉じ込められたのは二人だけですか?」
「二人だけです」
「夫婦が脱出するのにかかった時間は?」
「十月十日です」
「うげ……」
えぐい。
「じゃあこれはどうだ?」
ホワイトボードに問題を書く。
『売り上げを倍にしないと出られない喫茶店』
「さあ、出ることができるかな?」
「わかりやすい問題ですね」
「う……」
もう答えがわかったのか、先生が耳打ちした。
「問題に具体的な数字が書かれていません。たとえば0.5倍でも倍には違いありませんから、どれだけ売り上げが下がっても出ることができます」
「……さすがに簡単すぎたか」
「ではお先に失礼します」
先生がお代を置いてさっそうと退店した。
一瞬で解かれてしまったのが悔しい。
しかしまだもう一人いる。
この様子なら解くのにもう少し時間がかかりそうだ。
そして30分後。
「お茶ちょうだい」
「……お前、まだ解けないのか?」
「倍にする必要あるの?」
「は?」
「外に出れないならここに住めばいいじゃない」




