ポーカーセット【ポン菓子と牛乳】
「ん?」
ポーカーで配られたカードを持ち直した際、微妙な違和感を感じた。
念のためカードの表面を指でなぞってみる。
「……まさか」
いや、間違いない。
「先生」
「なんでしょう?」
「マーキングしましたね?」
「マーキング?」
「カードにマークをつけることデス」
「ああ。たぶん爪だ」
「証拠があるんですか?」
「現にカードに爪の跡が……」
「その爪痕で個人を特定できますか?」
「う……」
うちは飲食店だから爪は伸ばさないし、アリスは空手で相手が傷つかないように爪を切っているものの……。
マーキングできないほどではない。
「……たしかにこれぐらいの跡なら誰でもつけられますね」
「ちょっと、イカサマされてるのよ! それでいいの!?」
「疑わしきは罰せず」
それが法治国家の悲しさだ。
「……証明できないならセーフってことね。それならいっそのこと、イカサマありのゲームやってみたくない?」
「俺たちに勝ち目ないだろ」
「授業料なら安いもんよ」
「なんの授業だ。……だがどんなイカサマがあるのか見てみたくはあるな」
「でしょ?」
「デモンストレーションをぷりーず」
「手品とたいして違いはありませんよ? 新品のトランプは順番に並んでいますから、デッキのどこからトランプを抜いて、どこに入れてシャッフルするかで好きな順番に並べることができます」
シャッフルしたカードをテーブルに広げる。
すべての数字が4枚ずつ順番に並んでいた。
「……こんなのイカサマし放題じゃない」
「シャッフルの仕方を指定するか、プレイヤーにシャッフルさせるしかないな」
やってることは完全にマジシャンだ。
ディーラーなんかやらなくても、これだけで食っていける気がする。
「カードを配る場合は一番上のカードを配るフリをして違う場所のカードを配ります。例えば上から二番目のカードを配るセカンドディールや、一番下のカードを配るボトムディールなどですね」
「おお!」
「びゅーてぃふる」
おそろしく手際がいい。
よく注意していないと、別の場所のカードを配っていることに気づけないだろう。
「あとはすり替えですね。1から12までのカードや、役がそろっているカードをどこかに仕込んでおき、手札とすり替えます」
「そんなに簡単にすり替えられるものなの?」
「すり替えるのが難しいのなら、追加するだけでも結構です」
「あ、手札が1枚多い!?」
「ふぁっ!?」
いつ追加されたのかまったく分からなかった。
特にテキサス・ホールデムだと、配られた手札の中から好きなものを選ぶ方式なので、選ばれなかった手札を伏せていれば気づけない。
追加するだけだからすり替えよりも手数が少なくて安全だ。
「すり替えるタイミングも重要ですね。たとえばショーダウンの瞬間はどうでしょう」
「え、そんな土壇場ですり替えるんですか?」
「『そんなギリギリのタイミングですり替えるなんてことはしない』という先入観があるからこそ、逆にすり替える余地があるんです」
「くれいじー」
「コールやレイズの瞬間も狙い目ですね」
「……チップに注意が向いた瞬間を狙うのね」
「そもそもカードマジックのいくつかはギャンブラーが作ったものですから、あらゆる意味で洗練されています。少しでも油断するとやられますよ?」
イカサマ師おそるべし。
「チップはポン菓子にするか」
玄米や麦チョコ、コーヒー味を始めとする、様々な種類のポン菓子(米や麦などに強い圧力をかけ、ポップコーンのようにポンと弾けさせたお菓子)を皿に小分けする。
単位は大さじだ。
牛乳をかけてシリアルのように食べてもうまい。
「ではイカサマポーカーを始めましょう」
こんなひどいポーカーは初めてだ。
あえて先生にシャッフルさせる。
新品ではないのでカードを集めた時点では完全にランダム。
それをシャッフルで自分の思い通りに並べるのは先生でも不可能だろう。
つまりここでイカサマをするにはすり替えるしかない。
「デッキをぷりーず」
「どうぞ」
アリスがトランプの端をパラパラとめくった。
「ランダムで並んでいるように見えマス」
「やっぱり並べ替えるのもすり替えるのも無理だったみたいね」
つまりここからが本番だ。
さて、どうやってイカサマを見破ってやろうかと思っていると、
「レイズ」
「な!?」
アリスが自分の手札を見もせずにチップを賭けた。
「あ、このルールだと私たちもイカサマできるんだ!」
「ちっ、俺たちが先生に注目している隙に何か仕込みやがったな」
「……でも手札には触ってないのよ?」
「では手札が配られる前でしょうか」
「いえす」
「デッキをチェックしたときか!」
先生のイカサマをチェックすると見せかけて、逆に何か仕込んだのだ。
油断も隙も無い。
「でもチェックをした時もすり替えた様子はありませんでしたよ?」
「……もしかしてすり替えじゃない?」
「いぐざくとりー」
ねんのため手札を確認してみたが、マーキングもなかった。
「マーキングもデッキすり替えもなしで、自分の手札を見ずに賭けられる方法ある?」
「ないな」
先生も首を振った。
おとなしく勝負するしかない。
「ショーダウン!」
全員が手札を公開する。
「げ、スリーカード!?」
「ぬふふ」
アリスの一人勝ちだ。
トリックがまったくわからない。
「ネクストゲーム!」
手札が配られるものの、もちろんアリスは手札を見ない。
「最初のトリックがまだ生きてるってことか」
「トリックがわからないとどうしようもないわよ」
「……普通でないトリックなら一つだけ心当たりがあります」
「なによ、その普通じゃない方法って」
「デッキをチェックしたあの一瞬で、52枚のトランプを丸ごと記憶したのかもしれません」
「はあ!?」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「そもそもデッキを丸ごと暗記するって具体的にどうやるんですか。ハートのエースとかダイヤのナインとか、あの一瞬でスートと数字を判別するだけでも不可能ですよ」
「録画です」
「は?」
「スートや数字を1つ1つ暗記するのではなく、映像を頭に焼き付ける記憶術です。そして頭の中で映像を再生して、何番目に何のカードがあったのか見て確かめる。究極の力技ですね」
「それもう手品じゃないでしょ!」
「タネや仕掛けがあるのならそれは手品です」
「……マジシャンは頭のおかしいやつしかいないのか」
デッキを完全に記憶されているとなると、もうトリックの入り込む余地はない。
「オールイン」
「……フォールドだ」
「私も」
「どうしようもありませんね。このデッキから順番に手札を配る限り、勝ち目はありません」
「そうでショーか」
「なに?」
アリスが手札を引っ繰り返す。
「ぬ、2ペアですね。勝てていたかもしれまセン」
「……待ってください。オープンするまで自分の手札がわからなかったんですか?」
「いえす」
「げ、やられた!」
「え、どういうこと?」
「ブラフだよ。さすがにアリスでもデッキを丸ごと記憶することは不可能だった。つまり覚えていたのは最初の手札だけだったんだ!」
「ええ!?」
おそらくアドリブだ。
パラパラめくったとき、自分がスリーカードになるとわかったので『すべて記憶したフリをした』のだろう。
「タネもシカケもございまセン」
トリックがあると思わされたこと、それこそが最大のトリックだったのだ。




