三盤セット【御饌と神酒】
時系列的には最終回ですが、プロローグにする予定です。
狐の嫁入りのイラストは山田サトシさんに描いていただきました。
転載禁止。
「……暇だな」
瑞穂たちが来るまで、まだ時間がかかりそうだ。
時間を潰せるようなものもない。
できることがあるとしたら景色を楽しむことぐらいか。
「これ、実際には何本あるんだ?」
おびただしい数の鳥居が等間隔で並んでいる。
いわゆる『千本鳥居』。
アニメやゲームなら異世界へ繋がっていそうな光景だ。
千本鳥居は全国各地に存在しており、神社によって鳥居の数はぜんぜん違う。
ここの鳥居も何本あるのかさっぱりわからない。
「そういえば『鳥居を飛び越えた数だけ強くなる』って話があったな」
伝説によると『狐は鳥居をたくさん飛び越えるほど格が高くなる(神になれる?)』らしい。
ハードルのように鳥居を飛び越えるイメージだろうか?
似たような逸話だと『滝を登りきった鯉は竜になる』鯉のぼり伝説が有名だろう。
「飛び越えれば飛び越えるほど強くなる、か。狐と千本鳥居をモチーフにすれば面白いシステムになるかもしれん」
最近ネタ切れ気味だったのでちょうどいい。
ゲーム喫茶を経営していくには、定期的に自作のゲームを発表して話題を集めるのが大切なのだ。
売り物にはならなくても『新作ゲーム試遊会』を開くだけで客足が伸びる。
どんな些細なアイデアであろうとも、逃すわけにはいかない。
「飛び越える駒というと桂馬か? 中国将棋のルールを応用するのもアリだな」
シャンチーの馬はチェスのナイトと同じ八方桂。
ただシャンチーの馬には特別なルールがある。
『馬の隣に駒が並ぶと、その方向へ跳ねられなくなる』のだ。
□●□●□
●□□□×
□□馬○□
●□□□×
□●□●□
※●は馬が移動できる場所
右に○(駒)があるので右方向の2か所には跳ねられない
「これを逆にしてみよう」
つまり『隣に駒がいたら飛べなくなる』のではなく『隣に駒がいたら飛び越えられる』というルールだ。
普段は桂馬のように前方にしか跳ねられないものの、自分の周囲八方向に駒がいればあらゆる方向に飛び跳ねることができる。
●□●
□□□
□狐□
※通常時
前方2ヵ所にしか飛べない
×●×●×
×□□□×
×□狐□×
×駒駒駒×
●×●×●
※後ろに駒がいるので、後ろの三方向へ跳ねることができる
鳥居をたくさん飛び越えるほど強くなるのだから当然『駒を飛び越えたらもう一回行動できる』。
飛び越えるのは敵味方どちらの駒でもいい。
飛び跳ねた先に駒さえあれば何回でも行動できる(一度飛んだ駒は飛べない)。
3□□
駒□□
2●□
□駒□
狐駒1
※隣接する駒がいる限り何度でも飛べるので1→2→3と移動できる
一手目で●の部分に移動することもできるが、これは敵の真上を飛び越えたわけではないので2回行動はできない
条件付きの複数回行動だ。
うまくやれば数手で勝てる。
「いけるな」
強すぎず弱すぎず。
ちょうどいいラインの性能だ。
これをベースにいくつかのルールを追加すれば、うちの店でも出せるだろう。
「楽しそうね」
「ああ。いい感じのシステムを思いついてな。ゲームバランスが崩壊するほどの火力はなさそうだし、あとはタイトルさえ付ければ完璧だ」
「……よかったわね。ところであんた、私を見て何か言うことはないの?」
「ん?」
そこでようやく瑞穂を待っていたことを思い出し、メモ帳から顔を上げる。
そこには白無垢に身を包んだ、世界一美しい狐が立っていた。
「結婚しよう」
「今してるでしょ!」
「そういえばそうだったな」
ゲームを作るのに夢中ですっかり忘れていた。
……しかし狐のお面をした花嫁行列が千本鳥居をくぐっている光景はあまりに非現実的で、自分が新郎という実感もわかない。
ちなみに俺も陰陽師の衣装『狩衣』を着ている。
伝説の陰陽師・安倍晴明の母親が葛葉という狐だからだ。
晴明の子孫である安倍泰成は有名な九尾の狐を退治しているので、陰陽師と狐は切っても切れない関係なのである。
白無垢も狩衣も現実に存在するものだし、世界の白澤映画『ドリームス』に登場した狐の花嫁行列などを参考にしたので、ビジュアル的におかしなところはない。
……狐耳以外は。
白無垢といえば頭をすっぽり覆う『綿帽子』をかぶることが多い。
しかし『耳の見えない狐っ娘に何の価値があるの?』という鶴の一声により『角隠し』をかぶることになった。
これなら頭頂部が開いているので、狐耳を出せるからである。
一つ間違えたら結婚式というよりコスプレイベントになっていただろう。
なお花嫁が結い上げる『文金高島田』という髪型では、髪に隠れて耳が見えない。
人耳が見えないのも、狐耳を際立たせる上では重要な要素なのだ。
たまにゲームやアニメで狐耳や猫耳があるのに人耳もあるキャラがいる。
四つ耳は不自然なので獣耳愛好家(?)が忌み嫌うデザインなのだが、どういう体の構造をしているのだろう。
気になってしょうがない。
「……で、今度はどんなゲーム作ったの?」
「鳥居をハードルみたいにたくさん飛んだ狐は神さまになれる伝説にちなんで、周りの駒の上を飛ぶほど強くなって行動回数が増える将棋だ」
「へー。なかなか面白そうじゃない」
「あとはタイトルだけなんだが……。なかなかいいのが思いつかなくてな」
「え、そこまでできてるのに迷うことある?」
「なに?」
「『狐の嫁入り』でいいじゃない」
「……なるほど。人間に恋した狐が、人を化かす力を手に入れるために神さまになるゲームか」
「そうそう。なんて健気な狐なのかしら」
「そうだな」
そしてここにも人をたぶらかす狐がいる。
「……嫁入り道具の実物は始めて見るな」
「今日のためだけに特注で作ったのよ」
狐のお面の従者たちが運んでいるのは囲碁・将棋・盤双六。
江戸時代ではこの三つを『三盤』と呼び、嫁入り道具にもなっていたという。
盤双六は現代のバックギャモンのルーツであり、基本的なルールもだいたい同じだ。
バックギャモンのボードは上下に分かれていて、各12マスずつ、計24マスで構成されている。
バックギャモン
サイコロを2つ振って、15個ある自分の駒をすべて自陣にゴールさせれば勝ち
この特注のすごろく盤には平安京が刻まれていた。
平安京は大路ごとに4×4マスと2×4マスに区切られており、そこを1マスと数えればバックギャモンと同じ12×2マスのボードとして使える。
だからうちの店では『平安京バックギャモン』というオリジナルルールで提供していた。
平安京バックギャモン・ルール解説用ボード
1~5(20~24)のマスがゴール
バックギャモンよりもゴールが1マス少ない
平安京バックギャモン・プレイボード
将棋盤は平安貴族たちが過ごす大内裏をボードにしたもので、10×9マスである。
平安京将棋盤
進行方向にいる駒を敵味方関係なく皆殺しにする『飛将』や、自分の周囲8マスにいる駒を敵味方関係なく皆殺しにする『火鬼』など、古将棋(持ち駒制度がない時代の将棋)の駒を自分で選び、トレーディングカードゲームのようにデッキを組むゲームになっている。
碁盤は4×4マス。
平安京碁盤
囲碁はプレイヤーのレベルによって盤の広さを変えるのが特徴で、初級者は5路盤で定石を学び、ある程度基礎を身に着けたらボードを4個繋げて9路盤(8×8マス)に、そして9個繋げれば13路盤(12×12マス)になる。
囲碁は初級者には勝利条件がわかりにくい。
なのでこのゲームでは『先に相手の石を3個取ったほうの勝ち』あるいは『ボードに置いた石の数が多いほうの勝ち』というルールになっている。
これなら初級者にもわかりやすい。
安価なボードゲーム仕様の平安京三盤セットはうちの店でも販売しており、結婚式の引き出物にもなっている。
こんな三盤を持って来られたら毎日大変だろう。
瑞穂が駒をつまんで微笑んだ。
「囲碁にする? 将棋にする? それともす・ご・ろ・く?」
ゲーマーの家庭にご飯やお風呂という選択肢はない。




