お化け屋敷セット【魔女の小指クッキーとアッサム】
「お化け屋敷に行こう」
「お、お化け屋敷?」
「アリスが手伝ってるらしい」
「へ、へー」
うろたえている。
意外にホラーは苦手らしい。
「大丈夫だ、ホラーよりもアトラクション寄りだって話だからな」
アリスからもらったパンフレットをパラパラめくる。
「デジカメで妖怪の魂を吸い取る設定らしいぞ」
「そういえばホラーゲームにそういうのあったわね」
カメラで攻撃するといっても、当たり判定はテレビのリモコンと同じく赤外線になっている。
要するに妖怪の写真が撮れたか否かは問題ではなく、妖怪の装備しているセンサーに向かってシャッター(赤外線ボタン)が押されたか否かが重要なのだ。
当たりと判定されたらセンサーが振動し、妖怪は大げさなリアクションをして倒れる。
妖怪を倒して出口に辿りついたらクリア。
豪華賞品を貰える。
ただパンフレットには『このカメラは妖怪の邪眼を研究して作られたものである』と記されていた。
つまり妖怪の目にカメラ及び赤外線装置がセットされているということだ。
もちろん妖怪の攻撃を食らって、身に着けている赤外線センサーが作動したらゲームオーバーである。
「妖怪の写真を撮って持ち帰れるのが売りなのね」
「……嬉しいのか、それ?」
「さあ?」
話している内に目的地についた。
『うらめしや』
『足いるか』
『私きれい?』
『いあいあはすたあ!』
とおぞましい妖怪の声と参加者の悲鳴が交互に聞こえてくる。
……予想よりも恐いのかもしれない。
意を決して暗幕をくぐる。
受け付けには旧日本軍の軍服と五芒星マークの手袋をしたお姉さんがいた。
横ではクッキーが売られている。
それもただのクッキーではない。
『魔女の小指クッキー』
「ぎゃー!?」
文字通り人の指の形をしたクッキーである。
シワが書き込まれていてリアルだ。
「縁結びのアイテムらしいぞ」
「……むしろ切れてるような気がするんだけど」
「たしかに」
だが小腹が空いているし、色々とネタになるので購入してみる。
サクッ
「……おいしい」
「だな」
爪はアーモンドで、血はいちごジャム。
絵面は最悪だが普通に美味い。
一緒に買ったアッサムも丁寧に淹れてある。
店主のこだわりを感じた。
うちでもハロウィンなどのイベントで出せるかもしれない。
「2名、無料チケットで」
受付にアリスからもらったチケットを渡すと、デジカメ二つと赤外線センサーを渡された。
「武運長久を」
武運を長久といわれると、できるだけ長く戦え(=死ぬまで戦え)と連想してしまうのは俺の心が歪んでいるからだろうか。
「死角をなくすために背中合わせで進むか?」
「う、後ろ向きに歩くの!?」
「じゃあ俺が後ろで」
「前も恐いから!」
「……」
結局、俺が瑞穂の盾になりながら進むことになった。
お化け屋敷に足を踏み入れる。
館そのものはシンプルな造りで、危険なトラップはない。
「ひゃん!?」
せいぜい釣竿で吊るされたこんにゃくがピタッと首筋に張り付くぐらいだ。
「うらめ……」
パシャ
「足……」
パシャ
妖怪担当に仕事を全うさせる暇も与えず見敵必殺。
「……お前も撮れよ」
「だ、だって……」
子供のようにギュッと俺の袖を握っている。
半泣きだ。
なにがそんなに怖いのか、と思いながら
パシャ
なかば条件反射的にシャッターを切って、この撮影システムのもう一つの狙いに気付く。
妖怪を倒すためにはシャッターを切らなければならない。
つまり妖怪にカメラを向けなければいけない。
怖いものを強制的に『見させて』恐怖をあおる構造だ。
なかなかよく考えられている。
「……それにしても数多いな」
特殊メイクやコスプレのクオリティは低いが、暗さで上手く誤魔化し、妖怪の数もムダに豊富だった。
目が光るドビュッシーの肖像画。
走る人体模型。
ガラスを突き破って飛び出してくる人面犬。
大きなハサミを持って執拗に追いかけてくる小男。
前触れもなく現れるブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人。
次々と襲いくる妖怪たちを全て相手にしていたら数に潰される。
上手いことダンボールやタンスの中に隠れて危機をやり過ごし、薄氷の思いで難関を突破していった。
「いあいあ……」
パシャ
手ごたえあり。
しかし、
「はすたぁ!」
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
妖怪の目が光り、咄嗟に自分のセンサーをかばって反撃。
パシャ
「ぬわー!?」
「……一発で死なない奴もいるのか」
客の恐怖をあおるためだろう。
二回ボタンを押さないと倒せなかったり、死んでいても直ぐに倒れなかったりする場合があるようだ。
「いあいあ……」
「もう一体!?」
声の出どころがわからずに戸惑っていると、
「はすたぁ!」
「うお!?」
障子から無数の手が飛び出してきた。
しかも、
「マネキンの手!?」
掌に目があった。
当然装置も埋め込まれている。
反射的に身を伏せた。
パシャ
「あ!?」
俺の後ろにいた瑞穂が被弾した。
パシャ
妖怪は無事に撃退できたものの、思わぬ奇襲で瑞穂がゲームオーバーになってしまった。
「すまん、俺が避けたせいで」
「ううん、死んだからもう怖くなくなったし」
不幸中の幸い。
ドスン
「ん?」
どこからともなく三角頭巾と死装束が降ってきた。
「死人はこれを着ろってことか」
「……屈辱だわ」
幽霊と化した瑞穂を背中に、これまで撮影したブレブレの妖怪写真に目を通しながら進む。
死後硬直で関節が曲がらずぴょんぴょん飛び跳ねるキョンシーや、アナログTVから這い寄る長髪の女性を返り討ちにすると、長い一本道に差し掛かった。
ラストバトルを予感し、ごくりと唾を呑んで扉を開ける。
「こんぐらっちゅれーしょん!」
「へ?」
そこにいたのは魔女の姿をしたアリスだった。
「ああ、これでクリアか」
「のん」
パシャ
「げ」
「ふふん、ラスボスはアリスでシタ。というわけで残念ショーのフォトグラフをどーぞ」
「……自分のビビった顔の写真なんかもらって何が嬉しいんだ」
と思ったが、これは存外にいい写真だった。
「見ろ、心霊写真だぞ心霊写真」
「ええ!?」
「ほら、俺の背中に可愛い幽霊が憑りついてる」
幽霊の正体はいうまでもない。




