メタ将棋セット【ドーナツとキャンディ】
「異世界転移将棋がやりたい」
「異世界転生と何が違うんだ」
「現実世界と異世界のボードを行き来するのよ」
「なるほど。ならボードは横4×縦8マスのものを横に並べるのが無難だな」
すべての駒がボードを行き来できると破綻しそうなので、移動できる駒は少ないほうがいい。
とりあえず玉を転移できる駒にしてみた。
「……これ、詰みにくくない?」
「だな」
ボードが真ん中で分断されているので詰みにくい。
玉を追いつめても、別のボードに逃げられたら手出しできなくなる。
玉しか移動できないので、ボードを移動されたら駒の半分が無力になってしまう。
逃走ルートを予測して塞ぐこともできなくはないが……。
肝心の『このルールだから面白い』という要素があまりない。
面倒なだけだ。
移動できる駒は玉ではないほうがいいだろう。
異世界と現実世界にそれぞれ玉がいて、先にどちらかの世界の玉を詰ませたら勝ちという方式だ。
「世界を移動することのできる駒は、どちらの世界にも1枚ずついることにしましょ」
「ボードを移動することによるメリットとデメリットが必要だな」
「現実と異世界でルール変えるとか?」
「そうだな。現実世界を将棋に、異世界をチェスにしたらわかりやすいかもしれん」
将棋の駒が異世界に行くと、チェスの駒を持ち駒にすることができる。
チェスの駒は将棋より強いが、チェスの駒で相手の駒を取っても持ち駒にはできない。
このルールならいけそうだ。
実際に採用するならチェスより古将棋の駒のほうがいいだろう。
もともと古将棋の駒が強いのも、持ち駒制度がないからなのでちょうどいい。
「世界の移動じゃなくて、次元の移動にしても面白いかもしれんな」
「次元って?」
「たとえば2次元と3次元だ。4コマ漫画を横に8個並べれば縦4×横8マスになるだろ。それを上下に重ねればチェスと同じ8×8マスになる」
「あー、二次元のキャラが現実に飛び出してくるのね。異世界転移より面白いかも」
「現実じゃなくて映画でもいいぞ。映画のフィルムもコマごとに管理されてるからボードにできる」
「爽子VSライフプールね!」
「……なんだそのB級映画」
爽子といえばテレビの中から這い出して来るシーンで有名だが、あくまで映画版の演出であって原作小説『輪』にそんなシーンはない。
ライフプールはアメコミのキャラである。
忍者っぽいデザインで、『第4の壁』を破壊するキャラとして有名だ。
第4の壁はもともと演劇用語で、劇場には左右と後ろに壁があり、そして役者と観客の間に見えない壁がある。
この見えない壁が第4の壁だ。
第4の壁を破壊するとは、自分が演劇のキャラだと認識しているセリフを吐いたり、観客に話しかけたりすること。
ライフプールは映画で自分を撮影しているカメラを動かしたり、格闘ゲームで体力ゲージのバーをつかんで敵を殴ったり、驚異的な再生能力のために死ぬことができないので漫画の作者を殺して自分の存在をなかったことにしようとする。
何でもありだ。
「今まで作ったゲームのルールを採用する方式でもいいな」
「上が非対称性将棋で、下が茨城チェスみたいな?」
「ああ」
バランス調整は大変だろうが、カオスなぐらいがちょうどいい。
「『ゴースティング』はできないの?」
「ごーすてぃんぐ?」
「今は一般人もゲームの生配信とかしてるでしょ。だから『先に相手を見つけたほうが圧倒的に有利』みたいなゲームだと、『生配信を観て対戦相手の位置を特定する』っていうことができるのよ」
「……せこい戦法だな。だがまあ、俯瞰するからこそ得られる情報があるっていうのもいいかもしれん」
前線で戦っている兵士は目の前の状況しかわからない。
だが軍事衛星なら上から戦場を一望することができる。
漫画やアニメでいうなら『読者や視聴者は知っているが登場人物は知らない情報』だ。
ようするに『異世界(現実世界)のボードにいるときだけ、現実世界(異世界)の何かがわかるルール』である。
「軍人将棋みたいな正体隠匿系のゲームならやれないこともないな。相手の駒の正体は不明。ただし異世界から観測するとその駒の正体がわかる」
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□□□□□□□□ 異世界ボード
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□□□□□□|□
■■■■■■|■
■■■■■■L■
■■■■■■■■ 現実世界ボード
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※ライフプールと違う世界のボードにいる駒は、ライフプールの移動範囲内にいると正体がバレる
このルールなら範囲内にいるだけで正体を特定できるのでかなり強い。
ただ将棋とチェスの世界を行き来するというだけでもゲームとしては成立していると思うので、これは選択ルールにしたほうがいいのかもしれない。
「とりあえず今回は『ゴースティング』ありでやってみよう」
「やった!」
裏側に爽子やライフプールのイラストを描いていく。
世界が2つあるのでイラストも2つ分だ。
ライフプールはアメコミのキャラなので漫画世界、爽子は映画が有名なので映画世界にする。
「今日はドーナツね」
「なんでだ?」
「だって『輪』のキャラだし」
「……安易すぎる」
爽子の輪にちなんでドーナツを揚げ、お茶はキャンディ。
キャンディはアールグレイのようにクリームダウン(冷やすと白く濁る)しにくい。
なので揚げたてのドーナツに、キンキンに冷やしたキャンディを合わせてもいいだろう。
「温度差で火傷しそう」
「だがそれがいい」
普通に淹れてもキャンディとドーナツは相性がいいので問題はない。
揚げたてや常温、冷凍など、スイーツの状態で淹れ方を変えるのもお茶の楽しみ方の一つだ。
一度は試してみることをオススメする。
「まずは玉を探すのが先決か?」
「そうね」
すぐに別の世界へ移動して攻めたいところだが、どの駒が玉かわからないので移動できない。
だがあえて爽子やライフプールの正体を隠匿し続けるという戦法もある。
「じゃあ、その駒を裏返してもらおうか」
「このタイミングで!?」
「正体を特定するタイミングのルールは設定してないからな」
「ぐぬぬ」
爽子の移動範囲に相手の駒が入った瞬間に相手の駒を裏返すというルールはない。
つまり自分の手番が来たときに相手の駒を裏返してもルール違反ではないということだ。
相手の駒を裏返さない限り、爽子やライフプールの正体はバレない。
裏返す(正体をバラす)タイミングをずらして攻めるという戦術だ。
●←敵の駒
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L→L
↑
ライフプール
〇
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L
※ライフプールが移動した直後に駒を引っくり返すパターン
●
|
|
L→L
●
↓
●
L
〇
L
※ライフプールが移動した直後ではなく、相手が動いたあと(自分の手番になってから)相手の駒を裏返したパターン
裏返すタイミングが一手遅いので、ライフプールの正体に気づくのが遅れる
●→●
|
|
L
※ただし相手がライフプールの移動範囲から出た場合は裏返せない
怖いのはこういう小細工だけではない。
「二重王手」
「ぎゃー!?」
異なる世界に玉がいる上に、世界間を移動できるので同時に王手をかけることもできる。
二重王手をされた場合、王手をかけている駒を取ることができなければ詰みだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
「ここで持ち駒を打つ」
「は?」
一見、将棋なら詰みそうにない局面だ。
「ああ!? 合い駒打てないから詰んでる!?」
そう、映画(将棋)の世界なら王手をされても間に持ち駒を打つことで玉を守れるが……。
玉
↑
●←合い駒
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敵
※王手をかけられても持ち駒制度なら、間に駒を打って王手を防ぐことができる
漫画世界はチェスルールなので、爽子がいないと持ち駒を打つことができず詰んでしまうのである。