オセロチェスセット【種入りパンとぶどうジュース】
「チェスで白線渡りできそうじゃない?」
「白線渡りってなんだ」
「歩道の白い線だけ踏むやつ」
「あー、登下校中にやってたあれな」
「そうそう」
道の白いラインの上しか歩けないという、小学生がよくやっている遊びだ。
個人的には白線より『影の中でしか動けない』ほうをよくやっていた気がする。
影なら舗装されてない場所にもあるし、自分で木の棒を立てるなどして影を作るなどの裏技があるのがいい。
「……で、白線渡りっていうのは具体的にどういうシステムなんだ?」
「ビショップは白か黒マスだけにしか移動できないでしょ。それをすべての駒に採用するシステムよ」
「すべての駒?」
「チェスの駒って白と黒に色分けされてるじゃない。だから白い駒は白マスだけ、黒い駒は黒マスにしか動けないってこと」
「なるほど。発想は面白いな。でもそういうことはチェス盤を見ながら考えろ」
「え……」
テーブルにチェス盤を置き、駒を並べる。
「見ろ。色で条件付けすると、まともに動ける駒がない」
「う……」
「動けない駒をどうやって動けるようにするか。それが課題だな」
逆にいえばそれさえ解決できればゲームになる。
問題は色だけだから、その色を変えることさえできればいい。
「……チェス盤にオセロの石を置いたらマス目の色を変えられるようにする?」
「それだ! 黒い駒も白マスに黒石を置けば移動できる」
「しかもチェスもオセロも8×8マスね。これなら二つ同時にプレイしても問題ないじゃない」
オセロのように最初にチェス盤の真ん中に4つの石を置き、プレイヤーは石を引っくり返して陣地を確保する。
2つのシステムがいい感じに噛み合いそうだ。
「ただこれでも駒が動けるようになるまで時間がかかるぞ」
「最初にオセロで勝負して、決着がついたらそのボードでプレイすればいいんじゃないの?」
「それだと白と黒の色が偏りすぎる。オセロで勝ったやつがチェスでも勝つだろ」
「……難しいわね」
うまくいきそうでいかない。
こういうときは根本的に考え方が間違っている傾向にある。
「やっぱりすべての駒が同じ色のマスにしか進めないことが問題だな。たとえばルールをビショップだけに絞るのはどうだ?」
「どういうこと?」
「色のルールが適用されるのはビショップだけ。そしてビショップは変則的なクイーンだ。色が同じマスが繋がっていれば前後左右斜めに何マスでも進める」
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※黒のビショップは黒マスだけ動ける
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※オセロで色を引っくり返した場合、同じ色のマスが繋がっている範囲ならいくらでも移動できる
事実上、自分と同じ色のマスだけ移動できるクイーン
「自分のビショップをクイーンにしつつ、敵のビショップの下の石を裏返して動きを封じるゲームね」
「そういうことだ。名づけて『ジューダス・プリースト』!」
「ジューダスって裏切り者だっけ?」
「ああ。ユダは銀貨30枚でキリストを裏切った。オセロとチェスのボードは8×8=64マス。ゲーム開始時にオセロでは真ん中に4つの石を置くから、両プレイヤーとも石を30枚持ってることになる」
「なるほど。この銀貨を使ってビショップの買収合戦をやるのね」
もちろんチェスの駒にこだわる必要はない。
天狗や角将のような、ビショップ系の強い駒を採用したほうがゲームとしては面白くなるだろう。
ビショップ系の駒の数を増やしてもいい。
チェスの駒で対局する場合、ルールを少し工夫する必要があるかもしれない。
基本はチェス+オセロだが、2つあるビショップのうち必ず一つは色違いになってしまう。
そのビショップを動かせるようになるまでに手数を要してしまうので、『石はどこにでも置ける』というルールだ。
色違いのマスにいるビショップの下に石を置けば、次の一手で違う色のマスへ移動できる。
ただどこにでも石を置ける場合、序盤はチェス盤の四隅に石を置きあう展開になるかもしれない。
「そういえば最後の晩餐のメニューってなんだっけ」
「魚料理にレモンとオレンジのスライスをそえたものといわれてるな。たぶんウナギだ。あとはパンと赤ワイン」
「パンと赤ワインはミサでもらえるやつ?」
「ああ。『種無しパン』だな」
「……あれ、あんまりおいしくないのよね」
「儀式に使うやつだからな。でも宗派によっては『種入りパン』を食べることもあるぞ。ダ・ヴィンチの最後の晩餐に描かれてるのも種入りパンだしな」
「へー。じゃあ、それ」
「あいよ」
最後の晩餐を用意する。
まあ、種入りパンといっても発酵させた普通のパンだし、赤ワインではなくぶどうジュースなのだが……。
最後の晩餐にはユダも参加しているし、『この中に裏切者がいる』と告発されたぐらいだから、このゲームにふさわしい料理だろう。
「じゃあ指してみるか」
「……チェスの駒の下に置いた石引っくり返すの、微妙に面倒くさいわね」
「だな」
オセロなら普通に駒を裏返すだけでいい。
だがチェス+オセロになると、駒を持ち上げてから石を引っくり返し、駒を元に戻すことになる。
持ち駒制度がないので駒の数は少なくなっていくものの、やはりこういう手間はできるだけなくしたい。
「オリジナルの駒でプレイする場合は、駒の上に石を置こう」
「それが妥当ね」
将棋のように平らな駒なら、上に石を載せても問題はない。
これなら引っくり返すのも難しくないだろう。
イラストや文字が隠れてしまうので、石はなるべく小さめのものがいい。
「まずは色違いに退避だな」
キングを横へ移動させた。
チェスの初期配置では白のキングは黒マスに、黒のキングは白マスにいる。
だから自分の色のマスにキングを移動させておけば、一番厄介なビショップ系の攻撃は避わせるわけだ。
ビショップ系の強いゲームではあるが、ビショップでは敵のビショップもキングも取るのが難しい。
ビショップ系で相手の駒の数を減らしつつ、オセロで陣地を増やして一発を狙う。
「序盤に石を取りすぎるのも危険なのか?」
オセロでは序盤に石を取るほど後半取り返される。
「先手必勝!」
「ちっ」
だがこのゲームではあえて序盤に攻めまくる手もあるらしい。
後半取り返されるのなら、前半で勝負を決めればいいという発想だ。
オセロのルールを追加した意味がないのであまりオススメはしない。
「とりあえずここを引っくり返しておくか」
オセロで瑞穂のキングの周囲にある石を引っくり返す。
「すぐに詰むことはなさそうね」
「それはどうかな」
「え」
「天狗を斜めに移動させた後、直進してキングを殺す」
K
〇
〇
〇
〇
〇
天
※一手目で斜めに移動し、二手目で直進する
「はあ!? なにそれ反則でしょ!」
「どこが反則なんだ? 天狗は角の動きが2回できる駒。そしてこのゲームのビショップは『自分と同じ色のマスならクイーンと同じ動きができる』。つまり『クイーンの動きが2回できる』ってことだ」
「ぐぬぬ」
いかに縦のマスを引っくり返すか。
それがこのゲームで勝つコツだ。




