創作将棋セット【バウムクーヘンと粉茶】
改稿とボードゲーム制作のため、更新は不定期になるかもしれません。
四次元将棋セット【チーズケーキと釜炒り玉緑茶】(34話)はカレンダー将棋と合体して1つのゲームになり、ギリシャ・ローマ風の挿絵を追加しました。
三次元将棋セット【ハニートーストとボリビア】(35話)、SRPG将棋セット【マドレーヌとほうじ茶】(60話)と創作将棋セット【モナカと玄米茶】(95話)、少し前に投稿したホームズとねこまっしぐらにもイラストを追加しています。
他のゲームも随時挿絵追加・改稿予定です。
イルカのイラストはemさんに描いていただきました。
キーボードはフリー素材です。
転載禁止。
「キーボードって将棋できるんじゃない?」
「……またお前は思いつきで物を言う」
だがたしかにキーボードは将棋盤のように見えないこともない。
キーボード
※作中のルールでは『PauseBreak』が『NUMLOCK』になる
一応マス目を数えてみる。
「えーと、縦6マスで横15マスか? でかいな」
横に広すぎるものの、やってやれないことはないだろう。
「問題はルールだ。パソコンを使う必然性がないと意味がない」
「駒がキーを押したらその効果が出るっていうのは?」
「たとえば『エンター』を押したら駒が改行するのか?」
「そうそう。『デリート』と『バックスペース』で駒が消えるの」
「どこを基準にして改行したりデリートするんだよ」
「もちろん『カーソル』よ」
「……カーソルを駒にするのか」
「プレイヤーは2人とも自由に動かせる駒ね」
カーソルのイラストはマウスカーソルにしたほうがわかりやすいだろう。
カーソルのある場所を中心にキーボードの能力が発動する。
カーソル
「カーソル駒のあるマスに他の駒も移動できるんだよな?」
「できないとデリートできないじゃない」
カーソルの上に他の駒が乗っている状態でデリートを踏むと、上に乗っている駒は消去される。
バックスペースで相手の駒を消したいのなら、カーソルを相手の右隣に動かせばいい。
エンターを踏んだらカーソルの右にいる駒はすべて次のマス目に改行される。
ワープロソフトのようなゲームだ。
「右で指すか左で指すかで戦略がぜんぜん違うな。というかデリート・バックスペース・エンターがある右側が強すぎないか?」
「左にはX、C、Vがあるじゃない」
「は?」
「『ショートカットキー』よ。『CTRL』を押した状態でCを押せば『コピー』、CTRL+Vでコピーしたものを張り付ける『ペースト』。CTRL+Xは『カット』ね」
「コピー&ペーストとカット&ペーストってキーボードで入力できたのか。……って、ちょっと待て!? 駒をコピペで増やせるのか!?」
「向こうはデリートとかバックスペースで駒を消せるんだから増やせないと不利でしょ」
「……それはそうかもしれんが」
「もちろん増やせる数には限界があるわよ」
「そりゃ無限増殖されると困るからな」
それでも強い駒が増殖するのはやばい。
しかもこのルールだと、キーボード操作の数だけ特殊能力が存在するということになる。
もしかしたら今まで作ったゲームの中で一番複雑かもしれない。
「駒のイラストが必要だな。キャラはどうするんだ?」
「もちろんイルカよ!」
「は?」
「昔はオフィスソフトを起動すると、イルカの『フィンドルくん』が出てきたのよ。これはヘルプ機能の擬人化で、キーワードを入力すると関連項目を調べてくれるの」
「へえ」
フィンドルくん
「まあ、昔は機能がしょぼくて検索しても知りたいことがわからないし、ムダにアニメーションするからパソコンの動作が重くなるし、フィンドルくんを消す方法がわからないから『お前を消す方法』で検索することになるんだけど」
「……なんだその役立たずの厄介者」
「だからネタキャラとして人気があったのよ」
ササッとフィンドルくんっぽいイラストを描いてコピペで増やして印刷し、ダンボールに張り付けて駒にする。
「ん? なんで名前が数パターンあるんだ?」
イラストの下には『フィンドル』『phindol』『PHINDOL』『0101』などと書かれていた。
「キーボードの機能をいかすためよ。たとえばこの『NUMLOCK』ね。このキーを押さないと数字が入力できないのよ。つまりNUMLOCKを踏まれると数字が入力できなくなって『0101』のフィンドルくんは動けないわけ」
「あー、なるほど。たしか『CAPSLOCK』を押すとアルファベットは大文字しか入力できなくなるから、小文字の『phindol』が動けなくなったりするわけか」
「そういうこと。ちなみに半角を押したら全角の駒が動けなくなるわよ」
特殊能力=パソコンの機能なので、パソコンの教材にもなるゲームだ。
ショートカットキーの機能などがまとめられた説明書があれば便利だろう。
だいたいルールが整ってきた。
「対局の前に一服しとくか。なにがいい?」
「今まで食べたことない組み合わせがいい。和菓子と紅茶とか、洋菓子と日本茶みたいな」
「ならバウムクーヘンと粉茶はどうだ?」
「粉茶ってお寿司屋さんで使われてるやつよね?」
「ああ。煎茶の製造過程で除かれる茶葉の欠片を集めたもんだ。蒸らす時間が短いわりに味も色も濃い。実に江戸っ子好みで、意外にバウムクーヘンとも合う」
「じゃあそれ」
「あいよ」
本来なら出来立てのバウムクーヘンを出したいところだが、職人技なのでうちでは作れない。
なので取り置きのバウムクーヘンをレンジでチンする。
「そんなことして大丈夫なの?」
「温めすぎるとパッサパサになるが、ちゃんと時間を調節すれば大丈夫だ。食ってみろ」
「あ、ふわふわ!」
お取り寄せの高いバウムクーヘンなどでもレンジが推奨されており、焼き立てのような食感になる。
最近はコンビニで売ってるやつでもふわふわ食感になるから馬鹿にできない。
本場ドイツよりもバウムクーヘンを消費している日本ならではの仕様だろう。
そしてこのバウムクーヘンに粉茶のコクと渋味が加われば無敵だ。
ただし、
「……なにしてる?」
「え、バウムクーヘンってこうやって食べるものでしょ?」
瑞穂は子供のように年輪を一枚一枚剥がしながら食べていた。
「ドイツ人に謝れ」
「あんただってやりたいでしょ?」
「……」
たまには童心に戻るのも悪くない。
「じゃあ一局指してみよう」
「はーい」
俺が左側、瑞穂が右側だ。
「CTRL+CとVを踏んで増殖するのがセオリーか?」
「じゃあ『F4』ね」
「は?」
「キーボードの一番上にある『ファンクションキー』よ。F4は『直前の操作を繰り返す』。つまりあんたのコピペを繰り返して、こっちも駒を増殖させるのよ!」
「なんだと!?」
「アプリによってファンクションキーの機能は変わるけど、F2でファイル名にカーソル移動、F5で最新情報に更新、F11で全画面表示、F12で保存。あとF6からF10は入力した文字をひらがな、カタカナ、半角カタカナ、全角アルファベットと数字、半角アルファベットと数字に変換できたりするわよ」
「……こんな場所にも機能があったのか」
よくわからなくなってきたのでパソコンの機能を調べる。
「ん、Ctrl+Zで『直前の操作の取り消し』、つまり『1つ前の状態に戻る』だな。これで増殖を防げる」
「じゃあバックスペースであんたの駒を消すまでよ!」
「その場を動かずにもう一度Zを踏んで操作を取り消し」
「バックスペース」
「取り消し」
「バックスペース!」
「取り消しだ!」
何度も同じ手を繰り返す『千日手』だ。
このままでは決着がつかないのでノーゲームにし、今度はボードの左右を逆にして最初から指しなおす。
「すべての駒がキーを押せると忙しすぎる。能力を発動できるのは玉だけにしたほうがいいんじゃないか?」
「それもそうね」
ということで、キーボードのキーを押せるのは玉である『HELP』だけになった。
ただしCTRLのように2つ同時に押す必要のあるキーは、他の駒でも踏める。
「地道にデリートとバックスペースで増殖した駒を消すか、エンターで無理やり改行して相手の位置をずらすかだな」
だがやはりコピペや取り消し、F4、デリート、バックスペースを繰り返す千日手になりやすい。
この辺は機能制限をつけるなどしてルールを調節したほうがよさそうだ。
「じゃあCtrl+Sの『保存』で現在の棋譜を保存」
「は?」
「Ctrl+Oで『ファイルを開く』。だから私が不利になったら、さっき保存した棋譜のファイルを開いてそこからやりなおしね」
「なんだそのめちゃくちゃな戦法は!」
「Ctrl+Nは『新規作成』だから最初からやり直しかしら?」
「……もう何でもありだな」
「Ctrl+Aで『すべての駒を選択』できるから、Ctrl+Aでコピペしたら『キーボード上にいるすべての駒をコピペできる』わね」
「Ctrl+Aの後にデリートを踏んだら?」
「敵味方全滅」
もはやゲームとして成立していない。




