ステルス将棋セット【笹団子とよもぎ茶】
「ステルス将棋をしよう」
「敵に気づかれないように動く将棋ってこと?」
「ああ。基本的には将棋と同じだ。駒の移動範囲がそのまま索敵範囲になる。ステルス状態の駒を取ることはできない」
「移動範囲=索敵範囲なら、移動範囲内にいる駒は全部見えてるからステルスの意味なくない?」
「探索できるのは前方だけだ」
「前しか見えないってこと?」
「そういうことだ」
「ヒトゲノム兵ね」
「違う」
ヒトゲノム兵は『オタルギアシリーズ』でお馴染みの、遺伝子操作で強化された兵士だ。
ステルスゲームという性質上、視野が極端にせまい。
なのでゲーマーは『視野のせまい敵』を皮肉ってヒトゲノム兵と呼ぶ。
○
○
○
×××飛×××
×
×
×
※飛車は前後左右に何マスでも動けるが、視野は前にしか存在しない
横に相手がいても見えない
飛車の前にいる歩の駒を引っくり返す。
「敵に見つかった駒はこうして引っくり返す」
「それだと成れなくない?」
「だからこのゲームでは成り駒には成れない」
「ええ!?」
ステルス状態を視覚的に判断できるようにしないといけないので仕方ない。
「ステルスを活かせばこういうこともできる」
銀の斜め後ろに駒を移動させた。
「あ、『発見されてない駒は取れない』。つまり索敵範囲外の場所にいれば相手に見つからない上に、敵の動きを妨害できるのね」
「なかなか面白いだろ?」
○○○
銀
× ×
※銀の移動範囲
銀の索敵範囲は○だけ
銀は×の位置にも移動できるが、ここにいる敵の駒は見えない
見えない駒は取ることができず、そこへ移動することもできなくなる
死角に持ち駒を打たれると飛車も成金も横に動けず、銀や角も斜め後ろに下がれない。
○○○
×金×
×
○ ○
○ ○
角
× ×
× ×
動きが相当限定され、個性も殺される。
ルールはシンプルだが、それなりに駆け引きはあるはずだ。
「見つかった駒はずっと見つかったままなの?」
「ああ。イラストは魔女と魔法生物にしよう。ゴーレムのような魔法生物は視野が狭くて、気配も読めない。知能も低いから横を素通りしても気づかれないわけだ」
「忍者のほうがよくない?」
「忍者にすると、駒の種類の分だけ忍者のイラストが必要になるだろ。他のゲームでそんなに忍者使うか?」
「う……」
イラストは他のゲームでも使いまわす。
忍者のイラストもすでにあるが、さらにイラストを追加するとなると描くのも大変だ。
一番問題なのは『視認性が悪い』こと。
ステルス状態を把握できるように駒を裏返したように、その駒が何の駒なのかも一目でわかるようにしないといけない。
黒装束の忍者では、駒を一目で見分けるのが難しいのだ。
視野が狭くて知能の低い魔法生物ならば、それらの欠点をすべてカバーできる。
「でも売り物にするならもう一味ほしいわね」
「そうだな」
このままではシンプルすぎる気がするので、ああでもないこうでもないとルールをいじるがうまくいかない。
「長くなりそうだから一服しとくか。なにがいい?」
「忍者っぽいの」
「……忍者っぽいってなんだよ。笹団子か?」
「なんで笹団子?」
「笹団子のルーツは上杉家の兵糧丸って説があるらしい」
「あー、なんか黒魔術的にいろんなものを混ぜ合わせて作る団子ね」
「……否定できん」
ソバ、キビ、きな粉などの色んな粉に、梅干や木の実、ゴマ、変な草(一応薬草なのだろうが)、水あめ、酒、そしてシナモンやハッカ、ショウガなど。
ありとあらゆるものをぶち込んで作る栄養価の高い保存食品である。
簡単にいえば戦国時代の『1粒300メートル』だ。
伝説レベルの兵糧丸だと1粒で3日3晩ぐらい平気ですごせるようだが、一般的な兵糧丸なら1日10粒以上食べる。
食料の心配のない平時ならもっと食べるだろう。
もちろん大きさにもよるが。
「え、なにこれ? きんぴら?」
「日本人はなんでもあんこを詰めたがるからな、今日はきんぴらやひじきにしてみた」
「甘辛くておいしい」
こういう惣菜系の笹団子やちまき、おやきも一味違ってうまい。
ごぼうやレンコンなどを入れればコリコリして歯ごたえも楽しめる。
団子はもちもちで、濃い緑色からわかるようにヨモギの匂いがした。
長期保存できるように笹の葉で包まれているので、それがまた一層香りを引き立てる。
お茶はよもぎ茶。
よもぎはその辺に生えてる雑草でもあるから、適当に摘んで干せばお茶になる。
現地調達も可能な理想の忍者スタイルだ。
「さて……」
笹団子を食いつつ、適当にルールを改良してみる。
「『成ったら見えなくなる』っていうのはどうだ?」
「敵に見つかってる駒も、成ったらステルス状態に戻れるってこと?」
「ああ」
「敵の索敵範囲内でも成れるの?」
「成れない」
「でしょうね」
とりあえず指してみることにした。
「とにかく序盤は飛車と角を動かしまくりたいな」
たとえ相手の駒を取ることができなくても、発見しておくだけでだいぶ指しやすくなる。
相手が成らないかぎり、敵を見失うことはないからだ。
そして飛車・角で素早く敵陣に突っ込み、ステルスモードへ移行する。
「これで万全だ!」
「ぎゃー!?」
飛車をボードの端まで進める。
どの駒も横に索敵範囲がないので、『敵陣の一番深い場所』まで踏み込めばもう発見されることはない。
○○○
×金×
端端端
※横に索敵範囲がないので、×に行けば敵に発見されない
将棋とは違う戦略性もあっていい感じだ。
「……玉は索敵範囲広くしたほうがよくない?」
「たしかに現状だと王手をされたら簡単に詰みそうだな。玉の移動範囲にいる駒や、王手をした駒は発見されるほうがいいのかもしれん」
玉は人間なのだから、魔法生物より視野が広くて、気配も敏感という設定にしよう。
「こういう戦術もありだな」
大胆に玉を前線へ進める。
「え、なにそれ」
敵の索敵範囲をきれいに避けてドンドン進む。
「う、わかってるのに捕まらない!」
「入玉戦術だ」
入玉、すなわち玉を敵陣に侵入させること。
将棋の駒は後ろにいる敵を取るのが苦手なので、入玉されると詰みにくくなる。
しかもプレイヤーには見えていても、駒の索敵範囲はせまいので普通の将棋に比べれば入玉しやすい。
ゲームのシステム上、玉が敵陣の一番奥に進めば発見することができなくなるので勝ち確定だ。
「これだからヒトゲノム兵は!」
監視の目をかいくぐって敵地に侵入する。
これぞステルスゲームのだいご味だ。




