RTAセット【フルーツパイとハイビスカスティー】
参考ゲーム
ゼルダの伝説シリーズ
風のタクト
夢を見る島
ふしぎの木の実・大地の章
「あー、もうなんで突破できないのよ!」
「バリアだからだよ」
ゲームは毎度おなじみの『リンクの伝説』シリーズの一作『空のタクト』。
ラストダンジョンらしき城の周りには透明な壁があり、接触すると吹き飛ばされてダメージを食らう。
しかしそれにめげることなく剣を振り、爆弾を投げ、弓を撃ち、粉をかけ、なんとかバリアを突破しようとする。
当然ラストダンジョンなのだから、ちゃんと条件を満たさないとバリアは突破できない。
「うがー! これさえ突破できたら10万なのに!」
「10万?」
「RTAの懸賞金よ」
「賞金!? 世界記録出したら10万ももらえるのか」
「違うわよ。これはあくまで『バリアスキップ』の懸賞金だから」
「は?」
「このバリアさえ突破できればクリアタイムを2時間も縮められるわけ。だから世界中のゲーマーがバリアをスキップする方法を探してるの。でも何年経ってもみつからないから、とうとう懸賞金をかけたのよ」
「……これ、だいぶ前のゲームだろ?」
「私たちが生まれる前かしら」
「見つかるわけないだろ、そんなの」
「移植版だと無限に加速し続けてバリア突破できるのよ!」
「……無限に加速ってなんだよ」
「特定の操作をすると運動エネルギーが保存されるから、それを利用して加速するのよ。ちなみにオリジナル版でも加速はできるわよ、水の中だけだけど」
むしろなんで水の中でだけ加速できるのか。
しかもこのゲーム、船で世界中を旅するシステムなのだが……。
無限に加速して泳ぐことで船なしでも海を渡ることができる。
頭がおかしい。
オリジナル版も加速することでバリアを突破できると推測されている。
だが地上では加速できないので、やむなくそれ以外の方法で突破しようとしているそうだ。
「それにこれよりもっと古いゲームでも、毎年のように新しいバグ技が発見されてるんだから」
「マジか」
「マジよ。リンクシリーズなら『刻のオカリナ』とか『ヴァジュラの仮面』で任意コード実行できるようになったし」
「なんだそれ」
「主人公の名前はプレイヤーが好きに入力できるでしょ。たとえば『BK201』みたいに名前をエンディングムービーのコードにすれば、そのコードを実行させることでエンディングを呼び出せるのよ」
「……なるほど、わからん」
「特定の場所に行くとイベントが発生してムービーが流れるでしょ? その時に流れるムービーのコードを、何らかの手段を使ってエンディングのコードと入れ替えるだけの簡単なお仕事よ」
「何らかの手段ってなんだ」
「剣振ったり爆弾投げたりアイテム入れ替えたりピアノ弾いたり『無を習得』したり」
ますます意味が分からない。
ともかく一見何の意味もなさそうな行動で『ゲーム機の内部処理をプレイヤーの手で操作』し、エンディングを呼び出すらしい。
『ゲーム機にハッキングを仕掛ける』ようなイメージだろうか?
「仮に変な儀式をしてエンディングを呼び出せたとして……。それはクリアしたことになるのか?」
「ゲームをクリアしたらエンディングが流れるんだから、エンディングを流せばクリアしたのと同じでしょ」
「いや、その理屈はおかしい」
「一応、攻略必須のダンジョンは全部攻略しないといけない『オールダンジョン』とか、どんなバグを使ってもいいからとにかくエンディングを見ればクリアの『Any%』とか、細かくジャンルはわかれてるけど」
「へぇ」
バリアスキップはAny%というやつらしい。
ためしに動画サイトで『Any% RTA(海外ではSpeedRunと呼ぶ)』と検索すると、恐ろしく短時間で超大作ゲームを攻略していた。
……動画の再生時間だけでRTA界隈のやばさがわかる。
「つまり一番早いのがエンディング呼び出しで、次がラストダンジョン直行だな」
「ラストダンジョンに入ることができても、特定のアイテムがないとラスボスを倒せないってパターンも多いけどね」
いかに必要な道具を集めるか、どのダンジョンをスキップするか考えないといけないようだ。
「するとバグ技でアイテムを手に入れるのが最速だな」
「そうね。でもそんなに都合よくアイテムバグなんて見つからないし、『必須アイテムのあるダンジョンに入るためには別のアイテムを手に入れる必要がある』っていうパターンもあるから、最速ルートを考えるのは意外に大変なの」
「……完全に詰将棋だな」
後半のダンジョンで手に入るものほど威力が高いので、あえて後半のダンジョンから(バグ技を使って)先に攻略し、強力な武器を手に入れてから前半のダンジョンを駆け抜けるという戦略も必要になる。
最短距離で突っ走っていると金を稼ぐのも難しい。
回復アイテムや矢、爆弾などの消耗品も必要になる。
「どこで必要な金を貯めて、消耗品を調達するのかも考えないといけないんだな」
「そこで乱数調整よ」
「……また意味のわからんことを」
「ゲームのランダム性って疑似乱数だから、法則さえわかれば乱数調整できるのよ」
「具体的に乱数調整するとどうなるんだ?」
「レアアイテムを1発で入手できる」
「やばすぎだろ」
たとえばランダムエンカウントのRPGで乱数調整すれば敵が出ない。
確率で回避と命中とクリティカルを管理しているゲームなら、敵の攻撃は確実に避わし、こちらの攻撃は100%命中、なおかつすべての攻撃がクリティカルヒットになる。
それが乱数調整だ。
「アクションゲームの行動パターンも乱数で制御されてるから、調整したら敵の行動をコントロールしてハメ殺せるわよ」
「……お前らはいったい何のゲームをしてるんだ」
本当に俺と同じゲームをしているのか疑いたくなるレベルだ。
ここまでくると逆にすがすがしい。
「そもそも乱数調整なんて人力でどうやってやるんだよ。乱数が画面に表示されてるわけじゃないだろ」
「目で見えないなら音を聞けばいいじゃない」
「……音で乱数?」
「このゲームでは剣を振った時の音が高音・中音・低音の3パターンに分かれてて、音で乱数が把握できるのよ。つまりあのアイテムがほしい時は低音、ボスの行動パターンを操作したい時は高音みたいな感じ」
「そこまで解析されてるのか」
たしかに剣を振った時の音が微妙に違う。
そして指揮者のごとく剣を振れば、自在に敵の行動とドロップアイテムを操作できた。
……アクションアドベンチャーなのに、なかば音ゲーと化しているカオス。
理屈さえわかれば俺でも再現できそうなのがやばい。
「ラストダンジョン直行なら『夢を見る魚』かしら。スクロールバグで簡単に『魚の卵』に行けるし」
「スクロールバグ?」
「マップ移動する瞬間にセレクトボタンを押すと、マップが切り替わるだけで主人公の位置情報が更新されないのよ」
実機で再現して見せる。
□□□□ ■■■■
□□□主→主■■■
□□□□ ■■■■
□□□□ ■■■■
※普通のマップ移動
□□□□ ■■■■
□□□主→■■■主
□□□□ ■■■■
□□□□ ■■■■
※スクロールバグ
マップが横にスクロールする瞬間にセレクトボタンを押すとマップだけが切り替わる
「間に壁があっても関係ないし、ダンジョンの壁の上にも移動できるわよ」
「やばいな、これ」
□□□□ ■■壁■
□□□主→■■壁主
□□□□ ■■壁■
□□□□ ■■壁■
※このバグを利用すれば、隣のマップにある壁なども越えられる
ダンジョンの壁の上など、本来なら移動できない場所にも移動できる
ダンジョンの壁の上を歩いていると、明らかに違うダンジョンの一室に出た。
「なんで違うダンジョンに行けるんだ?」
「ダンジョンもワールドマップと構造が同じなのよ。壁があるから行けないだけで、実は『地下一階』っていう巨大なワールドマップで繋がってるんだって」
「あー、だから移動すると別のダンジョンに行けるのか」
バグって変な場所へ出ているわけではない。
もしダンジョンの壁を掘ることができるシステムだったら、ちゃんと別のダンジョンに繋がるわけだ。
「スクロールバグで南下して海を越えると山に出るから……」
まずワールドマップの一番下にある海辺のマップをスクロールバグで超えると、ワールドマップの一番上にある山へワープした。
スクロールバグでワールドマップの一番上に出る
↓
■■■■■←山
■■■■■
■■■■■
□□□□□←海
□□□□□
□□□□□
↓
スクロールバグでワールドマップの一番下からさらに下へ移動すると、ワールドマップの一番上にある山のマップへ移動する
そして山の上にあるダンジョンに入り、スクロールバグですかさず壁の上へ。
敵を無視して(というか、壁の上なので敵の攻撃は届かないのだが)壁の上を歩いていると、巨大な穴のある部屋に出た。
壁から飛び降り、さらにその穴へ飛び降りると、
「はい、ラスボスね」
「……本当に直行しやがった」
しかも画面がバグっている。
「おい、なんかラスボスが2体いるぞ?」
「不正な操作したからバグるのよ。ちゃんと2体倒さないとクリアできないわよ」
「……もうなんでもありだな」
当然、初期状態のパラメータでラスボス2体に勝てるわけもなく、あっけなくゲームオーバーになった。
だが歴戦のスピードランナーなら初期装備でもラスボスを倒せるのだろう。
RTAおそるべし。
「バリアうざい」
一通り遊んだので、ふたたび空のタクトのバリアスキップに戻る。
どうしても10万円を諦めきれないらしい。
「フルーツパイとハイビスカスティーね」
「あいよ」
アイデアが出てこないようなので糖分補給する。
フルーツパイ(とフルーツケーキ)は、この世界だとお祝い事の時によく作るという設定だ。
ただ料理のレシピはたくさんあるのに、飲み物はミルクぐらいしかない。
飲めそうなのはヤシの実とハイビスカス、それと回復アイテムの薬ぐらいだ。
薬は青・緑・赤とやばそうなものしかないので却下。
ハイビスカスはいわゆる『わらしべイベント(物々交換を繰り返していくイベント)』で、バナナやパイナップルとも交換する。
フルーツパイにも使える材料だ。
見た目にも鮮やかで、お祝い事に作るのもよくわかる。
ハイビスカスとの相性を気にしてはいけない。
「他のシリーズにはバリアのあるラストダンジョンはないのか?」
「『ふしぎな木の実』の『土地の章』のラストダンジョンにバリアがあるわね」
「バリアスキップは?」
「できるわよ」
「それを応用すれば空のタクトでもバリアスキップできるんじゃないのか?」
「……理屈ではできると思うんだけど、ハードのスペックが違うから難しいわね」
空のタクトも古いゲームではあるが、DVD世代のゲームだ。
一方、土地の章はロムカセット時代のレトロゲームである。
たしかにスペックが違う。
「物は試しだ。土地の章ではどうやってバリアスキップしてたんだ?」
「ニワトリでメモリを圧迫してバリアをロードさせない」
「は?」
「ゲーム機がメモリを消費してバリアを発生させるわけだけど、他の処理でメモリを消費させてバリアをロードできなくさせるってこと」
「それでニワトリか」
このシリーズではニワトリをいじめると『画面外から大量のニワトリが出現して襲い掛かってくる』。
つまりラストダンジョン前にニワトリを連れて行ってニワトリを大量発生させ、本体のメモリを圧迫させてからバリアをすり抜ける(バリアを発生させない)のだ。
驚くほど理屈は単純である。
「空のタクトもメモリを消費してバリアを発生させてるはずだから、何らかの手段でメモリを限界まで消費させることができればバリアスキップできるはずなんだけど……」
「……ニワトリじゃ足りんな」
低スペックだからこそ、土地の章ではニワトリで必要量のメモリを消費させることができたのだ。
この世代のゲーム機のメモリを消費させるには、ニワトリでは絶望的に数が足りない。
「矢を射つのをキャンセルすれば、手に何本も矢を持った状態にすることができるのよね。それを延々と繰り返せばメモリを枯渇させることができるかも」
「で、何回キャンセルすればいいんだ?」
「たぶん65536回」
「……もう普通に攻略しろよ」