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将棋セット【チョコバナナとバナナ・モカ・クーラー】

参考文献

 秘伝大道棋

 名作詰将棋

 詰将棋教室


「あれなに?」

 店頭には古典詰将棋の問題を描いた絵馬をかけていた。


「江戸時代の数学者は絵馬に数式を書いて『これが解けますか?』ってやるのが好きだったそうでな、ちょっと真似してみた。数学者には詰将棋の創作者も多かったらしいぞ」


「へー」

「というわけで、店にこれを展示しようと思う」

 ノートパソコンを立ち上げ、将棋ソフトを起動し、絵馬の詰将棋の棋譜を読み込む。


「棋譜を入力しておくと、自動的に指し手を進めてくれるソフトだ。設定は一秒に一手」


「えっと……、つまりお客さんは詰将棋が自動的に解かれていくのを見るだけということですか?」

「そうです」

「何が面白いの、そんなの」

「実際に見てから言え。これは有名な『馬の鋸引のこぎりびき』だ」

 詰将棋をソフトで再生する。


挿絵(By みてみん)


 2三銀成りから2一玉と逃げ、3二角成りに1一玉、ここからが本番だ。

 3三馬、2一玉、4三馬、1一玉、4四馬、2一玉、5四馬と


    馬

   ●●

  ●●

 ●●

 ●


 王手をかけつつノコギリのようにジグザグに7七へ下がって桂馬を取り、今度は逆にジグザグに上がって桂馬で玉を詰ます。

「おおー」

「結構面白いだろ? 次は桑原君仲の知恵の輪シリーズ」

 金・銀・馬・龍の問題があり、個人的には馬知恵の輪が好きだ。


挿絵(By みてみん)


 5七金打ち、同玉、4七香、同玉までが知恵の輪の前準備。

 ここから4八馬、3六玉、3七馬、2五玉、1五馬、3四玉と追いかけっこが続く。


「馬がぐるぐる玉を追い回すんですね」

「あ、ちょっと面白いかも」

「だろ? 詰将棋作品集には他にも詰め上りが文字や絵になる曲詰めがある」

 有名なのは日の丸詰め、大の字、引違、石畳、荒鷲やハーケンクロイツあたりか?


挿絵(By みてみん)


日の丸詰め


挿絵(By みてみん)


日の丸詰め 詰み上がり


挿絵(By みてみん)


石畳


挿絵(By みてみん)


石畳 詰み上がり


 大の字は文字通り『大』になり、引違は『×』、荒鷲はデフォルメした航空機、ハーケンクロイツは『卍』によく似ている鉤十字ハーケンクロイツの形に詰み上がる。


「自玉以外の39枚を全て盤上に配置したのが煙詰め」


挿絵(By みてみん)


煙詰め


「これを解くと盤上の駒が煙のように綺麗に消える」


挿絵(By みてみん)


煙詰め 詰み上がり


「玉が馬を取って、最後に残るのはと金だけだ」

「……なんか凄すぎてわけがわからなくなるわね」

「これだけで見世物になるだろ?」

「そうですね。ソフトがテンポよく指し進めてくれるので、これなら初級者でも楽しめそうです」

「でも全体的に難しい問題が多すぎでしょ。ちゃんと初級者でも解ける問題がないと」

「そうだな」

 詰将棋を解きつつ、面白くて初級者でも解ける問題を探す。

 地道な作業だ。

「……そろそろ問題解くのが厳しくなってきたわね」

「いま何手詰めだ?」

「五手詰め」

「挫折しがちな頃だな」


 三手詰めはまだ短いので難しくても解く気になるが、五手詰めの難問にもなると一問解くのにかなりの時間がかかってしまう。


「選択肢から指し手を選んで解くのもあるし、ヒントが書いてある本もある。それを読め」

「この何も書いてない本はどうすれば?」

「答えを見ましょう」

「は?」


「それも最初の一手だけ。とっかかりがあれば後は自然と解けますから」


 詰将棋はあくまでパターンを覚えるものだから解かなくてもいい、というのはさすがに極論だが。

 定跡を学ばなくても1・3・5手の詰将棋問題集を丸暗記するだけでそれなりに強くなる。

「あと難しい問題を時間かけてやるぐらいなら、同じ時間で簡単な問題を大量に解いた方がいいですよ」

「答えを見ながら簡単な問題をたくさん解く。それなら先生でも出来そうですね」

「問題の解き方は全てのパターンを覚えてくださいね。詰将棋の答えは一つじゃない場合がありますから」

「はい」

 先生が将棋盤に問題を並べ始めた。


「盤駒は使わないでください。本を見ながら頭の中で駒を動かすのが基本です」


「そうなの?」

「ああ。最終的には一目で問題を覚えて、本を閉じて解く!」

「本を閉じて……」

 興味を抱いたのか瑞穂が問題を暗記して棋書を閉じる。


「……………………?」


「お前にはまだ早かったようだな」

「何で出来ないって決めつけるのよ!」

「なら解けるのか?」

「……問題忘れた」

 だと思った。

「よし、趣向を変えよう」


 ホワイトボードに『逆玉は将棋の花』と書き、駒を並べる。


挿絵(By みてみん)


「玉が二つ?」


「この詰将棋には自玉があるから手を間違えると逆王手を食らって負ける」


 詰将棋は玉を詰ませることだけに特化したゲームなので、普通の問題には自玉は存在しない。

「9三角成りだと3手後に9一香で刺されるから7一角成り?」

「6二馬で逆王手」

「8六玉で9八香の逆逆王手」

「9六金の逆逆逆王手」

「同香の逆逆逆逆王手!」

「同銀成りの逆逆逆逆逆王手!」

「……これ考えた人天才だわ」

「これも面白いだろ?」

 ちなみに正解は9三桂成り→8一玉→9一角成り→7一玉→8一馬→6二玉→6三香である。

「詰将棋の欠点は一人で解くことだが……。双玉なら詰将棋だけでなく、二人で指せる」

「二人で?」


「とりあえず最初は普通に解いてみて、先手が決められた手数以内に詰められなかった場合、お互いに持ち駒を半分分け合って戦うんだよ。そこからは普通の将棋だ。終盤戦だから初級者でも戦いやすい。将棋のだいご味は終盤の逆転だしな。そして最終目標はこれだ!」


「名人戦の棋譜、ですか?」

「そう、それも棋譜の最後。いわゆる『投了図』を詰ましてもらいます。投了図はもう勝負がついている状態だから頑張ればアマチュアでも解けますよ。プロの投了図を詰められるようになれば、テレビ対局もぐっと面白くなるし、棋譜並べも楽しめます」

「この棋譜、投了図以下の指し手が書いてないんだけど……」

「棋譜を入力すれば将棋ソフトが1秒で解いてくれる」


 投了図は形作り(ボロ負けだと格好がつかないので、一手差で負けたように形を整えること)しているので、一手でも寄せ間違うと逆王手されてしまう。

 そういう所は双玉詰将棋に似ている。


「詰将棋のように王手の連続で詰む投了図をまとめた本もある。しばらくは双玉と投了図の詰将棋で対局しよう」

「はーい」

「おっと、賭けるのを忘れてたな。なに食う?」

「チョコバナナ!」

「あいよ」

 バナナを剥き、チョコレートシロップをかける。

 ナッツ・生クリーム・ココアパウダー・チョコチップ・ラムネはお好みで。


「お茶はバナナ・モカ・クーラーだな」


「なんですか、それ?」

「コーヒーに牛乳・チョコレートシロップ・バナナ一本丸ごとぶちこんで混ぜたものです」

 材料をミキサーにかけ、カップに移して氷をカランと入れる。

「美味しそ」

 瑞穂がストローで一口。

 バナナやチョコレートの甘さを、コーヒーの苦さと牛乳のまろやかさでバランスよくまとめてある。

 一見、喉越し悪そうだがすっと喉を通る。

「じゃあ対局だ」

 早速二人で投了図の詰将棋を指し始める。

「んー、ないわね。参りました」

「まだ詰んでないだろ」

「そう?」

「ここをこうすれば……」

「あ、本当だ」


 この一局だけなら問題はなかったのだが。


「ありません」「あ、負けました」「これでおしまい」

 瑞穂はことごとく負け続けた。

 それもまだ詰んでいない状況で。

「……お前、諦めるの早くないか?」


「プロ棋士みたいに、まだ詰んでなさそうな局面で投了するのって格好よくない?」


「格好よくねえよ」

 それは『一見詰んでなさそうでいて、深く検討してみると実は詰んでいた』からこその格好よさだ。


 詰んでなさそうでいて、本当に詰んでないのはただの間抜けである。


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