オープンワールドセット【チョコレートとソーダ】
参考ゲーム
ゴースト・オブ・ツシマ
「おかしいわね、洋ゲーなのに日本の描写がまともだわ」
「……驚くところはそこなのか」
「しかも洋ゲーのオープンワールドなのに戦闘が面白いのよ」
「妙だな」
たしかに海外産とは思えないゲームだ。
『平家将』
おそらく中国の『楊家将演義(楊一族の物語)』からとったタイトルだろう。
壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家は、日宋貿易でつちかった人脈を利用して中国に渡った。
しかし中国もまた蒙古に滅ぼされようとしていたため、やむなく平家はチンギス・ハーンの配下となる。
だがしばらくすると、モンゴル軍にもう一つの日本人戦闘集団が合流した。
源頼朝によって日本を追われた義経の一族である。
「義経=チンギス・ハーン説をモチーフにした展開だな」
義経が海を渡ってチンギス・ハーンになったというのはトンデモ説だが、源氏や平家の残党が海を渡ってモンゴル軍に参加するだけならありえない話ではない。
モンゴル軍は有能な人材なら人種を問わずに登用する多国籍軍だからだ。
それから約100年もの間、源氏と平家はハーンの下で功を争うことになる。
そして1274年、源平は共通の敵である日本(=頼朝の一族)へ復讐するためにフビライ・ハーンをそそのかし、元寇を起こして対馬に上陸するというストーリーだ。
洋ゲーなのにちゃんと日本史や伝説を踏まえたシナリオであり、キャラクターデザインやセリフにも違和感がない。
声優もちゃんと日本のベテラン勢をそろえている。
戦闘システムもよく練られており、モーションも現実に存在する流派の動きを参考にしているようだ。
見た目は完全に時代劇である。
「『黒沢モード』もあるわよ」
「なんだそれ」
「昔の時代劇みたいに画面を白黒にするモード」
「……意味がわからん」
だが面白そうなので黒沢モード(ちゃんと黒沢スタジオから許可を取っているらしい)にしてみる。
「おお、ちゃんと血がチョコレートシロップだ!」
「チョコ?」
「白黒映画だと赤い血のりじゃ映えないから、『椿四十郎』ではチョコレートシロップに炭酸水を混ぜたんだよ」
「おいしそう」
「……まあ、チョコレートソーダはアメリカで飲まれてたはずだから作れないこともないが」
「じゃあそれ」
「あいよ」
チョコレートシロップやミルク、クリーム、ヴァニラアイスなどを炭酸水に混ぜるだけだ。
ナツメグはお好みで。
「……うん、チョコ味のソーダだわ」
「だな」
まずいわけではないが、これならチョコを食いながらソーダを飲んだほうがいい。
レモンやオレンジピールなどでアレンジすればイケそうな気はする。
そこまで工夫する気にもなれないが。
昔の時代劇ファンならネタのために飲んでもいいかもしれない。
『サムライ死すべし、慈悲はない!』
白黒だと見にくいので画面を元に戻してゲームを再開。
平家将と源氏将は先陣を切って対馬へ上陸する。
源氏将はライバルなだけあって強く、ビジュアルも特徴的だ。
『蘭陵王』の仮面をかぶっている。
蘭陵王は北斉の名将。
『音容兼美』すなわち音(声)も容姿も美しく、味方は彼に見惚れ、敵には優男と侮られていた。
蘭陵王は自らの美しさを嫌い、恐ろしい仮面をかぶって戦場へ出るようになったという。
つまり源氏将も蘭陵王のような『音容兼美』の名将だということだ。
戦い方が華麗で美しい。
負けじとこちらも敵陣へ突っ込み、
『やあやあ我こそは平家将なり! 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!』
日本の武士のように名乗りを上げて一騎討ちを挑む。
一騎討ちはこのゲームを代表する戦闘システムの1つだ。
『長押し △』
指示どおり△ボタンを長押しし、相手が襲いかかってきた瞬間にボタンから指を離すと、神速で刀を抜いて敵を斬り殺す。
これが気持ちいい。
まさしく時代劇だ。
相手がザコならモーションも大きくて簡単なのだが、強い敵になるとフェイントを入れてくる。
もちろんフェイントに引っかかってボタンを早く離してしまうと失敗。
逆に敵に斬られて大ダメージを受けてしまう。
スキルレベルが上がると一騎討ちで撃破できる数も増えるらしい(次々と敵が襲い掛かってくるので、タイミングよくボタンを押すと一撃で相手を倒せる)。
基本的に一対多のシチュエーションが多いので、最初の一騎討ちで2~3人斬り殺すことができればかなり楽になるだろう。
こうして鎌倉武士たちを次々に撃破していくのだが、
『しまった、船が!?』
まだ敵陣を確保していないのに船を燃やされ、対馬で孤立してしまう。
完全に鎌倉武士によって包囲され、平家一門は次々と命を落とす。
絶体絶命だ。
「……囲まれても意外に戦えるな」
死にゲーと違って敵に囲まれても何とかなる。
特にガードが優秀で、通常攻撃なら何発ガードしても崩されない。
ただし攻撃時に武器が青く光る攻撃はガード不能攻撃なので、ステップで回避するかジャストガード(攻撃が当たる瞬間にガードボタンを押す)しかない。
赤く光る攻撃はジャストガードすら不可能だ。
まだ序盤なのでガード不可攻撃も少ないのが救いか。
また4種類の『型』が存在し、刀・槍・盾・斧など相手の武器に応じて型を切り替えれば敵のガードを崩しやすくなる。
慣れるまでが大変だが、慣れたら無双も夢ではない。
「敵を倒したらゲージが溜まるのがいいな」
敵を倒すかジャストガードに成功すれば『気力』ゲージが回復し、このゲージを1つ消費することで体力を回復できる。
敵が多い分、気力の回復量も多い。
気力さえ確保していればゲームオーバーになることもないだろう。
『大丈夫か?』
鎌倉武士の包囲網を突破しつつ山へ逃げ込むと、負傷したモンゴル軍の女兵士を発見。
男装の令嬢だ。
名前はミンメイ。
中国人らしい。
相当強い敵と戦ったらしく、顔には大きな傷ができていた。
ミンメイに応急処置を施し、お互いに協力しながら山を越える。
『これを使え』
ミンメイから道具を受け取ると、暗器が使えるようになった。
暗器は隠し武器である。
モンゴル軍が使っていたことで有名な『鉄炮』は陶器の中に火薬や鉄片などを詰めた原始的な手榴弾。
吹き矢を使えば敵を毒殺できるし、鈴を投げて相手の注意を逸らすこともできる。
煙玉を使えば相手はこちらを見失う。
このゲームにもステルス要素があり、敵に気づかれずに背中を取れば一撃で相手を殺せる。
煙玉でこちらを見失った状態でも背中を取れば暗殺できるので便利な道具だ。
ただ近接暗器と遠距離暗器は使い方が違うため、慣れないと混乱する。
状況に合わせて暗器を切り替えて使うのは難しい。
所持できる数も少ないので無駄遣いしたらあっという間に弾切れになる。
要注意だ。
「お、モンゴル兵がいるぞ」
ようやく味方の軍勢と合流することに成功した。
しかし、
『平家死すべし、慈悲はない』
「うお!?」
なぜかモンゴル兵から攻撃されてしまう。
『どーしよー! どーしよー!』
容赦なく弓矢で狙撃される。
プレイヤーが弓矢で攻撃するのは難しいのに、敵は恐ろしい精度で攻撃してきた。
弓兵を見つけたら速攻で倒さないと死ぬ。
「どーしよーってなんだ?」
「モンゴル語よ。同士討ちを防ぐために味方に声をかけてるんだって」
「……こっちも味方だろうが、ふざけやがって」
弓兵が『どーしよー!』と叫んだ瞬間、背中を撃たれないようにモンゴル兵は身をかがめる。
ならばこちらも同じことをすればいいだけだ。
声が聞こえたらローリングで矢を避けつつ接近し、弓兵を最優先で殺す。
しかし多勢に無勢。
『動くな』
援軍の源氏に囲まれ、数十人の兵士がずらっと弓を構える。
動けばハチの巣だ。
『なぜ俺たちを狙う?』
『お前たちは平家の末裔でもなんでもない。名字が同じというだけで平家と懇意にしていた南宋の商人、それがお前たちの先祖だ!』
「マジか」
たしかに中国には源や平という名字がある。
そもそも源氏と平家が両方ともモンゴル軍に参加するのも話ができすぎていた。
源平のどちらかが『日本人に成りすましている中国人』だとしてもおかしくはない。
おそらく平家と同じ名字であることを利用して、中国では『我々は日本の高貴な一族の生まれだ』と名乗って商売をしていたのだろう。
そして平家の落ち武者たちを一族に取り込み、平家を詐称したのだ。
『ならば、お前たちは義経の末裔であることを証明できるというのか?』
『できぬからこそ平家を黙認していたのだ』
「……その発想はなかった」
本気で憎み合うこと、それこそ『相手が本物である保障になる』ということだ。
そして相手を本物だと保証することが、自分の身分の保障にもなる。
つまり相手を平家の末裔だと認めることが、自分が義経の末裔である証明になるということ。
まさか偽者と知っていながら、平家と対立していたとは誰も思わない。
利害の一致だ。
『しかしお芝居もここまで。我らが源氏の末裔であることを証明できる人間を捕虜にした。もはや平家は必要ない。我らはこれより征夷大将軍となり、頼朝の末裔に代わってこの国を支配するのだ!』
『征夷の意味を知っているか? 夷狄を征するということだ。蒙古こそ、この国にとっての夷狄ではないか。蒙古を引き込んでおいて征夷大将軍とは笑わせる』
『……殺せ』
『待て』
主人公を射殺しようとした源氏の前にミンメイが立ちふさがり、懐から真っ二つに割れた蘭陵王の仮面を取り出した。
『この男には借りがある。命だけは助けてやれ』
『う、氏将さま!?』
「こいつ、蘭陵王だったのか!」
「顔の傷で気付くべきだったわね」
傷はサムライに蘭陵王の仮面を斬られた跡だろう。
顔が美しいから隠していたのではなく、女だとバレないように仮面をしていたらしい。
仮面をしておらず、普段から誰にも顔を見せていなかったため、源氏もミンメイが氏将だと気付かなかったようだ。
『サムライの死体から鎧を奪えば日本人に成りすますこともできよう。我らをダマし続けたようにな。あとは好きにするがいい』
「あー、一応平家の末裔を名乗ってたから日本語もしゃべれるんだよな」
蘭陵王のおかげで命は助かったものの、もうモンゴル軍には戻れない。
そもそも自分は平家ですらなく、ただの商人の末裔なのだ。
日本(頼朝の末裔)と戦う理由も失ってしまった。
というか頼家も実朝も暗殺されており、頼朝の血筋はすでに絶えている。
実権を握っているのは北条氏だ。
仮に本物の平家の末裔だったとしても、源氏と戦うことに意味はない。
たった一人で対馬に放り出され、ここからようやく本格的なゲームの始まりだ。
オープンワールドなのでどこへ移動するのも自由、どのイベントから攻略するのも自由。
基本は対馬を占領している蒙古(あるいは源氏)の拠点を潰すこと。
敵を拠点から追い出すと対馬の民が戻ってきて村が復興する。
神社や温泉などの日本的な名所も豊富だ。
温泉につかると体力ゲージの最大値が増え、神社に参拝すると特殊効果(攻撃力UPなど)のあるお守りをもらえる。
……ただなぜか、どこの神社も険しい場所にある。
岩を登り、崖を飛び越え、山頂まで行かないと参拝できない。
巫女さんが『参拝しようとして死にかけました』と語るレベルだ。
なぜそんな場所に造ったのかと小一時間問い詰めたい。
だが風景は掛け値なしに美しかった。
桜や紅葉、彼岸花が咲き乱れすぎな気がするものの(画面を埋め尽くすレベルで咲いている)、とても外国人が作ったとは思えない。
ナビもユニークだ。
たとえば一般的なゲームでは地図をクリックするとマーカーが設置され、マーカーを設置した場所に矢印が向き、プレイヤーをナビゲートしてくれる。
だがこのゲームでは『風』なのだ。
ボタンを押すと風が吹き、風の吹いている方角に目的地がある。
風に導かれて目的地に向かうという発想が風流ですばらしい。
「狐と鳥もいるわよ」
狐の巣につくと狐が現れ、狐の後をついていくとお稲荷さんの祠があり、参拝できる。
一定数参拝すると装備できるお守りの数が増える。
お稲荷さんのご利益だろうか?
ちなみにこの狐、近づくと撫でることができる。
撫でると嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるのがかわいい。
そして黄金の鳥は、まだプレイヤーが発見していない施設が近くにあるとどこからともなく現れる。
この鳥について行けば温泉や神社などを発見できるというわけだ。
これはたぶん神武天皇が金鵄(金色のトビ)に導かれて東征したという伝説をモチーフにした演出だろう。
マーカーや矢印ではなく風や鳥や狐を使ってプレイヤーを導く。
いいセンスだ。
対馬も意外に広い。
マップは大きく3つに分かれており、最初の舞台である島の北側だけでもかなりのボリュームだ。
少し歩けばサブイベントにぶつかる。
サブイベントが豊富すぎてメインストーリーがなかなか進まない。
メインストーリーは主に2つ。
『蒙古の撃退』と『平家の再興』だ。
平家といっても偽者のほうではなく、対馬に隠れ住んでいる本物の平家の末裔だ。
蒙古を撃退して手柄を立て、平家を再興していく。
……登場人物がことごとく性格破綻していたり、サブイベントはだいたいバッドエンドなのだが、不思議と不快感は感じない。
戦闘の爽快感や景色の美しさのおかげだろうか。
むしろ清々しささえ感じる。
「ようやく弘安の役か」
蒙古を撃退してもそれで終わりではない。
日本史の授業で習ったように、蒙古は二度攻めてくる。
一度解放した村も、二度目の元寇で再び占領されてしまう。
本土上陸を阻止するため、敵の船に乗り込んで総大将を討ちに行く。
『そこまでだ』
そこに立ちふさがるのは蘭陵王。
ボスはガード不能の青や赤い攻撃を多用するから厄介だ。
しかも追尾性能があるので、ステップで避わしても追尾されて直撃する。
武器が光ってから発動するまで間がほとんどなく、反応するのも難しい。
ただジャストガードは受付時間が甘い。
タイミングが早すぎてもガードそのものは発生し、直撃は受けないのだ。
うまく行けば敵へ反撃することもできる。
狙うは最初の一撃、あるいは最後の一撃。
特に連続攻撃のシメに飛んでくる青い一撃だ。
これが一番ジャストガードを狙いやすい。
『これで勝ったと思うなよ!』
なんとか決闘に打ち勝ったものの、源氏将は壇ノ浦の戦いの義経のごとく船から船へ八艘飛びで逃げ回る。
スピード差がありすぎてなかなか仕留めきれない。
周りのザコも邪魔だ。
ザコを始末するのに苦労していると、強い風が吹いて船を揺らした。
「神風か!」
台風にあおられ、蒙古の船が次々に転覆していく。
源氏将もうかつに八艘飛びをすることができなくなった。
チャンスだ。
そういえば壇ノ浦の戦いでも似たような展開があったのを思い出す。
壇ノ浦は当初、平家有利に戦いが進んでいた。
しかし途中で潮の流れが変わり、平家の船の動きが乱れ、源氏の反撃が始まったという。
風と潮の違いはあるが、シチュエーションは同じだ。
今度は逆に平家将が神風を背中に受けて八艘飛びをし、
『やあやあ我こそは平家将なり! 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!』
蒙古の船に乗り込み、再び源氏将に一騎討ちを挑んだ。
『長押し △』
小細工なし。
お互いに刀を鞘に納め、フェイントも使わない純粋な速さ勝負。
源氏将の刀が赤く光った瞬間、これ以上ないタイミングでボタンから指を離した。
『……見事なり』
蘭陵王の仮面は再び真っ二つに切り裂かれ、源氏将は討ち死。
こうして長きにわたる源平の争いは終焉を迎え、蒙古は対馬から撤退する。
しかしフビライ・ハーンは3度目の元寇を計画していた(史実)。
ところが軍を派遣する直前にフビライ・ハーンが急死する。
フビライ・ハーンが倒れたその夜、宮廷には異国の笛の音が響いていたという。
その曲の名は『蘭陵王』。
『竜笛』という横笛で奏でる雅楽だ。
おそらく平家将が元寇を阻止するためにフビライを暗殺したのだろう。
最後まで日本的で美しいゲームだった。
「どーしよー!」
「どうした?」
「一週間前に買ったゲームなのに、もうやることがない」
「……難易度ハードの黒沢モードで最初からやり直せ」
「それしかないわね」
しかしそれから3日もたたずに、
「どーしよー!」
……相手にするのも面倒なので見つからないように頭を下げた。




