亜人将棋セット【蘇と醍醐】
「そういえばシャンチーと軍人将棋のボードってほぼ同じデザインだな」
車─馬─象─士─将─士─象─馬─車
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┠─砲─┼─┼─┼─┼─┼─砲─┨
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卒─┼─卒─┼─卒─┼─卒─┼─卒
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│ 鴻 溝 │
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兵─┼─兵─┼─兵─┼─兵─┼─兵
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┠─炮─┼─┼─┼─┼─┼─炮─┨
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俥─午─相─仕─帥─仕─相─午─俥
※先手の『午』は本来のシャンチーでは人偏に馬
機種依存文字なので午を採用
軍人将棋
「なにこれ、完全に一致してるじゃない」
囲碁のように交点へ駒を置いてることと、駒の数が違うだけでデザインは同じだ。
軍人将棋もこれがルーツなのかもしれない。
「そういえばシャンチーの駒を使ってプレイする『暗棋』という軍人将棋がありますよ。ただ日本の軍人将棋と違って、駒は完全にランダムなんですが」
「ランダム?」
「裏返しの駒をシャッフルしてからボードに並べます」
先生がシャンチーのボードの半分に32枚の駒をギッシリ並べた。
もう半分は使わないらしい。
「裏向きだからプレイヤーにも自分の駒がどこにあるのかわからんぞ」
「……運ゲーじゃない」
「序盤はそうですね」
たぶんレベルの高いプレイヤー同士の対局になると、序盤の引き運で勝負がついてしまうだろう。
システム的に終盤の大逆転は難しそうだ。
「ちなみに駒のランクはこうです」
先生がホワイトボードに駒の順位をまとめる。
将(帥)>車>馬>炮>士>象>卒(兵)
「ただし最下位の『兵卒』は将を取れます」
「軍人将棋でいう『スパイ』だな」
軍人将棋のスパイも最弱の駒だが、大将(あるいは元帥)といった最強の駒を取れる。
ただ軍人将棋ではスパイは1枚しかいないのに兵卒は5枚だ。
完全にランダムで駒が配置されるため、下手をしたら初手で兵卒が将帥を倒すという展開もありうる。
まあ、勝利条件は『敵の全滅』なので将帥を取られても負けではないのだが。
「軍人将棋みたいに自分で駒を配置したほうがいいかもな」
「そうね。ついでにシャンチーと軍人将棋をセットにして、コマを擬人化したら売り物になるんじゃないの?」
「問題は中身だ。現状だとただのシャンチー風の軍人将棋だぞ」
「では中国がらみで『軍棋』のルールも導入しましょう」
先生がボードに細い線を追加する。
「なにこれ」
「『線路』です。線路が繋がっている場所なら何マスでも移動できます」
「平安京でいう大路と小路か」
細い線は小路、太い線は大路
「河は大路を使わないと渡れません。シャンチーは将棋と違って交点に駒を置いているのも都合がいいですね」
「交点から交点へ移動するわけですから、舗装された道を歩いてることになりますね」
将棋ではマス目に駒を置くため、擬人化した駒たちが『建物の屋根から屋根に飛び移っている』ことになる。
漫画やアニメ的ではあるが、リアルに考えるとおかしい。
「小路は狭いので自由に動けず、縦と横に1マスしか進めません。大路は広いので2マス進めて、車や砲は何マスでも走ることができます」
「わかりやすいな」
軍人将棋では将官か佐官が本陣に到達することが勝利条件。
このゲームでも紫色の部分、宮廷に将か士が到達することが勝利条件だ。
お互いに将士の駒は3枚しか持っていない。
将士を3枚取れば本陣を占領できなくなるのでこれも勝ちになる。
おそらく本陣を占領するよりも、将士を取りに行く戦いになるだろう。
将士は小路にいたほうが安全かもしれない。
ただどの駒をどこに配置するかはプレイヤーの自由なので、
「これで詰みだ」
「ああ!?」
あえて将士を前線に配置し、大路を使って真っ直ぐに本陣へ突っ込むという戦術もありかもしれない。
油断していると占領される。
将や車などの強い駒に意識を集中させ、士で本陣を突いてもいい。
「意外にまともなゲームになったわね」
「ルールとデザインが噛み合ってるのがいいな」
「シャンチーや軍人将棋系のゲームにはルールにはまだ可能性がありそうですね」
他にも独自のゲームは作れないものかと、将棋盤を眺めることしばし。
ぐー
「おやつ食べたい」
「よし、今日は蘇にしよう」
「そ?」
「少し前に流行ったやつですね」
牛乳をひたすら煮詰めて作るシンプルな料理だ。
普通に作るととてつもなく面倒なので、レンジで作ったほうがいい。
それでも時間はかかるが。
「わ、すごい牛乳!」
「……たしかに牛乳としか表現しようのない味ですね」
「牛乳を極限まで濃縮したものですから」
冷やして固めたので意外にサクサクしている。
雰囲気的にはチーズに近いのだが、どういう味かと聞かれたら牛乳としか答えようがない。
甘味はあるが砂糖のような甘味ではなく、ホットミルクを飲んだ時に感じるあの甘味だ。
ハチミツをかけるのがセオリーだろうが、塩や黒コショウ、あるいは柑橘系の果物や、オリーブオイルもいいかもしれない。
「飲み物は醍醐。これも色んな文献に出てくるものだが、細かいことはよくわかってない。とりあえず飲むヨーグルトと解釈してみた」
「これがホントの醍醐味!」
普通にうまいので、下手をしたら蘇がヨーグルトに負ける。
蘇は原始的な料理なので、あまり味の濃いものと合わせられないのだ。
昔の料理がいかにシンプルだったかよくわかる。
「でも小路と大路だけだと新システムとしては味気ないわね」
「では『陥穽』も配置しましょう」
「かんせい?」
「『闘獣棋』という中国の軍人将棋に出てくる特殊なマスです」
「……中国人、軍人将棋好きすぎでしょ」
「日本にも古将棋があるからお互い様だ」
「それはともかく、この陥穽というのは落とし穴でして……。穴に落ちた駒にはランクが適用されません。つまり相手が自分より格上の駒でも取ることができます」
「大路に配置したいマスね」
「あとは『行営』ですね。これはようするに軍隊の駐屯地で、このマスにいる駒は相手に取られません」
「これは小路向き?」
将帥や士が逃げ込むならここだろう。
闘獣棋では本陣の周りに陥穽があるので、本陣の周りの大路を穴だらけにする。
行営は前線の小路に配置した。
「軍人将棋の駒を使うのも楽しそうですね」
「……31枚も駒あるんでしょ。地獄じゃない」
将官(大将・中将・少将)、佐官(大佐・中佐・少佐)、尉官(大尉・中尉・少尉)、工兵、飛行機、騎兵、タンク、スパイ、軍旗、地雷。
敵味方合わせて計62枚の大所帯だ。
収拾がつかなくなるだろう。
「陥穽があるから地雷はいらんな」
「『後ろにいる駒と同じ強さになる』軍旗は使えそうです。軍棋にはサバイバルゲームでいうフラッグ戦のようなものがあって、『敵陣の軍旗を取って自陣に持ち帰れば勝ち』というルールもありますし」
「途中で軍旗を持ってる駒がやられたら?」
「軍旗は敵陣へ戻ります」
「……どういう原理よ」
仕方ないとはいえ、いかにもゲーム的な処理だ。
「動物系のイラストならモンスターだな」
ファンタジーにすればモンスターのイラストがいくつかあるので使いまわせる。
「軍人将棋ならぬ獣人将棋ね」
「獣人だけだとイラストが足りん。亜人将棋だ」
ゴブリン、人狼、エルフ、ドワーフ、吸血鬼、リッチ。
小道は獣道、行営は巣や集落、陥穽はハンターの仕替けたトラップのイメージだ。
だんだん形になってきたので一局さしてみる。
「人狼で川を泳ぎます」
「は?」
「闘獣棋だと犬とネズミだけは河を泳げます」
「え、安全地帯ってこと?」
「泳げる駒には普通に取られますが、かなり安全です。それと河から陸へ戻る時は相手の駒を取れません」
「へー」
川の幅を広くして特定の駒だけは川を泳げるということにした。
陥穽を利用すれば弱い駒でも強敵を倒せるし、単身で敵陣へ突っ込んでも行営を押さえれば敵に取られない。
人狼なら川に逃げ込むこともできる。
これで戦略性が増した。
さらに、
「ドワーフで街道を曲がります」
「は?」
「軍人将棋の工兵は地雷、戦車、スパイなどの特殊な駒だけ破壊できる弱い駒ですが、軍棋の工兵はさらに『線路を曲がる』ことができます」
「先に言いなさいよ!」
軍人将棋の数だけルールが増えていく地獄。




