バックギャモンセット【亥の子餅と新茶】
明石の尼君はmiyakaさんに、僧兵は内藤さん、平安京ボードは立雪譚さんに描いていただきました。
転載禁止。
「キョートでバックギャモンをしまショー!」
「は?」
「バックギャモンのボードは24(とぅえんてぃーふぉー)に分かれていマスよね?」
「はい、24マスですね」
先生がバックギャモンのボードを出す。
「キョートは大路ごとに4×4マスになっていマス。一条大路から二条大路までは2×4デスが」
一条から二条までは2×4マス、それ以降は4×4マスで区切られている
「あー、大路と右京左京で区切るとちょうど12×2で24マスになるのか」
「よく気付いたわね」
「えっへん」
平安京を東西に分割する『朱雀大路』から東が左京、西が右京である。
逆のように思えるが、帝の住む大内裏から見て右と左だからこうネーミングされているのだ。
「一条から二条までがインナーボードなら、バックギャモンと違ってマスが5個しかないわよ」
「ゲームに影響はありまセン」
バックギャモンでは1から6マス(あるいは19から24マス)までを『インナーボード』と呼ぶ。
ゲームの前半はインナーボードに駒を進めるのが目的になる。
平安京バックギャモンだとマスが1つ少なくなる分、実力差が反映されやすくなるのかもしれない。
いずれにしろプレイに大きな支障はないだろうが。
「ギャモンをプレイしやすいように色分けしておこう」
バックギャモンのボードは奇数と偶数のマスは色分けされている。
陰陽道では奇数が縁起のいい陽数、偶数が陰数なので明るい色と濃い色で色分けしてみた。
大内裏は皇帝の色である黄色にする。
「これでよし」
「バーは二条大路?」
「だいだいりデス」
バックギャモンでヒットされた駒は、ボードの中央部分にあるバーへ行く。
いわゆる『ふりだしに戻る』だ。
平安京ボードでは大内裏に飛ばされるらしい。
振り出しに戻った駒が大内裏から脱出しないと他の駒は動かせない。
「ダブリングキューブも使いたいな」
「ポイントマッチなら必須ですね」
1ゲームだけでも楽しめるものの、やはりバックギャモンならポイントマッチだろう。
ゲームに勝てば1ポイント。
3・5・7などの奇数の勝利点を設定し、先に勝利点を取ったほうの勝ち。
ダブリングキューブには2・4・8・16・32・64の数字が書かれており、ダブルを宣言すると勝った時のポイントが倍になる。
キューブは1920年代に生まれたので日本古来の盤双六にはないルールだが、これがなければ始まらない。
「ただ平安要素を組み込みたくても、キューブには平安要素も日本要素もないからなあ」
「なければ作ればいいのデス」
「……それが難しいんだよ」
「平家物語の白河法皇の名言はどうでしょう。『賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの』」
「どういう意味?」
「賀茂川の水害とすごろくのサイコロと比叡山の僧兵だけは私の思い通りにはならないって意味だ」
逆にいうとそれ以外のことは大抵どうにかなるということでもある。
山法師
「山法師はプレイヤーの思い通りにならない。たとえばダブリングキューブが2の時に2の目を出したら、自分の駒を相手が動かすというのはどうでしょう」
「ぐっどあいであ」
「既存のルールをちょっとイジっただけだから、ゲームバランスを崩壊させるようなこともない。せいぜいブロットが増えるぐらいか。いい塩梅だと思います」
なお相手が動かせるのはあくまで2の目だけだ。
たとえば1・2の目を出した場合、1の目はプレイヤーが動かし、相手が2の目で駒を動かす。
当然2ゾロの場合は相手が4回動かすことになる。
ブロックポイントを崩されてしまうので、地味にダメージがでかい。
「でも僧兵ってそんなにやばかったの?」
「はい。当時は仏教勢力が強い影響力を持っていましたから。地図を見てみるとわかりますが、平安京内部には意外と寺社仏閣がありません」
平安京
ボードのサイズだと文字は読めないが、マスの中には何があるのかちゃんと書かれている。
「……? 寺院がないのに影響力はあるのデスか?」
「平城京から平安京に遷都する時に、桓武天皇は寺院の移転や新たに寺を建立することを禁止したんだよ。少しでも仏教勢力を減らすためにな」
「あー、だから平安京の周りにたくさん建ってるんだ」
中に寺社仏閣を建てられないので周囲に乱立している。
宗教勢力に平安京が包囲されているようにも見えるし、逆に平安京を守っているようにも見えるのが面白い。
「比叡山が山法師として恐れられていたのは、武装した僧兵集団を派遣して朝廷に強訴していたからです」
「脅して自分たちの要求を通してたってこと?」
「ああ」
坊さんだから物理的にも精神的にも手を出しづらい。
白河法皇に嫌われたのもわかる。
「山法師があるなら賀茂川も欲しいな」
「洪水っぽいルールってなによ」
「『バースト』はアリかもしれまセン」
「ブラックジャックみたいなやつ?」
「いえす」
「ではサイコロの合計が7以下なら何度でもサイコロを振れる、というのはどうでしょう」
「8以上はバーストでペナルティか」
サイコロを二つ振った時の期待値が7だから、8以上でバーストは妥当だろう。
「でもバーストするまで何回でも振れるんでしょ? ペナルティもあんまり意味なくない?」
「手番終了を宣言するまで移動できないようにすればいいのデス」
「そうですね。たとえば2・3と1・5を振った後に手番終了を宣言すれば、宣言後に2・3・1・5の目で駒を動かすことができます。しかし終了宣言せずにもう一度振り、4・4を出してバーストしたら、2・3・1・5・4・4の目が爆発して一回休みになります」
「いいじゃない、平安チキンレース」
サイコロを振り続けると増水して洪水が起こる。
正しく賀茂川だ。
「問題は複数回サイコロを振った場合、毎回出目を記憶するかメモしておく必要があることだ。さすがにこれは面倒すぎる」
「表を用意しましょう」
賀茂川でサイコロを振ったら、表の対応するマス目に駒などの目印を置く。
これで間違えることはないはずだ。
「じゃあ、とりあえず何か食いながら新ルールで打ってみるか。今日は炉開きだから亥の子餅だな」
「ろびらき?」
「そのままの意味だよ。茶室の炉を開く日だ」
5月から10月ぐらいまでは茶室の炉は使わない。
夏場は暑いので持ち運べる『風炉』を使うからだ。
「炉開きは茶人の正月って呼ばれててな、新茶の封を切る日だ」
「亥の月、亥の日、亥の刻にお餅を食べると万病に効く『猪子祝』の日でもあるので、亥の子餅を食べるそうです」
「へー」
宮中行事でもあり、源氏物語にも亥の子餅は登場する。
亥の子餅は大豆・小豆・大角豆・ごま・栗・柿・糖の7種類の粉を混ぜ、猪型にした餅だ。
店や地方によってかなり製法が違うものの、うちでは猪に似せるために黄な粉をまぶし、表面に三本の線を入れる。
ビジュアルは猪というよりも『うりぼう(猪の子供)』のイメージに近い。
ゴマの香りともちもち食感がたまらない逸品だが、
「あー、すっごい香り」
「ナイススメル」
それ以上に新茶がやばい。
茶壷の口切をした瞬間から茶の芳醇な香りが漂い、さらに石臼ですり潰して抹茶にするのだ。
すり立ての抹茶で薄茶を立てるもよし、濃茶を練るもよし。
これほど贅沢なものはない。
万病に効くのを実感できるだろう。
「明石の尼様、明石の尼様」
一服し終えた先生が、両手をスリスリしながら呪文を唱える。
「ぬ、それはなんの呪文デスか?」
「源氏物語の『明石の尼君』です。幸運の代名詞で、作中ではすごろくでサイコロ振る時に明石の尼様と唱えるんですよ?」
明石の尼君
「ジャパニーズラッキーガール」
「ヒロインの母親だからガールって歳じゃないけどな」
源氏物語では2つのエピソードですごろくが登場する。
源氏物語(現代語訳:与謝野晶子)
第35帖 若菜下
幸福な人のことを明石の尼君という言葉もはやった。
太政大臣家の近江の君は双六の勝負の賽を振る前には、
「明石の尼様、明石の尼様」
と呪文を唱えた。
身分の低い明石の尼君の娘が光源氏(源氏物語の主人公)の子供を産んで、その子供が皇后になり、さらに東宮(皇太子のこと。皇位継承権一位、つまり次の天皇)を産んだ。
平安時代において、考えられる限り最大レベルのクジを連続で引き当てたのである。
尼君の幸運にあやかりたいと思っても無理はない。
第26帖 常夏
「しょうさい、しょうさい」
と両手をすりすり賽を撒く時の呪文を早口に唱えている(以下略
小さい目が出てほしいときは『小賽』と唱えるようだ。
ちなみに呪文を唱えているのはどちらも『近江の君』であり、貴重なお笑い担当キャラである。
「しょうさい、しょうさい!」
賀茂川ルールだと8以上でバーストするので、もっぱら小賽を祈ることになりそうだ。
ころころ
6ゾロ。
「あああ!?」
普通のルールでは最高の出目なのだが、賀茂川では最悪の出目だ。
「よくばって4回も振るからだ」
「うぅ……」
「『勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり』ってな」
「なにそれ」
「徒然草に出てくるすごろく名人の言葉ですね」
徒然草いわく
『勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし』
簡単に訳すなら『勝ちたいと思って打ってはいけない。負けないように打つのだ。それを打ったらすぐ負けてしまうという手を探し、その手を打たないように、一手でも遅く負ける手を打て』となる。
「ダブル!」
「テイク」
負けているのにダブルを仕掛けてきた。
キューブを使えば山法師のルールも適用される。
山法師でこちらのブロックポイントを崩す作戦だろう。
どれだけブロックポイントを作っても、山法師の前では無力に等しい。
ブロットさえ作れば、ヒットするチャンスはいくらでもある。
「リダブル!」
「テイク!」
「ちっ」
倍率を上げてパスさせようとしても、しつこく食い下がってきた。
そしてゲームが進むごとに倍率もどんどん上がっていく。
ころころ
1と6
「山法師だな」
「は?」
「キューブと同じ倍率の目を出したら山法師が発動する。今の倍率は16倍だから、1と6で山法師が発動する」
「ええっ!?」
「キューブが2と4の時だけじゃ出番が少ないからな」
8の出目はないので、8倍では山法師自体が発動できない。
なので16・32・64は出目が1・6、3・2、6・4のときに発動することにした。
3桁以上の場合は下2桁で山法師の判定をする。
「128とか2028みたいにサイコロに含まれていない目があるときは、その数字を飛ばして、桁を繰り上げて判定する。たとえば128なら8を無視して2・1で、2028なら8と0を飛ばして2・2で山法師の判定をする」
「……高ポイントマッチ前提のルールになってきましたね」
「でんじゃらす」
高ポイントマッチのほうがギャラリーは盛り上がるはずなので、ポイントは高めにしておくに越したことはない。
「倍率も表を作っておくか」
これでだいぶわかりやすくなったはずだ。
「ポイントマッチは奇数が基本なので、倍率に+1するのがおすすめです」
「クロフォードルールもぷりーず」
「どういうルールだ?」
「マッチポイント、つまり勝利点まであと1点の時、ダブルできないというルールです」
「マッチポイントのプレイヤーを守るルールね」
あくまでマッチポイントになった次のゲーム限定だ。
1ゲームは確実に逆転されずにプレイできるのは大きい。
ポイントマッチには必須のルールだろう。
「リダブル!」
「テイク」
ある程度こうなることは予想していたのだろう。
キューブも見ずにテイクした。
「へえ、テイクか」
「賀茂川なら逆転できるかもしれないじゃない」
「できなければ即死だぞ」
「え……」
キューブを指でトントンと突く。
そこでようやく瑞穂はダブリングキューブの数字をちゃんと確認した。
64
「はあっ!? 倍率は倍々に上がっていくもんでしょ! なんでいきなり64になってるのよ!」
「ノン。64で合ってマスよ?」
「なんでよ!」
「公式大会のルールにはこう書いてありますね。『1から4、2から8などのように、プレイヤーが誤ったレベルでダブルをしても、対戦相手がテイクかパスをしたらそのダブルは成立する』」
「ええっ!?」
「この手の間違いはよくある。ミスをするたびに、ミスをする前の状況に戻して打ち直すのは非合理的だ。だからこういうルールが制定されたんだろうな」
「これはミスじゃないでしょ!」
「お前のミステイクだ」




