将棋セット【ベビーカステラとラムネ】
参考文献
秘伝大道棋
名作詰将棋
何度ソロバンを弾いても結果は同じだった。
渋い顔でご破算にする。
「……まずいな。赤字だ。来年には電気代さえ払えなくなってるかもしれん」
「宣伝が足りないのよ」
「これ以上どうやって宣伝しろってんだ?」
「さあ」
なんて無責任な奴だ。
「もうすぐお祭りがありますよ?」
「祭り?」
「昔ありましたよね、将棋の屋台」
「……確かに宣伝にはなりそうですね」
「将棋で屋台なんてできるの?」
「できる。いわゆる大道詰将棋だ。詰将棋を解いたら景品をもらえるってやつで……。名人になるために家を飛び出した幼少期の升田幸三は、これを解いて日銭を稼いでいたらしいぞ」
「へー」
「まずはこの問題にしよう」
1一、すなわち将棋盤の右上の隅に玉を置く。
「持ち駒は飛車・金2枚・銀だ」
「え? 盤上の駒は玉だけですか?」
「はい。将棋図巧98番『裸玉』。裸の王さまですね」
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玉一
二
三
※将棋盤の隅に玉が一枚あるだけの問題
持ち駒は飛車・金2枚・銀
「こんなの簡単じゃない」
瑞穂が自信満々に駒を打ちつけ、俺が玉側の対応をする。
1人でやる普通の詰将棋と違って、2人で指すのが大道詰将棋だ。
1、3、5、7手と、瑞穂はあっという間に持ち駒を使い果たして玉を逃がした。
「な、なんで?」
「持ち駒が4つだからって7手詰めじゃないぞ。31手詰めだ」
「31!?」
「強くなれば色んな問題を楽しめると思えば、少しは詰将棋を勉強する気にもなるだろ?」
「……手数にドン引きなんだけど」
「詰将棋はパターンの組み合わせだ。手数に惑わされるな。慣れれば解ける。20手を超えれば何手詰めだろうと同じだ。どうしても解けなければ製作者の意図を考えろ」
「国語のテストのようですね」
「そうですね。詰将棋に無駄な駒は一切ありません。一見無駄に思える駒にも必ずなにがしかの意味があり、製作者の意図がある。製作者はなにを指させたいのか、どうやって騙そうとしているのか。その意図を探るのが詰将棋です」
「こういう詰将棋って実戦で役に立つの?」
「立たない」
「……あんたね」
「実戦で役に立たない問題ばかり解いていると筋が悪くなりませんか?」
「ちょっとぐらい筋が悪い方が将棋は面白いですよ。それに作品集の面白さは筋が悪いところです」
「この裸玉ってどれくらいの難しさなの?」
「俺でも初見では厳しいレベルだな。『将棋図巧と将棋無双を解けば必ず四段になれる』ってことで、図巧・無双の200問を5年ぐらいかけて弟子に解かせるプロ棋士もいたぐらいだ」
「5年って……」
詰将棋の世界は奥が深いのだ。
「やっぱり見た目で興味を引く問題をそろえた方がいいな。わかりやすいのだとこれか」
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玉 一
二
歩歩歩歩歩歩歩歩歩三
※持ち駒は角と香車が4枚
「えーと……、こーやってあーなってこうだから、解けた!」
「まあ、これは比較的簡単な方だからな」
5二香→6一玉→7二角→7一玉→8一角成→同玉→8二香
→7一玉→7二香→6一玉→6二香まで
「次はこれだ」
「九歩!?」
対局では反則だが、詰将棋なら許されるだろう。
「うう……」
頭をくしゃくしゃにしながら悩んでいる。
「……降参」
やはり61手詰めは初級者には難しいか。
この問題は香車や飛車を使って、相手に持ち駒の銀桂を全部打たせる詰将棋だ。
手数は長いが、移動できる範囲は限られているし、ワンパターンなので初級者にも解きやすい。
「詰将棋のついでに食い物も売ろう。縁日っぽくベビーカステラとラムネにするか」
タコ焼き器にホットケーキの種を流し込み、アイスピックで器用にひっくり返して、中まで火が通ったらパラパラと砂糖をまぶす。
ラムネは戦艦大和で愛用されていたレシピを再現したものだ。
「大道詰将棋らしく賭けてみるか。一手につきベビーカステラ一個でどうだ?」
「やりマス!」
「ん?」
振り向くと、遅れてカフェにやってきたアリスがやる気満々で挙手していた。
「ぬふふ、詰将棋ならアリスのものデス」
「……お前は詰将棋に関しては俺より遥かに上手だからな。まずはこれにしよう」
「たしか3~4手で詰む簡単な問題だ」
「べりーいーじー」
楽勝だとばかりに将棋盤に手を伸ばす。
しかし、
「……ぬ、詰みまセン」
短手数の問題をなかなか解くことができない。
「これ本当に3手で詰むの? どうやっても7手かかるんだけど」
「7手詰めだからな」
「ふぁっ!? 3手詰めではないのデスか!?」
「3~4手で詰むっていうのは『お前の指し手の数』だ」
「ぐぬぬ!」
アリスは直観的に物を考えるタイプなだけに、意識的に物を考えさせればもろい。
特にこういう短い手数ともなると余計に、直感ではなく自分の頭で意識的に回答を導き出そうとして自滅する。
素直に見たまま、直感的に考えていれば簡単に解けたろうに。
「第2問。これは少し難しいかな」
「ここをこーシテあーシテ……。ぬ、詰んでるハズなのに詰みまセン!」
アリスが試行錯誤するが、またしても解けない。
泥沼だ。
「くくく、かかったな。これはさっきので詰んでるぞ」
「ふぁっ!? 歩が余ってマスが?」
「大道詰将棋は解くか解けないかの勝負であって、ただの詰将棋とは違う。現代の詰将棋作品では『持ち駒を全部使う』のが暗黙の了解だが、これは駒余りの問題なんだ。なまじ詰将棋ができる人間は『駒が余ってしまうとこの解き方は間違ってる』と思ってしまうんだな」
「え、わざと駒余りにしているんですか?」
「はい」
「あんふぇあ!」
「ずるくない。屋台はヤクザが牛耳ってんだぞ。これが大道詰将棋だ」
昔の詰将棋や大道詰将棋の駒余り問題はよくできている。
打たなくても解ける問題が『持ち駒は全部使わないといけない』という先入観により、無駄な持ち駒を打ってしまって詰まなくなってしまう。
持ち駒が足りないから詰まないのではなく、持ち駒が多いからこそ詰まないのだ。
とくに詰将棋は『玉に王手をかけ続けなければならない』制約があるため、玉の位置をコントロールされてしまう。
緻密に計算していなければ、こんな問題は作れない。
「最後はこれだ」
「この問題は玉を8五に誘えば詰む」
「りありぃ?」
「本当だ」
「うー。こーシテあーシテ……」
解けない。
「正解はこうだ。玉を4三まで追い回してからUターン、8五に追いつめて詰ます。31手詰めだな」
「サーティワン!?」
「俺は『ここで詰む』と言っただけだぞ。手数には触れてない」
「しっと!」
アリスがテーブルに突っ伏した。
完全勝利。
「さて、お代を払ってもらおうか」
「うぅ……」
アリスがしぶしぶベビーカステラを差し出した。
俺は瓶のラムネを開け、炭酸で噴出したレモネードをすする。
はじけるレモンの香りに、熱々のベビーカステラの組み合わせがたまらない。
「ズイブン減ってしまいマシた……」
「おいおい、支払うのはこれだけか? 約束が違うぞ」
「ふぁっ!?」
「俺は『一手につきベビーカステラ一個』って言ったはずだ。一回一個じゃない。俺の指し手は引くとして……」
アリスのベビーカステラを数える。
「残念。一個も残らねえな」
「のー!?」




