退化将棋セット【パンケーキと木星コーヒー】
コウモリ・吸血鬼・魔女は朱身つめさん、他のモンスターはササッティーノ伯爵さんに描いていただきました。
転載禁止。
「まだ使ってない古将棋の駒ある?」
「『神僧』ぐらいだな」
「それ強いの?」
「弱い。ただ『聖燈』に成ると、五路以内にいる高道の成り駒『五里霧』を元に戻すことができる。拡大解釈するなら『成り駒を元に戻す』能力だな」
「四天王や火鬼が元の駒に戻るんですか?」
「はい」
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※神僧の移動範囲
特殊な駒で『神僧以外の駒は取れない』。
ただし移動した後なら、自分の周囲八マスにいる駒を一つ取ることができる。
『聖燈』に成ると、一手で神僧の動きが二回できるようになる。
しかも一手目と二手目の両方で、移動した後に自分の周囲八マスにいる駒を一つ取れる。
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※聖域の範囲内にいる成り駒は全て元の駒に戻る。
「聖燈の能力を活かすのなら、強い駒を勢ぞろいさせる必要がありますね」
「なにその地獄」
獅子・四天王・天狗・太子などを加えてデッキを組まないといけない。
悲惨なゲームになりそうだ。
元に戻すのがメインなので、聖燈の能力は最初から使えるようにしたほうがよさそうだ。
いかに聖燈の範囲外で成るかが重要になる。
「世界観的にはファンタジーか?」
「そうですね。進化したモンスターを魔法で退化させるイメージでしょうか」
毒蜘蛛
アラクネ
スケルトン
リッチ
ゴースト
死神
ゴブリン
グール
コウモリ
吸血鬼
魔女
成り駒を戻せるだけでシステムとしては面白いので、これ以上のルールはいらないだろう。
イラストをまとめるだけだ。
「小腹が空いたから何かつまみたいが……作るの面倒だな」
「なら私が作る!」
「……お前が?」
「なによ、その目」
「別に」
不安しかない。
「まあ、作りたいなら作れ。……で、メニューは?」
「パンケーキよ」
「無難ですね」
「自分で作るのに冒険なんてしないわよ」
瑞穂が材料を混ぜ、フライパンで焼き始める。
「……ちょっと待て」
「なに?」
「膨らんでるじゃねえか」
火を通したパンケーキがふっくらと膨らみ始めていた。
「パンケーキなんだから当たり前でしょ」
「……パンケーキでこんなに膨らし粉は使わん」
膨らし粉はベーキングパウダーのことだ。
「そうなの?」
「こんなに膨らませたら積みにくいだろ。1枚1枚にボリュームがありすぎる」
「あ」
「薄く焼いて積め。うちでは厚いのがホットケーキ、薄いのがパンケーキだ」
「はーい。じゃあこれ、あんたのね」
「……お前な」
分厚く焼き上がったホットケーキを渡される。
仕方なくホットケーキを薄く切ってパンケーキっぽくする。
そしてフォークで刺し、バケツ一杯のガムシロップにくぐらせた。
「……胸焼けしそうですね」
「一度やってみたかった食い方です。それにガムシロは砂糖を水分で薄めたやつですから、見た目ほど甘くないですよ」
「串カツをソースにくぐらせる感覚ね」
言い得て妙だ。
コーヒーにもガムシロとミルクをぶちこんでかき混ぜる。
「あ、木星コーヒー!」
白と黒が混じりあい、まるで木星のようになった。
やはり棋士とパンケーキといえばこの食い方だろう。
将棋漫画『エーティーワンダイバー』ではこういう風に糖分を補給し、脳をフル稼働させて盤上に宇宙を見ていた。
「コケモモのジャムはありますか?」
「ありますよ」
「私も『スプーンなおばさん』やりたい!」
薄く焼いたパンケーキを座布団のように何段も重ね、コケモモのジャムを塗る。
『機嫌の悪い男にはパンケーキにコケモモのジャムを付けてやればいい』というのもうなずける味だ。
「ふふ、それなら私はこれよ!」
先生と同じく座布団のように何段も重ね、たっぷりのハチミツを垂らし、頂上にバターを置いた。
「『漫画でよく出るホットケーキ』っていう名前で漫画に出てくるのよ」
「メタなホットケーキだな」
「あとは『アメリカンドッグ風ホットケーキ』とか、『インガルス一家物語』と『あしながおじさん』に出てきたそば粉のパンケーキね」
ハチミツでもガムシロでもなく、メープルシロップをかけていた。
よくあるスイーツなだけにバリエーションも豊富。
「んー、泡みたいに軽くて、ブラウンシュガーがたっぷり染み込んでる!」
「……お前、自分のだけ相当気合入れて作ったな?」
「な、なんのことかしら?」
「罰として1枚没収な」
「あー、私のパンケーキ!?」
「では先生も」
「ああー!?」
自業自得だ。
「さて……」
腹ごしらえも済んだところで賭け将棋だ。
全員で無駄にパンケーキを高く積んだから、そこそこの値段になっている。
是が非でも勝たねばならない。
「毒蜘蛛をアラクネにする」
「甘いわね、こっちは魔女よ!」
すかさず魔女でこちらの成り駒を元に戻してきた。
「じゃあ元に戻った毒蜘蛛をもう一回アラクネにする」
「はあ!?」
「敵陣にいる駒だぞ。そりゃ元に戻されたら、次の一手でもう一度成るだろ」
「ならもう一回元に戻すまでよ!」
「じゃあ、こっちを戻そう」
「へ?」
スケルトンをひっくり返す。
「くくく、元に戻るのは強い駒だけじゃない。リッチは天狗と同じ能力。天狗は『相手の駒を取ると金に成って弱体化する駒』だ。相手の駒を取ってスケルトンに成っていたリッチも元に戻るんだよ!」
「ぎゃー!?」
古将棋には『成ると弱体化する駒』がいくつかある。
うかつに元に戻すと自爆してしまうのだ。
「これで詰みだな」
リッチで玉を取る。
「こ、こっちにはまだ吸血鬼がいるんだから!」
「アホか、何で先に玉を取ったと思ってる」
「え」
吸血鬼を引っくり返す。
「あああ!? 吸血鬼がコウモリに戻った!?」
吸血鬼は古将棋でいう太子、『玉の跡を継ぐ』固有能力だ。
玉を取られても吸血鬼がいれば負けにならない。
だが魔女の能力でコウモリに戻れば、当然その能力も失われてしまうのだ。
「あー、もう何で勝てないのよ!」
「コケモモのパンケーキでも食べて落ち着け」
「私のお金でしょ!」
機嫌の悪い女にはコケモモのジャムも効果がないらしい。




