バッグビルディングセット【モンブランとブルーマウンテン】
参考ゲーム
コーヒーロースター
「……まずい」
「もう一杯?」
「もう一杯一杯だ!」
喫茶店でまずいコーヒーを飲まされることほど苦痛なことはない。
しかも自分の店で。
「焙煎にムラがありますね」
「おまけに浅煎りの豆を焙煎しすぎて香りが飛んでるし、苦いのに量が多い。こんなに飲めるか」
「豆の種類が多すぎて淹れ方が覚えられないのよ」
「死ぬ気で覚えろ」
「えー」
「ではこれで覚えましょう」
いつの間にかうちの店に保管されていたボードゲームを取り出した。
『コーヒーロースト』
「豆を焙煎して美味しいコーヒーを淹れる一人用のゲームです」
「題材がマニアックすぎない?」
「ワインやリキュールのゲームもありますし、なにかを作る過程をシステムに落とし込むのはボードゲームでは特に珍しいものではありません」
「へー」
「チップも凝ってるな」
0~4の数字が書かれたコーヒー豆のチップがたくさんある。
数字は焙煎度だろう。
一人用のゲームにしては箱が大きめなのだが、箱の内部は14ブロックに区切られている。
焙煎度1の豆はここへ、焦げた豆はここへという具合に、種類別にチップを収納できるようだ。
チップの種類が多くても、どこに収納すればいいのか、どこからチップを取ればいいのか一目でわかるので、快適にプレイできるだろう。
「これがメニューです」
「焙煎する豆ごとに目標値が違うんだな」
「パナマ多すぎ」
パナマの豆だけで4種類ある。
といっても複数の種類がある産地はパナマとエチオピア(2種類)だけなのだが。
豆は初級、中級、上級の3段階のレベルに分かれている。
まずは初級だろう。
「じゃあブルーマウンテンね」
「ではメニューに描かれているチップを袋の中に入れてください」
「はーい」
焙煎度0の豆を始めとする、27枚のチップを黒い袋に入れた。
「目指す焙煎度は14ですね」
メニューには焙煎度によって獲得できるポイントが記されていた。
焙煎度14なら10ポイント、13なら6、15なら7。
14から離れるほどポイントも低くなる。
10以下、もしくは19以上だと0ポイント。
「このゲームは『バッグビルディング』というシステムです」
「デッキビルディングじゃなくて?」
「基本的なシステムは変わりません。バッグの中にチップを入れ、指定された枚数のチップを引き、そのチップを捨てたりパワーアップさせたりして、またバッグの中に戻し、最終的に袋に残ったチップで得点計算をします。これが得点計算のボードですね」
コーヒーカップの形をしたボードだ。
「豆を焙煎し終わったら、袋の中から1枚ずつチップを引いてボードに置いていきます」
カップに置けるチップは10枚まで。
焦げた豆や煙、水分のチップを置くと減点される。
カップの横にはトレイがあり、カップに置きたくないチップ(煙チップなど)はそこに置くことができる。
ただしトレイに置けるチップは3枚まで。
「減点されるチップを袋から捨てるか、トレイに置けばいいわけね」
「はい。ちなみに焙煎度が同じチップをカップに置くとボーナスポイントが入ります」
同じ焙煎度のチップが3枚あると1ポイント、1枚増えるごとに1ポイントずつ上がっていき、最大で5ポイントもらえるらしい。
「指定されたフレーバーチップをそろえてもボーナスポイントがもらえます」
「……製作者はかなりのコーヒー通だな」
赤いチップはコク、緑は酸味で、青は香りを表しているらしい。
コーヒー豆ごとにフレーバーが指定されており、指定通りのフレーバーチップをコーヒーカップに置ければ、1枚で1ポイント、2枚で3ポイント、3枚で6ポイント、4枚で10ポイント入る。
ブルーマウンテンで指定されているのは酸味の緑チップと香りの青チップ。
ちゃんと豆の特徴をとらえていた。
メニューを読めば、いかにこだわって設計されたのかよくわかる。
コーヒー豆の勉強をするには格好のゲームだろう。
「焙煎度14で10ポイント、焙煎度の同じ豆が8枚以上で5ポイント、フレーバーを全部そろえれば10ポイントだから、満点は25ポイントか。……ん?」
いや、違う。
コーヒーカップに置けるチップは10枚で、フレーバーチップを4枚そろえれば残り6枚。
焙煎度を14にして10ポイント取ることはできても、同じ焙煎度チップを8枚そろえるのは不可能。
つまり25ポイントは取れない。
そもそもバッグからランダムでチップを取り出して得点計算をするのだから、満点を取るのは難しい。
目標値は20ポイント前後だ。
「このゲームは3種類の豆で3回プレイして、その総合点でプレイヤーの焙煎士ランクが決まります」
合計ポイントが19以下だと焙煎士見習い、60以上でマイスターだ。
1ゲーム20ポイント前後を取り、3ゲーム合計で60ポイントとなるとかなり難しい。
運も味方しなければマイスターにはなれないだろう。
「布教用はありますか?」
「もちろんです」
布教用、観賞用のコーヒーローストも取り出し、全員でソロプレイ。
「えーと、カウンターキューブと特殊チップをセットするのか」
ボードに0~39の焙煎度が描かれており、0にキューブを置く。
豆チップの焙煎度が上がったらこれを進めるらしい。
表示されているのはすべての豆チップの合計なので、焙煎度14を目指すのなら14以上にキューブが進んでいないといけないわけだ。
特殊効果チップは文字通りの特殊な効果のあるチップ。
フレーバーチップを使用すると手に入るらしい。
それからターンディスクをセットした。
ターンが進むごとにディスクを1マス動かして経過時間を管理する。
面白いのは『豆に含まれる水分量』によってターンが違うことだろう。
たとえばブルーマウンテンのメニューには水分3と記されている。
これは袋の中に水分チップを3枚入れるということ。
そして3と描かれたマスにディスクをセットし、そこからゲームを始めなければならない。
水分チップは7枚、5枚、3枚、1枚の4種類。
水分が多いほど長い時間焙煎できる。
各マスの下には数字が描かれており、
「8枚だな」
この数字の数だけ袋からチップを取り出してプレイする。
袋から取り出した豆チップは、ターン終了時に焙煎度が1上がった(焙煎度0のチップを取り出した場合、焙煎度1のチップと交換して袋に入れる)。
そして1ターンごとに袋から取り出すチップが1枚ずつ増えていく。
最少で6枚、最大で14枚引くことになる。
つまり1ゲーム、長くても9ターンだ。
「ここで煙チップを袋に入れる、と……」
煙チップのあるマスにターンディスクが進むと、袋の中に煙チップを入れなければならない。
もちろん最後の得点計算で、コーヒーカップに煙チップを置いてしまったら減点だ。
しかも厄介なのはそれだけではない。
煙チップのあるマスは焙煎の専門用語で『ハゼ』と呼ばれる、焙煎中の重要な時間帯だ。
「げ、焦げた!?」
このターン中に袋から取り出された豆は焙煎度が2上がる。
焙煎度が5以上になると焦げるので、これはきつい。
しかもハゼは2回ある。
気を付けなければすぐに焦げてしまう。
さいわいゲームはいつでも終了させることができる。
豆が充分焙煎されていれば、無理して9ターンプレイする必要はないのだ。
焙煎度の見極めが重要になるだろう。
「もっと特殊効果を使うか。……というか、特殊効果を使うことしかできないんだよな」
想像していたよりも単純なゲームで、実はプレイヤーのやることは少ない。
1 指定された数のチップを袋から取り出す
2 水分チップを引いたら無条件で捨てられる
特殊効果を使う
3 豆チップの焙煎度を1(または2)上げる
4 チップを袋に戻す
以下繰り返し
特殊効果は2種類ある。
即時効果とフレーバー効果だ。
即時効果は特定のチップを使うことで発動する能力。
ただし各効果はゲーム中、一度しか使えない。
即時効果
○2枚引き直し
赤チップを使用することで発動する能力。
手元のチップを2枚、袋に戻し、改めて袋から2枚チップを引ける。
○2枚追加
赤・緑・青のいずれかのフレーバーチップを使用することで発動する能力。
袋から2枚チップを引ける。
○5枚取り出して2枚除去
青チップを使用することで発動する能力。
袋から5枚取出し、そのうち2枚を捨てることができる。
残りの3枚のチップは袋に戻す。
○除去
赤・緑・青のいずれかのフレーバーチップを使用することで発動する能力。
手元にある煙、焦げ豆、欠点豆チップをすべて捨てることができる。
○オールマイティチップの獲得
焙煎度0と1のチップを使用することでオールマイティチップを獲得できる。
オールマイティチップは赤・緑・青のいずれかのフレーバーチップの代用になる。
たとえば赤のチップとして使用し、2枚引き直すことができる。
フレーバー効果はフレーバーチップを使うことで発動する能力。
こちらはフレーバーチップが存在する限り、ゲーム中に何度でも使うことができる。
フレーバー効果
○濃縮
赤チップのフレーバー効果
2枚の豆チップを1枚にする。
たとえば焙煎度1の豆と2の豆を合体させ、焙煎度3の豆チップにすることができる
合体できるのは合計値が4以下の場合だけ
○保持
緑チップのフレーバー効果
ターン終了時、手元にある2枚の豆チップの焙煎度上昇を防ぐ。
○分散
青チップのフレーバー効果
1枚の豆チップを2枚にする
たとえば焙煎度4のチップを焙煎度1と3、あるいは2と2に分割する
フレーバー効果の素晴らしいところは、手元にフレーバーチップがあれば何度でも使えることと、特殊効果チップを獲得できることだ。
特殊効果チップを獲得できるのはあくまでフレーバー効果を使った時であり、即時効果でフレーバーチップを使っても、特殊効果チップを獲得することはできない。
特殊効果チップ
○焙煎度3チップ
焙煎度3の豆チップと同じように使える
○黄色チップ
特殊な豆でフレーバーポイントを10点獲得するのに必要なチップ。
黄色チップがフレーバーポイントに加算できない豆の場合、オールマイティチップとして使える。
○選択引きチップ
得点計算時、袋からチップを2枚取出し、好きなチップをカップに置ける。
ただしトレイにスペースがあっても、必ずチップはカップの中に置かないといけない。
このチップは得点計算時に2回使える。
○2枚引き直しチップ
得点計算時、カップに10枚のチップを配置した後、好きな2枚を選んで袋に戻すことができる。
そして袋からチップを3枚取出し、好きな2枚をカップに置ける。
○追加トレイチップ
トレイに置けるチップが2枚増える。
フレーバーチップを使うのなら、特殊効果チップを獲得できるフレーバー効果を優先するべきだろう。
即時効果で使わなければならない能力があるとすれば、手元にある煙、焦げ豆、欠点豆チップをすべて捨てられる『除去』。
「赤・緑・青のどのフレーバーチップでも使用できるのがいいな」
ブルーマウンテンに必要なフレーバーは緑1枚と青2枚(フレーバーが3枚しか指定されていないので、4枚そろえて10ポイント獲得することはできない)。
ゲーム開始時、袋の中に入れたフレーバーチップは赤2枚、緑2枚、青3枚だ。
つまり赤2、緑1、青1のフレーバーチップは使える。
……ただし緑と青のフレーバーチップを使ってしまうと、得点計算の時に袋から引ける確率が落ちてしまう。
フレーバーチップ1枚で1ポイント、2枚で3、3枚で6ポイントなので、チップを使うべきか否か迷う。
赤2枚はブルーマウンテンに必要がないフレーバーなのでいつでも使える。
0と1の豆チップを使えば、どのフレーバーチップとしても使えるオールマイティーチップも手に入る。
得点計算時に緑としても青としても使えるので、オールマイティーは最後まで温存し、青か緑のチップを使ったほうがいいのかもしれない。
「……カウンティングと予測が難しいな」
何枚のチップが袋に入っているのか完全に把握できていない。
このゲームはいつでも終了して、得点計算に移れる。
今この瞬間にゲームを終了した場合、カップに置ける焙煎度の期待値はいくらなのか?
カウンターキューブの焙煎度から期待値を計算する方法がわからない。
袋の中を見て数えるのはたぶん反則だろう。
「えーと、最初に入れた焙煎度0の豆が13枚で、硬質豆が3枚。焙煎度が18だから……」
硬質豆は焙煎度が上がれば焙煎度0の豆チップになる。
だから豆チップは袋の中に16枚。
プレイしたターン数と、ハゼの分だけ焙煎度は上がる。
チップの数と、ターン数、カウンターキューブの焙煎度、袋の中にあるマイナスチップと捨てたチップの数を参考になんとか期待値を計算していく。
……自分でもそれが正しい数値なのかわからない。
というか絶対間違っている。
結局は勘だ。
なんとなくでもう1ターンプレイし、得点計算に移る。
「ドロー!」
1枚ずつチップを引き、カップやトレイに置いていく。
最後に得点計算をするゲームはいくつかあるものの、その中でもこのゲームは楽しい部類だろう。
ボードゲームの得点計算は面倒くさい。
得点計算方法を覚えなければ戦略を組み立てられないのが面倒くさい。
それが嫌で遊ばないプレイヤーもいるのではないかというレベルで面倒くさい。
……まあ、さすがにそこまで面倒なゲームは滅多にないのだが。
コーヒーローストは自分がビルディングしたバッグからチップを取出し、トレイを使い、特殊効果チップを使い、理想のコーヒーに近づけていく方式なのでありがたい。
面倒な得点計算で余韻をぶち壊すボードゲームは見習ってほしいものだ。
「……10点か」
最後に引いたチップで焙煎度が下がってしまったのが痛い。
あれがなければもっと得点が伸びていたものを。
だがこのゲームは3セット制。
ここから巻き返せば、中級焙煎士にはなれるかもしれない。
慣れれば1セット10分ぐらいなのでサクサク遊べる。
一人用ゲームとしては悪くない。
「お腹空いた」
「お前はなんのためにこのゲームで遊んでるんだ」
「……淹れればいいんでしょ、淹れれば」
豆は散々プレイしたブルーマウンテン。
うちの店だとラスク、モンブラン、ザッハトルテと一緒に注文する客が多い。
「ブルーマウンテンならモンブランでしょ!」
……まさかの山繋がり。
モンブランはいいとして、問題はブルーマウンテンだ。
「はい、コーヒー」
「どれ……」
モンブランを突きつつ、ブルーマウンテンを堪能する。
「……まずい」
「おかしいわね。ちゃんといい豆と悪い豆を調整して14点にしたはずなんだけど」
「悪い豆を混ぜんな!」




