競馬ゲームセット【キャロットケーキとマサラミルクティー】
参考ゲーム
ギャロップレーサー
「これ何て読むんだっけ」
「牝馬、ようするにメスだな」
「へー」
ちなみにオスは牡馬と呼ぶ。
「プレイヤーが騎手になるレースゲームか」
タイトルは『トロットレーサー』。
オリジナルの馬を作ることもできるものの、メインはレースである。
最初は『プラクティス』という、好きな名馬で好きなレースを走れるモードをプレイする。
「やっぱり逃げ馬よね」
一番手はサイエンススズカでいくらしい。
操作は単純。
手綱を押す(加速)、手綱を引く(減速)、ムチ(ラストスパート)。
カーレースのような難しいテクニックは必要ない。
強いて上げるのならスタートだろう。
画面上で『READY』の文字が4回点滅する。
その4回目の点滅の時にGOとなり、手綱を押してスタートをするのだが、
「ぎゃー!? 出遅れた!?」
このタイミングが難しい。
逃げ馬が出遅れたら致命的だ。
スタートの失敗の仕方によっては差し馬や追い込み馬も戦わずして終わる。
このゲームのレコードは現実の競馬と同じタイムだ。
20年前のゲームなのでかなり古い記録ではあるものの、1秒前後の遅れを取り戻すのはまず不可能。
それぐらいスタートは大事なのだ。
「……なにこれ、ぜんぜん勝てないんだけど」
「カーレースの常識は通用せんな」
逃げ、先行、差し、追い込み。
馬の脚質によって騎乗の仕方を変えなければならない。
重要なのが『折り合い』だ。
馬のコンディションは色によって管理されている。
青は最高。
青の時間が長ければ長いほど、馬はスタミナを温存でき、ラストの直線で伸びる(もしくは失速しない)。
緑は普通。
オレンジや黄色、赤は悪い。
その馬に適したレース運びをしないと折り合いが悪くなる。
たとえば逃げ馬ならロケットスタートを決め、馬群の先頭に立つと機嫌がよくなる。
先行なら逃げ馬の後ろ、差しは馬群の中段から後方で、追い込みなら最後方にポジショニングしないと青にならない。
折り合いが青になったらそのままのペースを維持すればいい。
プレイヤーが操作しなくても同じペースで走り続けてくれる上に、コーナーも自動的に曲がってくれる親切仕様だ。
たまに緑やそれ以下の色になってしまうものの、微調整すればすぐ青に戻る。
残り600メートルぐらいでスピードを上げ、400ぐらいからムチを入れてラストスパート。
覚えてしまえば簡単だ。
「ああ、接触した!?」
それだけに些細なミスが大きく響く。
気性の荒い馬は接触すると折り合いが悪くなり、立て直すのが難しい。
ベストポジションを求めて急加速や急減速を繰り返していると折り合いが悪くなる。
逃げ馬はロケットスタートを確実に決めて、先頭に立ったら徐々に速度を落とし、スローペースに持ち込んでスタミナを温存しないと逃げ切れない。
逆に最後の直線で勝負する追い込み馬は完全に運任せだ。
最後尾に陣取るためレースをコントロールできず、スローペースになったら届かない。
ハイペースになって先頭集団が潰れるのを祈るしかないわけだ。
ある程度ポジショニングに融通の利く先行や差しが乗りやすい。
ハイペースならペースを落とし、スローペースならペースを上げられる。
先行馬はロケットスタートまではいかずとも、好スタートでないとポジショニングしにくいので、スタートにもポジショニングにも余裕がある差し馬が初級者向けだろう。
「差し込み差し込み」
差し馬は馬群の後方からごぼう抜きするので爽快感もある。
『日本総大将』なる二つ名を持つ名馬『スペリオルウィーク』に乗り換えると安定して勝てるようになった。
G1のようなレベルの高いレースでも、スペリオルウィーク級の名馬に乗っていれば初級者でも勝てる。
本番は『シーズンモード』だろう。
シーズンモードはポイント制であり、レースでポイントを稼いで馬を買う。
初期ポイントはたかが知れているのでスペリオルウィークのような名馬には乗れない。
ポイントがなくなったらゲームオーバー。
「ようするに値段の高い差し馬に乗ればいいんでしょ」
「……そんな単純なゲームならいいけどな」
俺の不安をよそに、適当に高い馬を一頭だけ買ってレースに出走。
そして案の定、
「あああ!?」
特に見せ場もなく惨敗。
「なんでよ!?」
「若い時のFHがあんまり高くないからだろ」
「えふえいち?」
「説明書を読め。フリーハンデだ。この数値が高いほど強い」
「でもこの馬が一番値段が高かったのよ?」
「成長タイプを見ろ。こいつは晩成型だ」
「え、じゃあ現時点では弱いってこと?」
「そういうことになるな」
晩成は初期値が低く、歳を重ねるほど強くなる。
早熟は初期値こそ高いが、ある年齢を過ぎると急激に弱くなる。
長期的な運用には向かないものの、3歳馬にしか奪れない中央競馬の三冠『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』を狙うなら早熟だろうか。
普通型、もしくは持続型は初期値が比較的高くて劣化も緩やかだ。
初級者向けの成長曲線である。
「グレードの低いレースじゃポイントはあまり入らないから、名馬に乗るなら数年単位で運用する必要があるな」
「……凱旋門賞を狙うとなるとかなり時間がかかるわね」
まず元を取るため出走し、元を取ったらより高い馬を買うために重賞を勝って、ようやく名馬を買っても出走条件を満たしていないと海外の大レースには出走できない。
出走条件がそろっても日程や成長曲線が合わなければ勝てない。
あらゆるケースを想定して計画を立てる必要がある。
一人用のレースゲームとしてはかなりの長丁場だ。
現実の競馬とタイムは変わらないので、だいたい1レース1~2分ぐらいで終わるのが唯一の救いか。
「お腹すいた」
「キャロットケーキでも食ってろ」
「えー、にんじん?」
「にんじんの甘味を甘く見るなよ。昔からスイーツに使われてるし、野菜ジュースでもにんじんは定番だろ」
「あ、ほんとだ。甘い」
キャロットケーキには砂糖を使っていない。
天然のにんじんの甘味だけでこの味だ。
「にんじんすごい」
にんじんの甘さがよく伝わる一品だ。
「飲み物はマサラミルクティーにしよう」
ようするにインド風ミルクティーのチャーイだ。
今日は香辛料を入れるマサラチャーイ。
まずはしょうがやカルダモンなどのスパイスを入れて水を沸騰させる。
スパイスは水に入れる前に潰すか、シナモンスティックなら割っておくのがコツだ。
水が沸騰したらウバの茶葉と牛乳を投入して更に煮出す。
「茶葉荒くない?」
「もともと質の低い茶葉を美味しくいただくために生まれたのがチャーイだからな」
イギリス植民地時代の名残りだ。
良質な茶葉はイギリス本国へ送られるため、インドにはろくな茶葉が残らなかった。
残り物の茶葉で美味いお茶を飲むには、イギリスと同じ淹れ方では無理だったのである。
だからチャーイは雑多な茶葉を使うほど味がにじみ出て、良質な茶葉を使うと逆に味が濁ってしまう。
今回使うのも残り物だ。
一煮立ちさせ、色が濃くなったら砂糖を投入。
砂糖は普通のミルクティーよりも多めがいい。
濾しながらカップに注げば完成だ。
「普通のミルクティーよりぐっと甘いのに、ピリッとスパイシーね」
英国流では絶対に体験できない味である。
「一番高い馬を買ってG2やG1を狙うか、そこそこの馬を数匹買って交互に乗りながらグレードの低いレースを地道に勝っていくか」
「もちろん高い馬よ!」
成長曲線を見て高い馬を買っても、初期ポイントで買える馬には限界がある。
スペリオルウィーク級の名馬が出走していなければG2でも勝てるが、
「失敗した失敗した失敗した!」
……それもノーミスで走れればの話。
初級者なので安定感がなく、稼ぎも安定しない。
「んー、ライバルを殺すコツはつかめてきたのに」
「コツってなんだ?」
「進路妨害」
「……最悪だな、お前」
「このゲームでは反則じゃないのよ!」
名馬の正面にポジショニングし、徹底的に前をふさいでG2を逃げ切った。
たしかに便利な戦い方ではあるが、
「ああ!? めっちゃ強い馬がもう1頭いる!?」
さすがに1レースで名馬が2頭もいたら妨害するのは不可能だ。
強豪ひしめくG1向きの戦法ではない。
「クラウドスカイ? どっかで聞いた名前だな」
「もしかしてこれサイウンスカイ? 権利上の問題で実名じゃないパターン?」
調べてみるとやはりサイウンスカイだった。
有名どころはだいたい実名で登場しているのだが、サイウンスカイやオグラキャップ、トウザイテイオーなどはなぜか実名を使えなかったらしい。
トウザイテイオー=プリンセスオブターフのように原型が残っていない名馬も多く、競馬ファンであっても調べないとまず元ネタがわからないだろう。
「ちゃんとチェックしとかないと」
実名でない名馬に足元をすくわれないようにチェックを入れ、
「ブロック!」
さっそく進路妨害を仕掛ける。
「ぎゃー!? 赤くなった!?」
「妨害することばっかり考えてるからだ」
妨害に意識を集中していると折り合いが悪くなる。
おまけに、
「サイエンススズカ強すぎ!」
相手が逃げ馬だと妨害するのすら難しい(妨害できても逃げ馬の前に行くので折り合いが悪くなる)。
「ポチッとな」
セーブ&ロードは必須だ。
定期的にロードをしていれば、よほどのことがないかぎりポイントがマイナスになることはない。
G1で勝つまでロードを繰り返し、
「合体!」
G1で活躍した馬を配合してオリジナルの馬を作る(種付けするとなぜか馬が消えるので、たしかに合体っぽい)。
実際の競馬より配合は簡単だし、レースに勝てば勝つほど強くなるので長期的なプレイもあまり苦にならない。
ただ、
「……フリーハンデ80はやりすぎたわね」
「だな」
強くしすぎると肝心のレースが味気なくなる。
オリジナル馬はあくまでポイント稼ぎに徹し、
「ダービーよ!」
当時の規定では出走できなかったダービーをヨロコンドルパサーで勝利。
国内レース唯一の敗戦だった毎日王冠でサイエンススズカを撃破。
さらに史実では二着で終わった海外G1のイスパーン賞と凱旋門賞で勝つ。
プラクティスモードでは海外のG1レースに出走できないので、これもシーズンモードならではの楽しみ方だ。
無敗の名馬よりプリンスヘイローのようなG1でなかなか勝てなかった馬のほうが面白い。
そして無敵のオリジナル馬で勝つよりも、史実に準拠したパラメータしかない名馬を操り、史実では勝てなかったレースを勝つほうが困難でやりごたえがある。
歴史ゲームに通じる面白さだ。
「対戦モードもあるみたいだけど、やってみる?」
「望むところだ」
お互いに当然のごとく逃げ馬を選択する。
「……泥仕合じゃねえか」
とにかく逃げ馬でロケットスタートを決め、相手の前に立って妨害するだけのレースになる。
「ああっ、差された!?」
そしてお互いに邪魔しあっているうちに周りの馬に差されて惨敗を喫するという、1対1の対戦には向かないゲームだ。




