1ページTRPGセット【ガトーショコラとミントティー】
「1ページTRPGをやりましょう」
「またですか」
「タイトルは『ドジっ子メイドさん奮闘記』です」
「じゃあ着替えてくる」
「……コスプレしたいだけだろ、お前」
「演劇みたいなもんなんだからコスプレするのは普通でしょ」
相変わらず無駄なところに凝っており、わざわざヴィクトリアンメイドの服装に着替えてきた。
「かわいい?」
「あー、かわいいかわいい」
「心がこもってない!」
世界一かわいいのは否定しないが、イベントがあるごとにコスプレしているので正直見飽きている。
そろそろ新しいメイド服を買うべきなのかもしれない。
「メイドさんのHPは16。1日に6回行動できます。行動は掃除・洗濯・裁縫・料理・買物・食事・風呂の7種類。各行動は1日に1回しか実行できません。食事とお風呂は『メイドさんの休憩時間』なので絶対に行わないといけません」
「ふむふむ。だいたいわかったわ」
「では1つ目の行動を選択してください」
「洗濯」
「絶好の洗濯日和です。とくに何も起こりませんね。では2つ目を」
「料理」
「上手に焼けました。またしても何も起こりません。3つ目を」
「食事」
「2dを振ってください」
ころころ
先生と瑞穂が同時に2d(サイコロを2つ)を振った。
「あ、食事が喉に詰まってしまいました」
「んがぐぐ!?」
「2dでダメージを決定してください」
ころころ
「わ、9!? ……HP16しかないのに」
「では4つ目のお仕事にいきましょう」
「お風呂よ」
「2dですね」
「う」
ころころ
「石鹸で滑って頭を打ちました」
「また!?」
2dでダメージを受ける。
ころころ
「ぎゃー!?」
「あなたはしにました」
「なによこれ!? ドジってレベルじゃないでしょ!」
「プロバビリティの犯罪ですから」
「え、殺されたの?」
「はい。ドジっ子であることを利用した殺人ですね」
プロバビリティとは確率の犯罪。
江戸川乱歩いわく、
確率を計算するというほどではなくても『こうすれば相手を殺しうるかもしれない。あるいは殺しえないかもしれない。それはその時の運命にまかせる』という手段によって人を殺す話が、探偵小説にはしばしば描かれている。
むろん一種の計画的殺人であって、犯人は少しも罪に問われないという、極めてずるい方法だが、しかしそういうやり方で人を殺した場合、法律はこれをどう取扱うのであろうか。
西洋の探偵小説によく出てくるのに、こういう方法がある。
幼児のいる家庭内のAがBに殺意をいだき、階上に寝室のあるBが、夜中階段を降りる時に、その頂上から転落させることを考える。
西洋の高い階段では、うちどころが悪ければ一命を失う可能性が十分ある。
その手段として、Aは幼児のおもちゃのマーブル(日本でいえばラムネの玉)を階段の上の足で踏みやすい場所においておく。
Bはそのガラス玉を踏まないかもしれない。
また踏んでも一命を失うほどの大けがはしないかもしれない。
しかし目的を果たした場合も、失敗に終った場合も、Aは少しも疑われることはない。
誰でも、そのガラス玉は幼児が昼間そこへ忘れておいたものと考えるにちがいないからである。
(中略)
このようにうまくいけばよし、たとえうまくいかなくても少しも疑われる心配はなく、何度失敗しても次々と同じような方法をくり返して、いつかは目的を達すればよいというずるい殺人方法を私は『プロバビリティーの犯罪』と名づけている。
トリックの死亡率が低く、一見すると事故にしか見えないので殺人事件として疑われることもまずない。
それがプロバビリティの犯罪だ。
著作権の切れたものだと谷崎潤一郎の『途上』や乱歩の『赤い部屋』などがある。
メイドのドジ、TRPGの特徴である行為判定、それにプロバビリティの犯罪を組み合わせたシステムだ。
「ちなみにこれがルールブック、いえ、ルールペーパーです」
先生から1枚の紙を渡される。
「メイドのスケジュールは6つ。仕事は7種類。各仕事は1日に1回しか実行できない。つまり仕事すればするほど選択肢が少なくなって、犯人に行動を予測されやすくなる、か」
HPは16。
2dの期待値(サイコロを2つ振った時の平均値)は7。
トラップが発動しても期待値的には2回耐えられる。
運が悪ければ2回で死ぬ。
3回失敗したら完全にアウト。
シビアだ。
確率の犯罪なので、ソロプレイできるというのも面白い。
ソロだと完全に運ゲーになってしまうものの、それこそプロバビリティの犯罪の神髄である。
「もう1回!」
「いいですよ」
再びドジっ子メイドさん奮闘記をプレイ。
難しいのは食事と風呂のタイミングだろう。
「では最初の行動を」
「食事よ!」
「予測通りですね」
「ええ!?」
仕事するほど予測されやすくなるわけだから、必須行動である食事と風呂はなるべく序盤に片づけておきたいのが人間心理。
「お風呂!」
「2dです」
「あああ!?」
ころころ
「あなたはしにました」
「うう……」
わかりやすい奴だ。
「次は俺の番だな。そこのメイド、ガトーショコラとミントティーな」
「え、私が用意するの?」
「なんのためのメイド衣装だ」
「しかもチョコレートにミントって、歯磨き粉じゃないんだから」
「実際に試してから言え」
「はいはい」
ガトーショコラを切り分け、ミントティーを淹れる。
「お待たせしました、ご主人さま」
「ご苦労」
ケーキを1から作るわけではないので、ドジっ子メイドさんでも安心だ。
「とりあえず食ってみろ」
「いただきまーす。……あれ、おいしい?」
「チョコとミントを同時に味わうのと、別々に味わうのとでは印象が違いますね」
「チョコとミントティーをセットにできないから混ぜてるだけですし」
歯磨き粉やチョコミントアイスのような『ミントでさわやかなチョコレート味』とは明らかに違う。
まったり濃厚なチョコレートケーキに、後味をさわやかにするミントティー。
別々に味わうからこそ感じられるギャップ。
それが最高なのだ。
「メイドではあれなので、執事という設定にしましょう」
「そうですね」
ミントティーを飲みながら初手を考える。
「……迷うな」
自分でやるとなると難しい。
4回目までに食事も風呂もしなければ、5・6は食事か風呂に限定される。
1掃除
2洗濯
3裁縫
4料理
5・6 食事か風呂
食事か風呂の1つを消化している場合でも、やはり4回目までにもう1つの必須行動を消費しておきたい。
4回目までに2つを消費していないと、5か6で必ず当てられる。
1掃除
2洗濯
3裁縫
4食事
5 風呂か料理・買物
5で風呂を選ばなければ6で確実に風呂になる
4回目までに2つを消費していないと後で困るということは、4回目に必須行動をしてしまう確率が高くなる。
すると3回目までに必須行動を処理しておきたくなる。
「……ううん」
やはり難しい。
単純なだけに深く考えすぎてしまう。
「では1回目の行動を」
「……風呂で」
「2dをお願いします」
「げ!?」
浅く考えても、深く考えても、必須行動を後に回すとどうしても苦しくなる。
だからやはり最初は必須行動になってしまった。
必須行動を読まれても、俺がどちらを選ぶかまではわからない。
なので2分の1の確率で外れることを願っていたのだが、運にも見放されてしまったようだ。
こうなったら開き直るしかない。
「掃除!」
「2dを」
「なんでだ!?」
4回目であっさり殺されてしまった。
「残り1つの必須行動をエサにして、空振りを誘発しようとしたわけですね」
「……はい」
どこかで食事を入れてくるだろうという先入観を逆手にとって、食事の空振りをさせようとしたのだが完全に読まれていた。
仮に6回目の行動が食事で固定されたとしても、トラップのダメージは2d。
メイドさんのHPは16、ダメージの期待値7で考えれば2発は耐えられる。
2~5を無傷で乗り切れれば6回目の食事で2dを食らってもギリギリでクリアできると思ったのだが……。
ダメージ判定にも嫌われ、あえなく2発目のトラップで力尽きた。
「計画通り」
……犯人も犯行方法もわかっているのに犯行を防げない。
それが確率の犯罪の恐ろしさだ。




