ソードワールド2.0セット【おかきとローズティー】
「この地方には『魔剣の迷宮』があります」
「自分の持ち主になる冒険者を探すために魔剣が作り出した迷宮だっけ?」
「はい。この迷宮を作り出したのは『スカッドハンマー』だと伝えられています」
「え、剣じゃないの?」
「魔剣は魔法の武器の総称なので、必ずしも剣とは限りません」
「リプレイでも斧の魔剣が登場してるしな」
「……斧の魔剣ってなによ」
この単語だけ聞くと矛盾の塊だ。
「伝説によると、状況に応じて形が変わる魔剣だそうです」
「戦闘で使い分けられるのか」
「少し違いますね。戦闘ではウォーハンマーですが、日常ではトンカチになったり、鍛冶屋の金槌になったり、ギャグシーンでは100tハンマーになる魔剣です」
「……なにその微妙な機能」
「状況に応じて行為判定が+1されますよ?」
「プレイヤーの想像力次第だな。鐘つき、裁判、オークション、銃の撃鉄だってハンマーだ。ハンマーっぽいものは日常にあふれてる」
使い方次第では役に立ちそうな気がしないでもない。
ともかく魔剣スカッドハンマーを求めて迷宮にもぐる。
「バラの香りが漂ってきました」
「バラ?」
「匂いを嗅いだらやばそうだな」
「もう遅いですね。精神抵抗力判定を。目標値は21」
「精神抵抗力14だから抵抗できるレベルだな」
ころころ
1ゾロ
「いやー!?」
「なにやってんだ!?」
「正気を失ってしまいました。なお今回のシナリオは『ハンマーセッション』です。メキシカンマフィアが新入りをハンマーで殴って教育するように、さまざまなハンマーで判定をしてもらいます」
先生からハンマーを渡される。
「ピコハン?」
「いわゆる『叩いてかぶってじゃんけんぽん』ですね。じゃんけんの代わりに2dで先制判定をして、達成値の高いほうがピコピコハンマーで攻撃、低いほうは盾でガード」
「ガードできなかったら2dでダメージ処理ですよね?」
「もちろんです。先制判定の2dをそのままダメージ処理で使います」
ムダがないシステムだ。
「どうしたら正気に戻るの?」
「一撃当ててください。まあ、プレイヤー同士で対決したら八百長できてしまうので、GMとの対決になるんですが」
「えー、私もやりたい」
「我慢しろ」
「ぶー」
テーブルの上にピコハンと『なべのふた(RPGではよく序盤の盾として活躍する)』を並べた。
今回のサンプルキャラが装備しているのはウォーハンマー『ベク・ド・フォコン』。
片手でも両手でも使える武器だ。
なべのふた(データ上はミスリルシールド)でガードしつつ攻撃できるように、片手でも使えるベク・ド・フォコンにしているのだろう。
「サイコロはこの中へ」
テーブルの真ん中に陶器を2つ置く。
2人が同時に2dを振ると目がわかりにくいので、陶器の中に投げるのだ。
なおじゃんけんの代わりにサイコロを振るので、同じ達成値の場合はあいこで振りなおしになる。
「ではいきましょう」
ころころ
同時に2dを振る。
「ちぇすと!」
「ぐ!?」
あっけなく一本取られた。
……いま気づいたが、しれっと先生は自分の利き手側にハンマーを置いている。
せこい。
「2dは8なのでダメージは9、追加ダメージは18です」
「……防護点10でも17ダメージか」
二重の意味で痛い。
「ではもう1回」
結局、正気に戻すまでにもう1発食らって35ダメージ。
HP53なのでもう一発食らっていたらやばかった。
魔法で即座に回復する。
「迷宮の部屋に入ると、十字架にかけられた蛮族が1体いました」
「十字架?」
「縛られてるんですか?」
「いえ、いわゆる磔刑ですね。知識判定を」
ころころ
「ヴァンパイアローズです」
「レベル19!?」
ルールブックによると、常にバラの香りを漂わせているヴァンパイアらしい。
この『バラの芳香』には半径20m以内にいる対象を魅了する力があり、精神抵抗力判定に失敗すると1ラウンドの間、ヴァンパイアに操られてしまう。
恐ろしいことに、この能力はヴァンパイアローズの手番開始時に『自動的に発生』する。
無理やり操られているため、操られているPCは動きがぎこちなく、すべての行為判定が-2されるらしい。
……さっきのハンマーセッションではマイナスされていなかった気もするが。
「ローズは両手首・両足首を銀の釘で打たれて磔にされています。こんな感じで」
「ぎゃー!?」
先生が妙にリアルな人形を取り出した。
ご丁寧に木材を組み合わせて十字架を作り、人形の手首と足首を釘で打ったらしい。
かなり不気味だ。
「体はホコリだらけで服もボロボロ。磔にされてから、かなりの年月が経っていると推測できます。そして磔にしている釘がグラグラと揺れ、今にも抜けそうになっているのが見えました」
「わ、最悪!」
「逃げるか、ローズを攻撃するか、釘を打つかの3択か」
「ローズへ攻撃する、もしくは釘を打つ場合は、両手で2回ハンマーを振ることができます」
「1人2回?」
「はい」
「PC2人だから計4回か」
両手で攻撃できるのは大きい。
「もちろん釘を打つ場合は、この人形の釘を打ちこみます」
「ひぇっ!?」
演出にしても怖すぎる。
人形がリアルなだけに、わら人形へ五寸釘を打つ気分だ。
「……HP144。防護点21。4発で殺すのは無理だな」
「ローズは衰弱しているのでレッサーヴァンパイアと同じパラメータになっています。HPは77、防護点は11です」
「マルチアクションは使えますか?」
1回の手番で攻撃と魔法を使える特技だ。
「使えますが、ハンマー回数が1回減ります」
「ちっ。仕方ない、釘を打とう」
「釘に赤のラインが入ってますよね? そのラインまで打ち込めれば成功です。ただし斜めに打ってしまったら、赤ラインを超えていても失敗になります。斜めになった釘はもう打つことができません」
「両手でハンマーを振れるって言ってたけど、片手でもいいのよね?」
「いいですよ」
「左手は添えるだけ!」
怖がっていたくせに、左手で釘をおさえて右手を振りかぶる。
カーン
しかし勢いが足りなかったのか、赤ラインを超えることはできなかった。
「もう一発!」
同じ釘にもう一撃。
少し斜めに傾いてしまったものの、ギリギリでラインを超えた。
「右腕は封じられました」
「やった!」
「空飛べるから足を殺しても意味なさそうだな。左腕潰して『双爪』を封じよう」
双爪は爪の攻撃が当たっとき、ダメージ決定を2回行える特殊能力。
爪の攻撃が命中したとき、牙で噛みついて2d+30のダメージを与える特殊能力『吸血鬼』もある。
両腕を潰しておけばこの能力も封じられるはずだ。
「食らえ!」
無理に一撃で決めようとせず、2発で確実に左腕を殺す。
「左腕が封じられました。おのれ、こしゃくな人間どもめ! 両足の釘が抜けたことでヴァンパイアローズがわずかに力を取り戻します。HPに剣のかけらが追加されました」
「げ!? +95!?」
「いえ、データ上はレッサーヴァンパイアなので+55です」
「それでも132あるじゃない!」
「両腕は封じられているので打撃点は2d+7。HPが高いだけでそれほどの強敵ではありません」
「グズグズしてるとどんどん強くなるぞ。今の内に倒そう」
「そうね」
「そうはさせん。ふーとローズが息を吸うと、バラの香りが強くなりました。精神抵抗力判定を」
ころころ
「お」
2人とも成功。
「PCが精神抵抗で動きがにぶっている内にローズは逃亡しました。おそらく力を回復するためでしょう」
「追いかけます」
「では扉をくぐると、広い部屋に出ました。中央に柱。部屋の隅に円柱型の大きな石。天井にスイッチがあります」
■■■■■■○←石
■■■■■■■■
■■■■■■■
■■■柱■■■
■■■■■■■
■■■■■■■■
■■■■■■■
「何のスイッチ?」
「おそらく扉のスイッチですね。カギがかかっているので、スイッチを押さないと次の部屋へは行けません」
「ローズは飛べるから足で押したんだな」
「ハンマーで扉壊せる?」
「迷宮の扉なので、鉄の門と同じものとして処理します。HP200、防護点26、クリティカル不可です」
「はあ!?」
「絶対壊せないじゃない!」
「それが迷宮クオリティです」
「……天井はどれくらいの高さなの?」
「10mですね」
「投石か魔法なら届くな。石だと当たらなそうだからフォースを撃とう。魔法なら必中だ」
「スイッチが壊れるかもしれませんよ?」
「え」
「ダメージ判定で2d振りますし、その威力に魔力も乗ります。基本的にこういう判定で力の調節はできません」
……魔法は辞めたほうがよさそうだ。
「部屋の真ん中に柱があるんでしょ。それ登ればいいんじゃないの?」
「柱からではボタンに手が届きません」
「うー」
「部屋の隅にある石を調べます」
「柱と同じものですね」
「同じ?」
「中央の柱は、この石を何段にも重ねて作ったもののようです」
「……読めたぞ、ダルマ落としだ。天井はこの柱に支えられてる」
「ハンマーで石を弾き飛ばして、天井を低くするってこと? 失敗したらどうなるの?」
「もちろん天井が落ちてダメージ判定です」
「……たぶん死ぬわね」
「では張り切ってどうぞ」
テーブルの上に5段重ねのダルマ落としが積まれた。
一番上はダルマではなく板である。
これが天井なのだろう。
「巻き込まれたらシャレにならんから、俺のキャラは部屋の外に避難しておこう」
「あー、緊張する」
震える手で石に狙いを定め、ハンマーを振りかぶり……
「待て!」
「え」
打つ寸前にあわてて駆け寄って腕をつかむ。
「……お前、いまどこ狙ってた」
「下から二番目」
「アホか! 一番下の石を打て!」
「え、ダルマ落としって間の石を打つゲームじゃないの?」
「これはダルマ落しじゃない」
「それに間の石を打ってしまうと、一番下が床やテーブルではなく石になってしまいます。石は固定されていません。つまり上から落ちてくる石をグラグラする土台で支えるわけで、崩れる可能性がかなり高くなってしまいます」
「へー」
今度はちゃんと一番下の石に狙いを定め、
すこん
とハンマーで打ち抜く。
最初の1発を成功させれば難易度は下がる。
2段目、3段目の石も危なげなく弾き飛ばし、
「ポチッとな」
低くなった天井のボタンを押した。
「扉が自動的に開き、奥からバラの香りが漂ってきました」
「ぐ」
「ただ様子がちょっと変ですね。目標値は15です」
「15? 1ゾロでもない限り成功するな」
ころころ
楽勝で成功。
「間取りはさっきと同じ部屋ですね。中央に柱があって、向こう側の扉の前に石」
■■■■■■■
■■■■■■○■
■■■■■■■
■■■柱■■■
■■■■■■■
■■■■■■■■
■■■■■■■
「その石の上にローズが立っており、なにか魔法を唱えました。風が吹き抜けます。ダメージはありませんが、バラの香りが外まで運ばれていきました」
「え」
「迷宮の入り口に扉はありませんから。我が呼び声にこたえよ獣! ヴァンパイアローズの呼び声に応え、外から無数のモンスターが駆け込んでくる音がします」
「挟み撃ち!?」
「いえ、ローズは逃げます。まだ力が戻っていないので」
「……たぶん空飛べるモンスターがいるから、扉を閉めても意味がないんだろうな」
「ローズを追いかけると挟み撃ちにされるわね」
「どこかで撃退する必要がある。この部屋もボタン押さないと先へ進めないんですか?」
「いえ、扉にカギはかかっていません」
「さっきの部屋と同じ間取り。……なのにボタンはなくて、扉は開いてる? 中央には柱」
「あ、向こうの扉の前に石があるわよ! これぶつけるんじゃない?」
「そうか! 敵がこの部屋に殺到してきたタイミングで柱を倒せば、天井が落ちてまとめて倒せる!」
「ではやってみましょう」
テーブルに再びダルマ落としを置き、テーブルの端に石を1つ置く。
「石は1つしかありません。チャンスは一度だけ。当てるだけではダメです。柱を倒してください」
「OK」
さっきは崩してはいけないダルマ落とし、今回は倒さなくてはいけないダルマ崩しだ。
シチュエーションに凝っている。
瑞穂がふーと息を吐き、ハンマーを構えた。
「100tハンマー!」
過剰なまでに力を込め、石を弾き飛ばした。
石はほぼ真っ直ぐ飛び、
カーン
「あ」
一番下の石が勢いよく弾き飛ばされる。
力が強すぎた。
ストンと真下に落ちることになるので、柱が倒れることはない。
……かと思いきや、
カーン
「おお!?」
弾き飛ばされた石が店の壁にぶつかり、跳ね返って後ろから柱にぶつかる。
まるでビリヤードのような動きで柱が倒壊した。
「計画通り」
「うそつけ!」
壁際のテーブルじゃなかったら完全にアウトだった。
まだツキがある。
「どんがらがっしゃん。天井が落ちてモンスターは全滅しました」
「……あれ? これガレキで部屋が埋まってるんじゃないの?」
「げ、戻れない!?」
「調べてみますか?」
「いえ、調べてる内にローズがパワーアップしそうなので、先にローズを追います」
「ではここで精神抵抗力判定。ローズは力を取り戻しつつあるので目標値は24」
ころころ
……2人とも失敗。
ハンマーで殴り、殴られ、HPが3分の1ほど減った。
「ローズを追うと全てが凍りついた部屋に出ました。足場は氷河のようになっています。部屋の中央には巨大な氷塊があり、レッサーヴァンパイアやブラッドサッカーが氷漬けになっています。氷漬けの吸血鬼の中心にはスカッドハンマーが浮いています」
「これ、氷溶けて襲ってくるパターンでしょ」
「だろうな」
ローズとの戦闘中に氷が解けたら死ぬ。
なるべく早いラウンドでローズを倒さなければならない。
「魔剣がほしくば我を倒すがいい。ローズがボディビルダーのようなポーズをとり、腕力と背筋で背中の十字架を破壊します。両手首にはヴァンパイアの力では抜くことのできない銀の釘が撃ち込まれているので、完全に力は戻りませんが……。これでも貴様らを殺すのには十分だ」
ローズのパラメータはレッサーヴァンパイアの数値を基準に、HP144、銀や魔法の武器以外での攻撃無効、再生能力でHPが毎ラウンド7回復するようになっている。
強い。
ころころ
「先制ゲット!」
まずはセイクリッドシールドとフィールドプロテクション2をかけて被ダメージを減らす。
「こちらの番ですね。弱っていますが、2ラウンドに1度バラの芳香が発動します。精神抵抗力判定を。目標値は24です」
ころころ
「お、抵抗成功!」
「……安定の失敗」
「これは通常の戦闘のルールで進行するので、普通に2dで仲間を攻撃してください」
「はーい」
ころころ
「あ、外れた」
すべての行為判定が-2されるため、なんとかハンマーを回避できた。
強敵だが勝てない相手ではない。
「お待ちかねのバラの芳香です」
ころころ
「ぎゃー!?」
ある意味最大の敵は味方だ。
2人ともマルチアクションで1ラウンドに近接攻撃と魔法の両方を使用できるので、攻撃しつつ回復できるのが救いか。
回復アイテムを出し惜しみしなければ勝てるだろう。
……そう思ったのが甘かった。
「ローズの力が少し戻って、バラの芳香が毎ターン発動できるようになりました」
「ええ!?」
「マルチアクションが使えるようになりました」
「コウモリ化できるようになりました。コウモリ乱舞は回避不可能の範囲攻撃で、ローズの残りHPの3分の1+10ダメージです」
「あああ!?」
全力でこちらを殺しにかかってくる。
「もうHP回復してる余裕なんてないぞ! マルチアクションでハンマーの両手攻撃、そして魔晶石割ってゴッドフィスト! やられる前にやる!」
「じゃあ私もマルチアクション!」
玉砕覚悟でローズに最大火力をぶつける。
ころころ
「さすがに耐えられませんね。落ちました」
「よっしゃー!」
「……これで終わりと思うでないぞ。くくくと笑いながらローズが灰になります」
「なら灰を集めて持って帰ります」
ローズには復活の特殊能力があり、灰になっても7日後に復活する。
これを防ぐには灰を清らかな川に流すか、神聖な場所に安置しないといけない。
なお魔物知識判定で弱点まで見抜いていないと、復活を阻止することはできないらしい。
死んでも厄介な敵だ。
「よし、ハンマーを持って帰ろう」
「でも氷の中なんでしょ?」
「あ」
しかもハンマーの周りは吸血鬼だらけだ。
「……まさかアイスピックとハンマーを使って、ブロックアイスの中からハンマーを取り出せとか言いませんよね?」
「さすがに氷の中へ人形やハンマーを入れるのは辞めました」
「……やらせようとしたのね」
「ハンマーを中央に、その周囲に小さな人形をバランスよく配置するのは難しいですね」
基本的に水へ何かを落とすと水上に浮かぶか、下に沈む。
自分の望む場所で氷漬けにするのは手間がかかるだろう。
「ハンマーで氷を砕いて魔剣を取り出します」
ころころ
「判定成功。スカッドハンマーを入手しました」
「取ったどー!」
無事にハンマーを抜き出すことに成功する。
「モンスターを避けて上手くハンマーを取り出すことはできましたが、重心が崩れて氷が滑落しました。崩れた氷塊からワラワラとブラッドサッカーたちが出てきます。その数10」
「10!? モンスター避けて氷削った意味ないじゃない!」
「失敗していたらレッサーヴァンパイアが出てきたので、意味はありますよ?」
レッサーヴァンパイアはレベル11、ブラッドサッカーはレッサーヴァンパイアに血を吸われて吸血鬼化したレベル6の蛮族だ。
レベルは全然違うものの、10体も出てきたらもはやレベルは関係ない。
「……もうMPに余裕ないわよ」
「柱がないから天井を落とすのも無理だな。……ん? この部屋、氷河みたいになってるんですよね?」
「はい」
「なら足元の氷も砕けますよね?」
先生が満足そうにうなずいた。
「砕けますね」
「じゃあ入口まで全力移動! 天井を落とせないのならスカッドハンマーを巨大なハンマーに変形させて、氷河を割ってブラッドサッカーたちを亀裂に落とす!」
「では氷河を砕いてください」
「げっ!?」
予想とは違う形でカキ氷用のブロックアイスが登場した。
でかい。
「……これ、本当に砕けるの?」
「やるしかないだろ」
「ハンマーは好きなものを使っていいですよ?」
「え、スレッジハンマー使っていいんですか」
「……なんで喫茶店にスレッジハンマーがあるのよ」
「マスターキーだ」
「これカギじゃないから!」
アメリカの建物には非常用の斧が設置されている。
緊急時に扉や壁、シャッターなどを破壊して外に出られるようにするためだ。
その斧の通称が『マスターキー』である。
物理で開けられないカギはない。
いかにもアメリカンなネーミングだ。
斧のマスターキーが実在するのなら、スレッジハンマーをマスターキーにしてもなにもおかしくはないだろう。
たぶん。
「光になれー!」
スレッジハンマーを振りおろし、ブロックアイスを粉砕する。
これまでのうっ憤を晴らせてすがすがしい。
おそらくこれが最後のイベントなのだろう。
プレイヤーが気分よくセッションを終われるようにしているのだ。
「ハンマーで氷河は割れ、ブラッドサッカーたちは奈落の底に飲み込まれました」
「いえー!」
「あとは帰るだけだな」
「ガレキで部屋が埋まっており、帰れません」
「あ、忘れてた」
「……いやな予感がするぞ」
「ではスカッドハンマーでガレキを砕きましょう」
「やっぱりか!」
「安心してください。おやつ代わりですから」
「おやつ?」
「ローズティーを濃い目に淹れてください」
先生が砕けたブロックアイスをかき集める。
アイスティーにするつもりらしい。
「おやつは鏡餅です」
「こっちもハンマー!?」
カチカチに乾燥した鏡餅だ。
「なるほど、これがガレキか」
「そういうことです」
正月のように、これをハンマーで砕いて食えということらしい。
「スライムを杵で餅つきして倒す展開も考えましたが、さすがに『もち米のスライム』は意味が分からないので断念しました」
賢明な判断だ。
スレッジハンマーでは粉々になってしまうかもしれないので、トンカチでカチカチ鏡餅を破壊していく。
硬いので地味に重労働だ。
「無事にガレキが粉砕され、道が開けました」
「やっと帰れる……」
「最後までめちゃくちゃな迷宮だったわね」
「スカッドハンマーが自分にふさわしい主を探すために作り出した迷宮ですから」
「なるほど」
どれだけ荒唐無稽な構造でも『魔剣の迷宮だから』の一言で説明できる。
ソードワールドの製作者がなぜ魔剣の迷宮というダンジョンを生み出したのか、その理由がよくわかった。
「鏡餅は『おかき』にしましょう」
「無難な選択ですね」
鏡餅は硬いのでそのままでは食べられない。
じっくり油で揚げる必要がある。
「カリカリで美味しい」
ローズティーも悪くない。
ローズのアイスティーは水出しのほうがまろやかになるものの、香りを楽しむなら断然こっちだ。
しかし、
「なんでプルプルしてるの?」
「疲れてるんだよ!」
ティーカップを持つ手が震える。
おかしい、なぜ俺はTRPGでこんなに体が疲れているのだろう。
「ゲームばかりしていないで、たまには外で体を動かしたほうがいいですよ?」
……ガレキではなくGMの頭にハンマーを使うべきだったのかもしれない。




