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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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ソードワールド2.0セット【ポテイトチップスとコーラ】

「本格的なTRPGのセッションをしましょう」


「ロールプレイって演技をしないといけないんですよね?」

「シナリオを読むことができるのは進行役であるGMゲームマスターだけなので、プレイヤーはアドリブで演技をする必要はありますが……。自分と同じ性格のキャラを作ればそれほど難しいものではありません。演技せずにプレイするのも珍しくありませんし」

「でもアドリブならシナリオから外れることもあるでしょ?」

「シナリオが脇道に逸れてしまった場合、いかに軌道修正するかがGMの腕の見せ所です」

「軌道修正が無理な場合は?」


「その場でシナリオを書き直して、上手く話にオチをつけます」


 GMは大変だ。

 とりあえずファンタジーらしくエルフとドワーフのキャラにする。

 名前を考えるのは面倒なので、毎度のごとく大城アユタヤ瑞穂ルイスイになった。

「では冒険者の店から始めましょう。お、新入りだなとマスターから声をかけられます」

「えーと……。初めてだからよくわかんないんだけど、私たちでもやれる仕事ない?」

「危険度が低いのは臨時の警備員ぐらいだな。男爵バロン邸でなにかパーティーをやるらしい。報酬は1人500G。ボロい仕事だ」

「……ただ警備するだけなら楽なんだが、絶対なにか起こるよな」


「それはプレイヤー視点だから言えることですね。PCプレイヤーキャラにとっては、何も起こらない可能性のほうが高いわけですから」


「あー、キャラにはわからないのか」

 たとえ同じ性格であろうとも、PLプレイヤーとPCの間には微妙な齟齬そごがある。

 なにか起こるのがわかっているのに、そこへ飛び込まなければならないわけだ。

 このズレによって生じるものがTRPGの醍醐味なのかもしれない。

「楽そうだから警備でいいわ」

「じゃあ、これがうちの店の紋章と紹介状、それと男爵邸への地図だ。しっかりやれよ」

「はーい」

 地図を頼りにさっそく屋敷に向う。

 紹介状があるので、すんなり屋敷に入れてもらえた。


「よく来たでおじゃるな」


「……男爵も先生が演じるんですか」

「GMはプレイヤーキャラ以外全部演じるんですよ? 人数が多くなるとキャラ崩壊してしまうかもしれませんが、細かいことは気にしないでください」

 先生がシナリオに目を通しながら話を進めていく。

 俺たちが屋敷の警備につくと、パーティーが始まった。


「これが伝説の聖杯でおじゃる、と男爵がいわくありげな杯を披露します。ざわ……ざわ……。あ、あれが伝説の聖杯!? 満月の夜に万病を癒す霊薬れいやくが湧き出るというマジックアイテムか!?」


 モブによる丁寧な解説がありがたい。

 おかげで俺たちは判定をしなくてすむ。

「聖杯のお披露目会だったのね」

「警備員を増やした理由はこれか」

「男爵は聖杯をひとしきり自慢すると、では月が昇るまでしばしご歓談を楽しむでおじゃると席を外します。聖杯が披露された衝撃は大きく、どよめきが収まらないまま本格的にパーティーが始まりました」

 先生がビッグサイズのコーラを取り出し、ポテイトチップス(サワークリームオニオン味)とタケノコ型チョコビスケットとプリン、そしてチーズタラとイカゲソの甘酢をテーブルに並べた。

 食欲をそそられ、おやつに手を伸ばすと、


「お金を払ってください」


「ええ!?」

「もちろんお金といってもリアルマネーではなくゲーム内通貨ですよ? こうした方がロールプレイっぽくて、ゲーム内通貨の価値も上がりますから」

 確かに現実とリンクしていた方が色々と面白い。

「いくらですか?」

「一般的なディナーは15Gです。しかし曲がりなりにも男爵。聖杯披露のパーティーですから軽く10倍はしますね」

「150G!?」

「いらないのなら片付けますが」


「いる!」


「毎度あり」

「……それは誰のセリフですか?」

「細かいことは気にしないでください」

 素直にゲーム内通貨でおやつを買う。

 これで報酬の一部を使ってしまったが悔いはない。

「しょっぱいポテイトの後に甘いチョコを食べるのがいいのよね」

「イカゲソの後のチーズタラも最高だぞ」

 そして喉が渇いてきたところで、瑞穂がコーラをコップに注ぐ。


「待て。コーラは一口で飲み干せる分だけコップに注げ」


「なんでよ?」

「コーラはコップに注ぐと炭酸が抜けて、時間が経つにつれてどんどん不味まずくなる。特にコップへなみなみ注ぐと、どうしても全部飲みきらない内にコーラを注ぎ足すことが多くなるだろ? つまり炭酸が抜けて温くなったコーラに、炭酸の抜けてない冷たいコーラを注ぐわけだ。自分から美味いコーラを不味くしてしまうんだよ。だからコーラは一口で飲み干せる量だけ注いで一気飲み! 目安はコップの3分の1だ」

「へー」

 まあ、正確にはコーラではなくビールの飲み方なのだが。炭酸飲料にも応用が利く。


「そうして二人がパーティーを楽しんでいると、うぼぁーと悲鳴が響きました」


「え」

「のんびりパーティーを楽しんでいるからですよ? 食べ物を買う、ポテイトを食べる、チョコを食べる、イカゲソを食べる、チーズタラを食べる、コーラを飲むの6アクションですね」

「ぐあ、おやつ食べてる間もゲーム内では時間が流れてたのか!?」

 おやつに気を取られて警備の仕事を忘れていた。

 大失態だ。

「曲者だー! であえーであえー」


「とりあえず……もぐ……男爵の元へ……もぐもぐ……急ぎましょ」


「プリン食いながら言うな!」

 これで無駄に1アクション消費してしまった。

「現場へ駆けつけると、男爵が血まみれで倒れています」

「え、殺されたの?」

「いや、まだ息がある。しかしこの傷だ、長くはないぞ。霊薬を飲ませれば助かるやもしれん。ぬぬ、聖杯がない! さあ、どうしますか?」

「曲者を追います!」

「もう曲者の姿は見えません」

「えーと、足跡追跡?」


「そう、足跡追跡はTRPGの定跡です。でも残念ながら、相手はその手の技能があるようで痕跡は残っていません」


「霊薬は無臭なんですか?」

「無臭ではありませんね。曲者も匂いまでは気が回らなかったのか、特徴的な甘い香りが残っています。追跡するのは難しいので、目標値は若干高めですが」

「判定できるだけマシよ」


ころころ


「判定成功。無事に霊薬の匂いを感じ取りました」

「曲者を追跡します」

 追跡劇が始まった。


「橋が壊されてますね。ただ急いでいたせいか、完璧に破壊されてはいません。助走をつけて飛べばギリギリ届く距離です」


「曲者はここから飛び降りたようです。飛び降りるのなら受け身判定をしてください」


 追跡中に何度か判定を迫られたものの、サイコロ運に恵まれ、あまりダメージを食らわずに曲者に追いついた。


「霊薬は渡さぬ。それがしは不死になるのだ! というわけで戦闘開始です」


ころころ


「知識判定失敗」

「ちっ」

 相手の情報は何もわからない。

 先制判定も失敗し、

「両手に武器を持っているので、連続攻撃をします」

「くそっ」

 先手を取られて切り刻まれる。

 一発ならともかく、2発はなかなか痛い。

「借りは返させてもらうぞ。食らえ、魔力撃!」


 ころころ


「回避しました」

「げ!?」

「あはは!」

「味方のミスを笑うな!」

「だ、だって……」


「技名を叫びながら攻撃するのは、どちらかというとデジタルなRPGの風習ですね。TRPGでは攻撃がよく外れるので、ダメージが確定してから技名を叫びましょう」


 また一つ無駄な知識が増えてしまった。

「今度こそ!」

「叫ばなくていいの?」

「うるさい!」


ころころ


「よし、6ゾロでクリティカル!」

「曲者が落ちました」

「尋問しよう」


ころころ


「あ、生死判定に失敗したので尋問は無理です」


「え、死んだんですか? 拷問で身元を割らせようと思ってたのに」

「……生きていても拷問されたら死にます」

 拷問は難しい。

「とりあえず死体を漁って聖杯を取り返しましょ」

「懐から聖杯を発見しました。では聖杯を持ってサイコロを1つ振ってください」

 リアルで奇妙な形の杯を渡され、サイコロを振る。


 3


「聖杯の下にコップを構えてください」

「?」

 言う通りにすると先生が杯にコーラを注いだ。

「うわ、なんだこれ!?」


 杯には穴が開いているらしく、杯からコーラがコップに滴り落ちる。


「聖杯から滴り落ちた霊薬が曲者の体に降り注ぎ、死体がゾンビのように起き上がります」

「げ!? じゃあ攻撃!」

「聖杯を持っているので剣は片手でしか振れません」

「くそ!」

 まあ、両手が片手になってもダメージは1~2点しか変わらないのだが。


ころころ


「死にましたね」

「霊薬はまだ湧き出てますか?」

「はい」

「なら、こぼれないように聖杯の底の穴を指で塞ぎます」

「もう一回1dを振ってください」


 1


 聖杯に少しだけコーラを注がれる。

「なんなの、これ?」


「これは『べく杯』といって、芸者さんとお座敷でやる遊びです。指を離したら中身がこぼれますよね? とうぜん床には置けません。床に置くには注がれたお酒、ここではコーラですけど。それを飲み干すしかありません。既に霊薬の匂いに釣られて野犬が集まってきています。確認できるだけでも10匹以上」


「ええ!?」

「匂いに釣られているので、聖杯を持っているPCが集中的に攻撃されます。転倒したり、敵の攻撃をクリティカルで食らったらこぼれますし、攻撃を空振りしてもこぼれます」

「こぼれた霊薬を野犬が舐めたら?」

「あらゆるパラメータが1点上昇、HPも全回復します」

「……最悪」

「霊薬は10以上になるととこぼれるので注意してください」


「MPは回復しないから、野犬をまとめてスリープで眠らせるのは無理だな。……HPは回復できても、リアルの俺の腹も膨れるのがきつい」


「飲まなくてもいいんじゃないの? 死んでも霊薬かければ生き返るんでしょ?」

「……あれ、たぶんアンデッドだろ」

 そもそもこの霊薬も飲んで大丈夫なものなのだろうか。

 飲み続けるとやばそうなことになりそうな気がする。

 まあ、飲めなくなったら終わりなので飲むしかないのだが。

「聖杯持ってないキャラも霊薬飲める?」


「聖杯を持っていないPCも同じ座標にいれば主動作で霊薬を飲めますが、判定に失敗するとこぼれます」


「聖杯の受け渡しは補助動作?」

「補助動作ですね。ただし受け渡しに失敗するとこぼれます」

「……性格の悪いシステム」

「GMにとって褒め言葉です」

 こぼれるリスクを冒して杯を渡しても、HPの低い瑞穂が敵の標的になる。

 それは避けたい。


ころころ


 魔物知識判定は成功。

 本当にただの野犬だ。

 レベル0だが、それでも2d-2(+2ではない)の打撃点がある。

 -2と鎧の防護点と霊薬があるので滅多なことでは死なない。

「……野犬の方が足が早いから逃げるのもままならない、か」

 膨れた腹をさすりながらHPを回復しつつ、地道に野犬を殺していくが、いかんせん数が多すぎる。

「ぐ、このままじゃ数に潰されるぞ!」


「……別に私たちが聖杯を届ける必要はないのよね?」


「は?」

「一人が聖杯を持って囮になって、もう一人が水袋に霊薬を入れて届けてもいいんでしょ?」

「霊薬は聖杯からこぼれると1ラウンドで蒸発するので無理ですね。満月と聖杯がなければ保存できません」

 とことん性格が悪い。

 保存できてしまうとゲームバランスが崩壊する恐れがあるので仕方ないのだろうが。

 男爵を救うには聖杯ごと持っていくか、男爵をここに連れてくるしかない。

「1人がここから離脱して、全力移動で屋敷まで走って男爵をここまで連れてくる場合、何ラウンドかかりますか?」

「1ラウンド10秒ですから全力で走り続けると途中でスタミナが切れます。最短でも15ラウンドぐらいでしょうか」

 ……とても体がもたない。


「聖杯だけ移動させるか?」


「どういうこと?」

「馬の目の前にニンジンをぶら下げるように、野犬の目の前に聖杯をぶらさげる。こぼれないように水袋に入れてな」

「戦闘中に野犬を捕まえてそんな細工できるの?」


「スリープで眠らせればたぶんできる」


 一人が聖杯で野犬を引き付け、その隙に眠らせた犬を抱えてもう一人が乱戦から離脱。

 ルールブックを確認すると、冒険者セットには松明たいまつと10mのロープがあった。

 なので松明を棒にしてロープで犬の体に括り付ける。

 水袋の飲み口の部分をナイフで切り、犬の顔の前に来るようにロープでぶら下げる。

 あとは聖杯を投げて渡し、水袋に入れてこぼれないようにして、野犬を起こして走らせる。

 スリープの効果時間は18ラウンドだから、細工をする時間はあるはず。

 周りの野犬も聖杯を追いかけるので、俺たちがやられる心配もない。

「現実的な方法ではありませんね」

「でも漫画やアニメだとよく見る光景じゃない」


「それに『おじゃる』口調の男爵が出てきたり、警備員が飯食ってる間に依頼主が刺されたり、聖杯の霊薬がコーラだったりするギャグ寄りのシナリオですよ。リアルではありえませんがリアリティはあると思います」


「……一理ありますね。ですが水袋の飲み口部分を切って聖杯を入れ、こぼれないように加工し、なおかつ犬が匂いに惹かれて走るというのはさすがに都合がよすぎるかと。なので野犬が屋敷へたどり着くまで3回判定をさせてもらいます。1度でも10以上になったら霊薬が水袋からこぼれますが、それでもやりますか?」

「やります」

 こぼれたら犬の足が止まり、他の犬が追い付いて、聖杯に飛びつくだろう。

 霊薬をガブ飲みした野犬がどうなるかわからないものの、高レベルのモンスターに進化することは充分にあり得る。

 すべては2d次第。

「この方法だと犬は直線的にしか走れないから、ここを真っ直ぐ進んで、曲がり角で犬の目の前に杯をぶら下げよう。後は屋敷まで一直線だ」

 後はこぼれないように細工し、霊薬の量が10以上にならないようサイコロに賭けるだけ。


「サイコロ、2人で1つずつ振っていい?」


「どうぞ」

「じゃあ私はこっちね」

「わかった」

 運を天に任せ、2人で一緒にサイコロを振る。


ころころ


 7


 9


「ラスト一投!」


ころころ


「やった!」


 2だ。


 これで霊薬をこぼすことなく、屋敷に聖杯を届けられる。


「野犬は警備員の1人に捕まり、聖杯は無事確保され、男爵は霊薬を飲んで一命を取り留めました」


「いえー!」

「なんとかクリアできたな」

「なにか誤解しているようですが、報酬はもらえませんよ?」

「え」


「聖杯を盗まれた上に男爵が刺されていますから」


「あ、そうだった!?」

「曲者の正体もわからずじまい。訴えられないだけありがたいと思うでおじゃる! 冒険者の店のマスターの面目も丸潰れですね。紋章は返してもらおう。お前たちは出入り禁止だ!」

「……踏んだり蹴ったりね」

 シナリオはクリアしたのにクエストは失敗。

 まさかこんな結末になろうとは。

「おやつを食べたのが失敗だったな」


「そうですね。ちゃんと警備をしていれば何事もなく仕事を終えて報酬をもらえたでしょう。まあ、聖杯が狙われていることに変わりはないので、違う日に男爵は刺されてしまうんですが」


「その襲撃を防いだ場合はどうなるの?」

「聖杯、満月、霊薬の必要な怪我人、PCが霊薬を飲みながら敵と戦うシチュエーションをアドリブで作ります。たとえば男爵の身内が事故にあうかもしれませんね。満月の日に身内が死にかけていれば、その身内の運び込まれた場所に聖杯が来るのがわかりますから。そこを襲撃させます。病院なら病人が聖杯を狙って押しかけてきますし、死体もあるので霊薬をかけてアンデッド化させれば面白くなりそうです」

「うわあ……」

 シナリオを展開させるためなら手段を選ばない。


 ある意味、GMこそ事件の裏で暗躍する黒幕といえる。


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