FPSセット【ブラックフォレストケーキとレモネード】
参考ゲーム
ポータル
『FPSは遊びじゃないんだよ!』
遊びだよと突っ込む間もなくヘッドショットで撃ち殺される。
これで7回目だ。
シューティングゲームなのに殺した数よりも殺された回数のほうが多い。
「……精度がおかしいだろ。なんであいつら、なんであんなに正確に撃ってくるんだ」
「慣れればあれぐらいできるようになるわよ。たぶんキーマウだし」
「キーマウ?」
「キーボードとマウス。パッドとマウスじゃ勝負にならないのよ。コンシューマ版とPC版のトッププレイヤーが対戦した時、コンシューマサイドは何もできないまま虐殺されたぐらいだし」
「そんなに差があるのか……」
たしかに小さな照準を敵の頭に合わせるのは、標準コントローラーよりもマウスのほうがやりやすそうだ。
「最近はエイムアシストあるから、パッドのほうが強いけどね」
「エイムのアシスト?」
「敵への照準を補正してくれる機能。動いている敵にも吸い込まれる感じで照準を合わせてくれるのよ」
「ロックオンみたいなもんか。強すぎだろ」
「それほどキーマウ勢が強いのよ」
あまりにエイムアシストが強すぎるので、コンバーターを使うプレイヤーが後を絶たないらしい。
コンバーターとはキーマウをパッドにコンバートする装置だ。
単純にいえば『キーマウの信号』を『パッドの信号』に変換してゲームシステムをダマし、『キーマウでエイムアシストが発生する』ようにしているのである。
この手の不正やチート行為は日常的に行われているらしい。
『自分より強い奴は全員チーターだと思え』というレベルだ。
「対戦は地獄だからまずはソロのキャンペーンモードとかで練習したら? 銃型コントローラーなら直感的にプレイできるし」
「これならいけそうだな」
ガンシューティングと同じ感覚でプレイできるだろう。
……そう思ったのが甘かった。
移動やカメラ操作は自分でやらないといけないし、なによりガンシューティングよりもずっと的が小さく、敵も動いているので当たらない。
弾に限りがあるので(ガンシューティングはだいたい通常弾を無限リロードできる)撃ちまくることもできない。
マップに敵の位置が表示されていないので、自分がどこから攻撃されたのかわかりにくい。
3Dでままあることだが、左右や後ろを振り向くのも遅い。
振り向く速度を上げると目が回る。
主観視点なので道に迷った時にぐるぐる動きまわっていると酔う。
ガンコンをずっと動かさないといけないので腕も疲れる。
カメラ位置が少し違うだけなのに、TPSとはぜんぜん違う。
FPSは一人称視点、主人公の目線でプレイするので正面しか見えない。
TPSは主人公を後ろから見る視点なので、敵が真横や背後にいてもプレイヤーには見える。
死角から攻撃されても避わせるわけだ。
それにFPSは主人公と同じ目線=プレイヤーは主人公になりきって戦うのでリアル路線。
リアルなだけにゲーム特有のダイナミックなアクションができず、攻撃を避わしにくい。
TPSは主人公が見えるので、キャラの動きで個性を出すことができる。
キャラのアクションを派手にすればするほど、操作した時の快感が増す。
TPSのアクションをFPSに導入することもできるだろうが、たとえば緊急回避(横っ飛びして攻撃を避わす)をしてしまうと画面がぐるぐる回るので酔いやすい。
一人称視点ではどう動いてるのかわからないので、FPSでは主人公のアクションを派手にするメリットがあまりないわけだ。
TとF。
カメラの位置が少し変わるだけなのに、これだけ違いが出るのは面白い。
「あんたFPSに向いてないわね」
「……うるさい。こうなったら意地でもクリアしてやる」
ソフトの山からありったけのFPSを取り出し、クリアできそうなものを探す。
そして見つけたのが、
『ボータル』
「なんだこれ、FPSアクションパズルゲーム?」
「壁に四次元的な穴を開けて部屋から脱出するパズルゲームよ」
「……意味が分からん」
ともかく普通のFPSではないようなのでプレイしてみる。
舞台はどこかの実験施設。
主人公はボータルという銃を与えられ、
『このテストが終わったらケーキを上げます』
微妙なご褒美をエサに延々とパズルを解かされる。
変な世界観だ。
ボータルは壁に○と●の色違いの穴を開けることができる。
○をくぐれば●に、●をくぐれば○から出る。
たとえば亀裂があって部屋が分断されており、出口に行けない場合、
出○
↑
━━━━↑━━━亀裂
↑
主→●
このように出口の近くにある壁に○の穴を開け、自分の近くの壁に●を開ければ、●を通って○に行くことができる。
なお穴は1つしか開けられない。
すでに●の穴があるのに、もう1つ●の穴を作った場合、古い●は消えてしまう。
それとどんな壁にでも穴を開けられるわけではない。
穴を開けられない壁のほうが多い。
さっきと同じ問題でも、出口側の壁に穴を開けられないと亀裂を越えることができない。
こちら側の壁には穴が開かない
出
━━━━━━━━亀裂
主
こっちの壁には穴が開く
ボータルを使っていかにこの問題を解くか。
それが面白い。
ちなみに正解は『亀裂に穴を開けて飛び込む』である。
このゲーム、穴に飛び込んでも運動エネルギーはそのままだ。
その運動エネルギーを利用して穴を飛び越えるのである。
←←←←←←●
出 主 壁
床床床↓床床床
↓
↓
↓
↓
↓
○
※亀裂の底に○の穴を開け、上から○にダイブすると、●から主人公が飛び出して亀裂を飛び越えられる
なお主人公は衝撃を吸収する靴を履いており、どれだけ高いところから落ちても死なない。
どう考えても頭から壁にぶつかっているのだが、細かいことを気にしてはいけない。
『侵入者発見』
ダダダダダッ
「な!?」
知能実験なのに、こちらに銃を撃ってくる警備ロボットもいる。
これは警備ロボの下に穴を開ければどうにかなる。
ロ
○
ロボの下に穴を開け、別の場所へ捨てる
床に穴が開かない場合は天井。
上に穴を開けてブロックを落とし、ロボを破壊する。
●
↓
↓
ブ
ロ
スイッチの仕掛けも多い。
一番多いスイッチは、それを押さないとゴールの扉が開かないというもの。
踏むタイプのスイッチは踏みっぱなしでないといけない。
主人公がスイッチを踏んでも、足を離せば扉は閉まってしまう。
天井に穴を開け、スイッチの上にブロックを落とすのは基本だろう。
2つの効果があるスイッチもある。
たとえば踏むと橋がかかる代わりに出口の扉が閉まるスイッチ。
ブロックを置けば橋は渡れるが、このままでは扉が閉まっているのでゴールできない。
この場合、もう一つのブロックをスイッチに落とせばいい。
こうすればスイッチの上で2つのブロックがぶつかり、スイッチの上からブロックがなくなって扉が開く。
「……スイッチが天井にあるぞ」
「天井に穴は開くけど、正攻法じゃ押せないわね」
出
━━━━━━━━亀裂
主
ブ
※天井にスイッチ
重要なのは亀裂とブロック。
さっきの応用だ。
まず亀裂の底に○を、床に●を開ける。
そして上から亀裂の○にブロックを落とせば、床に開けた●からブロックが飛び出し、天井のスイッチにぶつかる。
ス
↑
↑
↑
↑
出 主ブ↑
床床床↓●床床
↓
↓
↓
↓
↓
○
主人公が穴に飛び込んでもスイッチを押すことはできるが、踏む(押す)スイッチは踏みっぱなしでないと扉は閉まってしまう。
なのであらかじめ主人公は亀裂を超えておき、ブロックがスイッチを作動させたら閉まる前に扉へダッシュ。
少しでも操作が遅れたら扉をくぐれない。
アクションパズルと呼ばれる理由がわかる。
「ん、なんだこれ?」
Cの形をしたステージだ。
出■■■■■■■A
■
■
■
■■■■■■
××××××
出口とAと×は高い位置にある。
出口に行くにはAに穴を開け、高いところから穴に落ち、Aの穴から飛び出して出口まで飛んでいくしかない。
問題は落ちる場所だ。
プレイヤーが行ける高所はAと×だけ。
Aの前に○、Aに●を開け、○からAの●へ移動、そして手前にある○に飛び降りればAから飛び出せる。
出■■■■■■■○●
だがAは高さがあまりない。
運動エネルギーが足りないので飛距離が伸びず、出口まで届かないのだ。
Aから出口まで飛ぶには×から飛び降りる必要がある。
×から飛び降りてAから飛び出せればいいのだが、Aに穴を開けると×に行けない。
×に行くには×に穴を開け、別のどこかに色違いの穴を開けて通られなければならないわけだが、Aは高い位置にあるのでプレイヤーは通れない。
「……わからん」
「ここはアクションパズルの真骨頂よ」
「アクション?」
すると派手に動かなければならないわけだ。
×から飛び降りるのは確実。
×から銃を撃つ場合、Aに一番近いのは出口の手前だ。
ならそこに穴を開けるはず。
出■○■■■■■A
■
■
■
●■■■■■
××××××
●から○へ移動
とりあえず×から●に飛び降りてみる。
「あ」
すると○からロケットのように真上へ打ちあがった。
そして○に落ち、●からロケットのように真上に打ちあがる。
●に落ちればまた○から飛び出す。
それを永遠に繰り返す。
「そうか、空中で穴を開ければいいのか!」
×から●に飛び降り、○から真上に打ちあがって○に落ちるまでの間にAに●の穴を開けるのだ。
こうして○に落ちればAの●から飛び出し、出口まで飛ぶことができる。
「なるほど、これぞFPSのアクションパズルだな」
「でしょ?」
空中でAに照準を合わせてボータルを撃たねばならない。
へっぽこシューターには至難の業だが、なんとか3回目で穴を開けることに成功。
無事に出口へ飛ぶことができた。
ステージによって出口がどこにあるのかわかりにくい(部屋がどういう構造をしているのか、どこにスイッチがあるのかわからない)ことを除けば、いいパズルゲームだ。
しかしいくら面白くても、同じパターンのパズルを延々と解かされていると飽きてくる。
製作者側もそれは予想していたのか、
『ケーキは嘘だ!』
モルモットにされていた人間たちが反乱を起こし、実験施設からの脱出ゲームが始まった。
警備ロボットがワラワラと現れ、時間制限も設定される。
前半とは雰囲気がガラッと変わり、殺されてゲームオーバーになる展開が増え、緊張感が増す。
ボータルで敵を落とし、ブロックを落とし、罠を飛び越え、背後に移動して敵を無力化する。
時にこちらを押しつぶそうとする壁や巨大ロボの足の裏に穴を開けて攻撃を避わす。
もちろん敵もボータルを使ってくる。
敵の穴を利用して攻撃し、1色の穴は一度に1つしか作れない性質を利用して敵の穴を消す。
これまで培ってきた技術の集大成だ。
他のFPSにはない独特なアクションが面白い。
そして最後は脱出に成功し、
『レモンが酸っぱいのならレモネードを作ればいい』
実験施設では食べられなかったブラックフォレストケーキとレモネードを作って乾杯する。
ブラックフォレストケーキはドイツのシュヴァルツヴァルト(ドイツ語で黒い森)地方のケーキだ。
雪をイメージしたクリームに、森をイメージしたチョコと名産品のダークチェリーをのせたスイーツである。
酸っぱいレモンうんぬんは海外のことわざだ。
海外製のゲームで翻訳者がこのことわざを知らなかったのか、翻訳がおかしくなっている。
正確には『人生に酸っぱいレモンを与えられたのなら、甘いレモネードを作ればいい』というニュアンスだ。
実験に明け暮れた酸っぱい日々を物理的に甘いレモネードに変え、与えられることのなかった幻のブラックフォレストケーキを食べる。
そもそも何の実験をしていたのかさえよくわからないのだが、色々な意味で後味は悪くなかった。
「そろそろおやつ食べたい」
「このバイトが終わったらケーキを上げます」
「ケーキは嘘だ!」
「そうか、ならレモンにしよう」
「ああ!?」
こうして脊髄反射で生きるゲーマーは酸っぱいレモンを与えられ、泣く泣く甘いレモネードで我慢することになった。




