こいこいセット【ドライフルーツと鉄観音】
「『こいこい』したい!」
「花札ですか」
「どういう風の吹き回しだ?」
「だって来週『夏の陣』放送するし」
「バトル・オブ・オオサカ!」
「いや、その夏の陣じゃないから」
「アニメ映画のほうですね」
確かにあの映画ではこいこいが重要になっていた。
特にルール説明がないので、こいこいを知らない人間には何が起こってるのかわかり辛い。
「ではこいこいをやってみましょう。これは役を作るゲームです」
「ジャパニーズポーカー?」
「いえ、役の強さを競うゲームではなく、先に役を作ったプレイヤーの勝ちです。作った役に応じてポイントを貰えますから、12回ゲームをプレイしてポイントの高いプレイヤーが勝ちになります。お互いにポイントを設定して、それを奪い合うこともありますね」
「こいってつぶやいてるのはなんなの?」
「こいこいはゲームを続ける宣言です。普通は役を作った時点でそのゲームは終わりなんですが……。手持ちの札がよくて『このままゲームを続ければ得点を上積みできそうだ』と思ったらこいこいを宣言します。狙い通り役を作れれば得点を上積みできますけど、相手が先に役を作ってしまったら、こいこいを宣言する前に作っていた役のポイントも入りません」
「へー」
いかにこいこいして得点を上積みするか、そして相手が強い役を作りそうだったらどんな役でもいいから相手より早く上がってそれを潰す。
そういうゲームだ。
例
『猪鹿蝶』成立 → こいこいしなければゲーム終了で5点
『猪鹿蝶』成立 → こいこい → 『赤タン』の役を作る → 猪鹿蝶の5点+赤タンの6点が入る
『猪鹿蝶』成立 → こいこい → 相手が先に役を作る → 相手が役の得点 しかもこいこいしたプレイヤーには猪鹿蝶の得点が入らない
「ちなみにこれが花札の役です」
運を天に任せるデジタルゲーム会社の花札を取り出し、付属していたこいこいの説明書を開く。
花札は1月から12月までの札があり、花の種類によって月を判別する
左から1松、2梅、3桜、4藤、5菖蒲、6牡丹
左から7萩、8芒、9菊、10紅葉、11柳、12桐
カス 1点 カス札を10枚そろえる役 10枚から1枚増えるごとに1点追加
上記の写真はカス札 カス札は札に花しか書かれていない札のこと
基本的にカスは1つの月に2枚だが、11月の柳は1枚だけ、12月の桐は3枚ある
五 光 10点 光札(写真の一番上にある5枚の札)5枚
四 光 8点 柳に小野道風を除く光札4枚
雨四光 7点 柳に小野道風を『含む』光札4枚
三 光 5点 柳に小野道風を除く光札3枚
タ ネ 1点 タネ札(写真の上から二列目にある札)5枚 1枚増えるごとに1点追加
タ ン 1点 短冊5枚 1枚増えるごとに1点追加
赤タン 6点 文字の書かれている赤いタン3枚
青タン 6点 青いタン3枚
猪鹿蝶 5点 萩に猪、紅葉に鹿、牡丹に蝶
月見酒 5点 ススキに月、菊に盃
花見酒 5点 桜に幕、菊に盃
「役と点数、覚えるの面倒くさい」
「……カスとタンはわかりますよね? つまり光札さえ覚えてしまえば、残りの札がタネ札だとわかるようになりますよ?」
「うーん」
頭を抱える。
どうしても覚えられないらしい。
「では神経衰弱で覚えましょう!」
「しんけーすいじゃく?」
アリスが小首を傾げた。
「トランプを裏返しにして、同じ数字のカードが2枚そろったら取れるゲームだ。一番カードを取ったプレイヤーの勝ち」
「『コンセントレーション』!」
アリスがポンと手を叩いた。
「海外にも同じゲームがあるのね」
「イエス!」
「今回はそれをこいこいでやってみましょう。こいこいの役をそろえたら札を取れる神経衰弱ですね。普通の神経衰弱だと一度に2枚しか取れませんが、たとえば猪鹿蝶をそろえれば3枚、五光なら一度に5枚取れます」
「でもカスは10枚そろえないと役になりませんよね?」
「カス札は同じ月のカス札を2枚そろえれば取れます。ただ11月のカス札は1枚だけなのでめくれば無条件で取れますし、12月のカス札は3枚そろえないと取れません」
「なるほど」
「こいこいの神経衰弱。略して『恋の神経衰弱』ね!」
耳で聞く分にはいい感じのネーミングだが、漢字にするとかなり病んでいる。
「じゃあプレイしてみましょう」
花札を裏返しにし、ひっくり返していく。
「あ、三光がそろいました」
「あれ? 三光で札がなくなったら四光と五光の札が余らない?」
「役を成立させることで、別の役が成立しなくなる。仮にそれを『役不足』と呼びましょう。役不足は残りの札をめくれば取ることが出来ます」
「五光の残りの2枚をめくれば取れるってこと?」
「はい。四光で取ったら残りは1枚なので、1枚めくれば取れます。ただし役不足はこいこいをしないと取れません」
たとえば短冊は全部で10枚ある。
文字のない赤い短冊は4枚、文字のある赤タンと青タンは3枚ずつ存在する。
タンはとにかく短冊を5枚そろえれば成立する役。
赤タンは文字のある赤い短冊を3枚、青タンは青い短冊を3枚そろえる役だ。
赤タンと青タンの役を成立させたら、タンは役不足になるので4枚引くだけで成立する。
赤2枚、青2枚、文字なし赤短冊1枚でタンの役をそろえたのなら、赤タンと青タンの役不足は1枚になる。
どう取るかによってゲーム展開が変わる。
「それと普通の神経衰弱では札を取った人は続けて札をめくることができますが、恋の神経衰弱ではこいこいをしないと続けて札をめくることはできません。なので効率的にこいこいをして役不足を狙ってください。……というわけでこいこい」
先生がこいこいして別の札をめくる。
役は成立しなかった。
「あ、カスがそろった!」
「では先生はこいこいに失敗したので、こいこい前に成立した三光の3枚はポイントに入りません」
「やった!」
こうして細かいルールを把握しつつ、恋の神経衰弱をプレイしていく。
「たしかここだったな」
「あ、赤タン!?」
「くくく。あえてもう2枚引くぞ!」
「ええ!?」
「タンですネ」
「こいこいはポイント勝負ですが、神経衰弱は枚数勝負。3枚役の赤タンや青タンよりも、5枚役のただのタンのほうが価値があるということですね」
短冊は10枚。
短冊であればどんなタンでも役は成立する。
枚数が多いのでそろえやすい。
赤タンか青タンの3枚役を狙いつつ、いけそうなら2枚追加してタンを狙い、一気に5枚取るのが基本戦略だ。
タネを狙ってもいい。
タネの中には猪鹿蝶の3枚がある。
なのでまず猪鹿蝶の3枚を狙い、いけそうなら2枚追加してタネの5枚役にする。
状況によって狙う枚数を変えられるのがいい。
「ここデスね」
「ちっ、カス取られたか」
「マダめくりマスよー」
「なに?」
アリスがどんどん札をめくっていく。
全部カス札だ。
「な、まさか!?」
「カス狙い!?」
「ぬふふ。じゅーまいイタダキマス!」
月こそバラバラだが、カス札が10枚そろった。
同じ月のカス札がそろえば取れるというのはこのゲームの特別ルール。
本来、カスはカス札を10枚そろえる役だ。
10枚そろえることができれば一気に10枚取れる。
リスクを冒してこいこいしたり、枚数の多い役を狙ったりで一発逆転要素もあるなかなか面白いゲームだ。
ただし、
「あ、また違った」
「俺もだ」
札の種類と役がちゃんと頭に入ってないので位置を記憶しにくい。
その結果、
「うぃなー!」
「ぐっ!」
先生とアリスにいいようにやられてしまった。
……まあ、花札の種類とこいこいの役を覚えるのがメインのゲームなので、この敗北は想定の範囲内。
ここからが本番だ。
「こいこいは役ごとに細かいポイントが設定されてるから、賭けられるように小さくて量が多いおやつにしよう。なくなったら負けだ」
「ではドライフルーツをプリーズ!」
「ならお茶はキーマンか鉄観音だな」
中国ではドライフルーツが定番のお茶菓子。
鉄観音は適度な苦みに甘い後味のするお茶で、ドライフルーツと相性がいい。
キーマンはラプサンスーチョンほどではないが、クセの強い匂いのする中国の紅茶だ。
マンゴーやブルーベリー、アンズ、レーズン、桃、イチジク、龍眼などのドライフルーツを皿に盛ってキーマンと鉄観音を淹れる。
これで準備は万全だ。
「では、おまちかねのこいこいです。基本的にこいこいは2人で対戦するものです」
俺と瑞穂、先生とアリスに分かれる。
そして手札を8枚くばり、場に8枚置く。
「自分の手札で、場にある札を取って役を作ってください。取れるのは手札と同じ月の札だけです。もちろん場札を取るのに使った自分の手札も、役を作るのに使えます」
「取れる札がない時は?」
「手札を場に置いてください。取れる札があっても、取りたくないのなら場に1枚置いて手番を終わらせてください。こうして場の札を取るか、手札を場に置いたら山札から1枚引きます。引いた札と同じ月の札があれば取れます。取れる札がない場合は場に置きます」
場 場 場 場←場札・これを同じ月の手札で取る
場 場 場 場
手手手手手手手手←手札・これで同じ月の場札を取る
山←山札・場札を取るか手札を場に置いたらこれを一枚引く・取れる場札がなければ場に置く
役←手札(あるいは山札)で取った札・これで役を作る・役を作ったら上がるかこいこいのどちらかを選ぶ
「さて……」
どういう風にプレイするか考える。
最優先で狙うは月見酒と花見酒だろう。
この2つの役は2枚そろえれば完成する。
特に重要なのは『菊に盃』。
月見酒も花見酒もこれがなければ成立しない。
逆にいえば菊に盃を取られるのだけは絶対に阻止するべきだ。
もし自分の手札にも場札にも菊に盃がない場合、場にある菊の月の札を取っておいたほうがいい。
手札にも場札にもないのなら、相手が持っていると考えるべきだからだ。
場に菊の札がなければ、たとえ菊に盃の手札を持っていても取ることができない。
それと3枚でそろえられる役の三光、赤タン、青タン、猪鹿蝶だろう。
特に三光を成立させるのに必要な『桜に幕』は、花見酒の札でもあるので菊に盃に次ぐ重要な札だ。
芒に月も月見酒であり、光札である。
菊に盃を取れないならこの2つを取る。
しかも桜の月には『文字の書かれている赤の短冊』=赤タンがある。
桜に幕を取って場から桜の札をなくしておけば、赤タンを取られる可能性は低くなる。
もちろん赤タンで桜に幕を取れればいうことはない。
『松に鶴』もそうだ。
松に鶴は光札であり、松の月にも赤タンがある。
3枚目の赤タンは梅の月。
ただ『梅にウグイス』はタネ札なので、桜に幕や松に鶴と比べて優先度は低い。
猪鹿蝶の紅葉に鹿、牡丹に蝶も同じ月に青タンがある。
猪のある萩の月には青タンはないので他の2枚に比べれば優先度は低い。
菊に盃 月見酒・花見酒・光札 同じ月に青タン
桜に幕 花見酒・光札 同じ月に赤タン
芒に月 月見酒・光札
松に鶴 光札 同じ月に赤タン
紅葉に鹿 猪鹿蝶 同じ月に青タン
牡丹に蝶 猪鹿蝶 同じ月に青タン
自分の好きな札を取りつつ、重要な札を取らせないためにその月の札を場からなくす。
「あとはいらない札の選別か」
藤と菖蒲の月には光札もタンもないので無視していい。
柳は微妙だ。
柳の月にタンはないが、小野道風がある。
一応、柳に小野道風は光札の一種ではあるものの、雨四光と五光にしかからまない。
こいこいは月見・花見の2枚役と三光・猪鹿蝶・赤タン・青タンの3枚役の奪い合い。
効率を重視するならこれも無視したほうがよさそうだ。
「この場札、取れなくない?」
「たしかに」
同じ月の札が4枚場にある。
手札、あるいは山札から引いた札で同じ月の場の札を取るゲームなので、場に4枚あると誰も取ることができない。
「最初にセットした場札の4枚が同じ月だった場合、札を回収して配りなおします」
「へー」
「自分の手札に同じ月の札が4枚そろっていたら『無条件で6点もらえて次のラウンドに進む』というルールもありますね」
手札に4枚ある場合、その札を場に置いても自分しか取れない。
つまり手札の4枚は全部自分の札にすることができる。
しかもこいこいはポーカーよりも場札や手札が多いのでそろう確率はそこそこ高い。
だからそれを補う細かいルールが設定されているのだろう。
「こい!」
こいこいはタイミングが難しい。
少なくとも2枚役や3枚役ができた時に使うことはない。
狙うなら1点しか入らないカス、タネ、タン(赤でも青でもないタン)の時だろう。
カス、タネ、タンは1枚増えるごとに1点。
こいこいは札で札を取るゲームなので、2枚単位で枚数は増える。
すなわち得点も2点単位で増える。
そして場札は手札と山札の2つで取れる。
運が良ければ一度に4枚取れるのだ。
こいこいしない手はない。
あとはカウンティング。
場に8枚。
お互いの手札が8枚ずつで16枚。
この時点で24枚だ。
場にある札を取るごとに山札から1枚引く。
花札は12月×4で48枚。
ゲームが進めば相手の手札は公開されるので、カウンティングで山札から何が出るかわかるようになる。
だいたいは中盤あたりで役ができるのでカウンティングしても無意味なことが多いのだが、長期戦では必須のテクニックだ。
「んー、ややこしくてよくわかんない」
「お前がやりたいって言い出したんだろうが」
「思ってたより難しいんだもん」
「月見酒と花見酒を狙うだけでだいぶ変わりますよ? この2つの役はローカルルールのようなもので、上級者同士の対戦では使わないことも多いですから。逆に言えばこの2役があると、こいこいは運の要素が強くなります」
「そうなんだ」
「ちっ」
余計なアドバイスをされてしまった。
これから戦いにくくなりそうだ。
そして次のゲーム。
「ぬぬぬ!」
瑞穂がなにやら念じながら場札を並べていく。
「菊に盃こい!」
桐のカスが3枚並んだ。
「ぐぬぬ!」
「運を天に任せるからだ」
桐のカス札には運を天に任せる会社のロゴが入っていた。
市販されている花札は、桐のカス札にメーカー名が書かれていることが多いのだ。
「じゃあ桐に鳳凰でカス札取るか」
「3枚とも取れますよ?」
「は?」
「同じ月の札が3枚場にある時、手札1枚で『同時に3枚取る』ことができるんです」
「ええ!?」
「これがホントの桐札ですネ」
「誰が上手いこと言えと」




