チェッカーセット【アイスクリンと珈琲】
「いらっしゃいませ!」
「……なんだ、その恰好?」
「割烹着よ。かわいいでしょ?」
「ああ」
後で写真を撮っておこう。
「あんたのもあるから」
「なに!?」
こういう時だけ用意がいい。
それも詰襟でインバネスを羽織る衣装だ。
「馬車道のように働きなさい!」
「それをいうなら馬車馬だろ」
よくよく店を見回してみると、内装も微妙に変わっていた。
大正ロマンがコンセプトなのか、竹久夢二などの絵が飾られている。
「ご注文は?」
「……お前が作るのか。なにがあるんだ?」
「これがメニューよ」
メニューを開く。
『アイスクリン』
『チョコレイト』
『ゼリケーキ』
『ワッフルス』
『珈琲』
ちゃんと古臭い表記になっている。
ここは明治・大正っぽく、シンプルにアイスクリンとコーヒーにした。
「お待たせしましたー」
「どれ」
アイスクリンを一口。
シャリシャリとしており、ミルクセーキのような味がする。
アイスクリンはアイスクリームの古い呼び方ではあるのだが、当時のアイスクリームは卵が入っていて黄色く、シャーベットのようにシャリシャリしているのだ。
コーヒーはブラジル。
ブラジル移民に協力したことでブラジル政府から10年間無料で豆を提供されることになったカフェー・パウリスタは、大正期に店舗を20店にまで拡大したという。
日本でブラジルコーヒーが普及したのもこの店のおかげである。
「じゃあ大正らしくハイカラな遊びをするか。チェスとかバックギャモンとか欧米のゲームがいい」
「ならチェッカーやりたい!」
「チェス盤でやるアレか?」
「チェス盤でやるソレよ」
チェス盤に碁石を並べる。
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
● ● ● ●
● ● ● ●
● ● ● ●
「やったことないからルールはわからんぞ」
「ルールは簡単よ。駒は斜め前にしか進めない」
「黒のビショップだな」
「そうね。駒は黒のマスに置かれてるから、黒のマスにしか移動できない」
チェッカーの駒は黒マスに置かれている
斜めにしか動けないので白マスへは移動できない
「相手の駒が目の前にいる時は、飛び越えて取ることができるの」
○
●
どちらの駒も次の手番で相手の駒を飛び越えて取れる
「飛び越えられるのは1駒だけね」
○
○
●
○は2つ並んでいるので飛び越えられない
「それと自分の駒が相手の駒を取れる時、絶対に取らないといけないの」
「は?」
「目の前に駒があったら取らないといけないのよ。絶対。強制。プレイヤーに拒否権はないの。2つの駒が相手の駒を取れる時、どっちの駒で取るかの選択権はあるけど」
○
● ●
●の手番の時、●のプレイヤーは絶対に○を取らないといけない
どちらの駒で取るかはプレイヤーの自由
「変なルールだな」
「こうしないとゲームが成立しないんでしょうね。それと自分の駒が一番奥に到達すると成れるの。チェッカー専用の駒がないから、わかりやすいようにオセロの駒置くけど。これ、成り駒ね」
「成ったらどうなるんだ?」
「バックできるようになるのよ」
「後ろに戻れるのか」
「そういうこと。ルールはこれぐらいね」
「簡単だな」
「ソフトで完全に解析されたゲームだもの。お互いに最善手を打ち続けたら、必ず引き分けになるんだって」
「へえ」
ルールを把握したので早速プレイしてみる。
よくわからないので適当に前進。
なかなか取れない。
取ってもすぐに取り返される。
しかも、
「ダブルジャンプ!」
「な!?」
一度に2つの駒を取られる。
「言い忘れてたけど、相手の駒を取った後にも飛び越えられる駒があったら何度でもジャンプして取ることができるから」
「そういうことは先に言え!」
○
○
●
●は2度ジャンプして斜め前にいる○を2つ取ることができる
「もう一戦だ!」
「はいはい」
初戦はボコボコにされて全くいいところがなかった。
だがだいたいの感じは掴めてきたので、次はうまくやる。
まずは味方の後ろを支えよう。
●
●
斜めに2つそろっていれば取られることはない。
前に出たらすぐに後ろをカバーする。
ただここから前に出るとダブルジャンプの餌食になるので注意。
○
●
/
●
並んでいる状態で前に出ると、ダブルジャンプのできる間が開いてしまう
そして盤の端。
●端
ここにいれば取られることはない。
さらに駒と駒の間だ。
間に滑り込めば取られない。
○
●
○ \
取られない、取らせない。
あとはいかに敵に取らせて有利な態勢を作るか、だが……。
さすがにそれは難しい。
まずは取られないことを考えながらゲームを進める。
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○
●
● ● ● ●
● ● ● ●
● ● ●
俺が左から2つ目の駒を上げ、後ろを支えると瑞穂も同じように動かしてきた。
嫌な態勢だ。
左側の駒はうかつに動かせない。
やむなく右側の駒を盤の端につける。
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○
● ●
● ● ● /
● ● ● ●
● ● ●
すると瑞穂が捨て駒をしてきた。
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
/
○ ● ●
● ● ●
● ● ● ●
● ● ●
ここは取るしかない。
○
● ●
どちらで取るかが問題だ。
とりあえず左で取ることにする。
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
●
/ ● ●
/ ● ●
● ● ● ●
● ● ●
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ / ○ ○
/
○ ● ●
● ●
● ● ● ●
● ● ●
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○ ○
●
\ ● ●
\ ●
● ● ● ●
● ● ●
1枚取り返されてしまったものの、すぐにこちらも1枚取りかえす。
なかなかいい感じだ。
……と思いきや、
「かかったわね」
「なに?」
再び捨て駒が仕掛けられた。
取れるので取るしかない。
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ \ ○
● ○
● ●
●
● ● ● ●
● ● ●
○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ● ○
● \
● \
●
● ● ● ●
● ● ●
「な!? まさか!?」
「そのまさかよ!」
俺の駒がボードの真ん中で、一マス開けて斜めに3つ並んでいる。
「トリプルジャンプ!」
○ ○ ○
○ ○ ○ /
○ / ○
● /
/
/ ●
/ ● ● ●
◎ ● ● ●
一気に3つの駒を奪われ、なおかつ瑞穂の駒は俺の陣地の奥に到達して成った。
これで自由にバックできる。
万事休す。
「教科書通りに動いてくれたわね」
「……くそ、典型的なハメ手だな」
「ふふん」
取れる駒は絶対に取らないといけない性質を利用してうまく殺された。
教科書通りに攻められたということは、ルールをちゃんと理解して動かせているということでもある。
結果はともかく、着実に成長しているようだ。
「どうやって捨て駒すればいいんだ?」
「くの字とか相手の真ん中を抜いたりすればいいのよ」
● ●
○ ○
○
○
● ●
○
○ \
○
○
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○ ●
○
○
○
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○
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○
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○ \
● ○
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/ ○
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「なるほど」
「でもそんなにたくさん取る必要ないのよ。チェスと同じでゲームが進むごとにどんどん駒が少なくなっていくから、相手より1つ駒が多ければ勝てるし。重要なのは2対1、3対2でいかに勝ちきれるか。駒数で負けてる場合はいかに引き分けに持ち込めるかね」
「リードは1枚だけでいいのか。あるいは常に同じ数になるように、取られたら確実に1枚取り返す、と」
「そういうこと。それとボードは左右対称じゃないから左右で駒の数が違うでしょ? だいたい右を固めて左で攻めるのがセオリーね。敵の駒が右端にいると引き分けになっちゃうし」
「だいたいわかった」
基本的な知識はすべて学んだ。
あとは経験だけ。
ネットでチェッカーのゲームを探し、プレイを重ねる。
最初はボコボコにされたものの、徐々に勝率が上がっていき、今では8割がた勝てる。
これならイケる。
「よし、勝負だ!」
「じゃあ国際式ね」
「国際式?」
「今までのは日本で有名なイギリス式。世界の主流は10×10なのよ」
「な!?」
10×10のボードを取り出して駒を置いていく。
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
● ● ● ● ●
● ● ● ● ●
● ● ● ● ●
● ● ● ● ●
……これで従来のセオリーは通用しにくくなった。
しかも、
「じゃあ成り駒動かそっと」
「おい、今なんマス進んだ!?」
「国際式だと成り駒はビショップみたいに斜めに何マスでも進めるのよ。さすがに走りながら取ることはできないけど」
それでもこの機動力はシャレにならない。
成り駒に自陣を蹂躙され、あえなく負けてしまった。
「……成り駒強すぎだろ。それに駒も多すぎだ」
「じゃあトルコ式ね。これは8×8で駒は16個。他のチェッカーと違って駒は前後左右にしか動けないけど」
「普通のチェッカーをやらせろ!」




