ゲームブックセット【田楽と芽茶】
「ええと……」
先生が海外のゲームブックを手にうなっていた。
選択肢で迷っているらしい。
どんなゲームブックなのかと覗いてみると、
1『SZBH』 →36へ行け
2『SBJK』 →47へ行け
3『SGGK』 →82へ行け
「……なんですか、これ?」
「このゲームブックで採用されてる魔法システムです。特定の状況になると魔法を使う選択肢が登場するんですが……」
先生がパラパラとページをめくって『魔法の一覧』という項目を指さす。
「この記号は『魔法を発動するための呪文』です。プレイヤーはどの呪文でどの魔法が発動するか、正しく覚えていないといけません。たとえばSZBHを唱える場面でSBJKやSGGKの呪文を唱えると魔法が発動しないので死にます」
「魔法の一覧表を見ればすぐにわかるじゃないですか」
「プレイ中にこれを読むことはできません。設定上、この一覧表は『持ち出し禁止の魔術書』のような扱いで、読むことができるのはプレイ前だけなんです。戦闘中に本を読んでいる余裕もありませんし……。基本は丸暗記ですね」
「なるほど」
うまく設定されている。
プレイすればするほど記号をたくさん覚えてクリアしやすくなる、ということだ。
「魔法の他に『名誉点』という面白いシステムもあります。このゲームブックでは主人公を選ぶことができるんですが、サムライを選ぶと名誉点が設定されます。名誉点が溜まれば『ショーグン』になれますが、名誉点がなくなると『ハラキリ』します」
……嫌なシステムだ。
いかにも外国人の作りそうなゲームである。
「この作品を参考にして作ったゲームブックがあるんですが、プレイしてみますか?」
「はい」
先生からゲームブックを受け取る。
タイトルは『浪漫嵯峨』だった。
……パクリ全開のネーミング。
気を取り直してゲームブックをパラパラめくってみると、明らかに普通のゲームブックとは書式が違った。
「なんか問題集っぽいですね」
「ゲームブックは本来なら本に書きこむ仕様ですけど、本好きな人ほど書き込めませんよね? なので問題集にしてみました」
「ドリルならむしろ書き込んだ方がいいってことですね」
「そういうことです」
『本に書き込む』という欠点を逆手に取ったわけだ。
感心しつつ、筆記用具を取り出してゲームブックを初める。
時は平安。
『文有文曲、武有武曲(文に文曲有り、武に武曲有り)』
天は帝(嵯峨天皇)のために二つの星を地上に降ろした。
「……この出だし、なにかで読んだことあるぞ」
「『水滸伝』のオマージュです」
政治を司る文曲星は『小野篁』。
夜な夜な『六道珍皇寺』の井戸から地獄へ降りて、閻魔大王の補佐をしているという伝説の持ち主だ。
軍事を司る武曲星は『坂上田村麻呂』。
言わずと知れた事実上の初代征夷大将軍である。
主人公は田村麻呂らしい。
「仁宗帝と、それを補佐する文曲星の包拯、武曲星の狄青の日本版です」
「そういや包拯も地獄に降りて閻魔大王の補佐をしてたって伝説があったな」
「はい。小野篁は包拯の前世という設定です」
「……これ本当にドリルですか?」
「ドリルですよ?」
内容が全然一般向きじゃない。
先生がシナリオを書いた時点でこうなるのは予想できていたが。
「まあいいか」
気を取り直してゲームブックを始める。
『今日は庚申の日だ』
本編は閻魔大王の言葉から始まった。
人間の体の中には『三尸』という寄生虫がいて、庚申の日が来ると宿主から抜け出して地獄へ行くという。
三尸は宿主の生活態度を報告し、その情報をもとに地獄の鬼たちが『閻魔帳』を書き、閻魔大王はその帳簿を読みながら人間の生前の罪を裁くそうだ。
ただ宿主が起きていると三尸は体を抜け出すことができない。
だから心にやましいことのある人間はカフェインの含まれているお茶を飲んだり、太鼓を鳴らすなどして夜通し遊びほうけ、眠らないようにしていた。
これを俗に『庚申待』と呼ぶ。
三尸が体を抜け出さなければ閻魔帳が書かれることはなく、さすがの閻魔大王も書いていないことまで裁くことは出来ない。
田村麻呂と小野篁が命じられた任務は2つ。
庚申待をしている人間を眠らせること。
そして三尸のいない『空白の一日(三尸が体を離れるのは数時間だが、全ての人間が同じ時刻に眠っているわけではないから一日と表現される)』に犯罪を犯そうとしている人間を止めること。
「庚申の日なら田楽だな」
こんにゃくを串に刺して焼く。
北を向いてこんにゃくの田楽を食べると頭痛が治ったり、盗みに合わなくなったり、運が強くなったりするらしい。
四天王寺で庚申の日に行う『北向きこんにゃく』という風習だ。
ただこんにゃくだけでは寂しいので、豆腐も串に刺し、木の芽味噌をつけて焼く。
「花の香りがしますね」
「菊の香りです」
松尾芭蕉の『影まちや菊の香のする豆腐ぐし』を意識して、味噌を菊で香り付けしている。
田楽には『菜飯』も付き物だ。
広重の東海道五十三次『石部』にも菜飯田楽で有名な『いせや』が出てくる。
菜飯は大根の葉を湯がいて水にさらし、あく抜きをして苦味を消す。
それをしぼって炊き立てのご飯の上にのせ、しばらく蒸してから混ぜれば完成だ。
ご飯が炊けるまでは田楽とお茶で空腹を紛らわそう。
ゲームブックに従って、お茶はカフェインの含まれたやつがいい。
すると芽茶か上級煎茶。
それもカフェインが多く抽出されるようにお湯は熱々だ。
ここは飲む機会の少ない芽茶でいこう。
「うー、物凄く濃いですね」
「お湯が熱いほど芽茶は濃くなります。味の濃い方が目も覚めますよ」
一服した所でゲームブックを進める。
地獄から地上へ戻った田村麻呂は、閻魔との会見の内容を手紙にしたためて嵯峨上皇へ奏上した。
すると、
『筆さばきは剣さばきに通ずる。書を極めずして剣を語ることなかれ』
と手紙が赤ペンで添削されて戻ってきた。
嵯峨上皇は書家として有名なのだ。
『お主に平法を授けよう』
……田村麻呂の文字がよほど下手だったのだろうか?
嵯峨上皇から書(剣術)を伝授される。
いわゆる『二階堂平法』だ。
一文字・八文字・十文字の型に刀を振るうことを追求した流派である。
一と八と十の漢字を組み合わせて『平』。
ゆえに『兵法』ではなく『平法』と呼ぶ。
文字のトメ・ハネ・右肩上がり・書き順についても剣術に絡めて説明しているので、書き取りの時に格好よく手をさばきたくなった。
面倒臭い『書く』という動作をいかに楽しませるか、という工夫が窺える。
これをしくじると『遊んでいる』のではなく『勉強させられている』感じになって、プレイヤーに嫌悪感を与えてしまうだろう。
「ちなみにこれは漢字検定を想定した漢字練習帳です」
「なるほど、魔法の記号をアルファベットから漢字にしたのか」
「はい。場面に応じて正しい漢字を選択して書く。正しい漢字を選べていても、漢字の書き取りが間違っていたら魔法、いえ、平法は発動しません」
「面白いな」
漢字の一覧表もある。
四字熟語だ。
最初の方は簡単な四字熟語なのだが、途中から様子がおかしい。
『見敵必殺』『疾風怒濤』『鎧袖一触』『死屍累々』『阿鼻叫喚』『苦心惨憺』『捲土重来』『欣求浄土』『堅忍不抜』etc.
「……物騒すぎる。しかもやたら難しいな。こんなの誰も覚えませんよ」
「それが覚えるんですよ? 円周率やバンコクの正式名称、ピカソの本名、落語の寿限無を暗記しようとしたことはありませんか?」
「う……」
痛いほど身に覚えがあった。
こういうのはむしろ難しければ難しいほどいい。
覚えたところで役には立たないのだが、子供は誰が一番長く覚えられるかを無駄に競いたがるものなのだ(ちなみに円周率は50桁ぐらい暗記している)。
漢字の書き取りをしながら四字熟語を暗記し、プレイ再開。
二階堂平法を学んだ田村麻呂は、さっそく平安京へ繰り出して庚申待の会場へ忍び込む。
『何者だ?』
田村麻呂だと正直に答える→256へ行け
お前の仲間だと答える→123へ行け
内心では仲間だと答えたい。
それなら無駄な争いを避けられるはず。
だが……
「田村麻呂は小野篁と一緒に閻魔大王の手伝いをしていますから……。嘘を吐くと『正直点』がマイナスされますよ?」
「正直点が0になったらどうなるんですか?」
「閻魔大王に舌を抜かれて死にます」
「……名誉点のオマージュか」
やむなく正直に答え、敵と正面から戦い、平法を駆使して庚申待を制圧。
こうして閻魔大王に首尾を報告しようとすると……。
『閻魔帳が盗まれた!』
と地獄では大騒ぎになっていた。
どうやら閻魔帳には二種類あるらしい。
1つは三尸によって書かれる一般人用の閻魔帳。
もう1つは『任意の人物が何か行動すると自動的にそれが記録される』重要人物用の閻魔帳。
この閻魔帳は呪物であり、数が限られているため、一般人用には三尸が口述筆記した閻魔帳が使われているのだ。
しかしこの閻魔帳には重大な欠点があった。
この閻魔帳の魔力は強すぎて、閻魔帳に何か書くとそれが現実になってしまうという。
人が何か行動すると閻魔帳にその様子が自動的に記録される。
その因果が逆転し『閻魔帳に書かれた通りに人が行動してしまう』というわけだ。
それが盗まれたのなら大変なことになる。
「ちなみに『西遊記』では、寿命で死んだことに納得のいかない孫悟空が、地獄で大暴れして閻魔帳に書かれていた自分の寿命を消して不死になったというエピソードがあります」
「へぇ」
坂上田村麻呂は758~811、嵯峨上皇は786~842、小野篁は802~853。
田村麻呂だけ時代が微妙にずれている。
西遊記のオマージュとして、田村麻呂の寿命を消している設定らしい。
つまり田村麻呂も地獄で大暴れしたことがあるということだ。
「ん、篁の様子がおかしいな」
閻魔帳を探していると、妙に篁がそわそわしている。
不審に思って篁を見張っていたら、閻魔帳を盗んだのが他ならぬ小野篁だと判明した。
『私はまだ捕まるわけにはいかぬ!』
篁を逃がすまじと戦闘に突入。
ありったけの四字熟語を書いていく。
『見敵必殺』『疾風怒濤』『鎧袖一触』etc
「うお、全部覚えてる!?」
「学習効果がありましたね」
やはり人は無駄に難しいものほど覚えたがるらしい。
平法によって無事に篁捕縛に成功した。
『なぜ閻魔帳を盗んだ?』
『それは……』
とつとつと篁は事情を語りはじめた。
要約すると小野篁は実の妹と愛し合っており、その禁断の恋を実らせるために閻魔帳を盗んだらしい。
閻魔帳の魔力によって、文字通り血縁関係を『書き換えようとした』のだ。
閻魔帳にはそれほどの魔力があるのか。
あるいは篁の発想を褒めるべきか。
篁は閻魔大王の補佐官として辞表を提出し、いかなる処分も受けると刀を閻魔大王に差し出した。
『田村麻呂よ、篁の処分はお主に任せよう』
処分しない→290へ行け
嘘を吐いていた篁の舌を抜く→300へ行け
「さあ、どうしますか?」
先生が意地悪く笑った。
何か仕掛けがある。
たぶん舌を抜くのが正解だ。
だがその理屈がわからない。
ヒントを求めてゲームブックを読み返す。
『篁は閻魔大王の補佐官として辞表を提出し、いかなる処分も受けると刀を閻魔大王に差し出した』
「ん?」
辞表を提出。
辞表。
「あ!?」
閃いて300へ行く。
『では篁の舌を抜きましょう』
その言葉を聞きたかったとばかりに、閻魔大王は嬉々として舌を抜いた。
篁の提出した辞表の『辞』から。




