ロースコアアタックセット【デニッシュとモカ】
参考ゲーム
源平討魔伝
「お布施して」
「お布施?」
「もう一時間経ったでしょ。ワンコインちょうだい」
うちはバイト代こそ最低賃金だが、店員割引のほかにワンコイン(どんなデジタルゲームも一回無料)が含まれており、ゲーマーの懐に優しい。
「……お前、働いてないだろうが」
「だって誰も来ないんだもん」
「客がいない内にいろいろ仕込んでおくんだよ。お前も少しは手伝え」
「わかったわよ」
しぶしぶカウンターに立って雑務をこなす。
「さて、ゲームでもするか」
「あ、ずるい!」
「俺は働いてるからな」
「ぶー」
ブーイングを無視して筐体に100円を投入しようとすると、見慣れぬ画面が目に飛び込んだ。
『南朝討魔伝』
「ん? うちにこんなゲームあったか?」
「新しい基板買ったのよ」
いつの間に基盤を入れ替えたのだろう。
こういうことだけ仕事が早い。
『1428年、くじ引きによって足利義教が6代将軍に選ばれた』
「珍しい時代背景だな」
義教は各地の大名家に口を出し、時には当主を殺して自分の息のかかった人間に家を継がせることもあったという。
赤松満祐も義教に殺されるのではないかと噂されていたため、満祐は結城合戦の祝勝会の名目で義教を呼び出して暗殺。
むろん将軍を暗殺した人間がただで済むはずもなく、間もなく赤松氏は討伐軍によって滅ぼされてしまう。
そして1443年、三種の神器・草薙の剣と八尺瓊勾玉が後南朝(北朝に滅ぼされた南朝の残党勢力)に盗まれた。
いわゆる『禁闕の変』である。
主人公の石見太郎は後南朝から神器を奪い返し、その手柄で赤松家を再興しようと奔走する。
そういうストーリーだ。
「これアーケード版だからお布施もできるのよ」
「は?」
「実は石見太郎も赤松家と一緒に死んでて、お布施の力で復活したっていう設定なの」
「あ、お布施ってプレイヤーの投入する金のことか!」
「そういうこと」
チャリン
納得して100円を投入する。
『ありがたや』
謎のばあさんの力で石見太郎が復活する。
じかに硬貨を投入してこその演出だ。
「さて……」
まずは地獄から地上へ向かう。
ゲームはシンプルな横スクロール。
体力はロウソクで現わされており、敵に触れるとダメージを食らってロウソクが短くなる。
シュッ
上から敵を踏んでもダメージを食らうだけなので、刀を振って敵を倒す。
体力の他に銭(所持金)と剣力というパラメータがあり、剣力は攻撃力のようだ。
カンッ
岩のように堅い物を斬ると威力が落ちる。
道に落ちている刀を取ると剣力が上がった。
ただし、
「ん? なんで銭が減ってるんだ?」
「刀を取って剣力上げたでしょ。あれは刀を買ったっていう設定なのよ」
「……ただのパワーアップアイテムじゃなかったのか」
「ちなみに俵を買うとロウソクが回復するから」
RPGっぽい変わったシステムだ。
地獄をさらに進むと鳥居があった。
「それをくぐったらステージクリアね」
「これ普通に飛び越えられるんじゃないか? まだステージが続いてるように見えるんだが……」
「くぐる鳥居によってルートが変わるのよ。もちろん難易度もね」
……どこに通じてるのかわからないのが怖い。
とりあえず目の前の鳥居をくぐって先に進む。
まだ序盤だからか、簡単なステージが続いた。
「楽勝だな」
そうして油断したのがいけなかった。
『うわー』
「しまった!?」
動く足場でミスり、穴に落ちてしまう。
『おろかもの』
すると地獄のステージになった。
「なんだこれ」
「穴に落ちると強制的にここへ飛ばされるのよ」
「……シビアすぎる」
奥へ進むと閻魔大王がいた。
『運命のつづらを開けよ』
無数のつづらが並んでいた。
どれも同じに見えるので一番近くにあるのを開ける。
『死』
「は?」
石見太郎の体が爆散した。
画面の上から完の文字がどーんと落ちてきてゲームオーバーになる。
「……ちょっと待て、これで終わりか?」
「終わりよ。生き返るか死ぬかは五分五分なの」
「厳しすぎるだろ!」
仕方なくコンティニューして挑むものの、やはり動く足場が鬼門だった。
普通のゲームでは足場が動くと上に乗っているキャラも自動的に動く。
だがこのゲームでは足場が動いてもキャラは動かない。
つまり足場が右に動いたのなら、キャラも右に動かないと下に落ちてしまうのだ。
太
□→□
太
□
※足場が動いてもキャラは動かないので落ちる
その感覚が独特で、どうしても地獄に落ちてしまう。
しかし落ちまいと画面上部でジャンプしすぎると、
『うわー』
「は?」
ジャンプして画面の外に消えたキャラがなぜか画面下(穴の下)から現れ、そのまま地獄に落ちる。
「なんだ今の」
「このゲーム、特定の条件下で画面の上下が繋がるのよ。だからジャンプして画面外に消えると穴の下からキャラが出てきてそのまま落ちちゃうの」
━━━━━━画面の上
↑
太
□
↑━━━━━画面の下
太
※画面上でジャンプして画面の外に消えてしまうと、なぜか画面下の穴から飛び出し、そのまま穴に落ちて死ぬ
「……画面上部では飛びすぎない方がいいってことか」
「そういうこと」
思わぬ仕様でハイジャンプが封じられた上に、敵の攻撃も厳しさを増していく。
半死半生でステージを進めると、清水寺で草薙の剣を入手した(史実でも清水寺で草薙の剣を奪還している)。
草薙の剣はどんな硬い物を斬っても剣力が減らない。
神器の力を活かして京都を越え、大和まで進むと、
『天叢雲!』
「なんだ?」
ボスを倒して勾玉を奪い返そうとすると、後南朝が草薙の剣に言霊、いわゆる言葉の呪いをかけた。
草薙の剣とはヤマトタケルがつけた名前であり、最初は天叢雲と呼ばれていた。
神話によるとヤマタノオロチを退治したスサノオが、蛇の尻尾から見つけたのが天叢雲だ。
常に蛇の周りに雲が立っていたから天叢雲と名付けられたという。
呪いの効果によって神剣からは絶え間なく雲が湧き出し、天は雲に覆われ、太陽の光が遮られてしまう。
そして後南朝はさらなる言霊を八尺瓊勾玉にかけた。
『出でよ、大禍津日!』
勾玉を『曲霊』にしたのである。
曲霊は曲霊とも読める。
曲霊は『心が曲がって不安定になった状態』を意味する。
伝説によると太陽神アマテラスの光には『和魂(にぎみたま。和やかなる魂)』が込められており、人が曲霊になるのを防いでいるという。
しかし光が遮断されたので世界に曲霊が満ちるようになってしまった。
後南朝は勾玉に曲霊を集め、災いの神『大禍津日』を復活させたのである。
「……こんなやつどうやって倒すんだ」
「八咫鏡が残ってるでしょ」
「あー、三つ目の神器か」
仕方なく神器を求めて全国を放浪。
ここまでくると難易度もさらに高くなり、
「ぐ!」
あえなくゲームオーバー。
やむなくコンティニューすると、
『京都』
「なに?」
なぜか京都から再スタート。
「京都以降でコンティニューすると京都から再スタートになるのよ」
……つまり京都からは一つのミスも許されない。
難易度が高すぎる。
しかも剣力が初期値に戻っているので、再スタートしてすぐに死んでしまった。
草薙の剣なので減りはしないものの、これでは火力が足りない。
「……火力不足で死ぬぐらいなら、多少面倒でも最初からやり直した方がいいような気がするな」
「剣力を増やしてから京都に戻るって方法もあるわよ」
「どうやって戻るんだ?」
「1つは特定の鳥居に飛び込むこと。もう1つは地獄経由ね」
「地獄って……、つづらはどうするんだ? 運ゲーだろ、あれ」
「銭が70以上あれば現世に戻してくれるのよ」
地獄の沙汰も金次第。
まさか銭にそんな使い道があったとは。
「三種の神器がないとラスボス倒せないから、取り忘れたプレイヤーへの救済措置ね。昔はゲーセンっていったらハイスコアを競うゲームが多かったんだけど、この戻れる仕様のせいでハイスコアアタックは盛り上がらなかったんだって」
「だろうな」
「そこで登場したのが『ロースコアアタック』よ!」
「ロースコア?」
「最少得点争い。いかに得点せずクリアできるかっていうプレイね」
「……ゲーマーはたくましいな」
どんな欠陥があっても、それなりの遊び方を見つけてしまう。
1つのおもちゃで10の遊びを考える子供のような発想だ。
「はい、コーヒー」
「お前にしては気が利くな」
「働いたからゲームしていい?」
「……安い仕事だな」
どうせこのままだとゲームオーバーになるので交代し、コーヒーで一服する。
コーヒーはモカだった。
「おやつはデニッシュにするか」
「デニッシュってクロワッサンと何が違うの? 形だけ?」
「まあ、店によって同じ生地を使ってたりするな」
「やっぱり」
クロワッサンといえばひし形と三日月が特徴的なパンで、本場のフランスでは用途によって形が決まっているらしい。
日本はわりと適当だ。
量産型ならひし形が多いような気がするし、おしゃれな店だと三日月の印象がある。
「うちではクロワッサンは砂糖なしで塩を効かせたもの。モーニングや軽食に向いてる感じだ。デニッシュは砂糖を使って甘くしてあるから、これはおやつ向きだな」
「へー」
「甘いクロワッサンも上に砂糖を振るか、チョコを少し足す程度のシンプルな味付けが多い。デニッシュは甘いものはとことん甘い」
甘さを証明するようにチョコやフルーツ、クリームをふんだんに使う。
「おいしそ」
甘々のデニッシュをつまみながら、瑞穂が100円を投入してロースコアアタック開始。
ガンッ ガンッ
「……イメージと違うな」
ガンガン被弾して体力が減っている。
すっすっと軽やかに避わしながら進むものだと思っていた。
「プレイヤーが倒す前提で敵が配置されてるのよ。倒したらスコア稼いじゃうから、被弾して進むしかないの」
「なるほど」
鳥居をくぐるとロウソクは4本まで回復する。
最後の一本が燃え尽きない範囲であれば、いくらでも被弾していいわけだ。
ドンッ
「すり抜けた!?」
「ロースコアアタックでは必須のスルースキルよ」
巨大な敵キャラが立ちふさがった場合、ジャンプして避わせないのなら倒すしか方法がないわけだが……。
わざと攻撃を食らうことで敵をすり抜けていた。
敵味方を問わず、だいたいのゲームでは攻撃を食らうとキャラが後ろに飛ばされる。
いわゆる『ノックバック』だ。
そして攻撃を食らった瞬間にキャラが点滅することも多い。
これは『無敵時間』。
一定時間攻撃を食らわず、敵をすり抜けることができる。
無敵時間がないと一発被弾してしまったら続けて攻撃を食らうのでハメ殺されてしまう。
普通ならノックバックは進行方向とは逆に飛ばされるので、効果的にすり抜けるのは難しい。
だが壁を背負った状態でノックバックされたらキャラが跳ね返り、そのまま前にノックされて敵をすり抜ける。
よくこんなことまで思いつくものだ。
「ここは壁がないからすり抜けられんな」
「穴に落ちればいいじゃない」
「はあ?」
すると何のためらいもなく穴に飛び降りた。
そして石見太郎が画面の上部から落ちてきて、見事に巨大な敵の後ろに着地する。
「あ、上下の繋がりを利用したのか!」
「下手したら地獄に行っちゃうけどね」
上から下へ行けるのなら、下から上に出られるのも道理。
……製作者の意図せぬ仕様さえも利用して突破する。
これがゲーマーの恐ろしさか。
「まあ、この後わざと地獄に落ちないといけないんだけど」
「なんでだ?」
「銭70で生き返ることができるでしょ。実はあれで生き返ると京都にワープできるのよ」
「なるほど。プレイヤーを京都に戻す仕掛けが、逆にワープになってるのか」
もはや完全に違うゲームになっている気がする。
ボス戦もひどい。
ボスにわざとジャンプ攻撃をさせ、その下をくぐって立ち位置を入れ替える。
あとは一定の距離をたもちながら(ボスがジャンプ攻撃をしてこない距離をたもちながら)ゆっくり後退して鳥居をくぐればいい。
ボスとにらみ合ったまま、ムーンウォークで鳥居をくぐる姿は何ともいえずシュールだった。
そしてすかさず地獄に落ちて京都へワープし、大和へ進み、大禍津日を倒すために八咫鏡を入手。
世界的に鏡は太陽の象徴とされている。
だが太陽の光が遮られている今の状態では鏡の力を完全に発揮できない。
そこで石見太郎は富士山に登って雲の上に出て、そこから太陽の光を地上へ反射。
さらに赤松家の忠臣たちが全国各地で一斉に鏡をかかげる。
数万枚の鏡で神器の力は増幅され、太陽の光が暗雲を吹き飛ばし、大禍津日の力を弱めることに成功。
大禍津日の体が縮み、赤子の姿になった。
「なんで赤ん坊になったんだ?」
「勾玉って変わった形してるでしょ? あれは胎児の姿をモチーフにしてるんだって」
「あー、そういう説もあったな」
ラスボス戦が始まり、攻撃される前に草薙の剣で速攻をかける。
すると、
『我が魂は不滅じゃ』
「え」
あっけなく大禍津日が死んだ。
「これで終わりなのか?」
「そうよ」
これまでの難易度からすると信じられない弱さだ。
どこか物足りなさを感じていると、赤松家再興のエンディングが流れ、そして最早お馴染みのあれが落ちてきた。
やはりこれがないと終わった気がしない。




