アーケードRPGセット【スノーボールとエスプレッソ】
参考ゲーム
ドルアーガの塔
「これでよし、と」
瑞穂がなにやらテーブル型筐体を開いてセットし、ふーと額の汗を拭いてテーブルを閉じた。
「今度は何のゲームだ?」
「『千本桜』よ」
「……聞いたことないな」
「でしょうね。正式には稼働してないんだもの」
「は?」
「大人の事情で開発中止になったんだって。だからこれはベータ版」
「べーた?」
「ゲームにはだいたいアルファ、ベータ、マスターの3種類あるんだけど、アルファはゲームとしてプレイできる最低限のバージョン。いわばサンプル版ね。サンプルだから当然バグがいっぱいあるの。ベータはアルファのバグを取った製品版のマスターに近いやつで、ゲームセンターに設置してプレイヤーの反応を見たりするのはだいたいこれ」
「テストプレイ用の基板なのか」
「そういうこと」
「……高いんじゃないか、これ」
「そうでもないわよ。基板屋さんも有名ゲームを違法コピーした海賊版だと思ってたぐらいだから。……これから高くなる可能性もあるけど」
ぐふふとゲスに笑う。
もしかしてこの基板を買ったのも、プレミアが付くのを見越したからなのではなかろうか。
まあ、そんな目論見が上手くいくほど世の中は甘くないが……。
「じゃあやってみましょ」
ちゃりんと50円投入。
30年前のゲームなので画面もチープだ。
舞台は千本桜。
『千本の桜を束ねたぐらいの太さがある』という桜の中にあるダンジョンだ。
頂上にはどんな願いも叶う『咲耶の杖』があるらしい。
それを手に入れるのが目的だ。
主人公はヨシツネ。
三大狂言の『義経千本桜』にちなんだネーミングだろう。
ジャンルは見下ろし型のアクション。
迷路を上から見下ろす視点で、フロアには鍵と扉とモンスターが配置されていた。
鍵を取って扉を開けば次の階へ行ける仕組みだろう。
時間制限もあるらしい。
「足おそっ」
攻撃モーションも小さくて地味だ。
あまり刀を振っている感じがせず爽快感も薄い。
「あれ、刀って出しっぱなしにできるんだ」
「もしかして刀を振って攻撃するんじゃなくて、構えたまま突っ込むゲームなんじゃないか?」
「そうみたいね」
刀を構えてスライムっぽい敵に突っ込む。
すると見事にスライムを貫通した。
今までは敵の前でいちいち止まって刀を振っていたので、これでかなりテンポがよくなる。
「あ、死んだ」
刀を構えていない状態で敵にぶつかると即死。
……昔のゲームらしい難易度だ。
刀を構えたままスライムに突っ込み、3匹撃破すると宝箱が出現。
「はやっ!」
移動スピードが速くなるアイテム『ゲタ』だ。
今までが遅かっただけに余計早く感じる。
階を進めると甲冑武者が現れた。
すかさず刀を構えたまま突っ込むものの、一撃では死なない。
「……手強いわね」
お互いに刀を構えたまま相手に突撃し、何度もすれ違いながら戦う。
他のゲームにはない独特の戦闘風景だ。
「……また死んだ」
「体力ゲージがないからわかりにくいな」
刀を構えてない状態で敵に当たると即死。
刀を抜いている状態で敵とすれ違うとお互いにダメージを与えあうらしい。
体力ゲージがないので自分がどれだけダメージを食らい、相手にどれほどダメージを与えているのかわからない。
「とりあえず正面から突っ込んだら当たり負けするのはわかったわ」
「だな」
相手も刀を構えているのだから正面から攻撃したらこちらもダメージを食らう。
ならば刀を構えていない横か背後から攻撃すればいい。
「楽勝ね」
パターンをつかみ、悠々と甲冑武者を倒して次の階へ。
「は?」
GAME OVER
「え、なに今の」
「……なんか出てきたな」
次の階へ進んだ瞬間、なにかが背後に現れて飛び道具を撃ってきた。
完全な不意打ちだ。
対応する暇もない。
チャリン
50円を投入してコンティニュー。
同じ階からやり直すと、フロアの構成が変わっていた。
どうやらランダムなのは敵の配置だけでなく、迷路や鍵、扉の位置もコンティニューするたびに変わるようだ。
謎の敵の正体も判明する。
陰陽師らしい。
瞬間移動して術を撃ってくる敵だ。
術は壁に当たるまで飛び続ける。
しかもスピードが速く、避わすのは極めて難しい。
『プレイヤーが動かなければ陰陽師も動かない』のが唯一の救いか。
それでも……
GAME OVER
「ぐ……」
こちらが一歩でも動けば陰陽師もテレポートし、なす術もなくゲームオーバー。
神出鬼没の陰陽師を相手に死闘を繰り広げること数分、
カンッ
「え」
術が直撃したのに死ななかった。
「盾で弾いた?」
「盾で防げるんだ。……でも盾はヨシツネの左側にあるのよ。陰陽師がテレポートしてきた瞬間に右を向いて、左にある盾を正面に向けろってこと?」
「いや、待て。刀を抜くから盾が左に行くんだよ。抜かなければ盾を正面に構えたままだ」
「本当だ!」
刀を抜いたまま敵に突っ込むのがセオリーだったので、今までずっとボタンを押しっぱなしだった。
だから『刀を抜かなければヨシツネは前に盾を構える』ということに気付かず、無駄にゲームオーバーを重ねてしまったらしい。
「ガードさえわかれば私のものよ!」
刀は抜かず、盾を構えたまま迷路を進む。
前後左右にテレポートしてくる陰陽師へ素早く盾を向け、巧みに術を弾き、すかさず刀を抜いて陰陽師へ突っ込んだ。
「やった!」
初めて陰陽師を撃破し、ようやく4階を突破する。
GAME OVER
「はあ!?」
「……なんだこれ」
5階ではさらに陰陽師の数が増えていた。
最悪の場合、前後左右の四方向から術を撃たれる。
「……これ作った人、頭おかしいんじゃないの」
どう考えても5階の難易度ではない。
陰陽師地獄でゲームオーバーを繰り返すこと数回。
「一本道でうろうろするのがコツね」
コツをつかんだらしい。
一本道なら陰陽師は前か後ろのどちらかに現れる。
これなら被弾しにくく、術を弾いた後に攻撃しやすい。
「ぎゃー!?」
……ただ前後(もしくは左右)同時に現れると対応しきれないが。
ようやく5階を突破し、その勢いで6階も一発で通過。
それ以後も見えない敵や、壁が見えない迷路、カウントダウンのスピードを早くするアイテム、倒すことのできない人魂など、次々と試練が襲い掛かってきた。
GAME OVER
「ああー!?」
踏破すること25階。
「うう……」
超絶難易度にとうとう気力を使い果たし、瑞穂がテーブルに突っ伏した。
「……スノーボールでも食うか?」
「スノーボール?」
「丸めたクッキーを雪玉に見立てて、表面に粉砂糖を振るんだよ。ようはパンの耳のかりんとうだ」
「クッキーと粉砂糖をビニールに入れて振るってこと?」
「そういうことだ」
「面白そう」
瑞穂が砕けそうな勢いでシャカシャカヘイとビニールを振る。
雪玉の名に恥じぬ真っ白なクッキーが出来上がった。
「甘い砂糖には苦いエスプレッソだな」
俺はスノーボールに砂糖は振らず、エスプレッソをカフェモカにした。
チョコレートシロップを入れたカップにエスプレッソをそそぎ、さらにスチームミルクをそそいで泡を乗せ、泡立てた生クリームを浮かべる。
粉砂糖は振っていないが砂糖は使っているのでスノーボールはほのかに甘く、丸いのでほろほろとした食感がし、濃厚なカフェモカが染み渡る。
「おいしそ……」
「少しならつまんでもいいぞ」
「やった!」
「少しならだ!」
食いつくされないように釘を刺して置き、俺も真っ白いスノーボールをつまむ。
これはこれで美味い。
……あんまり大量に食べるものではないが。
「で、どうする? まだプレイするのか?」
「……今日はやめとく」
賢明な判断だ。
そうしてたまに思い出したように千本桜をプレイすること3ヶ月。
「……ボロボロだな」
「これがないと誰もクリアできないのよ」
千本桜のテーブル型筐体にはボロボロのノートが2冊あった。
いわゆる『攻略ノート』というやつである。
昔はネットも攻略本もなかったので、ゲーマーたちはノートで情報を共有していたそうだ。
このゲームはゲーセンで稼働もしてないし、家庭用移植もされてない。
なおかつベータ版の基板を持っている人間も数えるほど。
ネットで攻略情報を調べるのは難しい。
小まめにうちに通ってプレイするしかないのだ。
「どれ……」
ノートをパラパラめくってみる。
敵の倒し方やテクニック、効率よくスコアを稼ぐ方法、アイテムの効果などが丁寧に書かれていた。
他にもキャラのイラストや個人的な交流のメッセージなどがつづられている。
昔のゲーマーもこういう風に交流していたのだろう。
うちの数少ない常連客だけでよくここまで情報をまとめられたものだ。
「これは宝箱の出し方をまとめたやつか」
『陰陽師→龍→甲冑武者の順番に敵を倒す』
『陰陽師の術を龍に当てる』
『陰陽師が扉の上にテレポートする』
『陰陽師の術が扉の上を通過する』
「わかるか!」
「だから情報を共有するんでしょ」
装備アイテムで強化しなければ上層の敵は倒せない。
特定のアイテムを取らないと次のアイテムが拾えなかったり、アイテムをわざと壊さないといけないこともある。
呪いを解いたり、剣を振るスピードが速くなるアイテムも多いので、宝箱を出現させないと攻略できない仕様なのだ。
フロア別攻略情報も充実している。
どうやら60階まであるらしいのだが、
『ここから先は君の目で確かめてくれ!』
「……は?」
「昔の攻略本にはよくそう書かれてたのよ」
「手抜きすぎだろ」
「複数の出版社が攻略本出してたし、ゲームと攻略本が同時発売っていうのは今でもあることよ。途中までしか攻略できてなくても、出版が1日でも遅れるとライバル社に売り上げで負けちゃうから出すしかないの」
「なるほど」
「完全な攻略本を持ってるとつい先まで読んじゃうから、ネタバレ防止にもなるしね」
ライターもいろいろ考えているらしい。
「さて……」
攻略ノートを片手にプレイしてみる。
超絶難易度ではあるが、ノートのおかげでサクサク進む。
……ただ上の階に進むのは楽でも、宝箱の出現条件がとてつもなく厳しい。
序盤の鬼門は『刀を構えた状態で陰陽師の術を盾で3回弾く』だろう。
時間制限があるので『鍵で扉を開けた後に敵を全滅させる』のも困難を極める。
GAME OVER
……いくらなんでも難易度が高すぎる。
ただ上へ行くほど敵は強くなるものの、60階あるわりには敵のバリエーションが少ない。
色違いの強いバージョンが出現すれども、基本的な対処法は同じなので、慣れたらむしろ後半ほど楽になる。
やはり一番の難関は宝箱の出現だ。
『鍵を取らずに扉の上を通る』
『スタート地点で剣を振る』
『迷路の右端の壁と左端の壁に触る』
『スタートボタンを押す』
『その場で9秒静止する』
『鍵で扉を開けた後、陰陽師を倒す』
『レバーを右に7回、左に1回、右に7回入力』
……よくもまあ、ここまで意味不明な条件を考えたものだ。
「あと1階!」
そうこうしている内に59階。
とうとうラスボスが出現した。
腕が六本ある鬼だ。
壁をすり抜けて飛んでくる術を放ち、壁をワープして移動してくる。
「……大したことないな」
「そうね」
分身する陰陽師に比べれば弱い。
刀を抜いて鬼に突っ込み、軽く一ひねりする。
そして鍵を取って扉を開いた。
待望の60階だ。
「よし、エンディングだ! ……って、なんだ?」
60階に移動することなく、画面が切り替わる。
オープニング画面だ。
ただ普通のオープニング画面と違うのは中央の『Congratulation!』の文字と、千本桜の花が散っていること。
それと下に謎のコマンドが表示されていた。
「どういうことだ?」
「裏面よ。クリアしたら難易度の高い別バージョンを遊べるの。下のは裏面に飛ぶコマンドで、通常のオープニング画面でこのコマンドを入力すれば裏面になるのよ」
「へえ」
コマンドを入力して裏面をスタートする。
裏面の主人公は女性だった。
「ヨシツネが願いを叶えたからキャラが変わったのか」
「そういうこと」
名前はシズカ。
源義経の正妻と同じ名前だ。
マップの構成や登場する敵は同じだが、宝箱の出現条件が違う。
「3冊目の出番ね」
クリアしたプレイヤー向けのネタバレ解禁ノートだ。
表面のノートと同じく攻略法がびっしり記載されている。
一度クリアしているものの、やはり難易度は高い。
何度かゲームオーバーになり、
「……なんか花咲いてないか?」
「咲いてるわね」
ゲームオーバー画面には千本桜が表示されている。
裏面なので枯れた桜が表示されているのだが、気になるのはゲームオーバーになるごとに徐々に花が咲いていくことだ。
「意味ありげだな。表面をクリアしたら花が散った理由も気になる」
「私もまだクリアしてないから真相はわからないけど……。最上階には願いを叶える杖があるんでしょ。なら花が散ったのは願いを叶えたからよ」
「杖で願いを叶えたのに、なんで千本桜の方が枯れるんだ?」
「杖じゃなくて枝だったとか」
「は?」
「そもそも杖の起源って木の枝でしょ。杖と枝って漢字も似てるじゃない。伝説が伝わる過程で枝が杖に変わっちゃったとか」
「……つまり千本桜そのものが咲耶の杖ってことか?」
「たぶんね」
空海が松の杖を地面に刺したら、それが根付いて『逆松』になったという伝説を聞いたことがある。
同じように咲耶が杖を刺したらそれが巨大な桜になったのではなかろうか。
そしてその桜はどんな願いでも叶える。
願いを叶えたら花は散り、ゲームオーバーになるたびに花が咲く。
結論は1つしかない。
「……桜が美しいのは木の下に死体が埋まっているから、か」
「この場合、木の中に死体ね」
「死体を養分に花を咲かせ、願いを叶えると散るってことは、願いを叶える代償は人の魂ってことだな」
「……30年前の作品とは思えない重いシナリオね」
嫌な予感を覚えながら千本桜を登っていく。
しかしぶっ続けでプレイしていたせいか、集中力が切れてきた。
つまらないミスを連続して死にまくる。
「……ダメだ、集中力が続かん」
「じゃあ交代しましょ」
瑞穂と交代する。
最初からではなく、コインを投入して俺の続きからコンティニューだ。
昔もこうやって他のプレイヤーと協力し合い、上へ上へと向かっていったらしい。
途中リタイアとはいえ20階までは攻略しているのだ。
序盤の難所は越えているので、すいすい進む。
そして59階へ到達し、無事にラスボスの鬼を倒すことに成功した。
すると、
「あ」
鬼の死体が縮み、人間になる。
鬼の正体はヨシツネだった。
シズカが悲鳴を上げ、ヨシツネを揺さぶるが返事がない。
シズカはヨシツネの死体を抱え、ふらふらと覚束ない足取りで60階へ登る。
そこには千本桜で力尽きた者たちがいた。
彼らは樹と一体化しているらしく、血の涙を流しながら悲鳴を上げていた。
シズカはヨシツネの死体を中央に横たえ、祈りを捧げる。
すると千本桜の花が散り始めた。
そして……
『ここから先は君の目で確かめてくれ!』




