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ポーカーセット【ポップコーンとミルク】

 にぱー。


 瑞穂が人差し指で口の端を上げ、引きつった笑みを浮かべた。

「ど、どう?」

「世界一可愛いぞ」

「ふわ!?」

「もう一回」

「ぐぬぬ!」

「……なにをやってるんデスか?」


「笑顔の練習」


「ポーカーフェイスな」

 こいつはすぐ顔に出る。

 あるていど表情をコントロールできるようにならないと、心理系のゲームではカモられ続けるだろう。

 こいつ個人がカモにされるのならともかく、飲食代を賭けられると店の経営にも響きかねない。


「……ポーカーフェイスの練習をするぐらいならポーカーをやりましょう」


「実戦訓練ね」

 先生がトランプをシャッフルして手札を配る。

 ただなぜか2枚だけしか配られない。

「オー、『テキサス・ホールデム』!」

「なにそれ?」

「一番人気のあるポーカー競技です。ポーカー大会でもホールデムがメインイベントなんですよ?」

「へー」


「ホールデムではまず全員に2枚の手札が配られてベットタイムになります」


 ベットタイムとはチップを賭ける時間のことだ。

 ここで賭け金を吊り上げたり、勝ち目がなさそうなら勝負を降りる。

「2枚だけだとワンペアしか作れなくない?」

「コレはファーストベットですヨー」

「日本で普及しているドローポーカーでは2回だけですが、ホールデムでは4回ベットタイムがあります」

 それだけ駆け引きが多いゲームだということだ。


「あ、チップがありませんね。どうせならポップコーンにしましょう」


「賭けにくくない?」

「なので計量スプーンを使います」

 ……ポーカーとは思えない絵面えづらだ。

「ミルクもベットできマスか?」

「口をつけていなければ」

「イエー!」

「私もポップコーンミルクしたい!」


「『農場の少年』か」


「うん!」

 『インガルス一家物語(『大草原の小さな家』のタイトルで有名だが、日本ではインガルス一家シリーズの2巻のタイトルであり、最初に2巻を買ってしまうことが多い)』の外伝である農場の少年に出てきたものだ。

 インガルスシリーズは赤毛のアン並みに食に関する記述が多く、特に農場の少年は最初から最後まで常に何かを食べ続けていて食欲がそそられる。


 ポップコーンミルクは、ポップコーンとミルクをそれぞれ同じ大きさのカップの縁ギリギリまで入れ、ポップコーンを一粒ずつミルクに落としていく遊びだ。


 全部入れてもこぼれないらしい。

「食べても美味しいのよ」

「ポップコーンミルクは賭けるなよ」

「わかってるわよ」

 ちなみにインガルス一家物語では皮むきトウモロコシ(トウモロコシを煮て皮を剥いたもの)というのもあり、作り方が懇切丁寧に説明されているのだが、これもミルクをかけて食べると美味いらしい。

 メープルシロップをかけたり、ラードで炒めてもイケるそうだ。


「まず参加料にスプーン一杯。これは勝ったプレイヤーの総取りです」


「丸儲けね」

 手札が2枚の状態でベットするということは。重要なのはワンペアになっているか否かだろう。

 手札を見る。


 エースとクイーンだ。


 ペアにはなっていないが、今回のようにエースやキング・クイーン・ジャックなどのハイカード(数字の大きな札)なら、この後に配られるカードで強いワンペアが出来る可能性がある。


 ドローポーカーでは役の大きさにばかり注意が向いていたが、このゲームではワンペアと数字の大きさが相当重要になりそうだ。

 更に絵柄スートがそろっていればフラッシュも狙えるし、続きもしくは今回のように比較的近い数字のカードならストレートを狙える。

 たった二枚の手札だが侮れない。


「これはコミュニティカード」


 先生が場に3枚置き、カードを表にする。

「コミュニティカードはプレイヤー全員が共有していて、手札と組み合わせて役を作ります」

「ドローポーカーと違ってカードチェンジはできまセン」

 斬新なルールだ。

 これは考え方を根底から変えなければいけないのかもしれない。

「……なるほど。読むのは最初に配られた2枚だけでいいわけか」

「5枚全部読まないといけないドローポーカーよりもわかりやすいわね」

「さっきも言ったようにホールデムでは4回ベットしますから。コミュニティカードはあと2回、1枚ずつ追加されます」

「最終的にカードが7枚になるってことですか?」


「はい。手札の2枚と、5枚のコミュニティカードの中から好きなカードを選んで役を作ります。必ずしも手札を2枚使う必要はありません。1枚だけでも、全く使わなくてもOKです」


 だいたいルールはわかった。

 ここからが本番だ。

「ベット」

「一杯レイズです」

 レイズは賭け金を上積みすることだ。

「えっと、コール」

「コール!」

 コールは勝負を受けること。つまり相手がレイズした金額を自分も賭けるということだ。



ホールデムの手順


1プレイヤーに手札を2枚配り、1回目のベットタイム


2コミュニティカードを3枚公開、2回目のベットタイム


3コミュニティカードを1枚追加、3回目のベットタイム


4コミュニティカードを1枚追加、4回目のベットタイム


5ショーダウン 手札とコミュニティカードから5枚を選び、役を作って勝負


 コミュニティカードが2枚追加され、

「最後のベットタイムです」


 にぱー。


「レイズ」「リレイズ」

「なんでよ!?」

「あとで笑顔の練習でもしとけ」

「……フォールド」

 勝負を降りる(フォールドする)場合はそれまで賭けていた金額を払わないといけない。


 初戦はカード運と瑞穂のブラフ失敗に恵まれて俺が勝った。


 しかし二戦目からは先生にまんまと裏をかかれて連敗。

 強い。

 ポーカーフェイスで強い手を弱い手に、弱い手を強い手に錯覚させる手並み。

 そして状況判断の的確さ。

 ポーカーは勝てる時に最大限の利益を上げ、負ける時は最小限の被害に留めるゲームだ。

 こちらの手がことごとく読まれているのだろう。


 自分が勝てると判断した時は、ポーカーフェイスで弱い手だと思わせておき、こちらにレイズさせて賭け金を釣り上げる。


 負けると判断した時はその逆。俺が強い役の時にどんな演技をしても、決してコールしてくれない。

 なんでここまで手が読まれてしまうのか。

「じゃあ次のゲームにいきましょう」

 先生が手札を配る。

「……ん?」

 それに微妙な違和感を覚えた。

 しかしその違和感の正体がわからず、ゲームを続ける。

「オープン」

 3枚のコミュニティカードが公開された。

 ベットが終わると一枚ずつコミュニティカードを追加し、

「え?」


 5枚目のコミュニティカードを公開すると、山札が綺麗になくなった。


 ここで初めて気づいた。

 先生は1ゲームごとにカードを回収していない。

 正確にいうと回収はしているが、山札に戻してシャッフルしていない。

 回収したカードをシャッフルして手札を配るのではなく、最初にシャッフルした山札からずっと手札を配っていた。


 山札が綺麗になくなるのは明らかな異常事態。


 市販されているトランプはジョーカーを含めて53枚。

 ジョーカーが2枚ある場合もある。

 ポーカーではジョーカーを使わないから52枚だ。

 そしてホールデムではまず手札を2枚配る。


 プレイヤーが4人だから8枚、コミュニティカードが5枚、つまり1ゲーム13枚だ。


 2ゲームで26、3ゲームで39。

「4ゲームで52!?」


 にぱー。


 先生が小悪魔のように笑った。

「イカサマじゃありませんよ? だってカードは全員に公開されてますから。その情報を生かすも殺すもプレイヤー次第です」

「確かにイカサマじゃありませんけど!」

「なんの話?」


「……カードカウンティングだ。先生は1勝負ごとにカードを回収してなかった。そうすると3ゲームで39枚のカードが公開されたことになる。これを全部覚えておけば4ゲーム目では自分の手札2枚と、5枚のコミュニティカードで46枚のカード情報がわかる。ポーカーで使うのは52枚だから、残りは他のプレイヤーの手札の6枚だけ。つまり相手が何のカードを持っているか予測できるんだよ!」


「ええ!?」

「くそ、今回は2巡目の4ゲーム目(8回目のゲーム)だ! 一巡目の4ゲーム目の時に気づいてれば!」

「それは難しいですね。山札が綺麗になくなったのは計算外でしたし。そもそもホールデムはベットタイムが4回あります。3回目に2人残っていないと最後のコミュニティカードは配られません。4ゲームでぴったり52枚使い切る方が珍しいですから」

 そうか、4回もベットタイムがあると途中でフォールドする可能性が高い。


 ホールデムではそもそも手札を公開して勝負する『ショーダウン』にまで行かないことも多いのだ。


 逆に言うと、4回のベットタイムがあってなお勝負に行くということは……。

 残っているプレイヤーの手は強い役である可能性が高い。

 ブタや弱い役で4回ブラフをかますには相当な度胸がいる。

「……カードは回り持ちで配るべきだった」

 ホールデムという馴染みのないゲームだから、ずっと先生がカードを配っていることに違和感を覚えなかったのが失敗だ。

「くそ、駄目だ。1巡目のゲームも頭にあるから、出たカードの内容を正確に思い出せない」

「アリスは覚えてマスよー」

「は?」

 そういえば俺と瑞穂が派手にやられているだけで目立たなかったが。アリスはほぼプラマイゼロ。

 全然負けてない。

 ということは、


「オールイン」


「な!?」

 アリスが手持ちのチップを全部賭けた。

「……」

 先生がここで初めて長考した。

 アリスの記憶力を甘く見ていたのだろう。

 アリスの手札は予測できているはずだ。

 だからこそ自分の負ける可能性があるとわかっている。

 勝つ確率と負ける確率、どちらが高いのか。

 オールインに勝負する価値はあるのか。

「……コール」


 にぱー。


 この時のアリスの表情はこれまで見たどの笑顔よりも輝いていた。


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