音楽CD読み込みゲームセット【ホットドッグとブラックコーヒー】
参考ゲーム
ビブリボン
「ああー、ミスった!?」
珍しくゲームで右往左往していた。
パッケージによるとタイトルは『ピプリポン』。
子供の落書きのようなグラフィックのキャラクターがひたすら道を歩き続けるゲームだ。
たまに障害物が出てきて、
━━━■━━●━━W━━
ボタンを押して飛び越えたり、またいだりする。
「難しいゲームには見えないんだが」
「コマンドがややこしいのよ! 障害物の種類によって違うコマンドを入力しないといけないんだから」
「違うコマンド?」
説明書を読む。
基本の障害物は4種類。
壁、穴、波、ループだ。
波は地面がWのように波打っている地面、ループは道がくるっと一回転している。
コマンドはシンプル。
壁=L 穴=↓ 波=× ループ=R
「……たしかにこれはわかりにくいな」
「でしょ?」
L R
↑ △
← → □ ○
↓ ×
※コントローラーのボタン配置
さらに障害物には複合型が存在する。
壁穴(壁に穴がある)、壁ループ、壁波。
ループ穴、波穴。
波ループ。
コマンドは基本の組み合わせだ。
つまり壁穴なら壁のLと穴の↓、壁ループならループのR、壁波なら波の×を同時に押さなければならない。
……これは確実に混乱する。
「ふう、ようやく落ち着いたわね」
BGMが切り替わるとステージも切り替わり、一転して障害物が少なくなった。
「グラフィックはしょぼいのに、妙にかっこいいBGMだな」
「これは別のゲームのサントラよ」
「サントラ?」
「あああ!? またすごい勢いで障害物出てきた!?」
「もしかして音ゲーなのか、これ」
どうやらCDを読み込むと、曲のリズムによって障害物を自動的に生成するらしい。
この見た目からは想像もできない高度なシステム。
コマンドを単純化し、演出を強化すれば現代でも通用するゲームなのではなかろうか。
……問題は最近の若者がCDを持ってないことだ。
このゲームをプレイするためだけにCDを買ったりレンタルするのはわずらわしい。
「ん、もう次の曲か。1曲あたり1分ぐらいしかないぞ。短すぎだろ」
「BGMって歌より短いから、1回ループさせるのが基本なんだけど……。CDって容量少ないから70分ぐらいしか収録できないでしょ? この『ウルティマファンタジー4』は44曲もあるからループさせたら全曲入らないのよ」
「なるほど、それでか」
「ちなみに7はゲーム本体がCD3枚組なのに、サントラはループ込みで4枚組よ」
「サントラの方が大容量!?」
大作ゲームのプレイ時間は映画よりも遥かに長い。
映画のサントラでさえCD1枚分はあるのだから、曲数もシャレにならないのだろう。
作曲家は大変だ。
「あ、終わっちゃった。CD変えよ。んー、ウルティマファンタジー6、竜の探索3、浪漫佐賀2、イビル・ア・イビル……。どれも捨てがたいわね。やっぱり竜の探索3かしら」
CDを入れ替える。
バギッ! メラメラ! ギラギラ! ぶおーん!
「……なんだこれ? SE付きのサントラ?」
「オリジナル音源のサントラは発売されてないのよ。これは『サウンドストーリー』っていって、ゲームのSEを入れてストーリー仕立てにしたやつ」
ストーリー仕立てなので、同じ曲が何回か流れていた。
「変わってるな」
「たまにある演出よ。炎の祝福3のボスバトルとか、ウルティマファンタジー6とイビル・ア・イビルのラストバトルにもSE入ってるし。……ラストバトルはどっちも違う意味でトラウマだけど」
「なんでSEが付くとトラウマになるんだよ」
「ウルティマファンタジー6のラストバトルにはラスボスの笑い声が入ってるのよ。つまりクリアする前にサントラを聞いたらネタバレになっちゃうわけ」
「先にサントラ聞くことなんてまずないだろ」
「このサントラはゲームより前に発売されたのよ! ゲーム業界を代表する作曲家だから、これでネタバレを食らったゲーマーが何人かいたんだから」
「マジか」
サントラがゲームより前に発売されることも珍しければ、ゲームのクリア前にサントラを買うというのも珍しい。
人気シリーズ&カリスマ作曲家ゆえのトラブルだ。
「イビル・ア・イビルなんてもっとひどいんだから。『セイント・アリシア』っていうヒロインが悲鳴を上げて白骨化する技のSEが収録されてて大惨事よ」
「……なんでそんなのを収録した。もしかしてこの浪漫佐賀2もなにかあるのか?」
「これは大丈夫。通常バトル曲がオープニング曲の中に組み込まれてるから、ヘビーローテーションしにくいぐらいね。ラストバトルのクイックタイムバージョンも欲しかったけど、さすがにこれは収録できないだろうし」
「どういうバージョンなんだ?」
「ラスボスが強すぎて時間を加速させないとまず勝てないのよ。でもこの魔法使うとBGMも加速しちゃうから、『サントラに収録されている曲が遅い』ってファンに言われて、作曲家が3では曲をいじるの辞めてくれってお願いしたとか」
……もしかしてサントラにSEが収録されてたりするのは、こういうプレイヤーが多いからではなかろうか。
ゲーマーが要望を上げ始めるとキリがない。
「あんたもなんかCDかける?」
「そうだな」
CDを買ったことがないので、親父のCDラックから発掘する。
「ジャズばっか」
「一時期ジャズ喫茶やってたからな。結局、客足は伸びなかったがみたいだが……。そういやジュークボックスもあったな」
「ジュークボックスってお金を入れたら音楽聞けるやつよね?」
「ああ。眠らせとくのももったいないから引っ張り出すか。おやつは簡単なのでいいな。ホットドッグとブラックコーヒーだ」
「えー、ブラックコーヒー?」
「ジャズ喫茶といえば頑固おやじに暗い照明、今では考えられないくらいの爆音再生で私語は厳禁、飲み物はまずいコーヒーだけでアルコールなんてもっての他だったんだぞ」
「……いつの時代よ」
「たぶん1960年代後半ぐらいまでじゃないか。フュージョンが流行してジャズ喫茶も様変わりしたからな」
「ふーん」
一般家庭ではとうていお目にかかれない最高級の音響設備で、これまた一般家庭では不可能な音量でジャズを流す。
それに当時はジャズのレコードを入手する方法が少なく、海外からの直輸入品で値段も高かった。
だからこそコーヒー一杯で何時間も粘り、常連客同士で話をすることもなく、眉間にしわを寄せてジッとジャズに耳を傾けていたのである。
ジャズがどこでも聞けて、レコードも安いアメリカではこんな喫茶店は存在しない。
ちなみにジャズ喫茶の客にはオーディオマニアも多い。
ジャズが好きなのではなく、高品質なオーディオの再生する音が好きなのだ。
「さて……」
ホットドッグの下準備を終えて倉庫へ向かい、ジュークボックスを引っ張り出す。
保存状態がよかったのか、ほとんどホコリもかぶっていない。
これなら動きそうだ。
「『魔王のテーマ』かけて!」
「どのゲームの魔王だ?」
「佐賀2。秘密基地への隠し扉が開くのよ!」
「……うちに隠し扉なんてねえよ。せっかくだからジュークボックスにCDセットするか?」
「なんで?」
「昔のレコードはSP盤っていって、再生時間が3分ぐらいしかなくてな。すぐにレコードと針を交換しないといけないから、専用のレコード係がいたらしい。『レコードガール』って呼ばれることもあったらしいぞ」
「レコードガール……。悪くないかも」
嬉々としてジュークボックスにCDをセット。
まあ、ジュークボックスは多いものだと2000枚ぐらいのレコードが入るので、改めてセットする機会はほとんどないのだが。
それは言わないでおこう。
「ほれ、ホットドッグとブラックコーヒーだ」
「にが」
「なら砂糖入れろ」
「砂糖入れたらブラックじゃないじゃない」
「よくある勘違いだな。ミルクを入れなければブラックなんだぞ」
「え」
「現に外人は普通に砂糖入れてるしな」
「……知らなかった。純粋に色だけでブラックって呼んでるのね」
ブラックコーヒー(砂糖なし)を飲めば大人という考えは捨てた方がいい。
恥をかくだけだ。
コーヒーの楽しみ方を知っている人間が大人なのである。
そうしてまったりすること30分。
「じゃあジャズでピプリポンやってみよっと」
瑞穂がCDをセットし、ジャズを再生した。
よりによって『ビバップ』だ。
「え!? なにこれ、私の知ってる曲と違う!?」
案の定、途中からわけのわからない曲に変貌した。
「これがビバップなんだよ。ビバップの前に流行ってたスウィングジャズはダンスミュージックだから、客が踊れなくなるアドリブができない。その反動でアドリブソロを中心にしたビバップが流行したんだ」
「へー」
一応コード進行は守っているのだが、原曲がわからないレベルのアドリブも珍しくない。
ラジオやレコードが出回りはじめ、あの曲を生で聞きたいと思ってライブに行ったら、原曲がわからないアドリブをかまされるわけだ。
しかもありとあらゆるテクニックを駆使するので素人にはついていけない上に、日によってクオリティが上下し安定感に欠ける。
だから『クールジャズ』や『ウエストコーストジャズ』のような原曲のイメージを崩さず、小手先のテクニックを多用しないクオリティの安定したジャズが流行った。
「ジャズの歴史はおおむね一般人へのわかりにくさとマンネリとの戦いだ。ビバップでやりすぎたことへの反省からハードバップやモードジャズも生まれた。でもそうするとビバップの時のような反動が起こる。アドリブの追求とマンネリ打破のために生まれたのがこれだ」
CDをセットする。
「わ!? なにこれ?」
「『フリージャズ』。滅茶苦茶なビバップだってコード進行は守ってたし、ビバップにブルース要素を加えたのがハードバップだ。ブルースはどの曲も12小節で同じコード進行だからわかりやすい。モードジャズはコードよりも単純な『モード』に従って構成されてる。フリージャズにはそうした制約が何もない。演者が好き勝手に演奏してるジャズだ」
「……もうジャズなのかどうかもわからないレベルね」
「だな」
フュージョン(ジャズとロックの融合)が流行する前の、ビバップ→クール(ウエストコースト)ジャズ→ハードバップ→モードジャズ→ファンキー(ソウル)ジャズ→フリージャズまでのジャズを総称して『モダンジャズ』と呼ぶ。
昔ながらのジャズ喫茶はだいたいモダンジャズだと考えていい。
「プレイしにくいけど、ある意味これも面白いわね」
ルール無用の曲だけに、他の音ゲーにはない面白さを体験できる。
CDを変えればアドリブによって同じ曲も全然違う曲になり、難易度もジャンルも超越できるのがこのゲームの素晴らしいところだろう。
「アドリブ祭りよ!」
よほど気に入ったのか、片っ端からジャズのCDをかけ、ぶっ通しでピプリポンをプレイし続けた。
もしかしたら、これが新時代のジャズ喫茶の姿なのかもしれない。
数日後。
「ホットドッグとブラックコーヒーね」
「あいよ」
俺がおやつを準備していると、ジュークボックスを最大音量にしてモダンジャズを流し始めた。
そしてブラックコーヒー(砂糖たっぷり)を飲みながら眉間にしわを寄せ、音楽に耳を傾ける。
「やっぱりジャズといえばモダンよね。マイク・デイヴィスはロックに魂を売り渡した。コルト・レイソン最高!」
「黙れニワカ」
ジャズ喫茶で私語が禁止されていた理由がなんとなくわかった気がする。




