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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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RPGセット【ニシンとカボチャのパイとキリマンジャロ】

参考ゲーム

女神転生シリーズ

ペルソナシリーズ


「はっぴーはろうぃん。……って何もないじゃない!」


「ハロウィンで盛り上がってるのなんて渋谷だけだろ」

「……どんな偏見よ」

 渋谷では某ゾンビ映画よりも多くのゾンビが闊歩かっぽするほど仮装が盛んなようだが、少なくとも近所でハロウィンパーティーなど見たことがない。

 本当に世間で根付いているのか怪しいものだ。

「せっかくヒーホー君のゲーム持ってきたのに」

「ひーほー?」

「ジャック・ランタンをデフォルメしたキャラよ」


 『仮面舞踏会マスカレイド』というゲームを取り出した。


仮面ペルソナとかシャドウとか、人の心を題材にしたゲームなの」

「へえ」

 ハイカラな衣装から察するに舞台は明治から大正。

 ちなみにヒーホー君とやらはパッケージにいない。


 ジャック・ランタンも正確にはジャック・オー・ランタンだ。


 ハロウィンでよくみる擬人化されたカボチャは、死者の魂がかぶのランタンを手にさまよってる姿なのだが、カブよりカボチャの方が数も多く美味しいので、いつの間にかカボチャに取って代わられたという。

「ポチッとな」

 ソフトをセットしてゲームを起動する。

 主人公は探偵だ。

 井上円了がモデルと思われる妖怪学者・田上円了たのうえ・えんりょうの依頼で、民俗学のフィールドワークを手伝うことになる。


『人間は得体の知れないものへの恐怖を和らげるため、名前や具体的な姿・特徴・弱点を与え擬人化しました。こうして江戸時代に多くの妖怪が生まれたのです』


 たとえば座敷童子。

 人の家に住みつき、富をもたらす子供の妖怪だ。

 それだけならいい妖怪なのだが、座敷童子が去るとその家は没落してしまう。


 民俗学的に座敷童子は『間引かれた子供の象徴』と解釈されることがあるらしい。


 ようするに生活が苦しくなって子供を殺す。

 子供を殺すことで生活に余裕ができる=財産が生まれる。

 座敷童子が富をもたらす妖怪なのはそのためだ。

 似たようなものだと穀物起源神話、いわゆる『ハイヌウェレ型神話』がある。

 死んだ女神の体から穀物が生まれた、という話だ。

 ハイヌウェレ型と分類されていることからわかるように、この手の神話は世界中に存在する。

 間引き、生贄、食人、様々な風習や迷信から生まれた神話なのだろう。


 円了は学者として人や社会の闇に光を当てていった。


 明治時代が舞台なのもこのためだろう。

 時代が江戸から明治に変わった時、ありとあらゆるものが変化した。

 幕府は崩壊し、江戸時代の闇は次々と暴かれた。

 開国により日本は開かれ、西洋人も鬼と恐れられなくなった。

 科学文明は飛躍的な発達を遂げ、謎が謎でなくなっていく。

 街灯が設置され、街からどんどん闇が消えていった。

 瓦版は新聞となり、ジャーナリズムが生まれ、政治家の闇も次々と日の光にさらされていく。

 今まで擬人化して対処するしかなかった存在にも科学的・民俗学的・心理学的アプローチを行い、妖怪を退治する。


『幽霊の正体見たり枯れ尾花』


 幽霊かと思ってびっくりしたが、よく見たら枯れたススキだったということわざだ。

 その妖怪がどうして生まれたのかを科学的に解説することで、妖怪の存在はただの迷信にすぎないと人々は納得し、人々の心から生まれた妖怪は姿を消す。

 つまり幽霊を枯れ尾花に戻すシステムなのだ。

 なかなかユニークな設定である。


 ただ科学的にも民俗学的にも心理学的にも説明できない妖怪は物理的に倒すしかない。


 戦闘システムは『プレスターン』という独特のターン制。

 各キャラは1ターンに1回ずつアクションできる。

 普通のターン制と違うのは、クリティカルを出したり相手の弱点を攻撃したりすると味方のアクションが1回増えること。

 逆に攻撃を避わされるとアクションが1回減る。

 最悪なのは攻撃を反射されたり吸収されたりすることで、これをされると味方のアクションが残っていても強制的にターンが終了する。

 戦況の有利不利をアクション回数で表現したターン制といえるだろう。

 いかに味方のアクションを減らさず、効率的に増やすか。

 いかに相手のアクションを減らし、ターンを強制終了させるか。

 それが重要だ。

「うああ!? 物理反射された!?」


 ……いちいちコマンドを入力するのが面倒だからと、オートモードにしているとひどい目に合う。


「ザコ相手でもなんの対策もしてないとやばいわよ」

「……そうみたいだな」

 うかつに攻撃するとターンが強制終了する上に、相手にこちらの弱点を突かれるとアクションが増えてボコボコにされる。

 しかも妖怪は群れをなしており、同じ種族が数匹まとめて現れることが多い。

 つまり一匹に弱点を突かれると残りの数匹にも弱点を突かれる可能性が高いということだ。

 逆にいえば一匹の弱点を突ければ、残りの妖怪の弱点も突けるということ。

 無対策ではザコにもやられてしまうが、対策を立てていれば驚くほど簡単に敵を倒せるようになる。

「ずっと俺のターン!」

 クリティカル連発でアクションを増やし続け、敵を一掃するのは爽快だ。

 面倒でもザコの弱点は把握しておいた方がいいだろう。

 難易度は高めだが面白いシステムだ。

 ……しかしいくら完成度の高い戦闘システムとはいえ、ザコ戦でも気を抜けないのはつらい。


「弱点を突くのも重要だけど、一番重要なのはなんといっても『交渉』よ!」


「交渉?」

「妖怪と交渉して仲間になってもらうの。パーティに敵と同じ種族の妖怪がいれば交渉して戦闘も回避できるのよ」

「倒して捕まえるんじゃないんだな」

「このゲームは私たちが生まれる前から会話システムを採用してるのよ。当時はモンスターを仲間にできるゲームそのものが少なかったのに、妖怪同士を合体させて新しい妖怪を作ることまでできたんだから!」

「へえ」


「……まあ、天使と悪魔を合体させたりするから、宗教的な問題で海外ではそのまま発売できないことも多いんだけど」


 斬新なゲームシステムだけに色んな問題が発生するらしい。

 とにかく初めて訪れる場所ならまず敵の弱点や技をチェックし、厄介な相手なら交渉して仲間にしておくのがコツのようだ。

 これで全滅する可能性はかなり低くなる。

 ただし、


『魔石をよこせ』『100円よこせ』『血を吸わせろ』『血を吸わせろ』『血を吸わせろ』etc


『気が乗らぬ。さらばだ人間よ』

「ちょっと待て!?」

 ……さんざん貢がされた挙句、あっさり振られてしまうことも多い。

 しかも、


『オレサマオマエマルカジリ』


「な!?」

 邪悪な妖怪が相手だと会話そのものが成立しない。

 それも厄介な妖怪に限って交渉が不可能な種族だったりする。

 ついでに月齢げつれいというシステムもあり、

「よし、仲間にいる妖怪だ。これなら交渉で……。って満月!?」

『オレサマオマエマルカジリ』

「うああ!?」


 満月だと血が騒ぐらしく、どの妖怪とも交渉できない。


 満月が近い場合、最悪の展開を予測して回復しておいた方がいいようだ。


 そして初めてのボス戦。

「……やっぱり死んだな」

 初見ではボスの弱点も、どんな攻撃をしてくるかもわからないので対策の立てようがなく、死ぬ確率が極めて高い。

 一度死んでからが本番なのだろう。


 いかにアクションを増やさないかが重要になる。


 特に全体攻撃。

 味方全体に攻撃された時、誰か一人でもクリティカルを食らうとボスのアクションが増える。

 二連続で全体攻撃をされたら致命的だ。

 ただ一人でも避わすとクリティカルを相殺できるので、回避専門のキャラを作っておくと楽になる。

 ボスの周りにザコがいたら戦略性はさらに増す。


「こっちはクリティカル率が高いから速攻で倒す、と……。ザコは放置してもよさそうだな」


 ボスは素早さが低いので攻撃する順番が最後。

 だから先に行動するザコの攻撃を避して、ボスのアクションを減らす。

 完璧だ。

「ぐああ、クリティカル!?」

 ……もちろんザコだからといって確実に攻撃を避わせるわけではなく、それなりのリスクはある。

 どう戦うかはプレイヤーのスタイル次第だろう。

 激闘を繰り返すこと30分。

「やっと倒した……」

 だが物語はまだまだ序盤。

 これからも苦戦を強いられるだろう。


ぐー


「……お腹すいた」

「そういやなんも食ってなかったな。適当につまめるもん作るか。なにがいい?」


「ニシンとカボチャのパイ!」


「魔女が宅急便してたパイだな」

「うん」

 パイシートをニシンの形にして焼くのが特徴的なパイだ。

 魔女を題材にした映画なのもハロウィンっぽくていい。

 そしてなにより印象的なのは、


「あたしこのパイ嫌いなのよね」


「お約束だな」

 魔女からおばあちゃんのパイを受け取った孫娘のセリフである。

 それもそのはず、

「う、ニシンの癖が強い」

「酢漬けニシンだからな。これでも本場のパイよりマシだぞ。ストックホルムではニシンを切らずにそのままパイにぶち込んでるからな」

「そのまま!?」


「ニシンの頭や尻尾がパイから飛び出してる光景はちょっとした地獄絵図だぞ」


「うえ……」

 映画のパイはだいぶナチュラルに表現されていたものの、孫がこのパイを嫌う気持ちはよくわかる。

 ただ酢漬けニシンが口に合えば、カボチャの甘味と混ざり合ってかなり美味い。

 個人的には好きな料理だ。

 インパクトが強いので、薄い飲み物では負けてしまう。

 できればキリマンジャロやマンデリンのような深煎りのコーヒーがいい。

「……どんどん敵が強くなっていくな」

 こうして普段味わう機会が少ない料理をつまみながら、ゲームを進めていく。


 ボスとの戦闘を避けたいのなら、妖怪を解釈して迷信にするしかない。


 探偵として聞き込みを行い、妖怪の正体を明らかにしていく。

「民俗学的な解釈面白いな」

「解釈されてないザコ妖怪も面白いのよね」

 瑞穂が攻略本をめくる。

「それ攻略本だろ」


「このシリーズの攻略本は解説が充実してるのよ。私も北欧神話とアーサー王伝説は攻略本で覚えたし」


 意外な勉強法だ。

 歴史はともかく、神話はテストに出ないのが玉に瑕だが。

「雪女は有名よね」

 人は寒さが極限に達すると逆に暑く感じてしまい、服を脱いでしまう。

 『矛盾脱衣』という現象だ。


 全裸の死体を見た人々は『こんな寒い場所で服を脱いで死んでいたのだから、よほど綺麗な女の妖怪にでも化かされたのだろう』と考えた。


 極寒の土地で服を脱いで凍死するという理解不能な状況に、雪女という名前を付けて納得したわけだ。

 夜道で歩いていると後ろをつけてくる(足音だけで姿は見えない)べとべとさんはストーカーだろうか?

 片目片足の妖怪ダイダラボッチはたたら製鉄に従事する者。

 製鉄の際に発生する火花で片目を失明し、たたらを踏む(製鉄に必要な空気を送るためふいごを踏む)ことで足を酷使するので片足なのだ。

 妖怪ではないが平家ガニも面白い。

 瀬戸内海には人の顔に似た甲羅を持つ人面ガニが多く生息している。


 一般には平家の怨念が宿ったのだと伝えられているが、有名な科学者によれば普通の蟹は食べられてしまうが人の顔に似ている蟹は不気味なので海に戻される。


 こうして人の顔に似た蟹が多くなったという。

 自然淘汰ならぬ『人為淘汰』である。

 つまり人が進化に介入したので平家ガニの『人面甲羅』という遺伝的特徴が定着したのだ。

 ……残念ながらこの説は現在では完全に否定されている。


 吸血鬼は『早すぎる埋葬』。


 昔は診療技術が未熟だったので、まだ死んでいないのに死んでいると診断してしまい、そのまま埋葬してしまうのである。

 そして埋葬された人間は棺の中で目覚め、墓の下から這い出すわけだ。

 妖怪化されるのも無理はない。

「カマイタチはなんだろうな」

 攻略本によるとカマイタチは3匹1組で行動する妖怪らしい。

 最初の1匹が転ばせ、2匹目が鎌で切り、3匹目が薬を塗る。


「そういや江戸時代は刀の切れ味を試す機会が少なかったから、辻斬りしてた侍がいたんだよな」


「侍なら転ばせて斬るまでは説明できるけど、薬を塗るは?」

「『鼻薬はなぐすりを嗅がせる』って言葉があるだろ」

「たしかワイロを贈ることよね?」

「ああ。つまり薬を塗る=金や権力で事件を握りつぶすってことかもな」

 最初の1人が見張りやお膳立てをし、2人目が斬り、3人目が事後処理。

 完璧な役割分担だ。 

 ……まあ、俺がいま適当に考えた説なので、突っ込みどころ満載だろうが。

 ともかくストーリーを進め、あらゆる妖怪を科学的に解釈していくと、日本から妖怪がいなくなった。

 それから数年後。


 円了は新聞記者の標的にされ、ゴシップにまみれてしまう。


 彼の内に秘めたる想いに光が当てられ、他人には理解できない彼の心は低俗な言葉に置き換えられる。

 現代の妖怪と化した円了はすべてを失ってしまった。

 壊れた街灯の下、東京に生じたわずかな闇へ円了が呼びかける。


 これまで戦ってきた妖怪たちの名を。


 円了が名前を呼ぶたびに闇が震え、赤い光がぽつぽつと宙に浮かぶ。

 その赤い光は円了の影からも浮かび上がる。


 消えたと思っていた妖怪たちは、いつでもそこにいたのだ。


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