野球ゲームセット【ハニーケーキとローズヒップ】
参考ゲーム
くまのプーさんのホームランダービー
スーパーウルトラベースボール
「ホームランダービーの季節ね」
「なんでだよ」
「毎年恒例のイベントなの」
どういうイベントなのか意味不明ではあるが、擬人化したクマさんの野球ゲームを立ち上げた。
「10球中3発みたいにホームランのノルマが決められてて、ノルマをこなせば勝ちよ」
「ヒットじゃだめなのか」
「ヒットなんてホームランの打ちそこないじゃない」
「……お前はどこのホームランバッターだ」
三振かホームランしかない野球ゲーム脳。
かなりの重症だ。
「まあ、打つだけなら何とかなりそうだな」
「甘く見てるとひどい目に合うわよ」
「……そんなに難しいのか?」
「最初は簡単よ」
おそるおそるプレイしてみる。
最初は10球中3発とノルマもゆるく、相手もストレートしか投げてこないので楽勝……というわけにもいかなかった。
「さっきよりスイングスピード速いな」
「全球ホームラン狙いだもの」
コンボゲームよりスイングが速く、タイミングを合わせづらい。
慣れるまでちょっと苦労する。
2人目は変則モーションでストレートの球速も増したものの、それほど難しくはない。
3人目もまだ普通の野球ゲームだった。
問題は4人目。
25球中12発ホームランにしなければいけない上に、
ぐねぐね
「うわあ!?」
ボールが上下に変化する。
ボールが下に落ちたと思えば浮き上がり、また落ちて浮き上がる『~』のような軌道だ。
しかも速球とスローボールをランダムに投げてくる。
ただでさえ打ちにくい魔球なのに、緩急をつけられるせいで上手くタイミングが合わせられない。
「打てるかこんなもん!」
「変化に惑わされすぎ。このゲームには高さの概念がないんだから、タイミングよくバットを振れば当たるのよ」
「……ボールが浮き上がってる時にバットを出しても空振りしないのか?」
「そうよ」
「なら楽勝だな」
今まではボールの軌道に合わせてキャラを動かしていた。
ボールが腰の高さぐらいになってから振らないとバットに当たらないと思っていたからだ。
だがボールの高さに関係なく、タイミングさえ合わせれば打てるのなら話は違う。
ボールの変化は無視し、コースとスピードだけに集中してバットを出す。
カキン!
「よし、ノルマクリア!」
「まだまだここからよ」
5人目のノルマはとうとう2分の1。
30球中15発だ。
サイドスローでストレートを投げ込んでくる。
それもただのストレートではない。
球速が極端に遅く、
ギュン!
「な!?」
バッターの手前で加速する魔球だ。
スローボールからの急加速でタイミングが取れない。
……かと思いきや、
「ん、これ加速する前にバットをボールの軌道に合わせておけば楽勝じゃないか?」
「正解」
このゲームではミートカーソル(バットのリーチと芯)が表示されており、それをボールに合わせてスイングする。
さしもの加速する魔球も、ボールがスローな間にバットの芯を軌道に合わせておけば簡単に打つことができた。
「ここからが本当の地獄よ」
6人目のノルマは35球中19発。
どんどんノルマがきつくなっていく。
そして魔球もパワーアップした。
ぐねぐね
「今度は横か!?」
4人目とよく似た魔球だ。
ただ4人目の魔球が上下に変化したのに対し、これは左右に変化する。
しかも4人目の変化よりキレがある。
波のような緩やかなカーブではなく、稲妻のようにジグザグに曲がる。
高さを無視できた4人目と違って、左右のボールの変化にバットを合わせなければならない。
『ノルマ失敗!』
『ノルマ失敗!』
『ノルマ失敗!』
『ノルマ失敗!』
「ぐ!」
ノルマは厳しくなったものの、数字が大きくなっただけにペース配分もやりやすい。
35球中19発なので、理想は最初の5球で4発。
あとは2分の1で、10球中5発を3回でクリアだ。
ノルマをこなせないと後半どんどんきつくなる。
逆に最初の15球で10発以上打てれば楽だ。
25球までに14発打てないと厳しい。
ノルマがきついほど後半プレッシャーでミスる。
しかしノルマが甘いなら甘いで油断してミスるのもお約束。
序盤にノルマをこなすものの徐々に失速。
序盤にノルマをこなせなくて中盤から追い上げるものの一歩及ばず。
序盤にノルマをこなし、中盤に失速、後半に怒涛の追い上げ。
35球の中にさまざまなドラマが起こって面白い。
『ノルマ失敗!』
……まあ、どれも結果は同じなのだが。
「集中力が切れてきたな、一服するか。なにがいい?」
「再開しよう」
一服して脳が冴えわたったのか、
『ノルマ達成!』
2度目の挑戦であっさり6人目を突破した。
やはり度重なる激闘で集中力が落ちていたらしい。
右に左に変化するものの、変化する軌道の真ん中を振れば意外に打てる。
落ち着いてプレイすればわりと簡単だ。
そして7人目。
「一応これがラスボスよ」
ノルマは40球中28。
10球中7、20球中14、30球中21が目安だ。
ノルマが厳しいのは当然として、問題は投げてくる魔球。
「こい!」
ゆったりしたサイドスローから放たれる、そこそこ速いストレート。
そして、
ふっ
「消えた!?」
バッターの手前でボールが消えた。
消える魔球だ。
タイミングがまったくつかめない。
なす術もなく空振りしてしまう。
当たったとしてもタイミングが早いか、振り遅れてホームランにならない。
ただ6人目ほどクセの強い魔球ではない。
突き詰めれば『消えるだけの球』だ。
タイミングさえ合わせれば打てる。
カキン!
一度タイミングが合えば面白いように打てた。
もっとも、
スカッ
「あ」
タイミング命なだけに、一度タイミングが狂うと立てなおすのが難しい。
くるくる扇風機のように空振りする。
40球という長丁場で連続空振りは痛い。
それでもきついのはノルマだけ。
集中力の勝負だ。
挑戦すること5回、
カキン!
カキン!
カキン!
カキン!
カキン!
「おおう!?」
自分でも驚く勢いでホームラン量産。
『ノルマ達成!』
「よっしゃー!」
30発越えでラスボスを突破した。
『スペシャル』
「ん?」
「スペシャルステージよ」
「……さっきのがラスボスじゃなかったのか?」
「ミニゲーム的にはさっきのがラスボスよ。スペシャルステージクリアしてもなにもないし。まあ、ミニゲームをクリアしたプレイヤーへのおまけみたいなもんね」
「おまけか」
それなら簡単そうだと気楽に挑む。
それが甘かった。
ギュン!
ぐねぐね
ふっ
「はあ!?」
裏ボスはこれまで登場した魔球をすべて使ってきた。
しかも本家よりキレがいい。
緩急自在な上にノルマは50球中40発。
「……これ、クリアさせる気ないだろ」
「あくまでミニゲームのスペシャルステージだし、クリアさせる必要がないんだもの」
圧倒的な難易度に絶望しながら挑戦すること30数回。
『ノルマ失敗!』
「ぐはっ!?」
38発で力尽きた。
人によってはあと2発でクリアできるだろうというかもしれない。
だがその2発が遠いのだ。
むしろ50球中38発ホームランを打たれても負けを認めない相手の精神力に感服する。
どれだけ負けず嫌いなんだ、こいつ。
「慣れてきたみたいだし、そろそろ対戦してみる?」
「……勝てる気がしないんだが」
「相手より1点でも多く取れば勝ちなんだから、ノルマ的には対戦の方が楽でしょ。それにあんただって魔球投げられるんだし」
「たしかに」
少なくとも50球中40発ホームランを打たないと勝てないなんて展開にはならないだろう。
お互いに魔球を投げられるのならワンサイドゲームにはならないはず。
「やっぱりクマといえばハチミツよね」
「ワッフルかパンケーキ、少し変わったところだとハニーケーキだな」
「ミルフィーユみたいなレイヤー系のケーキだっけ?」
「ああ」
ハチミツを練りこんだビスケット生地でサワークリーム、あるいはヨーグルトと生クリームを混ぜたものを挟むケーキだ。
「ローズヒップやハイビスカスみたいな酸味のあるハーブティーがいいな」
「おしゃれ」
ハチミツでほのかに甘いビスケット生地に、酸味があってさわやかなクリームとハーブティー。
ロシア系のスイーツでは一番好きかもしれない。
「さて……」
ホームランダービーから対戦に変更する。
まともな野球になればいいが……。
これまでの経験からそうはならないことを知っている。
「ZaWarudo!」
ピタッ
「ボールが止まった!?」
「そして時は動き出す」
「ぐ!?」
静止していたボールが急加速してストライクゾーンを通過する。
案の定、魔球の種類が増えていた。
「影分身!」
ボールが分身したり、なぜかピッチャーが分身するのも当たり前。
ホームランダービーを経験していたので魔球ではそれほど驚かなかったものの、問題はバッターだ。
ぐねぐね
「曲がった!?」
バッターの打った打球が真っ直ぐ飛んでこない。
ライナーが『~』のようにぐねぐね曲がったり、バウンドすると逆方向にイレギュラーしたりする。
高く上がったフライを捕るのも難しい。
野球ゲームでは高く上がったフライを捕る場合、地面に落ちる影によってボールの位置を把握し、それを追いかけてキャッチする。
だがこのゲームではボールの影が消えたり、増えたりするのだ。
しかも、
『もりさきくん、ふっとばされたー!』
「な!?」
ライナーを捕ろうとしたら打球が内野手の腹にめりこみ、外野フェンスまで吹っ飛ばされた。
ひどいものになると打球がバウンドした瞬間に爆発する(でも捕ることはできる。一定時間動けなくなるので送球は出来ないが)。
打球の衝撃で地震が起こり、野手が動けなくなることもあった。
『33-4』
ボロボロだ。
「……これが逆境か」
「そろそろ諦めたら?」
「ま、まだだ! 野球は9回ツーアウトから! 残り5回、15アウトの余裕がある。ホームランダービーのノルマに比べたらはるかにマシだ!」
「いや、このまま5回終ったら私のコールド勝ちだから」
「……」
残り1回、3アウト。
10点差でコールドになるのだから、コールド負けを防ぐには22球中20発。
11球で10発がノルマだ。
「の、望むところだ!」
「じゃあ全球消える魔球にしてあげる。なん本打てるかしら?」
「うああ!?」
常に同じ球を同じタイミングで投げてくる。
野球ゲームでこれほどありがたいことはないものの、同時にこれほど残酷なこともない。
追いつける可能性はほとんどないのに、打ててしまうから半端に希望が湧いてくる。
無難にヒットで繋いでいった。
『アウト!』
「ぐ」
だがそれは自殺行為だった。
ランナーが塁に出れば守備位置が変わる。
守備位置が変わればヒットコースも変わる。
ヒットコースを変えるにはバッティングを変えなければならない。
バッティングを変えたらミスする可能性が増える。
同じ球を同じタイミングで投げてくるのなら、全球同じスイングでホームランを狙いにいくべきだった。
「ノルマ失敗!」
判断ミスに気付いた頃には時すでに遅し。




