歴史シミュレーションセット【粽と政所茶】
戦国シミュレーション回を分割して再構成した話です。
参考ゲーム
信長の野望
「日本史の攻略本ある?」
「教科書読め」
「細かいことは何も書いてないでしょ!」
どうやらまた歴史シミュレーションゲーム『ノブナガ・ビー・アンビシャス』をプレイしているらしい。
「史実通りに行動すれば敵の行動を読んだり、行動を制限したりできるのよ」
「なるほど。史実プレイだと他の武将も史実に沿った行動をするようになるわけか」
完全に史実と同じ展開になるわけではないが、少なくとも教科書に載っているレベルではほぼ同じ展開になるらしい。
「あ、間違えた」
……だがこいつが史実をすべて把握しているわけもなく、途中で呆気なくif展開に突入した。
いわゆる『架空戦記』。
歴史のif、すなわち『もしも』を追求したシナリオだ。
有名なのは『関ヶ原の戦いで小早川秀秋が裏切らなかったら』『ミッドウェー海戦で日本が勝っていたら』などだろう。
一時は大量の架空戦記が出版されていたのに、現在ではすっかり下火になってしまった。
このゲームでは架空戦記でありがちなif展開になるとイベントが発生するようになっているらしく、それが結構面白い。
わかりやすいのが『桶狭間の戦い』だ。
信長が奇襲によって今川義元を討ち取った戦いだが、この戦いで信長が負けると今川義元が将軍になって『今川幕府』を樹立する。
『御所(足利幕府)が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐ』
今川家は由緒正しい源氏の家系なのだ。
ちなみに吉良は忠臣蔵で有名な吉良上野介の家系である。
他にも急死した武田信玄と上杉謙信を長生きさせれば『第6次・川中島の戦い』が起こった。
問題があるとすれば、
「強くなりすぎでしょ!」
ifシナリオに従ってゲームが進むので、主役級の武将がどんどん強くなっていく。
慣れないうちはif展開は避けたほうがいいだろう。
「途中までは史実と同じ展開で、最後にラスボス倒して歴史変えるみたいな展開が理想ね」
「でも信長だとラスボスが格下の光秀になるぞ」
「じゃあ光秀でプレイすればいいじゃない」
『敵は本能寺にあり!』
キャラを光秀に変えて順調に史実を進め、謀反を起こし、本能寺が炎上。
→本能寺へ突入する
部下に任せる
選択肢が出てきた。
「一応突撃したほうがいいのかしら」
炎上する本能寺へ突入し、
『是非に及ばず』
直接信長を倒した。
すると、
『帰蝶殿!』
帰蝶こと濃姫を捕らえる。
濃姫は信長の正妻だ。
資料が乏しく、本能寺後も生きていたのかさえわからない人物である。
本能寺前に死んでいたという説もあるという。
濃姫と光秀はいとこ同士であり、このゲームでは信長へ嫁ぐ前に逢引していた設定らしい。
光秀が再会を喜んでいると、
「は?」
濃姫に短刀で刺されてしまう。
「え、なにこれっ!?」
意表を突かれる展開だ。
「……濃姫の有名なエピソードを引用したネタだな。『信長が噂どおりの馬鹿なら刺せ』ってやつだ」
「そういえばそんなイベントあったわね」
濃姫が信長に嫁ぐ際、父親の斉藤道三から短刀を渡される逸話だ。
短刀を受け取った濃姫は『わかりました。しかしこの刀は父上を刺す刀になるやもしれません』と応える。
その短刀で恋仲だった光秀を刺すというのがえぐい。
光秀は短刀を奪い取り、濃姫を刺し殺す。
『……私は何のために謀反を起こしたのだ?』
「どう見てもバッドエンドなのに、ゲームそのものは続くのか」
「……攻略サイトによると、部下に任せないと生存ルートに行けないみたいね」
「ひねくれすぎだろ!」
どうやら本能寺に突入する場合は信長と濃姫を直接殺すので死亡が確定するらしい。
だが部下に任せる場合は炎上する本能寺の中に入らないので死亡が確定しない(焼け跡から信長と濃姫の遺体が見つからない)そうだ。
本能寺には南蛮寺へ通ずる隠し通路があるという説がある。
二人とも隠し通路で脱出するということだろう。
「助からないものは仕方ないわ。ここからが本番よ!」
秀吉を倒して歴史を変えるために本腰を入れる。
信長を殺したので今まで味方だった織田勢はすべて敵になった。
急いで味方を集めなければならない。
「最重要なのが姻戚関係にある細川と筒井だな。史実だとどちらも手を貸してくれなかった」
「光秀が直接交渉しないと落とすのは無理そうね」
「秀吉が来るまで時間がないから直接交渉できるのは一人だけ、か。史実で考えるなら出家して戦いに参加しなかった細川は安全だ」
筒井は山崎の戦いで秀吉が天王山を奪取したとみるや、あっさり光秀を見捨てて背後を突いている。
「あ、島左近もいる」
筒井の傘下には、関ケ原の戦いで西軍の総大将である石田三成の軍師として活躍した島左近がいた。
武将としての能力値も高いので、ここは筒井順慶一択だろう。
「粽でも食うか」
「なんでいきなり粽なの?」
「細川と筒井に援軍を断られた後に粽を食べる有名なエピソードがあるんだよ」
吉川英治の『新書太閤記』いわく、
剥ぎ取った粽の笹が、まだ少しこびりついていたとみえて、光秀は横を向いて舌のさきからベッと吐き捨てた。
「――あかんぜ、あの御大将は。きっとあきまへんぜ」
帰り途。口さがない京童の性を持っている代表たちは、口々に語り合って行った。
「粽の皮はよう残るもんじゃ。それをよう見もせず口に入れるような大将ではあきまへんわい。戦いは明智方の負けでっしゃろ」
この手の『些細なことから破滅を予言する』エピソードはよくある。
北条氏政の『汁かけ飯』などが有名だろう。
お茶は『政所茶』。
石田三成の『三献茶』のエピソードで有名なお茶だ。
これも新書太閤記に出てくる。
待ちかねて秀吉の手は、すぐ両手にそれを持って、がぶがぶと一息に飲んだ。
大茶碗に七、八分のただのぬる湯であった。
(中略)
すぐ二服めを運んで来た。白湯は前よりもすこし熱加減で、量も半分ほどしかない。
(中略)
程経て、菓子を持って来た。
それからまた少し間をおいて、前の茶碗よりずっと小ぶりな白天目に緑いろの抹茶をたたえ、足の運びもゆるく、貴人にたいする作法どおり、物静かに秀吉のまえに置いた。
「これで渇も医えた。うまかったぞ」
喉が渇いている最初の一杯はがぶがぶ飲めるようにぬるいお茶をなみなみと注ぎ、二杯目はお茶の味や香りを楽しめるように温度は高くして量を減らし、三杯目ではさらに凝縮して薄茶を立てる。
秀吉は子供らしからぬ心遣いに感心して、石田三成を侍従に加えたという。
歴史好きなら一度は体験してみたいお茶の飲み方だ。
「あとは書状ね」
書状を出せば各地の大名に救援を求められる。
信長に追放された佐久間・林・磯野といった武将なら手を貸してくれるかもしれない。
光秀の娘婿・津田信澄は、本能寺の変に加担していたのではないかと疑われて丹羽長秀と織田信孝に殺されている。
現在、丹羽と信孝らは四国の覇者・長宗我部元親を征伐するために大阪で軍を編成していた。
もともと四国は光秀が外交を担当しており、信長の方針転換で四国を征伐することになったので、信長を殺した今なら手を貸してくれる可能性は高い。
「長宗我部は四国だから時間がかかる。津田信澄は大阪だからすぐそこだ。しかも大阪には家康もいるしな」
「なんで家康こんなところにいるの」
「本能寺の変が起こった時、家康は堺を見物してたんだよ。信長と同じで完全に無防備だ。今なら戦わずに捕まえられる」
家康に付き従っていたのはわずか34名、ほとんどが三河の重鎮たちである。
ここで襲われたら徳川家が滅亡するレベルなので、家康は必死に伊賀を越えて三河に戻った。
いわゆる家康の三大危機の1つ『神君伊賀越え』である。
「さすがに津田信澄一人で丹羽長秀と織田信孝から逃げつつ、家康を確保するのは無理ね」
「山崎の戦いの前哨戦か」
武将を派遣し、津田信澄と協力して丹羽・信孝を迎撃する。
「あ、死んだ」
「……まあ、織田四天王の一人だからな」
やはり丹羽長秀は強い。
あっさり津田信澄がやられ、結局家康にも逃げられてしまった。
光秀なら勝てたのだろうが、それだと筒井を諦めなければならないし、山崎の戦いの前に深手を負ってしまう可能性がある。
津田が死ぬのは史実通りなのだから、現状はこれでもベターだろう。
「毛利への書状も効果はなかったみたいね」
「そうだな」
秀吉は岡山で毛利と戦ってる。
史実では本能寺で信長が死んだことを隠して毛利と和睦し、常識では考えられないスピードで軍を返して光秀を討った。
本能寺の変が6月2日、山崎の戦いで光秀を倒すのが13日だ。
大軍を率いて岡山から京都へ電撃的に帰還し、あっという間に光秀を倒したのだからすごい。
この神速の用兵を『中国大返し』と呼ぶ。
秀吉との和睦後、すぐに毛利方は本能寺の一件を知り、秀吉を追撃するべきだと主張した。
しかし小早川隆景が『和睦状の墨も乾かぬ内に約束を破棄することは出来ない』と制止したという。
ここで歴史を変えられなかったのは痛い。
秀吉の戦力を削ることはおろか、中国大返しを遅らせて時間を稼ぐこともできなかった。
秀吉との決戦が始まる。
「ここが天王山!」
山崎の戦いはかつて『天王山の戦い』と呼ばれていた。
天王山は山崎の戦いの行方を左右する戦略の要衝である。
ここを取った者が勝つ。
菊池寛の歴史エッセイ『山崎合戦』いわく、
『山崎で戦うとすれば、大切な要地は天王山である。光秀が之を取れば、随時に秀吉の左翼から、拳下に弓鉄砲を打ち放して切ってかかることが出来るし、秀吉が之を取れば逆に光秀軍の右翼を脅威することが出来るのである。所謂兵家の争地である』
史実では秀吉が天王山を奪って光秀を撃破、天下統一を果たした。
『天王山に桔梗の花を咲かせよ!』
桔梗紋は光秀の旗印。
天王山をめぐって丹羽長秀やキリシタン大名の高山右近らと激突する。
「今回は負けないわよ!」
さっきは丹羽長秀に煮え湯を飲まされたが、津田信澄の奮戦のおかげで丹羽の軍勢もそこそこの深手を負っている。
家康は確保できなかったものの、無駄な戦いではなかった。
しかもこちらには筒井(と島左近)もいる。
織田家に恨みを持つ佐久間・林・磯野といった武将らも参戦した。
さすがに長宗我部の救援は間に合わないにしても、戦力はほとんど互角。
なら人の手で動かすこちらのほうが強い。
「奪ったどー!」
丹羽と高山右近を蹴散らして天王山を奪取。
地形効果を得てそのまま秀吉の軍勢も一蹴した。
「感動のエンディングね」
「ここで終わればな」
「え」
「まだ織田四天王の滝川一益と柴田勝家が残ってるだろ」
「ぎゃー!?」
秀吉がラスボスだと思いがちだが、実は本能寺の時点での織田家の最大勢力は柴田勝家である。
現に史実では山崎の戦いの後に秀吉は勝家を倒して織田家の実権を握っていた。
秀吉との激戦で疲弊しているところに勝家と滝川一益、そして捕らえ損ねた徳川家康が襲い掛かってくる。
……結局光秀の三日天下の歴史を変えることはできなかった。




