戦車ゲームセット【3種のチーズピザとダージリン】
参考ゲーム
パンツァーフロント
ワールドオブタンクス
「戦車前進!」
瑞穂が叫びながら戦車で突撃する。
『パンツァーフロントミッション』とかいう戦車ゲームらしい。
最初から全てのステージを選べる変わった仕様だ。
現実の歴史はゲームとは違う。
年表通りに進めると、どうしてもステージの難易度がばらついてしまうのだ。
なのでプレイヤーが選ぶ方式になっているのである。
最初に選択したのは戦車の基本操作を確かめるトレーニングステージ。
3Dで無駄にリアリティがあり、ボタンを押すと戦車がもっさり進む。
しばらく走っていると敵戦車を発見した。
「見敵必殺!」
即座に撃破しようと砲塔を回転させ……
ドカーン
……る前に撃たれた。
GAME OVER
「は?」
秒殺。
「え、なにこれ。HPとか装甲ゲージとかないの?」
説明書をパラパラとめくってみる。
「ないみたいだな。装甲の薄い場所に一発もらったらゲームオーバーだ」
「逆にいえば、装甲の厚い場所に何発もらっても壊れないってこと?」
「そうなるな。ただそれは『ルーキーモード』の仕様で、難易度の高い『ベテランモード』にすると被弾したら一定確率で故障するらしい」
「……リアル志向なのね。戦車の装甲ってどこが一番厚いんだっけ?」
「正面からの撃ち合いを想定してるから正面装甲が一番厚い。側面は正面に比べて薄くて、背面はもっともろい。航空機の対地攻撃でもなければ真上から攻撃を食らうことも少ないから、意外と上部も弱いぞ」
「弱点だらけじゃない!」
「『鉄の棺桶』だからな。ちなみに最大の弱点は腹、つまり戦車の底だ」
たまたま真上から攻撃が当たることはあっても、下から攻撃されることはまずない。
だから戦車の底は最も装甲が薄い。
対戦車地雷を踏んだら即死だ。
「じゃあ気を取り直して、ぱんつぁーふぉー!」
ドカーン
「……正面装甲抜かれたんだけど」
「そういう時は『昼飯の角度』だ」
「ランチ?」
「敵から見て、戦車を11時か1時の方角に傾けるんだよ。だから昼飯だ。角度があるから被弾しても衝撃が流される。それと傾けることによって装甲も厚くなるしな」
「? なんで傾けたら装甲が厚くなるの?」
「正方形で考えてみろ。1辺が10センチの正方形の対角線は約14センチ。これを戦車の装甲と考えると、相手と正対していたら装甲は10センチ。横に傾けたら対角線の14センチになるだろ?」
「なるほど!」
「カタログスペックを読めばこの重要性がよくわかる。24口径7.5センチ砲に最大装甲厚35ミリ。ミリ単位だ。実戦では数ミリの厚さの違いで、砲弾に装甲を抜かれるか否かが決まる」
「へー。とにかくランチの角度にすればいいのね」
戦車を傾ける。
ドカーン
「……じー」
「……相手に近づきすぎたか、そもそも敵の火力がこっちの装甲を上回ってるんだな」
ドカーン
ドカーン
「あー!?」
キレた。
「コントローラー投げんな」
「投げたくなるわよ、なにこのクソゲー!」
「お前が買ってきたんだろ」
「ネットのレビューでは名作扱いされてたのよ!」
「レビューを鵜呑みにするお前が悪い」
「うう……」
レビューは買う参考ではなく、買わない参考にするものだ。
あくまで個人的な意見だが。
「戦車ゲームはやったことないんだな」
「戦闘機のフライトシミュレーションならともかく、本格的な戦車ゲームなんてこれと『アースオブタンクス』ぐらいしかないんだもの。メテオフォックスに戦車ステージ出てくるけど、あれとは感覚が全然違うし」
第二次大戦の日本戦車は活躍したとはいえないので、戦車ゲームの需要も少ないだろう。
「……難易度高すぎ。こんなの撃っても当たらないでしょ」
「戦車にはロックオンも自動追尾もないからな。むやみに『行進間射撃』するな」
「こうしんかん?」
「走りながら撃つことだよ。走行中の振動でどうしても照準がズレるだろ」
このゲームはTPS、いわゆる第三者視点だ。
戦車を後ろから眺める視点で、戦車は常に画面の中央に表示されている。
だが主砲を撃つ時は砲手視点のFPS、つまり主観視点にしなければならない。
戦車の中から相手を見る視点になり、走行中にFPSモードになると照準がぐらぐら揺れる。
TPSモードで走っている時は戦車の揺れは気にならないものの、FPSモードでは致命的。
また戦場に道はあっても舗装された道路は少ない。
ちょっとした起伏で照準がずれるため、走りながら命中させるのは至難の業だ。
「どうしても行進間射撃したいなら牽制か、敵が正面にいる時、敵が多くて的が大きい時、動かない標的を撃つ時だ」
「さー、いえっさー」
「戦車の基本は停止射撃。停まって撃つ。理想は『躍進射』だ。走りながら敵に照準を定め、停車した瞬間に微調整して撃つ」
「こう?」
停車して主砲発射。
「あ」
外した。
敵の砲塔がゆっくりとこちらを向く。
「撃ったらすぐ走れ!」
「ら、ラジャー!」
撃ったら走る。
それまでが躍進射だ。
停まったままだと相手に反撃をされるし、砲弾を再装填するのに時間がかかる。
「戦車戦は将棋だ」
一発撃ったら再装填。
その間に相手が撃つ。
そして相手が装填する間にこちらが撃つ。
お互いが一手ずつ指し、先に攻撃する先手が有利。
カンッ
「やった、弾いた!」
被弾したものの昼飯の角度でしのいだ。
こうなったらこっちのものだ。
「再装填まで時間の余裕がある。焦らずに撃て」
「ファイア!」
ドカーン
徹甲弾が敵戦車を貫いた。
戦車が煙を上げて止まる。
B級映画のように爆発したりはしない。
「……ようやく一両撃破ね」
「だから停まるな。撃たない時は物陰に隠れるか、常に動き回れ」
「らじゃー」
「物陰に隠れながら撃つ場合は砲塔だけを出せ。地面のくぼみや斜面でも同じだ」
━←砲塔
 ̄\□←車体
丘 \
※傾斜やくぼみで車体を隠しながら撃つ
「敵発見。なにあれ、大砲?」
「対戦車砲だな」
「ファイエル! ……って、外れた!?」
「バカ、榴弾を撃て!」
「こ、これ?」
敵がこちらを見つけていないのが不幸中の幸い。
なんとか榴弾を装填し、対戦車砲を破壊した。
「周りにいた歩兵ごと吹き飛んだわね」
「榴弾は貫通力はないが有効範囲が広い。歩兵や対戦車砲は戦車より的が小さいから、有効範囲の狭い徹甲弾は当たりにくいんだよ」
「へー」
『砂漠の狐』と呼ばれたロンメル将軍いわく『マチルダは歩兵戦車なのに、榴弾を撃たないのはなぜなのか。実に興味深い』。
敵の戦車から歩兵を守るための戦車とはいえ、榴弾を撃たない(そもそもマチルダの主砲で撃てる榴弾がない)のは『戦場の女王』らしからぬ欠陥である。
弾の切り替えはそれだけ重要なことなのだ。
「戦車には徹甲弾、歩兵や対戦車砲には榴弾を撃て」
「いえすゆあはいねす」
基本を身に付けて敵戦車を撃破できるようになってきた。
単独行動は自殺行為。
味方と歩調を合わせて進んだ方がいい。
……ただ味方の戦車や歩兵、対戦車砲を操作するにはメニュー画面を開かねばならず、かなり面倒くさい。
待ち伏せも重要だ。
敵戦車の殲滅が任務だとしても、こちらから攻めるのは危険すぎる。
相手にこちらの位置を伝達されるので、敵歩兵を見つけたら榴弾か機関銃で確実に始末した方がいい。
逆に味方の歩兵を守れば相手の戦車を見つけてくれる。
細かいが重要なテクニックだ。
カンッ
「きー!」
だが基本を押さえていても超絶難易度に違いはない。
少しでもずれると、ことごとく弾が弾かれる。
「……視点の違いが厄介ね」
「だな」
生垣に隠れるとこちらも視界が効かない。
視点を操作することで障害物の向こうにいる敵も見えるものの、射撃モードのFPS視点では見えない。
敵戦車が見えないのでボカージュ越しの射撃では装甲の薄い部分に当てられないのだ。
「ベテランモードにした方がいいのかもな。装甲を抜けなくても、当てさえすれば一定確率で故障させられる」
「こっちも被弾したら故障するじゃない」
「カメラを動かせば相手が見える分、プレイヤーの方が有利だろ」
「それはそうだけど……」
先に発見して先に撃つ。
戦車でも戦闘機でもそれが必勝法だ。
ただし市街地や障害物の多い戦場に限る。
見通しのいい戦場でのベテランモードは地獄だ。
攻撃力の低い軽戦車や、装甲を貫通する力のない(そのくせ有効範囲は広い)榴弾にも故障させられてしまう。
「ベテランモードだと履帯を破壊できるのがいいわね」
ルーキーモードでも撃破された戦車は障害物になり、交通の妨げになっていたが……。
ベテランモードでは戦車の履帯を故障させて走行不能にし、敵の進路を塞いで足止めをすることも可能。
ただし
ドカーン
「……」
「足を殺しても射撃能力は生きてるからな」
「うう……」
反撃されないように注意するべし。
「3種のチーズピザが食べたい。お茶はダージリンね」
「あいよ」
戦車アニメのネタだ。
といっても実物が出てきたわけではなく『3種のチーズピザ作戦』という作戦名である。
ダージリンもキャラの名前だ。
「俺もピザにするか」
残り物のアンチョビやペパロニを適当にトッピング。
なかなか豪華なピザになった。
「……おいしそう」
「なら半分ずつにするか」
「いえー!」
ピザを種類別に半分に分け、アンチョビとペパロニを3種のチーズと交換する。
お茶はダージリン。
クセの強いチーズならラプサンスーチョンほうが合うような気がするのだが、本人の希望なのだから仕方ない。
「じゃあPVPといこうか」
「ぱんつぁーふぉー!」
俺も基本操作は覚えたので対人戦を開始する。
瑞穂はピザとダージリンをむさぼりながらガンガン前進してきた。
ここまで猛スピードで突進されると対応が難しい。
「なら正面から粉砕するまでだ」
丘の上に陣取る。
「望むところよ!」
かまわずに突っ込んできた。
丘は要塞化されているわけではない。
高地にいるからといって、そこまでアドバンテージがあるようには見えないのだろうが……、
「ボディががら空きだぞ」
「ぎゃー!?」
こちらの主砲が面白いように重戦車を貫通していく。
一方、瑞穂はまともに撃つこともできない。
なぜなら『斜面を駆け上がった瞬間は戦車の主砲が空を向いている』上に、腹がむき出しになるからだ。
つまり『相手から弱点が丸見えなのに、主砲は空を向いているので反撃することもできない』のである。
丘の上に出る時は一旦斜面で停止して、丘に敵がいないか確認するのがセオリー。
敵がいるのなら、なおさら正面から突っ込んではいけない。
何の変哲もない丘でも、対応を間違えれば即死する。
それが戦車戦だ。
「ダイレクトアタック!」
しかし戦車の数は向こうが上。
さすがにすべての戦車を無力化するのは不可能だ。
戦車が入り乱れる接近戦になり、大胆に体当たりまでしてきた。
衝撃で故障させるつもりだろう。
自分も故障してしまうリスクはあるものの、どうせ至近距離で撃たれたら即死する。
故障で済むなら安いという判断だろう。
出鼻をくじくのは成功したが、このままでは物量に押し潰される。
「ちっ、一時撤退だ!」
やむなく丘から撤退する。
「勝ったな、ガハハ!」
調子に乗って追撃してきた。
逃げるよりも追うほうが速い。
普通ならこのまま押し潰せるのだろうが、
「……あれ、止まった?」
戦場はそれほど甘くない。
「燃料切れだ」
「ええ!?」
反転攻勢。
形勢逆転。
追撃に夢中で補給を忘れた戦車たちは次々と燃料切れで棒立ちになり、あっという間に包囲網が完成した。
「な、なんで?」
「さっき言っただろ。戦車戦は将棋、いや、この場合はチェスだな」
いわゆる『バックハンドブロー』。
チェス好きの名将マンシュタインがソ連相手に決めた『後手からの一撃』だ。




