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古将棋セット【ルバーブのパイとアメリカンコーヒー】

「今日は『反射角』を指そう」


「光の屈折?」

「……は関係ない。こうやって角が盤面の端っこに当たると跳ね返るゲームだ」



  ●

 ● ●

●   ●

 ●   ● ●

  角   ●



「エアホッケーみたいに『くの字』に曲がるんですね」

「はい」

「面白そう!」

 瑞穂と先生が駒を並べた。

 先生は素直に角道を開けたものの、瑞穂は無視して守りを固める。

 反射角を堪能するなら角交換がベスト。

 しかし序盤から反射角を自陣に打ちこまれるのは怖いのだろう。

 油断すると思わぬ方向から玉を刺されるからだ。


 駒組みが進み、瑞穂がすっと端歩を突く。


挿絵(By みてみん)


 簡略図


 そして、

「やった!」

 端歩の筋から反射させ、5七で角が龍馬に成った。

 しかも次の一手で元の位置に戻れる形。

 歩を一枚得して角が成る。

 大戦果だ。

 さすがに初手で端歩を突くと狙いがバレるから、それをカモフラージュするために他の手を指していたらしい。

 だが、


「いただきます」


「え!?」

 瑞穂の馬は呆気なく反射角に取られた。

 先生はひそかに銀を一つ上げていたのだ。


挿絵(By みてみん)


 簡略図


 下から角を反射させて馬を取ったのである。

「反射角には3つの角道がある。普通の角道、端歩、そして下だ」

「ぐぬぬ」

 横から攻めることばかり考えていると、下から来ることに気付かない。

 まんまと角をゲットした先生は、敵陣へ反射角を打ちこんだ。

 2枚反射角はさすがにさばききれない。

「うう、参りました……」

 あっけなく投了。

 初めてとは思えない反射角のさばき方だった。

「強いのか弱いのかよくわかんない駒ね」

「反射できないとただの角ですしね」


「なら『天狗』を使おう」


「天狗?」

「古将棋の駒だ。一手で『角の動きを2回する』できる」

「獅子の角バージョン?」


「ちょっと違うな。相手の駒を取ったらそこで動きは止まってしまう」


「相手の駒を取らなければ、端にぶつからなくても曲がれる角ですか?」

「そうです」



 ●     ×←相手の駒を取るとそこで動きは止まる

● ●   ●

   ● ●

    天

   ● ●

  ●   ● ●

 ●     ●

  ●



「似たような駒だと『鉤行こうぎょう』があるな。これは飛車の動きを2回できる」

「……それもシャレにならないわね」

 うかつに玉の脇を開けると刺される。

 天狗より使いやすいので凶悪だ。


「さらにやばいのが『摩かつ(魚偏に曷)』だ。これは天狗と同じ動きができる上に、鉤行にも成れる」


「……さすが古将棋。次から次へとわけのわからない駒が出てきますね」

「でも実際に指してみないと、どれぐらい強いのかいまいちわからないのよね」

「じゃあ指してみよう」

 全員に天狗をくばり、角の代わりに天狗を置く。

「本番の前に一服しとくか。なにがいい?」


「ルバーブのパイ!」


「しぶいな」

 『あしながおじさん』や『インガルス一家物語』にも出てくるパイだ。

 あしながおじさんでは、


『昼食に羊肉マトンのシチューとルバーブのパイが出ました。2つとも嫌いです。孤児院のような味がするから』


 と酷評されている。

 孤児院では安物ばかり食べさせられていたのかもしれない。

 ちなみにルバーブの日本名は大黄だいおう


 下剤の代名詞である。


 落語の『地獄八景亡者戯』にも出てくる。

 人間が鬼に呑まれてしまうのだが、男は鬼の腹の中で暴れまわった。

 どれだけ鬼が強くても内臓は弱い。

 腹痛に耐えられなくなった鬼は閻魔大王に手を伸ばした。

『こうなったら閻魔さまを飲むしかありません』

『わしを飲んでなんとする』

『大王を飲めば腹も下りましょう』


 『大黄』と閻魔『大王』をかけたオチだ。


 大黄の知名度が下がったので、このオチも現代人には通じなくなってしまったが。

「パイならダージリンかコーヒーだな」

「じゃあダージリン!」

「アメリカンでお願いします」

「あいよ」

 ダージリンはセカンドフラッシュがいい。

 コーヒーは酸味のあるシナモン。

 シナモンスティックのような色をしているので、浅炒りの豆のことをシナモンと呼ぶ。

 アメリカンなら中炒りのミディアムの方が好みだが、パイなので浅炒りのアメリカンの方がいいだろう。


「あああ、ルバーブ酸っぱい!?」


「砂糖ぬきだからな」

「自分で調節するのも限度があるわよ!」

 これはインガルスのネタだ。


 新婚のローラが砂糖を入れ忘れてしまったので、パイに砂糖をかけて『自分で調節できるのがいい』とフォローされたエピソードである。


 何気にどの話に出てくるルバーブもひどい味だ。

 作中で美味しく食べるものより、失敗したとかまずかったというエピソードのほうがどうしても印象に残る。

 ネタ的にもそっちのほうがおいしい。

 ルバーブでまともなのは赤毛のアンぐらいだろう。

「さて……」

 一服したところで天狗だ。


「端にぶつからなくていいから、天狗1枚で右と左、両方向から王手をかけられるぞ」


「二重王手!?」

 反射角の場合、5一にいる玉へ二方向から王手をかけたいなら『5九反射角』しかない。

 だが天狗なら5三・5五・5七・5九から二重王手をかけられる。



   玉

  ● ●

 ●   ●

  ● ●

   天


 天狗なら左右両方から王手をかけられる



「ただ角と同じで、移動できないマスがある」

「あ、それ聞いたことある。移動できないマスに打つのを『筋違い角』っていうのよね?」

「ああ。その辺はチェスの方がわかりやすいな」

「どうしてですか?」

 チェス盤を取り出す。


挿絵(By みてみん)


 両陣営に白マスと黒マスのビショップがいる



「チェス盤は白と黒に色分けされてる。お互いに白マスと黒マスにビショップがいるわけだが。白のビショップは白マスだけ、黒のビショップは黒にしか移動できない。だからチェスの終盤、お互いに色違いのビショップが残ったら。相手のビショップを取れないから引き分けになる可能性が高くなる」

「将棋盤も色分けされてたら天狗も恐くないんですが」

「……将棋盤に漆でも塗るんですか? さすがにそれは無理じゃないかと」


 玉を『角筋(角の移動できる方向)』ならぬ『天狗筋』からずらす。


 こうしておけば天狗の利きを見逃して頓死とんしすることもないだろう。

「天狗が成ったらどうなるの?」

「天狗は成れない。たい将棋だと成れても金だ」

「は?」

「秦将棋は『相手の駒を取ると強制的に成る』ゲームだからな。うかつに駒を取ると不利になる」

「強い駒を温存して相手の駒を弱くするのが基本ですね」

「じゃあ天狗は秦将棋ルールにしましょ」

 弱体化することを考えると、天狗で玉と天狗以外の駒を取ると不利になる。


 いかに相手の天狗を攻めて(駒を取らざるを得ない状況を作って)金将に成らせるか。


 いかに相手の天狗を取って『筋違い天狗』を打つか。


 それが勝負の分かれ目だ。

「王手!」

 持ち駒を打って王手をかける。

 一見捨て駒のようだが、この駒には天狗の手が伸びている。

 うかつに玉でこの駒を取れば天狗にやられるわけだ。

「……予想以上に厄介ね」


 チェスでいうなら天狗は一手で白マス、あるいは黒マスの上ならどこにでも移動できる。


 邪魔さえなければ『一手で盤上のどこにでも移動できる』鉤行よりマシだが、盤上のどこからでも攻撃できることに変わりはない。

 相手の天狗を奪えば、白マスと黒マスを制覇できるのでほぼ勝負が決まる。

 それだけに対処が難しい。

「あー、もう!」

 王手をかけた駒を天狗で取った。

 これしか方法がないと悟ったのだろう。


 これで金将に成って弱体化した。


 金は守りの固い駒ではあるが、もはや勝負は決した。

 満を持して総攻撃をかける。

「もらうぞ」

「ぎゃー!?」

 容赦なく瑞穂の金(天狗)を取り、

「これで終わりだ」

 強奪した天狗を盤上に打つ。

「あー、もう! 筋違いにいれば安全だったのに!」

 瑞穂が筋違い天狗の筋から玉をずらした。


「くくく、一体いつから俺が筋違い天狗を打つと錯覚していた?」


「えっ?」

 瑞穂がハッとして盤上を見回した。

 将棋盤はチェスボードのようにマス目が白黒に塗り分けられていないので、一見しただけでは天狗が白マスにいるのか黒マスにいるのかわからない。

 瑞穂は目を凝らして天狗の位置関係を確かめた。

 そして愕然とする。

「ほ、本筋天狗!?」


 2枚の天狗は本筋にいた。


 もちろん瑞穂の玉と同じ筋である。

 玉を筋違いから逃がしたつもりが、自分から天狗が2匹いる筋へ飛び込んでしまったのだ。

「だ、だましたわね!」

「恨むんなら自分の迂闊うかつさを恨め。俺を恨むのは……」

 バチンと天狗で王手をかける。


「筋違いだ」


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