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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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裁判ゲームセット【酒まんじゅうとぶどうジュース】

参考ゲーム

逆転裁判

 ピコピコ


 例によって俺が仕込みをしていると、瑞穂が寝転がりながら古い携帯ゲーム機でさぼり始めた。

「仕事しろ」

「異議あり。お客さんは誰もいません」

「アリスか先生が来るかもしれないだろ」

「異議あり。二人とも今日は野暮用があります」

「……そのウザイ喋り方はなんだ?」

「これよ、これ」


『代打逆転サヨナラ裁判6』


 それが携帯ゲームでプレイしているゲームの名前だった。

 裁判をデフォルメした人気シリーズで、映画化やアニメ化、果ては宝塚でも演じられているので、決め台詞の『異議あり!』は俺でも知っている。

「あんたもやってみる? 結構面白いわよ」

「……客が来るまでだぞ」

「どうせ誰も来ないでしょ」

「異議あり!」


「異議を却下します」


 横暴だ。

「今2話クリアしたばっかりだから、3話からね」

「わかった」

 ゲーム機を受けとり、第3話を選択する。

 主人公は弁護士。


 敗色濃厚の裁判に代打として起用され、被告を弁護して無罪を勝ち取るのが目的だ。


 法廷には被告の有罪を立証する検事、証言をする証人、判決を下す裁判長サイバンチョがいる。

 被告の名前は13代目・石川五右衛門。

 日本人にはお馴染みの義賊だ。

 罪状は殺人。

 敏腕警部・銭形平次を殺害した容疑がかかっているという。


『あれは寒い寒い冬の日のことじゃった』


 証人は生まれた時からずっと事件現場に住んでいるという老人。

 よぼよぼだ。

 弁護士は証人の証言のムジュンを突いて無罪を証明するらしい。


『ソファーでうつらうつらとしておると、外からキンッキンッという音が聞こえての』


『何事かと外を見やると、3人の男たちが戦っておった』


『五右衛門とアルセーヌ、それと銭形じゃよ』


『速すぎて細かいところまでは見えなんだが。銭形が五右衛門を刺したんじゃ』


『その後のことはようわからん。人が殺された衝撃で呆然としておったでな』


 被害者と加害者が逆になっている。

 わかりやすいムジュンだ。


『異議あり!』


 クラーク博士の銅像のごとく指を突きつけ、ムジュンを指摘したものの、検事は平然としていた。

『犯行が行われたのは真夜中のこと。見間違えたのも無理はありません』

『あー、そうじゃったかもしれんのう。殺したのが五右衛門、殺されたのが銭形じゃ』

 証人が証言を訂正した。

 ……証言はこんなに簡単に訂正できるものなのか?

 逆にこちらの状況が悪くなったような気がするものの、地道に重箱の隅を突いていくしかない。

『アルセーヌが五右衛門から刀を奪って殺したのでは?』


『証人が誤認したのはあくまで被害者と加害者の立ち位置にすぎません。証人にとって馴染みのないアジア系の二人の顔を見間違えることはあっても、アルセーヌと見間違えることは考えにくい。アルセーヌが殺害したと主張するのなら、弁護側は証拠を提出してください』


「ぐ」

 アルセーヌが殺したという証拠はなにもない。

 証拠がない以上、アルセーヌ犯人説は立証できないのだ。

「……思ってたより難しいな」」

「でしょ? 五右衛門は殺人を否定してるし。老人は何か勘違いしているだけで、嘘を吐いているとは思えない。このムジュンがどうして起こったのかを推理しないといけないの」

 頭の中を整理するために一服したほうがよさそうだ。


「酒まんじゅうとぶどうジュースね」


「なんだその組み合わせ」

年齢区分レーティングの問題で『お酒』に関する単語を出せないらしくて、ゲーム内ではお酒を『水カステラ』、酒まんじゅうをラクダまんじゅう、ワインをぶどうジュースって呼んだりしてるのよ」

「水カステラは落語ネタだな。レーティングってこういう制限もあったのか」

 一種の禁止用語だろうが、酒がダメだとは思わなかった。

 少しやりすぎな気はする。

「さて……」

 酒まんじゅうの芳醇な香りを楽しみつつ、他の証言と証拠を吟味していく。


 現場にいた関係者は5人。


 石川五右衛門、アルセーヌ・ルパンの孫アルセーヌ3世、銭形平次、そしてアルセーヌの恋人・富士峰子と相棒の二次元大介だ。

 五右衛門、アルセーヌ、銭形らは差出人不明の手紙によって呼び出されたらしい。

 文面は3通とも同じ。

『あなたのお父上について、重大なお話があります』

 手紙を出したからには計画的な犯行だろう。

 峰子と二次元の二人はこそこそしていたアルセーヌをいぶかしみ、勝手に後をつけて来たという。


 事件当日、峰子・二次元・銭形は銃撃戦を繰り広げており、現場には薬きょうが残っていた。


 そこで気になるのは金属音で目が覚めたというくだり。

 金属音は五右衛門の刀と銭形の十手が打ち合った音だろうが、これはおかしい。


『異議あり!』


 二度目の異議を唱える。

『目を覚ますとすれば金属音ではなく銃声なのでは?』

『あー、そうじゃったかもしれんのう』

「……このジジイ」

 またしても証言を訂正した。

 頑として自分の証言を訂正しない頑固ジジイなら裁判長の信頼を失わせることもできるのだが、こうも素直だとやりにくくてしょうがない。

 だが貴重な情報は得られた。


 老人は銃撃戦を目撃していないどころか、そんなことがあったことにも気付いていない。


 それと事件当日の気温。

 気象データを調べてみると、寒い寒い冬の日という証言に反して、事件当時の現場はそこまで寒くなかったらしい。

 雪も降っていない。

「もしかして老人が目撃したのは事件より前の話じゃないのか?」

「目撃した日時が違うってこと? 仮に時間がずれてたとしても、お爺さんは殺害現場を目撃してるのよ。死亡推定時刻は動かせない。そもそも五右衛門は銭形を刺してないって主張してるし、根本的なムジュンを解決できてないじゃない」

「アルセーヌが変装してた可能性は? こいつ変装の達人だろ」

「でも現場には五右衛門もいたのよ。アルセーヌが変装しても意味ないじゃない」

「……うーん。やっぱり目撃した時間が違う以外に考えられないな。……もしかしてこういうことか?」


『異議あり!』


 老人に石川五右衛門(12代目)の人物ファイルを突きつけてみる。

『殺害されたのはこの人物ですか?』

『ああ、そうじゃよ。この男に間違いない』

「え、どういうこと?」

「時代が違うんだよ」

「は?」

『あなたが目撃したこの事件。それは何年前の出来事ですか?』

『あれは25年前のことじゃった』

「ええ!?」


「目撃証言に出てきたのは3人。五右衛門とアルセーヌと銭形だ。3人ともご先祖さまの家業と名前を受け継いでる。手紙で父親のことに触れてるだろ? 3人の父親が昔この場所で戦っていたとしたら、銭形が五右衛門を刺殺していたとしてもムジュンはない。老人は2つの事件を混同してたんだよ。これなら峰子と二次元がいないこと、銃撃戦に気づかなかったこと、気温の違いも説明できる」


「叙述トリックみたい」

 叙述トリックは『文章で読者をだますトリック』だ。


 たとえば犯人の一人称が私で「私が彼を殺した」という記述があったら、読者は無意識に被害者の恋人が犯人だと思ってしまう。


 その思い込みを利用して『一人称が私の男』を犯人にするのだ。

 今回の事件はAの事件を語っていると見せかけて、実はBの事件だったというトリックである。

「犯人はたぶんアルセーヌだな。証人の老人が前回の事件を覚えていることを知って、手紙で関係者を呼び出して同じシチュエーションを作ってから銭形を殺害したんだ」

 たぶん先代五右衛門が先代銭形に殺されているので、五右衛門が銭形を殺すのを期待していたのだろう。

 期待通りの展開にならなければ、自分の手で銭形を殺して五右衛門に罪を押し付ける。

 そういう計画だったはずだ。

「手紙で呼び出されたのは3人だけ。でも2人が勝手についてきてしまったから過去のシチュエーションにない銃撃戦が発生して、偽装工作がバレてしまったわけね」

「ああ」


 作中の人物がトリックやアリバイ操作で探偵をダマすのではなく、作者が文章で読者をダマすトリックであるため『叙述トリックはフェアか否か』という論争がたまに起こる。


 ただこの事件では目撃者である老人が勘違いしている(させられている)ので、叙述トリックではなく『読者を誤った推理へ導くミスリード』と解釈されるかもしれない。

 ゲームの性質上、老人の証言にムジュンがあるとプレイヤーは知っているのでなおさらだ。

 これで五右衛門の疑いも晴れるだろう……となるほど甘くはなく、


『あくまでこの証言による疑いが晴れただけで、彼の無罪が証明されたわけではありません』


 銃でドンパチやっていたのだからまだ証人はいる。

 この老人は第一関門に過ぎなかった。

 手紙の件で計画的な犯行は明らかだが、たぶん真犯人を突き止めない限り五右衛門を無罪にはできないのだろう。

 むしろここからが本番だ。

 第二・第三の証人が現れる。

 そして裁判が進むごとに難易度も上がっていく。

 このゲームにはライフが設定されており、ミスをするたびに(違う証拠を突きつけるなど)ライフが減っていき、なくなったらゲームオーバーだ。

 長丁場なのでどうしてもライフが減ってしまう。

 それでもなんとかねばってアルセーヌを引っ張り出し、証言台に立たせたのだが……。


『僕がウソの証言をしているという証拠があるのかね?』


「……現時点ではないよな」

 おそらく持っている証拠の中にはちゃんと偽証の証拠はある。

 だが今の段階ではそれがどれかわからない。

 はずなのに、


→ある

 ない


「え」

 選択肢が出てきた。

「『ある』一択でしょ」

「……流れ的には『ある』かもしれんが、さっぱり見当もつかんぞ」

 だが『ある』を選ばなければ話が進みそうにないので、『ある』を選択する。

 たぶんこの先でなにか説明があるはず。


『あなたが偽証しているという証拠はこれだ!』


「ちょっと待てっ!?」

 プレイヤーを置き去りにして真相に到達する主人公。

 こっちはまだなにもわかってないのに証拠を提出させようとするな。

 必死にこれまでの会話の履歴ログを確認する。

 しかしそれでもわからない。

「これでしょ」

「根拠は?」


「この証拠だけまだ使ってない」


「……これだからゲーマーは」

 推理以外のところで攻略法を見出してくる。

 だが消去法だとたしかにこれしかない。

「何かわからんがくらえ!」


『なん……だと……?』


 正解だったようだ。

 複雑な気分だが仕方ない。

 これで被告の犯行は完全に否定された。

 あとは真犯人を告発するだけだ。

 ……それだけなのだが、もうライフがない。


『有罪』


「なんでだよっ!? 最後の選択でミスったとはいえ、五右衛門に犯行は不可能だって証明しただろ!」

「ゲームオーバーになったら無条件で有罪になっちゃうのよ」


 ……この世界の司法制度はどうなっているんだ。


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