スポーツチャンバラセット【レモンのハチミツ漬けとハイビスカスティー】
パシャ
瑞穂が高そうなカメラで俺を撮影した。
「……勝手に撮るな」
「いいじゃない。折角かっこいい防具してるんだから」
「防具じゃない。『変身スーツ』だ!」
「目線ちょうだい」
「話を聞け」
ここは商店街のステージ。
地元のローカルヒーローの衣装を着ているが、ヒーローショーではなく『コスプレチャンバラ』だった。
ローカルヒーローとは町おこしのために作られた地元のヒーロー。
どうやら全国的に数が増え、人気が増しているらしく、ローカルヒーローの番組が全国放送されることが決まったらしい。
面白いのがその主役の決め方。
全国47都道府県のローカルヒーローが戦い、その頂点に立ったヒーローが主役になれるという。
そしてその戦闘方式がコスプレチャンバラ。
出場者はぴっちりしたスーツを着用し、その上に剣道の面、胴、小手、垂れ、そして『なぎなた』のスネ当てをして戦わなければならない。
特徴的なのは防具のデザインだ。
特撮ヒーローの変身スーツを流用した特注品。
全身が有効打突部位なので、ルール的には剣道よりも『スポーツチャンバラ』に近い。
スポーツチャンバラは剣道と違って防具は面だけ。
武器も竹刀ではなく『エアーソフト剣』を使う。
エアーソフト剣は空気を入れて使う柔らかい武器だ。
短刀・小太刀・長剣・棒・槍など様々な種類がある。
この種類の豊富さと、剣道ほどの重装備のいらない手軽さがスポーツチャンバラの売りだろう。
今回のコスプレチャンバラでは竹刀とエアーソフト剣、好きな方を使うことができる。
ただし竹刀を扱う場合、有効打突部位は防具のある場所だけになる。
なので有効部位が広く、武器の種類が豊富なエアーソフト剣を選んだ方が有利。
勝利条件は3本勝負で2本先取。
「テカゲンしまセンよ?」
「上等だ」
アリスは隣町のヒーローとして参加していた。
武器の心得もあるらしい。
得物はエアーソフト剣だ。
それもレイピア。
リーチは長剣と変わらないものの、細身でしなりがある。
一筋縄ではいかないだろう。
「始め!」
試合開始と同時に俺は両手で正対、アリスは片手で右半身に構えた。
剣道ではあまり見られない極端な姿勢。
半身で前に突き出しているから、同時に攻撃すればアリスのレイピアが先に当たる。
実戦と違い、とにかく相手に攻撃を当てさえすれば勝ちの特殊ルール。
フェンシングは種目によって有効打突部位が異なり、中でも『エペ』はスポーツチャンバラと同じく全身への攻撃が有効だという。
つまり剣道とフェンシングが同じ条件で戦えば、圧倒的にフェンシングが有利なのだ。
だが秘策がないわけでもない。
トンッ トンッ
ボクシングのようにフットワークを刻み、アリスを中心に円を描く。
フェンシングのコートは縦18メートルだが、横は最大でも2メートル。
間合いをこんなに広く展開することもなければ、このように回り込まれることもないだろう。
「ムダですネ」
「ぐ」
動かざること山のごとし。
アリスは俺を追いかけてこない。
追いかけてくれればフェンシングの強みである前後の揺さぶりや踏み込みを殺せるのだが、冷静に俺の動きに合わせて体の向きだけを変えていた。
向きを変えるだけのアリスと違って、俺は常に動き回っている。
攻めて来てくれないのなら体力の無駄だ。
こうなっては仕方ない。
リスクを承知で前に出ると、長剣でレイピアを横に払って間合いに踏み込む。
いや、踏み込もうとした。
しかし、
「うお!?」
横に払ったはずのレイピアが俺の喉に戻ってきた。
それも当然。
レイピアの刀身はしなる。
横に払ったとしても手首を動かさない限り刃は元の位置に戻るのだ。
ならば話は簡単。
刃が元の位置に戻った瞬間、レイピアを前に突き出せばいい。
俺の反射神経でよく避わせたものだ。
「アタック!」
だがアリスの攻撃は止まらない。
俺が避わした先へ先へとレイピアをしならせて攻撃してくる。
とてもさばききれない。
最終的にはしならせたレイピアで背中を突かれてしまった。
フェンシング経験がないとまず避わせない一撃だろう。
「……なかなかやるな」
「ドーモ」
アリスが得物を持ち替える。
「……次はヌンチャクか」
「カンフーの必需品デス」
香港のアクションスターの如くヌンチャクを振り回す。
ヌンチャクは2つの棒を鎖で繋げたもの。
これを片手で思いっきり振ればリーチは長剣よりも長くなる。
こちらの間合いの外から攻撃されると危険だ。
根本から戦い方を改める必要がある。
とりあえずいくつか細工してみよう。
「始め!」
アリスは腰を落としてヌンチャクを構えた。
一方、俺はエアーソフト剣を腰にぶらさげたまま無造作に間合いを詰める。
「ふぁっ!?」
さすがのアリスも驚いたようだが。
その動揺も一瞬、俺の間合いの外からヌンチャクを振り下ろす。
かかった。
腰からエアーソフト剣を抜く。
ただし長剣ではない。
江戸時代、武士は『二本差し』と呼ばれていた。
腰に刀と脇差の二本を差していたからだ。
脇差は敵にトドメを刺したり、倒した敵の首を取ったり、刀が折れた時に使うサブウエポン。
俺の左腰にも脇差に相当する短刀があった。
それを左手で抜く。
逆手抜刀。
短刀でヌンチャクを弾き、素早く右手で長剣の抜き打ち。
普通ならありえない抜刀方法だ。
鞘がないからこそできる連続攻撃。
だがヌンチャクのリーチが長い分、俺の踏み込みは遅れ、長剣は空を切った。
「ちっ」
奇襲失敗。
ならば作戦その2。
逆手で握っていた短刀を順手で握り直す。
二刀流だ。
一刀よりも二刀。
二刀流は刀が一本多い分、防御に優れている。
現代剣道で二刀流が廃れたのも、その防御力の高さをいかして『時間切れの引き分け狙い』が多発したからだという。
「きえー!」
アリスが怪鳥のような叫びを上げて攻め込んできた。
冷静に数の利を活かしてヌンチャクをさばく。
ただ反撃に転じるのが難しい。
二刀を攻守別々に動かそうにも、初級者がうかつに手を出すと守備のバランスが崩れてしまう。
ここは相手に致命的な隙が生じるまで待つべきだろう。
果たしてその時はすぐにやってきた。
アリスがヌンチャクを大きく振りかぶる。
胴ががら空き!
短刀でヌンチャクを防ぎつつ、長剣で胴を抜こうと一歩踏み出した。
その瞬間、
にぱー
アリスの笑みが視界に飛び込んだ。
「!?」
まずい。
防御を固めようととっさに長剣を体に引き寄せる。
すると、下からヌンチャクが跳ね上がった。
右手を振りかぶっていたのに、左下から跳ね上がってきたのである。
大きく振りかぶったのはフェイント。
それも背中でヌンチャクを右手から左手に持ち替えるためだったのだ。
間一髪でヌンチャクを長剣で弾く。
あやうく一本取られるところだった。
「まだデス」
安心するのはまだ早い。
奇襲には失敗したものの、こちらの意表を突いたのは事実。
一気に勝負を決めようとアリスが前に出てきた。
それも二刀流で。
アリスはヌンチャクの棒を両手で握り、まるで和太鼓を叩くように猛攻をかけてくる。
「くそ!」
反撃する暇がない。
たまらず二刀で丁寧にアリスの二刀流を受け止め、密着して間合いを殺す。
すかさず小回りの利く短刀で胴を狙ったが、あえなく避わされた。
「次はアリスの番ですネ!」
アリスが俺に密着したまま右手を大きく横に振る。
「まさか!?」
殺気を感じて頭を下げた。
一拍遅れてヌンチャクが空を切る。
肘を支点にヌンチャクを振り、俺の面を横から叩こうとしたのだ。
目の前にいる敵を強打するにはこれしかない。
アリスらしいトリッキーな動き。
だが死角からの攻撃も、失敗してしまえばそこまで。
「胴あり!」
短刀でザクっと脇腹をえぐる。
「ぬ、やりマスね」
「お前が手加減したからだろ。なんで俺みたいにヌンチャクで突かなかったんだ?」
「短刀とは違いマス。ヌンチャクの突きではノックアウトできまセン」
「……なるほど、実戦を想定してたわけか」
ヌンチャクのような木の棒で突いても即死はしない。
骨は折れるかもしれないが、殴ることに比べれば確実性に欠ける。
横にヌンチャクを振った理由もわかる。
肘を支点にしなくても、手首のスナップを利かせればもっとコンパクトに振れたはずなのだ。
それをしなかったのは手首で振っても威力不足で確実に殺せないと判断したからだろう。
……逆にいえば俺を殺すつもりでヌンチャクを振っていたということだ。
物騒極まりない。
とにかくこれで一対一。
何とかイーブンにまで持っていけたものの、
ガクガクブルブル
スタミナがやばい。
膝が笑い始めていた。
一方でアリスはけろりとしている。
基礎体力が違いすぎる。
「インターバルをとりまショー」
「……助かる」
「はい、お茶」
ハイビスカスティーを受け取る。
「レモンのはちみつ漬けもあるわよ」
「運動部の定番だな」
はちみつのほのかな甘みと、レモンの酸味はハイビスカスティーとの相性もいい。
レモンティーにしてもいける。
「身に染みるな」
オリンピックを二連覇した裸足のマラソンランナーが愛飲していたこともあって、ハイビスカスティーは疲れた体に染み渡った。
もちろんレモンのはちみつ漬けも疲労回復に定評がある。
本当の意味で疲労が回復するにはもっと時間がかかるのだろうが、美味さの影響なのか口にした瞬間に疲労が吹き飛んだように感じる不思議。
これならまだ戦える。
「最後の一番は『介者剣術』ルールにしないか?」
「カンパニーアーツ?」
「会社じゃない。戦国時代の実戦剣術だ。戦場では鎧を着こんでるから、有効打突部位は鎧の隙間だけ。つまり防具をしてない場所だけだ」
「面白そーデスね」
乗ってきた。
お互いにエアーソフトの長剣を手にし、短刀を腰にぶらさげる。
介者ルールなら俺の方が有利だ。
「始め!」
開始と同時に足を肩幅に開いて腰を落とす。
ぴょんぴょん
「ふぁっ!?」
足を広げたまま、うさぎ跳びのようにステップ。
アリスは気持ち悪い物を振り払うように手を出してきた。
甘い。
カンッ
あえて長剣は避わさない。
防御は防具に任せて、攻撃に集中する。
それが介者剣術だ。
急所に飛んできたものだけ小手で叩き落とし、防具の隙間にエアーソフト剣を伸ばす。
アリスは難なく俺の攻撃を避わしたが、むしろここからが本番だ。
ドンッ
アリスに体当たりをかまして足を払いに行く。
防具は面、胴、小手と上半身に重さが集中している。
だから下半身を揺さぶられるともろい。
俺が足を開き、腰を落としてうさぎ跳びをするのも崩されないためだ。
「ぐぬぬ!」
体格で劣るアリスがパワー負けし、バランスを崩して膝を突く。
「隙あり!」
勝負を決めるならここしかない。
息を突かせぬ連続攻撃。
アリスが態勢を立て直そうとすれば体当たり、そして防具を掴んで足を払い、崩す。
「うがー!」
「な!?」
俺に良いように攻め込まれていたアリスが癇癪を起こして長剣と短刀を投げつけ、畳を転がって距離を取る。
そして素早く立ち上がり、素手で構えた。
「ソードを持っているからバランスが崩れるのデス」
「ちょっと待て、空手で戦うつもりかお前!?」
「キックは使いまセンよ?」
「でも殴るんだろうが!」
「アユ太もタックルや足払いをしてきマシた」
「ぐ」
「拳ではなく掌底なのでダイジョーブ」
顔は笑っているが目は笑っていない。
少し手荒にやりすぎたようだ。
怒らせてしまったらしい。
実戦で武器を捨てるのは命取りになる。
だがこれはコスプレチャンバラ。
軽いエアーソフト剣なら防具で受け、小手で撃ち落とせる。
しかし空手となると話は違う。
インパクト時の衝撃は比べ物にならない。
小手でアリスの攻撃を撃ち落とすことはおろか、下手に受ければこちらがバランスを崩す。
空手の構えになって腰もぐっと落ちた。
並大抵のことでは崩せない。
くねくね
アリスが手首を振る。
掌底を打つには手首を外に曲げないといけない。
剣道の小手は固く、特に新品だと手首が自由に曲がらないのだ。
「行きマス」
いい感じに手首がほぐれたのか、アリスが正面から突っ込んできた。
俺の面に右の掌底を飛ばす。
面は有効打ではない。
これはフェイントだ。
顔を攻撃され、俺がビビって引いたところで、防具の隙間に左を打ち込むつもりだろう。
逃げてたまるか。
この攻撃さえ受けきれば、アリスは隙だらけだ。
恐怖を押し殺し、面で掌底を受け止める。
ドム!
凄まじい衝撃が頭部を突き抜けた。
それに負けじと歯を食いしばり、剣を振る。
アリスの左腕より俺の長剣の方が速い。
「勝った!」
すかっ
「え」
長剣が空を切る。
避わされた?
いや、違う。
軌道が逸れたのだ。
なぜなら、
ふらっ
足がいうことを聞かない。
さっきの掌底だ。
面で受け止めたものの、衝撃が脳に伝わっていたらしい。
軽い脳震盪だ。
「フィニッシュ!」
アリスの左手が俺の体に伸びる。
避わせない。
ぽんっ
トドメの掌底は思いの外ソフトタッチだった。
「胴あり!」
最後はしょうもない一本の取られ方だった。
痛みがないのが唯一の救いか。
「ぬふふ、正義は勝つのデス!」
「……景品を手に入れそこねたか」
いかんせん相手が悪すぎた。
武器を選ぶ前に相手を選ぶべきだったのだろう。
「残念だったわね」
パシャ
「……だから勝手に撮影すんな」
「フィルム使い切らないともったいないでしょ」
そういえば試合中にもちょくちょく撮影していたな。
あの撮影回数からすると、たぶん36枚撮りだろう。
フィルムで一本とられるのも大変だ。




