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茨城チェスセット【オムレツ・フライの類】

イラストはササッティーノ伯爵さんに描いていただきました。

転載禁止。

松林の中を歩いて


あかるい気分の珈琲店カフェをみた。


遠く市街を離れたところで


だれも訪づれてくる人さへなく


林間の 隠された 追憶の夢の中の珈琲店カフェである。



 萩原朔太郎の『閑雅かんが食慾しょくよく』の一節だ。

「まさにうちのような店だな」

「『だれも訪づれてくる人さへなく』の意味が違いませんか?」

「誤差の範囲内です」

「ぽじてぃぶしんきんぐ」

 何事も考え方次第だ。

 たとえ理想とは違う形態であったとしても、『追憶の夢の中のカフェ』のような店を目指すにこしたことはない。



乙女は恋恋こいこいはじらいをふくんで


あけぼののように爽快な 別製の皿を運んでくる仕組


私はゆったりとフォークを取って


オムレツ フライの類を喰べた。


空には白い雲が浮んで


たいそう閑雅な食慾である。



 この詩のように乙女が給仕してくれたら、さぞやいい店になることだろう。

「へい、お待ち!」

 ……はじらいもクソもない乙女がオムレツ・フライの類を運んできた。


 なぜオムレツやフライを作らせたのか、ちゃんと趣旨を説明しておくべきだったのかもしれない。


 それはともかくオムレツとフライだ。

「見た目はまともだな」

「ちゃんと火も通ってるわよ」

 バイトなのだからこれぐらいは作れないと困る。

 もっと早くテストしておくべきだった。

「とりわけまショー」

 オムレツを四等分し、小皿に取り分ける。

 問題はフライだ。


「なんでエビフライでもアジフライでもカキフライでもなくカニフライなんだ」


「だって『足長おじさん』に出てきてたんだもん」

「理由になってねえ!」

 これはたしか運動会の祝勝会で登場したものだ。


 個人的にはバスケットボール型のチョコレートアイスのほうが印象に残っている。


「でかいな」

 カニのハサミを使った豪華なものだ。

 殻を綺麗に割って、ちゃんと丸く衣をつけて揚げている。

 ゆったりとフォークを取ってフライに刺した。

 外はサクサク、中はふんわり。

「ど、どう?」

「まあ、及第点だな」

「ぼーの」

「よかった……」

 ホッと胸をなでおろす。

 こんなでも緊張していたらしい。


「これで時給アップね!」


「……金のことばっかだな、お前」

「調理テストの次は将棋よ! 早くお客さんと対局できるようになって、もっと時給上げるんだから!」

「わかったわかった」

 仕方ないので将棋も教えることにする。

「改めて基本から学ぼう」


 ホワイトボードにでかでかと『宇宙はヒモで出来ている』と書いた。


「ヒモ理論だっけ?」

「ああ。ヒモは弦であり、世界は宇宙ヒモという弦楽器の奏でる曲で形作られている」

「ロマンチックですね」

 まあ、実のところ宇宙物理学のことはさっぱりわからないのだが……。

 ここは説得力を増すためにそれっぽいことを語っておけばいい。

「ところで詰将棋は毎日解いてるか?」

「1日10問ぐらい解いてます」

「私は問題数じゃなくて時間単位ね。囲碁もやってるから30分だけだけど」

「アリスは?」


「ノープロブレム!」


 チェスでは詰将棋(と必至問題)を『プロブレム』と呼ぶ。

 小粋なチェスジョークだ。

「とりあえずこれだな」

 盤に簡単な詰将棋を並べる。

 一段目に玉、そして玉から一マス開けて三段目に歩がある形だ。

 持ち駒は金。

「頭金ね」



端端端

・王・

・金・

・歩・


頭金(金で王手をかけている)



「そう、詰将棋で無意識にやってるこれがヒモだ。玉の頭に金を打つ。金を歩の移動範囲に打つことで、金と歩がヒモで結ばれた。この金を取ったら歩を引っ張ってしまうことになり、玉は刺される」


「オー、ワイヤートラップ!」


「初級者はタダで敵の駒を取ることを考えがちだが、将棋の基本は等価交換だ。相手に駒を取られたら、同じ価値の駒を取り返す」

「いかに『価値の低い駒と高い駒を交換する』かが勝負の分かれ目ということですね」

「そういうことです」

 どっちにしろヒモは欠かせない。

 盤上の歩をスーっと前に進める。


「たとえば歩にヒモを付けて前線に送り出し、金銀のような価値の高い駒で取らせてから取り返す。ヒモの付いていない駒は『浮駒』といって、タダで取られるだけだから気を付けろ」


「はーい」

 ヒモがなければ相手の駒を取り返すのに無駄な手数がかかってしまい、その間に別の駒を取られてしまう。

 最低でも等価交換なので、一方的に相手の駒を取るのは現実的ではないと思ったほうがいい。


「ちなみにヒモは玉にも付ける」


「? 玉を取られたら意味がなくない?」

「王手をされたら玉は逃げるだろ。それを追ってもう一度王手をかけると?」

「ああ! 玉にはヒモが付いてたわけですから、追ったら駒を取られるんですね!」

「『王手は追う手』という格言もあります。無意味な王手は玉を逃がす上に、無駄に駒を取られるだけです。でもヒモがなければ、直前に玉がいた位置に駒を打っても取られることはありません」

「ナルホド」

「ヒモを発展させたのが玉を守る『囲い』だ」


へー


 お約束。

「代表的な囲いはこれだな」



歩 歩歩歩

 歩銀金

 玉金角

香桂


矢倉囲い



歩歩歩歩歩

金 銀玉

 金 桂香


美濃囲い



歩歩

金 歩歩

 銀玉

金 桂香


高美濃



歩歩歩歩

金 銀

 金玉

  桂香


銀冠



「あ、なんとなく意味が分かりますね」

「高美濃の銀がかっこいい」

「びゅーてぃふる」

 ヒモという概念を知った後だと、囲いの見え方が変わってくる。

 慣れてくると盤面全体がヒモで結びつくようになるだろう。

 蜘蛛の巣のような幾何学的な美しさが『見える』のだ。

 まだそこに存在しないヒモ(将来そこに現れるヒモ)さえ見えてくるようになる。


「ヒモを活かしたゲームを作ってみませんか?」


「たとえば?」

「お互いにヒモで繋がっている駒は一手で同時に動けるというのはどうでしょう」



↑ ↑

R―R


※お互いにヒモで繋ぎあっている駒は同時に動ける



R―P


※ルックのヒモしかないので同時には動けない



「キャスリングもぷりーず」

「駒の位置を入れ替えるの?」

「いえす」

「お互いに一手でそのマスへ移動できることが条件だな」



Q←クイーン

R←ルック


※ルックもクイーンも1手で味方の駒がいるマスへ進むことができる状況(つまりヒモが2つある)

この状況でキャスリングを宣言すると、1手でルックとクイーンの位置を入れ替えることができる



「マニアックなルールだと『ZOC』も面白いですね」

「ぞっく?」

「『ゾーン・オブ・コントロール』でしょ。シミュレーションゲームでたまにあるやつ」

「はい。相手にZOCのラインを引かれた場合、その線を越えて移動させることはできません」

「キャスリングの応用だな」



  R←敵のルック

  |

  |

Q―×―R


※クイーンとルックは1手でお互いの位置へ移動できる状況

この状況ではZOCが形成され、敵のルックは×の位置で強制的に動きを止められてしまう

味方の駒はZOCの影響を受けない



「ポーンチェーンも使いまショー」


挿絵(By みてみん)


「でもお互いにヒモで繋がってるわけじゃないから同時には動けないわよ」

「ポーンのモチーフは槍を持ってる兵士だから、イメージ的には槍衾やりぶすまだな。ヒモで繋がってるポーンが連携して、突撃してきた敵を倒す」



○ ○

 P


※ポーンは将棋の歩と違い、斜め前の駒しか取れない



 R←敵のルック

 |

 |

 ×P

 P


※ポーンチェーン

ポーンは斜め前の駒しか取れないので、ヒモを結ぶ場合は斜めになる

相手はポーンチェーンを組んでいる駒を取れない(突撃したら死ぬ)



「あとはハサミ将棋だな。ヒモで繋がっている駒が、隙間がない状態で相手を挟めば取れる」



RPR

 ↑

敵の駒


  N

 P←敵の駒


※間に隙間がない状態で相手を挟むと取れる



R口P口R


※隙間があるので取れない



 これらは選択ルールだ。

 ルールが多いと感じる場合は、好きなルールだけを選んでプレイすることをオススメする。

「駒のイラストはヒモを連想させるキャラにしよう」


 草花の魔物アルラウネ、樹木の妖精ドリアード、蜘蛛の妖怪アラクネ。


挿絵(By みてみん)

アラクネ


挿絵(By みてみん)

ドリアード


挿絵(By みてみん)

アルラウネ


 枝、根、ツル、糸を伸ばし、お互いにヒモで繋がるイメージだ。

「アルラウネはポーンにしましょう。ポーンチェーンはイバラの有刺鉄線です」

「ソーンキャッスル!」

「ローゼンブルクのほうがよくない?」

「どっちも茨城じゃねえか」


 すなわち『茨城チェス』。


 ……意味不明だがインパクトだけはあるネーミングだ。

 ドイツ語のほうが少年心をくすぐるので『ローゼンブルク・チェス』のほうがいいかもしれない。

「でも有刺鉄線で敵の突撃防げるの?」

「防げマス」


「鉄条網を甘く見すぎだな。日露戦争や第一次大戦で猛威を振るったのが塹壕ざんごう・有刺鉄線・機関銃だ。足を止められている間に機関銃でハチの巣にされるから、これで完全に騎兵の時代は終わった。仮に有刺鉄線を切られても、新しい線を張るのに大した手間もコストもかからない」


「何それ、完全に『安い・早い・うまい』がそろってるじゃない」

「戦争の歴史が変わったレベルですから」

 低コストで素早く設置できて守りも堅い(塹壕を掘る手間はあるが)。

 トゲトゲのイバラを持つアルラウネならファンタジーの世界で現代戦を再現できるのだ。

 アルラウネはもっと評価されてもいい亜人だろう。


 アルラウネの一番やばいところは有刺鉄線よりも融通が利くことだ。


 有刺鉄線を文字通り自分の手足のように動かせる。

 数百メートル、場合によっては数キロ単位の鉄条網がリアルタイムで、敵軍の動きに応じて自由自在に形を変えるわけだ。


 横にすれば壁になり、縦にすれば敵軍を分断し、円にすれば敵を包囲できる。


 蜘蛛の巣と一緒に空中に張り巡らせれば、ドラゴンなどの飛行生物にも対応できるだろう。

 おまけに切られても回復魔法で治る。

 守りに関してはファンタジーでも最強クラスといっても過言ではない。

「じゃあ、これで指してみましょう」

「さー、いえっさー」

 駒を並べて対局開始。


 ルックやクイーンのZOCを前後左右に移動させて敵の直進を防ぎつつ、茨の城を作りつつジリジリ前進。


 この茨城への対処が難しい。

 どうやって茨城の横や後ろから攻撃するか。

 あるいはナイトで飛び越えるか。

 もしくは、


「アラクネで茨城をすり抜ける」


「ええ!?」



  PQ

  /P

 /  P


※クイーンでポーンチェーンの隙間を抜ける



「そんなのあり!?」

「茨城にはヒモが1つしかない。つまり『ポーンとポーンの間にはZOCが発生してない』ってことだ」

「ぐぬぬ」

 ポーン2枚でZOCを作れたら便利すぎる。

 それにあくまで『ポーンチェーンのポーンにぶつかったら死ぬ』ルールだ。

 実際の戦闘でも密集隊形で隙間ができたらそこを狙われるし、有刺鉄線も下手な張り方をすると隙間ができる。

 浸透しんとう戦術で薄い部分をすり抜けるのは基本だ。

 極めつけは、


「アラクネとドリアードを同時行動させてまとめて挟む」


「ぎゃー!?」



RNBKQBNQ

↑      ↑

|      |

|      |

|      |

R━━━━━━Q


※ルックとクイーンを同時に直進させ、敵陣の駒をまとめて挟んでチェックメイト



「ハサミ将棋の条件は『隙間がない状態で敵をはさむ』ことだ。数の上限はない」

「うう……」

 ZOC将棋、想像以上に戦略が豊富だ。

 研究すればもっとカオスなことになるだろう。


ぐー


「……腹減ったな」

 オムレツ・フライを4人で分けたのがいけなかった。

 中途半端な量を食べてしまったせいで、逆に食欲が刺激されてしまったらしい。

「オムライス食べる?」

「頼む」

「任せて」

 オムレツの時とは違い、豪快なフライパンさばきでテキパキとチキンライスを仕上げた。

 素人にありがちなべたついたチキンライスではなく、口当たりもいい。


「……なんで最初にオムライスを出さなかった?」


「あんたが閑雅な食慾とか言ってるからでしょ」

 得意料理でテストするべきだったのかもしれない。

 ボウルに卵と生クリームを投入し、空気を含ませながら混ぜ、多めのバターで軽く玉子に火を通す。

 フライパンの柄をトントンと叩いて玉子を丸め、チキンライスの上へ。

 スーッと包丁で玉子の真ん中をなぞり、半熟玉子が広がってチキンライス全体を綺麗に覆った。

 仕上げにケチャップで『LOVE』と書いて完成だ。


 ……これをやりたいがためにオムライスを練習したな、こいつ。


 正直、オムライスにはうちの特製ドミグラスソースをかけたいのだが、

「どう、美味しい? 美味しい?」

「ああ」

「ふふん」

 たまにはこういうのも悪くない。


 空には白い雲が浮んで たいそう閑雅な食慾である。


「はい、お茶」

「おう」

「はい、バスケットボール型チョコレートアイス」

 ……やはりこっちもちゃんと作っていたらしい。

 いたれりつくせりだ。


「あらあら」


「な、なに?」

 先生が近所の奥さまのような顔をして、なにやらアリスに耳打ちする。

「アリスさん。ああいう風に自分の趣味にうつつを抜かして、女性に養ってもらう人のことをヒモっていうんですよ?」


「変なこと教えないで!」


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