将棋セット【タイ焼きと玄米茶】
「今日のおやつはなに」
「タイ焼きだ」
「オメデタイ!」
タイ焼きの中身はあんこ・チョコ・生クリーム・キャラメルにカスタード。
一過性のブームで終わった白いタイ焼きもある。
「お茶は焼き菓子と相性のいい玄米茶だ。自家製のがあるから、好きな煎茶や番茶、茎茶に混ぜろ」
「こう?」
玄米といっても玄米茶で使っているのは白米
一度炊いてから乾燥させて、炒ったものである。
それを好みの茶葉と1対1の割合で淹れる。
香りを楽しみたいなら玄米を増やす。
混ぜるだけなので簡単だ。
「あ、尻尾にアンが入っていませんね」
「尻尾にアンは入れませんよ。最後の口直しですし」
「口直しじゃありません。むしろ尻尾がメインです!」
「おおう!?」
こんなに力説する先生は久しぶりだ。
「……どう思う?」
「私は入れない」「入れマス!」
このままではあんの入れ方について戦争になるかもしれないので話題を逸らす。
「ちなみに海外だとこういうのが流行ってるらしい」
別の金型を取り出す。
この金型ではタイが口を開けていた。
「え、なにこれ」
「タイ焼きパフェデスね」
「パフェ!?」
「タイ焼きをコーンにして、口の中にソフトクリームを盛るんだよ」
「……さすが海外、日本人の斜め上を行くわね」
温かいタイ焼きにソフトクリームの組み合わせは意外性もあって面白い。
何でも口に詰め込むので論争も起きないのがいいところだ。
「さて、今日は『森下システム』でもやるか」
「森下さんの考えたシステムですか?」
「森下さんが発展させたシステムです。どんな新戦法もだいたい先例がありますから」
「アリスがニューシステムを作ったらアリスシステムになりマスか?」
「……アマチュアの名前はつかないだろ。プロでも勝率が悪いと別の棋士の名前になるだろうな。こういうのはイメージが大事なんだよ」
ただ石田流で有名な『石田検校』のような例外もいる。
石田検校は江戸時代の棋士ということもあり、第一人者でありながら石田流で勝った棋譜が残っていないのだ。
「つまり他人の考えた戦法でも、それを発展させて勝ちまくれば名前が付くってことね!」
「……人の盗む気満々だな、お前」
先が思いやられると溜息を吐きながら、盤上にスズメ刺しを組む。
「スズメ刺しは後手の棒銀や菊水矢倉にボコられて激減した。そこで生まれたのがこれだ」
スズメ刺しを崩して飛車を2九に引く。
「2九飛戦法。途中までスズメ刺しの戦型を組みながら、後手が棒銀で来るとわかったら飛車を引いて潰しにいく。2九飛の考案者はじゃんけんで例えて『チョキで行こうと思ったが、相手がグーで来たのでパーにした』と語っている」
「それ後出しジャンケンじゃ……」
「将棋は同時に指すゲームじゃないからな。必ずどちらかが後に出す」
ただ2九飛はカウンター戦法で、自分から攻めるのには向かない。
だが発想は良かった。
「この『先手でありながら後手の対応を見て臨機応変に対応する』思想は森下システムに受け継がれた。新矢倉24手組から6八角、これが基本形だ」
盤上に森下システムを組む。
森下システム
「森下システムは飛車先の保留によって得たスピードで素早く玉を囲み、3七桂3八飛の形を作ることが多い。後手の対応によって激しく変わるのが銀の位置だ。この意味がわかるか?」
「のん」
だろうな。
「ええと……」
先生が生徒のように恐る恐る手を挙げた。
「わかりますか?」
「……はい、多分ですけど。昨日読んだ棋書に『3七銀戦法』や『4六銀3七桂戦法』というのが登場していました。右の銀がどこにいるかで戦法が変わるわけですから、一つの戦法で銀の位置が大きく変わるというのは珍しいんだと思います」
「さすが先生」
「それほどでも……」
パチパチと拍手する。
教師を褒めるというのも妙な感覚だ。
「将棋の二大戦法は居飛車と振り飛車。更に居飛車でも振り飛車でも、どこで飛車を使うかで細かく戦術が分かれる。でも飛車は大砲で、一旦組んでしまうと簡単には動かせないから、銀をどう働かせるかが重要になる。一つの戦法にしては懐が広すぎるから『森下流』ではなく『システム』と呼ばれる。考案者からして『森下システムは思想だ』と語ってるからな」
「それでシルバーをどうムーブさせマスか?」
「まず5七銀から4六銀。4六歩4七銀。時に5七銀から6六銀にまで進出する。4八銀のままでスズメ刺しもあるし、3七銀だって不可能じゃない。自由自在だろ? だがあらゆる戦法に対応できるこのシステムにも意外な穴があった。これだ」
後手の陣形を組み替える。
「え、スズメ刺し?」
森下システム対スズメ刺し
「後手で?」
「欠点はその速さだ。玉を素早く8八に囲ってしまうために、その玉を狙われてしまう。先手で活躍の舞台を失ったスズメ刺しが、森下システムを潰すために後手で復活したわけだ。スズメ刺し対策には『郷田流』と『深浦流』がある」
「オー、ネーミングライツ」
「まあ、その辺をくわしく覚える必要はない。まずは先手森下システム後手スズメ刺しをやってみろ」
「はーい」
アリスと瑞穂が対局する。
「相手に応じて臨機応変!」
「それは悪しゅうゴザル」
「ああー!?」
臨機応変と行き当たりばったりは紙一重なのだ。




