チェスセット【シュークリームとほうじ茶】
「チェスを指しまショー!」
「まあ、たまにはチェスもいいだろう」
「チェスって面白いの?」
「ある程度将棋を指せるようになってからやると面白いぞ。将棋より勝負が早くて、派手な殴り合いになりやすいからな」
「古将棋と感覚は同じですね」
「そうですね。持ち駒が使えないから盤上からどんどん駒が消えていくのに、盤が将棋より狭くて異常に駒の火力が高い」
ナイトは正面にしか跳ねられない桂馬と違ってどんな方向にも移動できる『八方桂』で、飛車と角が二枚ずつあり、さらに飛車と角の力を兼ね備えたクイーンもいる。
歩も盤の一番奥に到達すれば『プロモーション』といってキング以外の好きな駒に成れる。
例 ポーンがクイーンに成った
まあ、プロモーションの9割以上がクイーンで、たまにナイトになるぐらいだが。
「ところでチェスのルールは知ってるか?」
「とーぜん」
「ほほう。ならポーンを最初に動かす時、2マス動かしていいことを知ってるか?」
「は?」
「それとポーンは歩と同じで前にしか進めないのに、目の前にいる駒を取れないんだぞ。取れるのは斜め前にいる駒だけだ」
「しかも目の前の駒は取れないから、正面を塞がれると前に進めなくなる」
「え、なにそれ。意味わかんない」
「なら外人に将棋のルールを教えてやれ。その外人はおそらくこう言う」
「ナニソレ、イミワカンナイ」
「……微妙に私のモノマネ上手いのが腹立つわね」
「えっへん」
「このポーンの変な動きには何か意味があるんですか?」
「ポーンのモチーフは槍と盾を持った兵士デス」
「つまりでかい盾を構えてるから正面に攻撃できない。あるいは敵も盾を構えてるから正面から攻撃しても倒せない。だから斜めに攻撃するんです」
「なるほど」
とにかく国際的にはチェスこそスタンダードで、将棋は色物なのだ。
改めてチェス盤に駒を並べる。
「これ、なんかおかしくない?」
「どこが?」
「先手と後手のキングが向かい合ってる」
「なにがおかしーデス?」
「え……」
「カルチャーギャップですね。たしかに先手と後手でキングとクイーンの位置を入れ替えた方が左右対称で綺麗だと思います」
「俺もチェスで遊んでた頃は無意識に左右対称で並べてたな。しかもチェスボードの向きにも決まりがある。左下は必ず黒マスだ」
「へー」
ゲームを始める前からここまでギャップを感じるとは思わなかっただろう。
だが日本人はまだまだチェスを知らない。
「アンパッサンってルールもある。この状況でポーンを2マス動かした時、相手のポーンはこう動くことができる。つまり2マス動いたポーンを取れるわけだ」
「それどこのサムライ?」
「ミフネ!」
時代劇ですれ違いざまに斬り捨てる光景をイメージしたらしい。
アンパッサンはフランス語で『通りすがりに』を意味する。
決して間違いではない。
このポーンは1マス目に移動した時点で相手に斬られていたのだが、2マス目に到達するまでそれに気づかなかったという流れだろう。
一拍置いて膝から崩れ落ちるパターンだ。
「最後はキャスリングだ。キングとルックをゲーム開始から一度も動かさず、2つの駒の間になんの駒もない場合、キングとルックの位置を入れ替えることができる。ただしチェックをかけられてたり、キングとルックの間に相手の駒が利いている場合はキャスリングできない」
「キングサイドにキャスリングしてキングをガードするのがセオリーですヨー。クイーンサイドのポーンをキープしておいて終盤にプロモーションさせるのデス!」
片方で玉を囲い、逆サイドでポーンをクイーンにする。
将棋でいう居飛車のようなイメージだろうか。
「これはピンだ」
ルックでビショップをピン ビショップを動かせばキングが死ぬ
「将棋でいう『田楽刺し』。駒を動かすと価値の高い駒を取られるから動けない。こうやって駒得していくのがセオリーだ。それから将棋の飛車と違ってルックは2体あるから……」
将棋でいうなら飛車を縦に2つ重ねた形
「将棋でいう『二段ロケット』も簡単に作れる。貫通力があるぞ」
「おおー」
一通りルールを説明したので一局。
キャスリングしてキングを囲い、ヒモを付けて戦型を整え戦闘開始。
それから間もなく。
「チェックメイト」
「え」
「あ、持ち駒打てないんだ!」
これが将棋なら持ち駒を間に打ってキングを守れるのだが、チェスでは即死だ。
いわゆる『バックランクメイト』という詰め方である。
将棋でいう筋をファイル、段をランクと呼ぶ。
バックランクとは最下部の段という意味だ。
「キャスリングしたルックをキングの守りに残しておかないからだ。それからキングの逃げ道として端歩、いや、端ポーンを突いておくべきだったな」
いざという時にキングが脱出できるよう端を突いておく。それは将棋もチェスも同じだ。
「そういや何も賭けてなかったな。オーダーは?」
「シュークリーム!」
「アリスが準備しマスよー。アユ太はティーをお願いしマス」
「わかった。シュークリームなら煎茶かほうじ茶、紅茶ならディンブラ、ハーブティーならリンデンとエルダーフラワーだな」
「じゃあハーブティー」
「ほうじ茶をお願いします」
「あいよ」
煎茶を炒ってほうじ茶にする。
煎茶の渋味が残るぐらいがいい。
リンデンとエルダーフラワーは1対1。
沸騰したお湯をポットにそそいで3分ほど蒸らし、ハーブがカップに入らないように茶こしを使ってそそぐ。
ポットを回して濃度を平均的にするのがコツだ。
そして飲むのに邪魔にならない程度に葉や花を浮かべる。
「んー、フローラルでフルーティー」
花の香りは菩提樹。
千の顔を持つと言われ、捨てる所のないハーブだ。
フルーティーなのはエルダーフラワー。
マスカットのような香りがするハーブだ。
万能薬と呼ばれており、昔から薬として用いられてきた。
リンデンもエルダーフラワーも風邪に効く。
「シュークリームをどーぞ」
「おう」
アリスが取ってきたシュークリームに手を伸ばす。
「ん? このシュークリーム、抹茶か?」
「抹茶パウダーをクリームにかけマシた。ちなみに一つだけワサビパウダーがありマス」
「余計なことすんな!」
「ぬふふ、ロシアンシュークリームなのデス」
シュークリームは全部で5個。
一人ずつ順番に取っていく。
「あ、当たりです」
「アリスも当たりデス」
「あわわ」
瑞穂がわかりやすくうろたえている。
……これはピンだな。
俺が避ければ瑞穂に当たる。
仕方ない。
「あ」
一度に2個食べる。これで瑞穂に当たることは……
「ん?」
「あ、あんたまさか!?」
「……すまん」
俺が普通に1個だけ食べていれば、たとえ瑞穂が外れを引いても1個はシュークリームを食べられたのだが。
「ベリーベリースイートなグリーンシュークリームですヨー」
「いやー!?」




