将棋セット【団子とプーアル】
「序盤退屈。早く終盤になればいいのに」
「……お前は昭和の棋士か」
「だって将棋のだいご味は終盤の大逆転でしょ?」
「谷川名人の活躍もあって、終盤の戦術が確立された現代の将棋でそれは難しいな。……ただ気持ちはわかる。アマの将棋は持ち時間が短いし、チェスクロックを使わない気軽な対局でも序盤で時間を使うのは嫌われるしな。だからどうしても序盤は定跡通りの指し方になって退屈だ」
「定跡ばかりだと誰が指しても同じような展開になりますよね」
「あくまで同じような展開であって、同じではないですよ。序盤に定跡で有利な態勢を築こうとしても相手がそれをさせてくれませんけど、『玉の詰まし方』はパターンが限られているので終盤こそ誰が指しても同じになります」
「序盤より終盤の方がワンパターンなのに、終盤を退屈に感じないのは勝敗に直結してるからね」
「そういうことだ」
終盤は必ずどちらかの玉が詰む展開になる。
重要なのはパターンにいたるまでの計算能力だ。
だからプロ棋士も終盤に関しては将棋ソフトに勝てない。
処理能力が違いすぎる。
終盤は誰でも同じなら、遡って中盤から序盤を工夫するしかない。
だが中盤は序盤によって全然違う展開になる。
対策を立てるのが難しい。
「序盤のリードを保ったまま計算しきれる終盤まで逃げ切れれば必勝だ。だから定跡を勉強する。序盤がつまらないなんて言えるのは級位者だけだぞ」
「セオリーがないとブラックベルトに成れまセンか?」
「成れない。ただ将棋を学ぶ順番としては、序盤から終盤に行くよりも終盤から序盤に行く方がいいかもな。終盤力は詰将棋や寄せの本を読んでいるだけである程度身につくし、序盤の定跡書よりも簡単で、なにより自分が強くなってると実感できる」
「たしかに詰将棋は上達がわかりやすいわね」
「定跡は将棋を指す上での基礎知識であって、覚えてもスタート地点に立つだけだ。定跡を一手でも外されるとパニックになるし、相手の意図もわからなくなる。定跡と手筋を上手く組み合わせることもできないから『定跡を覚えると弱くなる』なんてことが起こる。その点、詰将棋は速効性が高い」
「なかなか詰将棋の役立ちそうな場面に辿りつけませんが」
「……究極の二択ですね。序盤を優先すれば定跡暗記で、しかも終盤で玉が詰まない。終盤を優先すれば楽しくてわかりやすいが、序盤でリードを許して相手を詰ませる場面に辿りつけない。どっちがいい?」
「絶対終盤」
「先生は定跡の方が……」
「楽しいほーデス!」
見事に性格が出た。
「とりあえず終盤からだな」
盤上に頭金の形を作る。
「玉の頭に金を打てば詰む。なんで詰むんだ?」
「金にヒモがついてるからでしょ」
「それだけじゃ詰まない。『王は下段に落とせ』。つまり玉が一段目にいるからこそ詰む。下段にいると玉は後ろに下がれない、つまり移動範囲が3マス減るわけだ。これで格段に詰ましやすくなる」
●●● 端端端
●玉● → ●玉● 後ろに下がれないので詰みやすい
●●● ●●●
「どーやってキングをフォーリンダウンさせマスか?」
「下段に駒を打って王手をかけるのが基本だな。玉の後ろ三マスに金・銀・飛車・角を打って玉に取らせろ」
「なんで金・銀・飛車・角なの?」
「下段には歩・桂馬・香車は打てないだろ」
「あ、そっか」
歩・桂馬・香車は移動できる場所がないの下段(最上段)に打つことはできない。
「飛車・角を捨てるならここだ。大駒を捨てて勝てば気持ちいいぞ。それと頭金の態勢を作るのに必要なものがもう一つ。さっきの図でいうなら金にヒモをつけてる歩だな。玉を下段に落として、二段目に駒を打って詰ますんだから、とりあえず三段目に駒を打っとけ。玉の上部を押さえられるから詰ませやすいぞ」
「ナルホド」
「それから『玉は包むように寄せよ』。つまり挟み撃ちだな。たとえば初級者は棒銀で右サイドを制圧すると、そのまま右から左へ玉を追いかけてしまう」
「『王手は追う手』ですね」
「はい。この場合、無駄に玉は追わず、左サイドにぽんと金でも置いて挟んでしまえば詰みやすくなります」
寄せの格言は多いのでまとめてホワイトボードに記した。
『王は下段に落とせ』
『玉は包むように寄せよ』
『王の腹に銀を打て』
『金はとどめに残せ』
『端玉には端歩』
『長い詰みより短い必至』
『寄せは俗手で』
『終盤は駒得より速さ』
「じゃあ一局指してみよう。ただし王手禁止だ」
「は?」
「王手一回につきおやつを一個没収する。ただしその王手が繋がって玉を詰ました場合は返却しよう」
こうすれば無駄な王手をしなくなる。
終盤の練習にはちょうどいい。
ちなみに今日のおやつは焼き・アン・ゴマ・月見の団子。
一本の串に四つ子の団子、それが2本セットになっている。
ただし月見団子だけは串に刺さっていない。
「変な団子」
「与謝野晶子が作っていた月見団子だ」
蒸した米と里芋を混ぜ、きな粉をまぶしたものだ。
団子が里芋の形をしているのは、八月の十五夜は芋名月と呼ばれ、もともと月見で供えられていた食べ物が里芋だったからだ。
ニューギニアの一部でも満月にタロ芋を供える風習があるという。
「王手一回につき団子を一つ、つまり4個×2本で最大8回まで王手をかけられる」
「1人1種類の2本セットですから、別のお団子を食べたいのなら相手に勝つしかないわけですね」
「はい」
お茶はプーアル。
日本では珍しい黒茶で、意外に団子と相性がいい。
「じゃあ始めよう」
プロの棋譜から終盤の盤面図を抜きだし、駒を並べる。
「王手!」
瑞穂が積極的に王手をかけてきた。
「一個没収」
「勝てば戻ってくるんでしょ」
「詰まねえよ」
ハンデとしてゴマ団子を一本食べながら(王手が4回使えなくなる)瑞穂の無駄なあがきを軽くあしらっていく。
「これで8手目だな」
「……うう」
8王手を費やしてもやはり詰まなかった。
「……これもしかして、先に手を出したほうが圧倒的に不利じゃないの?」
「攻め手が制限されてるからそうなるわな」
「インチキじゃない!」
俺から団子を奪い返そうとする腕を、ひょいっと避わした。
「王手禁止だぞ」




