ポーカーセット【干菓子と薄茶】
「ポーカーをしまショー!」
「今日は嘉祥だから『吹き寄せ』だな」
「干菓子の盛り合わせですか」
いわば日本版のクッキー缶だ。
入れ物もクッキー缶とほぼ同じである。
「カジョー?」
「嘉祥の儀だ。旗本や大名を集めて将軍自ら菓子を配る行事だよ」
「ショーグン!」
三方ヶ原で武田信玄と戦う前に家康が戦勝祈願に菓子を奉納したのが由来だ。
嘉祥の日に菓子を配るようになったのは、家康が神社で嘉定銭を拾ったかららしい。
「嘉祥は旧暦の6月16日で、現在は和菓子の日になってる。父の日に合わせてフェアをやる和菓子屋もあるな」
「へー」
「嘉祥の儀では16種類の菓子を配っていたが、今は1と6を足して7種類が主流だ」
今回の吹き寄せは七種類の干菓子によって構成されていた。
落雁、金平糖、雲平、有平糖、煎餅、おかき、甘納豆だ。
「干菓子だからお茶は薄茶だな」
シャカシャカとお茶を点て、萩焼の茶碗を差し出す。
「んー、苦甘い。でも美味しい」
「干菓子には薄茶が一番だ。茶席でもよく出されるからな」
「結構なお点前で!」
「お、おう」
一度言ってみたかったらしい。
「アリスにもプリーズ!」
「わかったわかった」
「あ、私も薄茶点てたい!」
「……お前がか?」
「なによ?」
「別に」
不安しかない。
「なら俺のを点てろ。俺は先生とアリスのを点てる」
「はーい」
口で説明するよりも見せた方が早い。
俺がお手本を見せてそれを忠実に真似させようとしたのだが……
「おっと……」
手元が狂って薄茶が飛び散ってしまった。
すると、
「えい」
「うわあ!? なにやってんだ!?」
「え、こうするんじゃないの?」
「今のは手元がすべっただけだ!」
「まぎらわしいわね」
「普通わかるだろ!」
「わかんないわよ、初級者だもの」
「うふふ、『本膳』ですね」
「ホンゼン?」
「有名な落語だ」
「結婚式に招待されるんですが、誰も本膳料理の作法を知らないので、手習いのお師匠さんを呼んで、みんながお師匠さんの真似をするんです」
「で、お前みたいにお師匠さんが失敗したのをみんなが作法だと勘違いして真似するわけだ」
「つまり江戸時代の人も私と同じ失敗したってことでしょ。ほら、よくあることなんじゃない!」
「……お前な」
まるで反省してない。
おそらくこれからも同じことを繰り返すだろう。
これはもう俺がミスをしないようにするしかない。
「では糖分で頭も回り始めたところで、ポジションを覚えましょう」
「ポジション?」
「テーブルに座っている位置です。ポーカーでは親の左隣から時計回りにベットをしていきますよね?」
「そうね」
「ポーカーではこのポジションが重要になります。なぜなら最初に賭ける人は判断材料がないからです。順番が後になればなるほど、相手のベット・チェック・レイズなどのアクションを参考にゲームを進めることが出来ます」
「最後に賭ける親が一番有利で、親の左隣にポジショニングしたら死ぬってことですか?」
「1ゲームに限定すればそうなります。ただポーカーは花札や麻雀、チンチロリンのように親は時計回りで変わりますから、ポジションは1ゲームごとに変わっていきます」
「そういえば『金は時計回りに動く』って聞いたことがあるな。親のいるゲームでは時計回りに金が動くのか」
「そうですね。なので現在、自分がどのポジションにいるか。それは常に意識してください」
「さー、いえっさー」
そして他にも細かいテクニックをいろいろと伝授されていく。
常にベットとレイズを仕掛けていくアグレッシブさと、各種の確率、そしてポジション。
それにポーカーフェイスを身につければ、初級者を脱出できるだろう。
「べ、べっと」
「レイズ」
「ええ!?」
まあ、全員が同じ知識を持っているのなら、そのポーカーフェイスが一番の鍵になるのだが。
「相変わらずお前は嘘が吐けんな」
「うう……。じゃあ、これでどう!?」
瑞穂が「ジュワッ」とよくわからない掛け声と共にサングラスをかけた。
「目は口ほどにものを言う。これで目を隠せば少しはマシになるはずよ!」
「安易な発想だな」
しかも驚くほど似合わない。
「面白そうですね」
「アリスにもプリーズ」
なぜか先生やアリスまでサングラスをかけだした。
なんだ、このシュールな絵面。
「ふふん、私の心が読めないでしょ!」
やっぱり阿房だな、こいつ。
目の動きこそ見えなくなったものの、ポーカーフェイスとは顔のことだけではない。
動きにも出る。
たとえば……
「コール!」
それまで椅子にぐでーともたれていたくせに、急に背筋がピンと伸びた。
いい手が入ったらしい。
チップを置く時にも手が震えていたし、俺のチップにちらっと視線を送った。
せっかくサングラスで目を隠しているのに、顔ごと動かしてしまったのでバレバレだ。
「フォールド」
「ええー」
勝負して欲しいのだろうが、ここまであからさまにビッグハンドが来ているのに勝負する馬鹿はいない。
「うー」
そして反対に悪い手が来た時はチップを投げるように置いたり、やたら早くベットやコールをする。
役が微妙で周りが気になる時はきょろきょろ首を振る。
思い切ってブラフをかました時も、かました後に相手がそれに引っかかったかどうか上目遣いに確認している。
傍から見ている分には子犬のような愛嬌を感じるものの、それもサングラスで台無しだ。
「フルハウス」
「ああー!?」
瑞穂はあえなく最下位に沈んだ。
俺にさえバレバレなんだから、先生には深層意識まで探られているだろう。
だが対策がないでもない。
「ほれ」
「あ、ありがと」
瑞穂に俺の干菓子を渡してチップを補充。
瑞穂がカモにされているのなら、それをエサに先生を釣ってやろう。
上手くいけば御の字だ。
「とりあえずその似合わないグラサンを外せ」
「あ」
無理やり瑞穂からサングラスを取ると、流れで先生とアリスもサングラスを外した。
これで目が見えるようになった。
目の動きで先生の心を読むことは出来ないが、問題は視線。
サングラスをかけたままだと、顔を動かさずに眼だけを動かされたら、外からではわからない。
こちらの気付かない内に観察されていたら困る。
視線は出来るだけ瑞穂に集中させなければ。
トンッ
そして先生の視線がそれている隙に、軽く仕掛けをする。
さて、この仕掛けが上手くハマるか否か。
「ショーダウン」
手札を公開する。
「スリーカードよ!」
「え!?」
先生が目を剥いた。
瑞穂の心を読みそこなったらしい。
そして次の一戦も……。
「レイズ!」
「フォールドします」
先生が降りる。
だが瑞穂の手札はワンペアだった。
徐々に先生の歯車がかみ合わなくなってくる。
「……なんでしょう、急に雰囲気が変わりましたね」
「え、そう?」
「気のせいですよ」
トンッ
さも異常なことなどないように、テーブルを人差し指で叩く。
すると一拍遅れて瑞穂も指を突いた。
「……?」
先生とアリスがいぶかしげに眉をひそめる。
そろそろ気づかれるな。
さて、どうしようかと頭をかいたら、瑞穂も頭をかいた。
「……仲がいいですね」
「それほどでも」
「なんの話?」
瑞穂が小首を傾げる。
「なんでもない」
俺もそれに釣られて小首を傾げた。
「オー、ホンゼン!」
「あー、やっぱり気づかれたか」
「いわゆる『ミラーリング効果』ですね」
「なにそれ?」
「無意識の内に相手と同じ行動をしてしまうことです」
「え、私そんなことしてた?」
「してたというか俺がさせてたんだが」
「……なにそれ恐い。そんなことできるの?」
「まあ、お前は一度同じ動きをするとしばらくこっちに合わせるからな。最初に俺がお前と同じ動きをしてシンクロすれば、後はお前が勝手にミラーリングしてくれる」
「ミラーリングでミズホの癖を消しつつ、内心とは逆のアクションをさせていたんデスね」
「そういうことだ」
「ミラーリングってよくあることなの?」
「よくあるといえばよくあることだな」
「そうですね。人は自分と同じ行動をとる人に好感を抱きます。だから家族や友達のように親しい間柄なら、同じ動きをして感情を共有しようとします。赤の他人と同じ動きをすることはあまりありません」
「へー」
「これは異性にも当てはまります。自分と同じ行動をとる人に好感を抱くので、好きな人に自分を好きになってもらおうと、無意識に同じ動きをしてしまうわけですね」
「え。す、好きって……!?」
「お前は本当にわかりやすいな」
「あ、あんただって私と同じ動きしてたじゃない!」
「好きだからな」
「ふああっ!?」
瑞穂が真っ赤になってテーブルに突っ伏した。
さすがにこの動きまではミラーリングできない。




