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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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カルタセット【黒蜜きな粉豆腐と豆乳】

「これでよし、と」

「なにやってんの?」

「豆腐の水切りだ」

 豆腐にキッチンペーパーを巻き、皿をかぶせて重しをする。

 これで20分ほど待てば、適度に水分が抜けていい塩梅になる。

「『池内豆腐店』と『藤原豆腐店』? 木綿と絹ごしで買う店を分けているんですか?」


「はい。『豆腐は木綿か絹ごしか』。それはかの木村名人と升田『大』名人でさえ答えを出せなかった永遠の命題ですから」


「へー」

 水分が抜けるまでに、どちらを食うか考えておこう。

「さて、水切りが終わるまで何をするか……」

「では変則カルタをしましょう」

「変則?」


「百人一首ゲームの『坊主めくり』では、お札を男性・女性・お坊さん・天皇の四種類に分けています。同じように種類によって1点から4点までのポイントを割り振りました」


挿絵(By みてみん)


 台座に縞模様があるのが天皇の札

 男の札は枚数が多いので省略


「ポイントマッチか……」

「取った札によってポイントが違うのね」

「はい。それと使用する札は38枚です」

 普通の競技カルタでは50枚、お互いに25枚を自陣に置いてプレイする。

「その38枚には何か意味あるんですか?」


「『力をも入れずして天地あめつちを動かし、目に見えぬ鬼神おにがみをもあはれと思はせ、男女をとこをむなのなかをもやはらげ、猛き武士もののふの心をも慰むるは、歌なり』」


「あ、それ授業で習った! 古今和歌集の序文ね!」

「はい。この38枚は古今集の24首と新古今集の14首です。この変則カルタはTRPGの戦闘システムとして考えた、古今調の歌を魔法にして戦うゲームです。先に既定のポイントを獲得した方の勝ちですが、敵陣の札を取ってもポイントにはなりません」

「なんで?」

「『臨兵闘者皆陣烈在前』のように、魔法は呪文を全部唱えないと発動しませんよね?」

「そうですね」

「短歌も5・7・5・7・7によって構成される魔法の呪文です。全文を詠唱しないと言霊ことだまは発動しません」


「つまり『自陣の札を取れば最後まで呪文を唱えられる』ってことですか?」


「はい。『敵陣の札を取れば相手の呪文詠唱を邪魔した』ことになります」

「和風ファンタジーね」

 読み札が呪符じゅふで、俺たちは呪文詠唱スペルキャスティングしている味方の陰陽師を守ったり、敵の陰陽師を攻撃して詠唱を邪魔する侍のイメージか。

 読み上げソフトの設定をいじって、毎回違う声で読み上げさせたら面白いかも知れない。

 読み手が読み札を必殺技っぽく叫んでもいい。


 まとめると、


 1先に既定のポイントを獲得した方の勝ち

 2得点になるのは自陣の札だけ

 3敵陣の札を取っても得点にはならないが、相手の得点を阻止することができる


 そういうことだ。

「始めましょう」

 俺と瑞穂、そして先生の2対1で変則競技カルタをやってみる。

 まずは38枚の札を19枚ずつに分けた。

 38枚の内、女が4枚、坊主が4枚、天皇が3枚で、残りの27枚が男の札だ。


 点数の内訳は男が1点、女が2点、坊主が3点、天皇が4点。


「4点の天皇の札が奇数ですよ?」

「それはハンデとして差し上げます」

 先生は反射神経こそ並みだが、カルタは小学生の頃からずっとやっているらしい。

 2対1と天皇札のハンデなら互角の戦いになるだろう。


 男が13枚で13点、女が2枚で4点、坊主が2枚で6点、天皇が2枚で8点の計31点。

 先生は天皇札が1枚少ないから28点だ。


 勝利条件は31点の半分の『16点先取』に設定された。

 両者とも規定に到達しなかった場合は、得点の高い方の勝ちになる。

「俺は敵陣を抜いて呪文詠唱を防ぐ、お前は自陣で攻撃に集中しろ」

「うん」

 カルタの自動読み上げソフトをセットする。


『心あてに……』


 バンッ


 あっさり先生に自陣を抜かれる。

 幸先が悪い。

 しかし勝負は始まったばかりだ。


『かささぎの……』


 バンッ


 またしても自陣を抜かれる。

「……なにやってんだ?」

「いいでしょ、どうせ男札なんだから」

 1点札は捨て、高得点に狙いを絞っているらしい。 

 そして10分後。


「……高得点の札にこだわりすぎだ」


「だって」

 役割分担むなしく惨敗。

 先生は点数の低い札を着実に取り、気づけば既定の点数に到達していた。

 塵も積もれば山となる。

 1点とはいえ13枚だ、立て続けに取られれば負けるに決まってる。

 まずいと思った時にはもう手遅れだった。

「もう一戦お願いします」

「いいですよ? ではこうしましょう」


『春過ぎて 夏来なつきにけらし 白妙しろたえの 衣ほすてふ 天の香具山かぐやま


 持統じとう天皇の歌を自陣と敵陣の間、場のど真ん中に置く。


挿絵(By みてみん)


「この歌で詠まれている『白妙の衣』って『人の嘘を見抜く』やつですよね?」

「はい。このゲームでいう嘘は古今調の歌です。古今調の歌は必ずしも目の前のものを詠みません。別のなにかに例えて自分の心を表現します」

「そういや正岡子規が古今調の歌を『この歌は嘘の趣向なり』って批判してたな」

「だからこのゲームでは『春過ぎて』の札を取ると相手の嘘、すなわち呪文を封じることができ、『一定期間、相手の札が読まれなくなります』。つまり『相手は一切攻撃できません』。しかもこの札は取っても場からなくなりません」


「『春過ぎて』はゲーム中に何度も読まれるの?」

「はい。それと『春過ぎて』は天皇札ですが、取ってもポイントにはなりません」

 厄介そうだ。


ピピピ…


「お」

 アラームが鳴り、豆腐の水切りが終わった。

「やっぱり豆腐といえば絹ごしよね」

「そうですね」

「じゃあ俺は木綿にしよう」

 ガラスの器に豆腐を盛る。


 赤い切子カットグラスの鉢に、白い豆腐のコントラスト。


 美食倶楽部で有名な魯山人ろさんじんが、赤貧時代にやっていた黄金の組み合わせだ。

 これに黒蜜ときな粉をかければ専門店顔負けのスイーツの完成である。

 食べれば形が崩れるものとわかっていても、スプーンを入れるのをためらってしまう美しさだ。

「ん、おいし」

「だろ?」

 とても豆腐とは思えないクリーミーな味だ。

「お茶は豆乳にしよう」

 これも黒蜜ときな粉を混ぜれば美味い。

 クセのある豆乳の臭いも、きな粉を混ぜれば飲みやすくなる。

 豆腐も豆乳もきな粉も大豆から作られているのに、なぜかくも相性がいいのか。

 食の神秘だ。

「豆腐が一個あまってるけど」

「あれはアリスのだ。今日は来ないみたいだから皆で食うか」


「じゃあ『銀のさじ』がいい!」


「銀の匙?」

「中勘助ですね。そういえば物語のラストで豆腐の料理がありました」

「あー、柚子ゆずのやつか」

「それそれ」

 著作権が切れているのでそのシーンを探してみた。


『そこにはお手づくりの豆腐がふるえてまっ白なはだに模様の藍がしみそうにみえる。姉様は柚子をおろしてくださる』


「藍の模様ってことは磁器か? 伊万里焼の皿に盛りつけよう」

「それから銀のスプーンね!」

「……いや、これは箸で食ってるだろ」

「スプーンで食べるの!」

「わかったわかった」

 銀のスプーンを引っ張り出し、豆腐に柚子をおろす。

 それから醤油。

 よく考えたらこれも大豆だ。

 今日はつくづく大豆に縁がある。

 そして準備を整えると、皆でスプーンを入れた。


『浅い緑色の粉をほろほろとふりかけてとろけそうなのを と とつゆにひたすと濃いエビ色がさっとかかる。それをそうっと舌にのせる。しずかな柚子の香り、きつい醤油の味、つめたくすべっこいはだざわりがする。それをころころと二三度ころがすうちにかすかなでんぷん性の味をのこして溶けてしまう』


 銀の匙という名著の前に、俺の語る言葉はもう残っていない。

 それでもあえて語るのならただ一言。


 美味い。


 それがすべてだ。

「では変則カルタをプレイしましょう」

 一服したので、新ルールを追加して勝負開始。


『春過ぎ……』


 バンッ!


「う」

 早速切り札を抜かれてしまう。

 これで一定時間、俺たちの札は読まれない。

 敵陣に意識を集中して、全力で呪文詠唱を邪魔しよう。


 呪文詠唱を防げば逆にこっちが有利になるんだが、敵陣だから遠い。


 しかも、


「並び替えます」


「ぐ」

 先生が自陣の札を並べかえた。

 取り札には文字しか書かれていないから、どれが何点の札かわからなくなる。


 その動揺を突かれて、あえなく先生に取られてしまった。

 そして再び『春過ぎて』を先生に取られてしまう。

「攻撃されっぱなしよ?」

「いや、これでいい」

「え?」


「春過ぎてを取られたら『こっちの札は読まれない』。だから先生の札だけが減ってるだろ?」


「あ」

 場に残っているのは、ほとんど俺たちの札になっていた。


 普通の競技カルタは『自陣の札を全部取れば勝ち』だが、今回は『先に既定のポイントを取る』のが勝利条件。


 先生に一方的に攻撃されているものの『春過ぎて』が発動してる時、俺たちは自陣を無視できる。

 二人で敵陣に集中できるから、普通に対戦している時より敵陣の札を抜ける可能性は高い。

 現に俺たちは先生の呪文詠唱を邪魔するのに何度か成功していた。

 これで先生は自陣の残りの札を全部取っても、既定のポイントに到達できない。


 しかも連続する『春過ぎて』のせいで残りはほとんど俺たちの札だから、距離の近い自陣の札を二人がかりで取りに行ける。


「……誤算でした」

 先生が頭を抱えた。


 春過ぎての特殊ルールがなければ圧勝だったのに。自分の導入したルールで首を絞め、先生は俺たちの追い上げを許した。

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