ドラキュラ将棋セット【マンゴープリンと東方美人】
吸血鬼とコウモリは朱身つめさん、ドラゴンはましろさん、自在天王はユキノアさん、ダンピールは炉場たかひろさんに描いていただきました。
転載禁止。
「なんで取られた駒は駒台に移動するの? しかも盤上の好きな場所に打てるし」
「そうした方がゲームとして面白いからだろ」
「……身もフタもないわね。でも取った駒を自分の駒に出来るんなら、こうしてもいいと思うの」
俺の駒の上に自分の駒を積む。
そして下にいる俺の駒の向きを変えた。
「なるほど。取った駒は取った場所からでしか使えないってことか」
「そうそう。その場で死んだ駒が復活する『ゾンビ将棋』よ!」
「……ネーミングは悪くない。でもゾンビの上に自分の駒がいる状態で、相手の駒がそのマスに行ったらどうなる?」
「2枚ともゾンビになる」
同じマスにいるんだから当然といえば当然か。
「2枚積んでる駒は、2枚同時に動かせたりするのか?」
「一手で動かせるのは一枚だけよ」
「だいたいわかった。試しに指してみよう」
先手の瑞穂が角道を開ける。
「じゃあ俺はこうだ」
飛車を一マス進めた。
「は?」
飛車が歩の上に移動した形だ。
「同じマスに2枚の駒が存在できるんだろ? だったら味方の上を歩けるはずだ」
「それもそうね」
そして駒組みが進み、俺は積極的に攻撃を仕掛けていく。
「そんなんじゃ私の防御は突破できないわよ」
「それはどうかな」
歩を突く。
瑞穂がそれを取ろうとして……思いとどまった。
賢明な判断だ。
「……駒交換は成立しないのね」
たとえば普通の将棋ではこの歩を瑞穂が取り、俺が銀で取り返せばお互いに歩を交換することになる。
だがゾンビ将棋では取った駒はその場に残ってしまう。
つまり次の一手で相手の駒を取り返せば、最初に奪われた駒も取り返せてしまうのだ。
このゾンビ将棋では普通の将棋と同じ感覚で駒交換に応じたり、捨て駒を取ってはいけない。
倍にして取り返されてしまう。
「あれ、二歩?」
「ゲームの性質上、絶対に同じ筋に2枚の歩が存在することになるだろ。だから反則じゃない。そもそも持ち駒制度がないんだから、歩を違う筋に打つこともできないしな」
ただ相手の歩を自分の歩で取り、一方の歩を一マス進めれば、2枚の歩が縦に並ぶことになる。
歩
歩
相手に作られたら地味に嫌な形だ。
しかもこれがこの将棋の基本形なのだからタチが悪い。
「でも『ゾンビがゾンビに襲われて味方のゾンビになる』っていうのが意味不明だな。たまにゾンビ同士で共食いするパターンもあるが、基本的に襲うのは生きた人間だけだろ。そもそも敵味方の概念がない」
「う……」
「どちらかというと吸血鬼じゃないか? 吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼の僕になる。別の吸血鬼に血を吸われたら、支配系統が上書きされる」
「じゃあ玉は吸血鬼にしましょ」
吸血鬼
コウモリ
「なんか食いながらイラストそろえるか。なにがいい?」
「マンゴープリン!」
「あいよ」
マンゴープリンは普通のプリンと違って、蒸さずにゼラチンで冷やし固めるものだ。
エバミルクとレモン汁で味を調えれば、マンゴージュースでも作れる。
うちのはちゃんとマンゴーの果肉で作られたものだ。
「アリス用に固めてないのもあるぞ。香港流に飲んでみるか?」
「……普通のお茶がいい」
慣れると飲むスイーツも乙なものなんだが、やはりまだ抵抗があるらしい。
「マンゴープリンならマンデリンか『東方美人』にしよう」
「東方美人って私のこと?」
「ああ」
「んふふ」
明らかな嘘でも肯定されると結構嬉しいらしい。
女心が単純なのか、それともこいつが単純なのか。
たぶん後者だろう。
東方美人をティーカップにそそぐと、フルーティーな香りが立ち昇った。
中国茶なら取っ手のない茶杯に注ぐものだが、東方美人にはこちらの方が似合うだろう。
「ん、なんか味も香りも紅茶みたい」
「発酵度が高いからな」
「発酵?」
「お茶には緑茶・白茶・青茶・紅茶といった分類があって。それらは発酵度で区別される。青茶は半発酵茶、紅茶は完全発酵茶だ。東方美人は青茶の中でも発酵度が高いから紅茶に近い風味になる」
「へー」
ちなみに緑茶は全く発酵させない不発酵茶で、白茶は青茶よりも発酵が軽い軽発酵茶。
これらは酵素によって発酵させるお茶で、黒茶や黄茶のように微生物によって発酵させるお茶は『後発酵茶』と呼ぶ。
日本はほぼ緑茶だけだが、一部では他の色のお茶も生産されている。
珍しいものなので、見かけたら買っておくことをオススメする。
「吸血鬼特有のルールも作るか」
「たとえば?」
「『吸血鬼は家主の許可がないと他人の家に入ることはできない』って伝説がある。だから将棋盤を3×3マスずつに分けて『味方の駒がいない場所には移動できない』ことにするとか」
「チェスではキングをよく動かすけど、このルールでそんなに動ける?」
「動けないのなら自在天王にすればいい」
∞∞∞
∞自∞
∞∞∞
※自在天王は一手で盤上のどこにでも移動できる
ただしヒモのついている駒は取れない
「名前はヴァンパイア将棋よりドラキュラ将棋のほうがいいかもな」
「なんで?」
「ドラキュラは『龍の子』って意味だ。たぶんドラゴンの血を飲むか浴びるかして吸血鬼になったんだろうな」
「へー。じゃあドラゴンを取った駒は自在天王に成れることにしましょ」
ドラゴン
なお吸血鬼には『自分の故郷の土を敷いた棺桶でないと眠れない』という伝説や、『白木の杭を心臓に刺されないと死なない』という伝説もある。
陰陽五行によると土属性の弱点は木。
このことから吸血鬼が土属性であると推測できる。
平安京や長安といった風水都市には『黄龍』が宿るとされており、これも土属性だ。
中国の皇帝の衣装が黄色で、龍の絵が描かれているのもこのためである。
おそらくドラキュラが血を吸ったドラゴンは黄龍系だろう。
自在天王の駒を吸血鬼という設定にしてもいいかもしれない。
自在天王
「『取らず銀』もありだな」
「トラズギン? なにその怪獣」
「どんな駒でも銀を取ることができない変則駒落ち将棋だ。取らず銀側は金・香・飛車・角を落とす」
987654321
口桂銀口王口銀桂口 一
口口口口口口口口口 二
歩歩歩歩歩歩歩歩歩 三
口口口口口口口口口 四
口口口口口口口口口 五
口口口口口口口口口 六
歩歩歩歩歩歩歩歩歩 七
口角口口口口口飛口 八
香桂銀金玉金銀桂香 九
取らず銀初期配置
「銀は吸血鬼の弱点だから取れないわけね」
「ああ」
「でも銀で敵の駒取ると死ぬんじゃないの?」
「吸血鬼と人間のハーフの『ダンピール』なら問題ない。銀を装備できて血も吸える」
ダンピール
なお自在天王も取らず銀も選択ルールである。
複雑化するのが嫌なら採用する必要はない。
「さて……」
駒とルールも大体そろったので試しに指してみる。
「どう動かせばいいのかわかんない」
「今回はボードが3×3マスごとに区切られてるだろ。そして吸血鬼は味方のいないエリアには移動できず、初期配置では真ん中のエリアが空白だ。先に空白のエリアに駒を移動させたほうが有利になる」
987 654 321
香桂銀 金王金 銀桂香 一
口飛口 口口口 口角口 二
歩歩歩 歩歩歩 歩歩歩 三
口口口 口口口 口口口 四
口口口 口口口 口口口 五
口口口 口口口 口口口 六
歩歩歩 歩歩歩 歩歩歩 七
口角口 口口口 口飛口 八
香桂銀 金玉金 銀桂香 九
「あ。先に空白地帯に駒を動かせば、相手が入ってきたときに吸血鬼で攻撃できるんだ」
「そういうことだ」
口口口
口口口
口歩口
1 先に空白エリアに侵入
歩口口
口口口
口歩口
2 相手が遅れて入ってくる
吸口口
口口口
口歩口
3 次の一手で侵入してきた駒を吸血鬼で取れる
「そこで飛車・角・香車だ。ヒモをつけて吸血鬼に取られないようにする」
「なるほど」
香桂銀
口飛口
歩口歩
口歩←後ろに飛車がいるので後手でも吸血鬼に取られない
口口口
口歩口
いかにして中央の3つのエリアを制圧するかが重要だ。
右側と左側を制圧したいのなら、飛車を左右の端に振るのもいいだろう。
歩歩歩 歩歩歩 歩歩歩
←角━━━━━━━飛→
香桂銀 金玉金 銀桂香
※左側には角がいるが、角の上を歩いて左端にも行ける
歩・香車・飛車で数的優位を作ってサイドを攻めるのだ。
そしてヒモを使って守りの堅い敵陣を制圧し、吸血鬼が移動できるエリアを狭くして追い詰める。
相手の飛車を取って吸血鬼を二匹にすれば安泰だ。
あるいは、
「ダンピールで一直線に吸血鬼へ突っ込む」
「ええ!?」
「取れないから動きを止められない。これが取らず銀の恐ろしさだ」
「あわわ!?」
まあ、今回は相手もダンピールを持ってるので進路をふさぐことはできる。
ただこっちが先手を取ってしまった以上、瑞穂は逃げることしかできない。
2枚のダンピールを別々のエリアに派遣すれば逃げ場も少なくなって完璧だ。
「……ダンピールでダンピール取れることにしましょ」
こうしてあっという間に取らず銀は弱体化した。
これだからルール調整は難しい。




