戦略将棋セット【抹茶ロールケーキと白牡丹】
「将棋盤を戦術と戦略に分けてみましょう」
「分ける?」
「実際に体験してみた方がいいですね」
先生が普通の将棋盤に古将棋の駒を並べ、大将の駒の下に駒を積む。
俺も真似して駒を積んだ。
「これからどうするんですか?」
「駒がぶつかってからが本番です」
先生が積み駒を進めた。
まだ詳しいルールを飲みこめないが、とりあえず俺も駒を進めて、盤の中央付近でお互いの積み駒がぶつかった。
「積み駒のいるマスへ積み駒が移動すると戦闘が発生し、お互いの積み駒は『戦術ボード』へ移動します。そうですね、茶室将棋のように3×3マスのボードがいいかもしれません」
3×3マスのボードに大将の駒を置き、下に積んでいた駒を周りに配置する。
「あー、なるほど。積んだ駒で戦闘するのか。でも3×3で収まらない場合はどうするんですか?」
「もちろん数に応じてボードも大きくなります」
茶室将棋のようにボードをつなげてもいいかもしれない。
「戦術ボードでは駒を積むことは出来ません。下に駒を積んで『部隊』を組めるのは玉や能力を持っている古将棋系の駒だけです」
「司令官駒がいるのか」
「格下が格上の駒を下に積むことはできません。そして一番格の高い駒が取られたら戦術レベルで敗北したことになり、積んでいた駒をまとめて取られます」
「いいですね、そのルール」
「それと積んでいる間は古将棋の能力も発動できません」
ようやく戦術と戦略の意味が飲みこめた。
戦術とは局地的な戦い、戦略とは大局的な戦いを意味する。
有名なのは『第四次川中島の戦い』だろう。
領土を拡大しようとする武田信玄と、それを阻止しようとする上杉謙信の戦いだ。
戦術的には謙信が山本勘助の『キツツキ戦法』を見破り、勘助、武田信繁(信玄の弟)、初鹿野源五郎、諸角虎定などの武将を撃破。
本陣に切り込んで信玄をあと一歩のところまで追いつめたという。
だが信玄は態勢を立て直し、数的優位を活かして謙信を撤退させた。
信玄の人的被害を考えると戦術的には大敗だが、領土を維持できたのだから戦略的には勝っている。
『喧嘩には敗けたが勝負には勝った』というやつだろうか。
戦術と戦略の関係をデフォルメしたのがこのゲームというわけだ。
戦術ボードで敗北しても、戦略ボードで勝てばいい。
戦略で負けていても、戦術でひっくり返せないわけではない(あまり現実的ではないが)。
「じゃあ本格的に指し進める前に賭け金を決めましょう。オーダーは?」
「そうですね……。では中国茶とそれに合うスイーツを」
「中国茶か。なら今日は珍しい白牡丹にしましょう」
白牡丹は軽発酵茶の白茶。
茶葉の芯が牡丹のように見えることから白牡丹と名付けられたという。
生産が始まったのは1920年代と歴史こそ浅いが、白茶の産地福建省を代表するお茶だ。
白牡丹を淹れる時はまず洗茶。
急須で茶葉を洗い、お湯を捨てる。
そして新しいお湯をそそぎ、蒸らしながら茶葉を確認。
茶葉が3回ほど浮き沈みしたら飲み頃だ。
「スイーツは抹茶ロールケーキです」
「不思議と抹茶味が合いますね」
白牡丹は渋味がなくて甘さまろやか。
味に関しては白茶で一番ではないかともいわれており、その風味は抹茶と相性がいい。
ストレス解消にも定評がある。
日本でお目にかかる機会の少ない白茶だが、もっと知られていいお茶だ。
「序盤は手堅く戦術的勝利を積み重ねていくか?」
俺が戦術ボードで駒を進めると、先生は戦略ボードの駒を動かした。
戦術の一手も、戦略の一手も同じ一手としてカウントされるらしい。
「戦術ボードで戦ってる駒を戦略ボードで動かすことは出来ないんですよね?」
「はい」
「つまりこういうこともできると」
2枚のユニットを前線に進め、5枚のユニットと戦闘に突入する。
「少ない兵力で大軍を足止めするわけですね」
「戦略的に戦術的敗北をするのがこのゲームのだいご味ですから」
たくさん積むほど戦術レベルでは有利になるが、数の少ないユニットに足止めされてしまうリスクもある。
「ただこういうこともできますよ?」
先生が戦術ボードの左端にいた駒をさらに左へ進めた。
つまり盤外へ出たのである。
「盤の端から一マス進めば、戦術ボードから離脱できます」
「げ!?」
戦略ボードで戦闘の行われているマスから、その駒だけが一マス左へ飛び出した。
「端から離脱できるってことは、敵陣を中央突破して敵の後ろに出ることもできるんですか?」
「はい。ただ司令官レベルの駒は離脱できません。そして離脱が出来るのなら、当然合流も出来ます」
先生が戦闘をしているマスへ駒を進め、戦術ボードに駒を置いた。
駒の数に応じてボードが広がるのだとしたら、途中合流することでボードを広くすることもできるだろう。
「……ユニットを組むことで一度に複数の駒を動かす。大軍のユニットで相手のユニットを戦術ボードで殲滅。少数のユニットで相手の大軍を戦略的に足止め。駒を戦術ボードの端に配置しておいて間接的に戦略ボードへ駒を利かせる。戦略ボードから戦術ボードに進んで味方を援護、か」
「システムは中々いいと思います」
「そうですね」
商品化できるかもしれない。
システムの改善案を考えつつ、飛将に歩を持たせてユニットを足止めする。
「……やはり遅滞戦術は厄介ですね」
「歩をたくさん持たせれば簡単に足止めできますしね。古将棋の『鼓』は必須にしましょう。鼓を取られたら自軍のユニットは進軍できなくなる」
「いいですね」
軍隊は太鼓やラッパの音を合図に進軍するので、鼓を取られたら動けない。
世界観にもあったルールだ。
太鼓だとあまりいい構図が思い浮かばないので、イラスト化するなら最終戦争の角笛を吹く北欧神話のヘイムダルや、終末のラッパを吹く『ヨハネの黙示録』の天使がモチーフだろうか。
「2枚のユニットで10枚のユニットも足止めできてしまうのも問題ですね。戦力差が倍以上の場合、数の少ない駒は無条件で取られてしまうというのもありかもしれません」
「たしかに」
たとえば2枚の駒で足止めできるのは3枚までで、4枚5枚以上のユニットとぶつかってしまった場合、戦闘には突入せず、一手で2枚とも取られてしまうわけだ。
これで戦略がかなり変わってくる。
遅滞戦術が封じられたので攻め方を変えた。
格の高い駒をあえてユニットにせず分散させ、前線で合流してユニットになり、一気に玉へ攻めかかる。
「ではこちらも合流させてもらいます」
「え」
先生のユニットが一斉に玉と合流し、駒が収まりきらなくなる。
やむなくボードを拡大する。
「じゃあこっちも」
俺のユニットも合流させ、
「まだまだいますよ?」
先生が再び合流させる。
俺も手数をかけて合流させ、気づけば戦略ボードからほぼ駒が消えていた。
「……これもう普通の将棋じゃないですか」
積める駒の数やボードの広さに上限を設けたほうがいいのかもしれない。




