タイル式ボードゲームセット【みかんゼリーと抹茶】
『カタンの開拓者たち』を元ネタにしたボードゲーム回です。
喫茶店の下準備を終えると、先生がタイルを敷いていた。
タイルといっても床に敷きつめるものではなく、ゲームボードにハメるタイルだ。
「ウォーゲーム?」
にしてはマス目が大きくて数も少ない。
「のん、タイル式ボードゲーム」
「都市発展型ボードゲームともいいますね。見様見真似ですが先生が自分で作ってみました。名付けて『フレイヤの涙』!」
「フレイヤって北欧神話でしたっけ?」
「はい。フレイヤは首飾り欲しさに小人と浮気して、夫のオズルは出ていってしまいました。フレイヤは夫を探し求めて世界中を旅し、そのとき流した涙が黄金になったそうです。このゲームはフレイヤのエピソードと『神々の最終戦争ラグナロク』をベースにした世界観になっています」
「面白そうね」
ボードゲームにストーリーは必要ないんじゃなかろうかとも思ったが、曲がりなりにも先生の作品だ。
ゲームシステムをおろそかにしていることはないだろう。
「ではテストプレイをしましょう。みかんゼリーをお願いします」
「あいよ」
うちのみかんゼリーは紀州ミカンの中身をくりぬき、くりぬいた実をゼリーにして皮の中に戻したものだ。
傍目にはただのみかんにしか見えない。
「お茶は抹茶だな」
「ぬ、オレンジにマッチャですカ?」
「抹茶は柑橘系と相性がいいんだぞ」
「へー」
抹茶にオレンジピールをブレンドする。
柑橘系の酸味と、抹茶の苦味やコク。
「お互いに足りないものを補い合ってる感じ?」
「ぼーの!」
なぜイタリア語。
「ではまず、人間の暮らす大陸『ミッドガルド』に村・山・畑・森・草原のパネルを敷きましょう」
「適当でいいの?」
「はい。パネルはランダムで、プレイするごとに全く違ったゲーム展開になります。目の前にある村がプレイヤーの拠点。次にそれぞれのタイルの意味ですけど。村のタイルでは人を生産できます」
「は?」
「これです」
先生が山札からカードを引いた。
人のカードだ。
「人は労働力や兵士になります。人を労働力にして都市を発展させたら1ポイント、文明を発展させたら1ポイント。最初に10ポイント獲得したプレイヤーの勝ちです」
「敗北条件は?」
「人口が0になることです。具体的には『巨人族』に拠点の村を破壊されるか、『食料』がなくなるかのどちらかですね。一定以上の人口がいれば巨人を撃退できますけど、人口は半減します。それが嫌なら都市を発展させて周囲を壁で守るか、『英雄』のカードが必要になります」
「他の村と協力して撃退することは?」
「できますよ? 他のプレイヤーを説得できればの話ですけど」
皆タダでは動いてくれないか。
「食料は畑のタイルで取れます。食料があると村ではたくさん人が生まれますよ? ただ食料は草原のタイルでも手に入ります。草原では労働力と家畜になる動物が生まれますから。ただし家畜は畑で取れる食料よりもコストがかかります。食料ならカード一枚で済みますけど、家畜は倍です。羊の毛を刈って服を作れば文明レベルも上げられますね。次に山のタイル。山からは金属のカードが産出されます。金ならお金になりますし、鉄なら建造物や武器になる。森タイルからは木材。これも建造物ですね。それから橋と船も建造できます」
「……情報量が多すぎてよくわかりません」
「序盤で重要なのは村の人口と畑の食糧です。村が滅びさえしなければ何とかなりますよ?」
「ハタケがありまセン」
「山で貴金属を掘って誰かと交渉してください」
「ゴールドラッシュ!」
初期配置によって使える資源に個性が出るらしい。
「子だくさんね」
瑞穂は畑に恵まれ、着実に人口を増やし、アリスと金を交換して万全の態勢。
先生は草原。畑よりコストパフォーマンスが悪いものの家畜の肉で人口を増やし、羊毛で文明レベルも上げている。
一方、俺の周囲にあるのは森だ。建物や船を作るには時期が早すぎるし、橋を架ける場所もない。というか食糧不足で早くもピンチだ。
「木はいらんかね?」
「いらない」「いりません」「ノーセンキュー」
お前ら全員巨人に踏み潰されてしまえ。
俺の呪詛が天に通じたのか、サイコロで7が出た。
これで好きな場所に巨人を出現させることができる。
「よし、巨人で瑞穂の村を踏み潰……」
「食料いらない?」
「……やっぱ先生の村にしよう」
「英雄のカード持ってますよ?」
「ふんふんふーん、ふふふふーんふーん♪」
アリスが妙な鼻歌を歌いながらカードを場に出した。
「こ、この曲はまさか『ワルキューレの騎行』!?」
「イエス! 『戦乙女』カードをオープン!」
「ああー!?」
英雄がいればコスト0(人口が減らない)で巨人を撃退できるが、ワルキューレのカードは英雄のカードを無効化する。
北欧神話によるとワルキューレは来るべき最終戦争のため、戦死した『英雄』の魂を集めて精鋭部隊を作っているらしい。
このゲームの設定ではワルキューレの英雄集めにはノルマがあり、ノルマを達成するために自分の手で英雄を殺す悪徳ワルキューレがいるとか。
先生の英雄はワルキューレのノルマ達成に役立ったわけだ。
「お金あげるから木ちょうだい」
「断る」
「断れませんよ」
「は?」
「『金』のカードで持ちかけられた取引は断ることができません。でも相場の二倍の値段で売れますから、損な取引ではないですよ」
「まあ、相場の二倍ならいいだろう。もってけ」
「……あれ、なんか私損してる?」
ゲームが進んで全員街道を敷設し、新たなタイルで資源を手に入れ始めたが。
「あいはぶまねー!」
マネーパワーで着実にアリス帝国が広がりつつある。
独走を止めようにも金で取引を持ちかけられたら断ることもできない。
鉄で武器を作れば人口が少なくとも巨人を撃退できるし、鉄と木があればすぐに都市を発展させられる。
そして
「アイアンウォール!」
「もう城壁作りやがった!?」
「焦りましたね。壁があれば巨人を無力化できますけど、壁は自分では壊せません。つまりそれ以上、大きくできないということです。壁を作れば1ポイントですけど、一番大きな壁を作ったプレイヤーは2ポイントカード『ミドガルズオルム(ミッドガルドの蛇)』をもらえます」
ミドガルズオルムまたの名をヨルムンガンド(大地の杖)。ミッドガルド大陸を自分の体でぐるっと囲っている巨大な蛇だ。
先生が自分の領土を覆う壁を作り始める。
「よし、やっと俺にも山タイルが!」
「あ、それは『ラインの黄金』です」
「は?」
「金は一番有利な資源ですから、引いたカード次第で色んなペナルティがあるんですよ? ちなみにラインの黄金はワーグナーの戯曲『ニーベルングの指輪』四部作の第一章です」
「そういやワルキューレの騎行はニーベルングの指輪で演奏される曲だったな」
「はい。ラインの黄金では小人のアルベリッヒがラインの乙女に愛を告げますが、乙女は相手にしません。その後アルベリッヒはライン川で黄金を見つけます。ラインの乙女いわく『愛を捨てた者が黄金を手にし、世界を手に入れる』。アルベリッヒは愛を捨てて呪われた黄金を手に入れました。つまりこのカードのペナルティは愛を捨てて黄金を選んだことになり、人口が半減します」
「げ!?」
「ふふふ。黄金には夫に見捨てられたフレイヤの呪詛がこもってますよ?」
こうして黄金、いや、フレイヤの涙が猛威を振るい始める。
「それは『グルヴェイグ』。アース神族とヴァナ神族の戦争の引き金になった女性です。グルヴェイグは『黄金の力』を意味する言葉で、その正体はフレイヤではないかとも言われています。グルヴェイグを出すと3ターンの間、他のプレイヤーと交渉できなくなります」
「のー!?」
「この『ファフニール』っていうのはなに?」
「北欧神話の有名なエピソード『オッタルの賠償金』ですね。オッタルを殺してしまった神々は、オッタルの遺体を覆い隠せるだけの黄金を賠償金として請求されてしまいました。困った神々は小人のアンドヴァリ、ワーグナーの戯曲に出てくるアルベリッヒのモデルになった小人から黄金の指輪を奪って賠償金にあてます。アンドヴァリは指輪に呪いをかけ、オッタルの一族は黄金をめぐって争い、オッタルの兄ファフニールはドラゴンになってしまいました。このカードを引くと人もしくは家畜が『害獣』に変わってしまいます。害獣は他のプレイヤーから黄金を奪うことが出来ますが、それ以上に村の人口を減らし、家畜を食べ、畑を荒らします」
「……最悪」
「それからこれは英雄のカードがなくなる『ニーベルングの指輪』、ワーグナーの戯曲第四章・神々の黄昏で主人公のジークフリードが黄金の指輪の呪いで死ぬことにかけた効果ですね。最後は『黄金のリンゴ』。これは木が黄金のリンゴになって木材として使えなくなります。黄金のリンゴは食料になりますけど、コストは畑の食糧の三倍です」
「黄金のリンゴは不老不死になるやつですよね?」
「はい。ちなみに海外ではオレンジのことを黄金のリンゴと呼ぶこともあります」
それでおやつをミカンにしたのか。
「あ、壁が完成したわ。これで私がミドガルズオルムね」
「ぬ、リーチですネ」
「あと1ポイント? まずいな、瑞穂を止める方法がない」
「いえ、一つだけ方法があります。畑を破壊してください」
「は?」
「北欧神話では『霜の巨人』ユミルの死体から世界が作られました。当然このミッドガルド大陸も。神々の最終戦争ラグナロクは氷河期と大地震から始まります。北欧神話では描かれていませんけど、氷河期と大地震はどう考えても霜の巨人ユミルが復活しようとしてる前兆ですよね?」
「確かに。氷河期は霜で大地震は鼓動だ。そういえばラグナロクの最後も『火の巨人族ムスッペル』が世界を焼き尽くしてましたね」
「このゲームではそれを『ユミルの復活を阻止するため』だと解釈しました。作物はユミルの生命エネルギーを吸って成長しています。つまり世界中の畑を破壊すると生命エネルギーが溜まってユミルが復活し、ラグナロクが起こるんです」
「瑞穂が最後の1ポイントを取るのが先か、餓死覚悟で畑を破壊してラグナロクを起こすのが先か。その勝負か」
「そういうことです。ラグナロクが発生した場合、世界が滅びるのでその時点で一番得点の高い人が勝ちになります。さあ、害獣や巨人を使って世界を滅ぼしましょう!」
「アルマゲドン!」
「いやー!?」
これまで自分が築いてきたものを破壊していくのに倒錯的な楽しさを感じた。
全員見る見るうちにポイントが下がっていき、横並びになっていく。
瑞穂は涙目だが、その涙が固まって黄金になる頃にはゲームは終わっているだろう。




