囲碁セット【モナカと玄米茶】
「囲碁は勝利条件がわかりにくいのがネックだな。教えるのも難しい」
「まずは『石取り』とか『石置き』で慣れるところから始めれば?」
「石置き?」
「盤上に置いた石の数が多いほうの勝ち」
「あー、それならわかりやすいな」
「隙間に石を置く手間があるからちょっと面倒くさいけどね。あとは碁盤を小さくするのもオススメ。本式は19路盤だけど、初級者向けなら4・5・7・9・13もあるし」
「碁盤の種類がたくさんあるのはいいな。いっそのこと、ボードを繋げられるようにしたらどうだ?」
「は?」
「たとえば5路盤は4×4マスだろ? これを4つ繋げたら8×8マスで9路盤になる。9個繋げれば13路盤だ」
「なるほど。ボードを繋げれば自分で難易度を調節できるわけね」
「そういうことだ。ボードはお馴染みの平安京にしよう。ちょうど4×4マスで区切られてるしな」
平安京 白線の中は4×4マスか2×4マスで区切られている
平安京碁盤
「名付けるなら『安碁』ってところか」
「どういう意味?」
「平安京囲碁と坂口安吾の小説『安吾捕物帖』にちなんだネーミングだ」
「悪くはないわね」
捕物帖とは江戸時代の事件簿のことであり、シャーロック・ホームズの影響を受けて生まれた日本の推理系時代小説のことでもある。
半七捕物帖や銭形平次などが有名だ。
基本的に石を取るゲームだから『捕物』の名にふさわしい。
「勝利条件は『盤上に置いた石の数+取った石の数が多いほうの勝ち』だな」
「『先に決められた個数の石を取る』ことでもいいんじゃない?」
「それただの石取りゲームだろ」
「どちらも決められた数の石を取れなかった場合、盤上に置いた石の数が多いプレイヤーの勝ちになるってこと」
「あー、そういうことか」
取る石の数はプレイヤー同士で決める。
だいたい1個から3個ぐらいだろうか。
ボードを繋げて広くしている場合はもっと増やしてもいい。
『先に相手の石を二個以上同時に取ったプレイヤーの勝ち』というのも面白いかもしれない。
そして『どちらも決められた個数の石を取れなかった場合、盤上に置いた石の数が多いプレイヤーの勝ち』になる。
たくさん石を置くことを重視する『陣取り』と、石を取ることを優先する『捕物』ルールに分かれる形だ。
とりあえず今回は陣取りでプレイしてみる。
「せっかくだから囲碁にちなんだものを食おう」
「じゃあモナカね」
「囲碁でモナカ?」
「これよ」
白と黒に分かれたモナカを取り出した。
「パッケージも囲碁なんだな」
「地元の棋士がタイトル奪った記念に作ったんだって」
「へえ」
将棋飯は最近よく聞くが、囲碁関連のものは珍しい。
「……二人で食うには多いな。アイスやドライフルーツ、チーズや餅を挟んで味を変えるか」
「美味しそう」
「お茶は玄米茶か抹茶だな」
「玄米茶に抹茶混ぜてもいい? ペットボトルの玄米茶って、よく抹茶混ざってるわよね?」
「好きにしろ」
「いえー!」
番茶や煎茶に炒った米(玄米ではない)を混ぜたのが玄米茶だ。
好みのお茶に混ぜて楽しむのはむしろ王道。
モナカに様々なものをちょい足ししつつバリボリとむさぼり、瞬く間にお茶を飲み干した。
「よし。じゃあ石置きとやらをやってみるか。……でも狭いから一手間違えただけで致命傷になりそうなんだよな」
「五路盤は完全解析されてるから先手必勝よ」
「やっぱりか」
「さあ、あんたに五路盤のロマンがわかるかしら」
「ロマン?」
言葉の意味はわからなかったものの、先手なので黒石をつまむ。
そしてどこが最善手なのか考えてみることしばし……。
「あ」
ロマンの正体はすぐにわかった。
「ここだ!」
初手天元。
すなわち碁盤のど真ん中だ。
「ふふ、気づいたようね。天元突破こそ囲碁のロマンよ!」
囲碁の序盤は四隅に打つのが定石。
19路盤での初手天元はまずありえないからこそ、それが活きる5路盤にはロマンがある。
「5路以外でも天元が最善手になるのか?」
「9路までは次善手になるんだって。でもAIが19路盤で初手天元打ってくることがあるから、最新のAIで解析したらどうなるのかはわからないけど」
「へえ」
最善手とまではいかないが、十分に勝負になる手ではあるらしい。
「これでどうだ!」
「甘い」
「う……」
……最善手を打ち続けることができればの話だが。
「なんでこんなに石を取られるんだ」
「二眼を作らないからよ」
「にがん?」
「相手の石を取るときは周りを囲まないといけないでしょ?」
「そうだな。隙間があったら取れない」
○
○●○
○
※隙間なく相手の石を囲めば取れる
○○○
○ ● ○
○○○
※隙間があるので取れない
「たとえばこの状況だと、白の陣地に黒石を打ち込んだら隙間が全部埋まるから白の石を全部取れるでしょ」
「ああ」
○○○●●
・○○●●
○○○●●
○○●●●
○○●●●
「じゃあ隙間が2つあったら?」
○○○●●
・○○●●
○○○●●
・○●●●
○○●●●
「あ、これだと取ることができないのか」
○
○・○
○
※周りを囲まれたら取られる=すでに囲まれている場所は打った瞬間に取られてしまうので打てない
ただし相手に囲まれていても、相手の石を取ることができるのなら打つことができる
「これが二眼を作るってこと。相手の周りを囲むことも重要だけど、石がなくても囲んでいれば相手はそこに打てない。こういう『着手禁止点』をたくさん作るのが勝利の秘訣よ」
・○○●
○・○●
・○○●
○・○●
・○○●
※白の空いている陣地も、白石が周囲を囲んでいるので黒は手出しできず、白は二眼になるまで自陣を埋めることができる
「逆にいえば眼を作らせないのが重要なわけね」
「なるほど」
なんとなくコツがつかめてきた。
今度こそ一矢は報いたい。
「これでどうだ!」
「ぐぬぬ」
碁盤が狭いこともあって、なんとかミスなく石を打ち続ける。
そしてとうとう瑞穂の石をすべて奪うことに成功した。
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●・●●●
●●●●●
●・●●●
●●●●●
「よし、パーフェクトゲームだ!」
トドメとばかりにターンと石を打つ。
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●●●●●
●●●●●
●・●●●
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これでオセロのように盤上をすべて黒石で埋めることができる。
「やってしまったわね」
「は?」
「ここで私が石を打ったらどうなると思う?」
「……ちょっと待て。盤上に白石は一個もないんだぞ」
「でも隙間は全部埋まる。白の石で隙間を全部埋めたっていうことは、つまりこういうことよ!」
「げえっ!?」
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・○・・・
・・・・・
瑞穂がごっそりと黒石を奪い取った。
「……マジかよ。囲まれてなくても取られるのか」
「碁盤の端っこだと、周りを全部囲まなくても取れるでしょ。それが全体に広がってるってことよ」
「なるほど」
端○・
端●○
端端端
碁盤の端なら周りをすべて囲まなくても取れる。
考え方を変えれば『碁盤の外には自分の石がある』ということだ。
端○・
○●○
端○端
これを拡大解釈するとこうなる。
端○○○○○端
○●●●●●○
○●●●●●○
○●●●●●○
○●・●●●○
○●●●●●○
端○○○○○端
たしかにこれなら取られても不思議はない。
「ふふ、これで仕切り直しね。もう一回天元突破してみる?」
「……投了だ」
たしかに盤上はほぼ振り出しに戻っているが、……さすがに20個の石の差を引っ繰り返すことはできない。