03-魔法使いに常識を求めないようにしましょう?
長くなりました。
私は早朝の六時には起きるようにしてます。
イルナに案内されてパルマの森を出てから向かったのは、パルマの街の入り口だ。そこで身元の確認をされるらしいが、困ったな。
困ったといっても手はある。魔法使いが偉い人に多いのならば俺が偉くないことを伝えつつ、常識をあまり持っていないということにして入国することだ。世間知らずの村から出てきた魔法使いという設定である。
門番の姿が見えたと思えば、そこに立っていた兵士が心配そうにイルナに駆け寄ってきたのだ。そして泥にまみれたイルナの姿を見て俺を睨み付けてくる。
「お前、イルナちゃんに何をしたんだ?」
「何をしたもなにも、ウルフに襲われてたから助けてやって街まで案内してもらっただけだが?」
隠す必要もないから、ありのまま話した。すると、兵士はハッとしたように冷静さを取り戻したようだ。そしてイルナを抱きかかえた。イルナも兵士になついていたのか、抱えられた時に今までの疲労でピークを迎えたのかすぐに眠ってしまった。
「なるほど、助けてくれたのか。俺はこの街の門兵だ、助けてくれたことに感謝する。入国をしたいのだろう?」
「話が速くて助かるよ」
「薬草を取りに行ってから中々帰ってこないから心配してたんだ」
兵士は門の近くにある詰寄所でイルナを介抱すると言って、中に入った。それからすぐに出てくると入国審査を始めようと言ってきた。
「パルマの街へようこそ。そしてイルナを助けてくれてありがとう。入国するにあたって必要なものがある。身分証を持っていればそれを渡してくれ、持っていないのなら銀貨を一枚払いこちらの用意した紙に名前を記入するのだ。どうする?」
兵士はイルナを助けたことで俺への警戒心が緩んでいるのだろうか、丁寧に話すことはなく役職からすれば粗暴な言い方で聞いてきた。銀貨がどれほどの価値かは分からないのだが、金銭を持ち得ない俺は手元にあるウルフを差し出してみることにした。
「生憎と持ち合わせがなくてね。先ほど狩ったウルフを冒険者ギルドで買い取ってもらおうと思ったんだが、それと物々交換では駄目だろうか?」
「それは出来かねる」
「そうか・・・」
「しかし、イルナの母親とは旧知の仲だ。イルナがウルフに襲われて死んでいたら彼女は泣いていただろう。人命救助した者が悪いやつな訳無いしな、ここは俺が代わりに払ってやるよ」
「いいのか?」
「おう、その代わり冒険者ギルドで稼いだら返しに来いよ。冒険者ギルドに登録すれば身分証も作れるからな、忘れるなよ!」
「ありがとうな!このウルフはやるよ!」
俺は魔力袋を机の上に出した。しかし兵士は信じられないものを見るように魔力袋を指差した。
「これなんだ。危険物でもいれてるんじゃないのか?こんなものは見たことがない」
「それは魔力で編んだ袋だよ。その中には討伐したウルフが入ってるから、何処か出しても良い場所あるか?」
「にわかに信じがたいが、魔法使いの考えることは使えないやつからすれば理解できないってのが常識だしな。外の地面に置いておくと良い。あとで、買い取りに来てもらう」
「そうか、よろしく頼む」
魔力袋は形を維持しているだけでも大変精神をすり減らすが、中に物を入れているだけでも魔力をより消費する。早く手放したかったというのもある。
袋を地面に置くと、魔法を解除する。魔力袋が霧散すると中から血にまみれたウルフが現れた。編んだ魔力がきっちりしすぎて血が袋のなかで満ちていったのだな。これを貰ってくれるのだろうかと兵士の方を見るとやはり引いていた。
「腹からぶっ刺したので、一撃か・・・えげつない攻撃をするんだな」
引いた理由は違うものだった。
「こんなに血まみれでもいいのか?」
「冒険者が持ってくる魔物は大体こんなものだからな。綺麗に殺された魔物は少ないもんだ」
「なるほど、そうなのか」
「それで名前を聞いても良いか?」
「そうだったな、夢無 司だ」
「ユメナシ・・・ツカサだな。了解した。パルマの街で犯罪とかすんなよな。俺の仕事が増えるからよ、それと銀貨一枚しっかりと返せ。冒険者ギルドは街の中央にあるから頑張れよ」
「おう、サンキュー」
「サン・・・キュぅ?まあいいか、魔法使いだからな」
えっとサンキューが分からない?もしかしたらサンキューって言葉自体この世界には無いのかもな。
門をくぐるとパルマの街をまっすぐに進んだ。街にある看板を見ると冒険者ギルドまでの道順が書いてあり、それを頼りにしたら迷うことなく着くことが出来た。
冒険者ギルドはパルマの街のなかでも存在感が大きかった。強そうな武装をした冒険者が頻繁に出入りしている。
中に踏みいると、ギラギラした目付きで色んな冒険者に見られた。観衆の目線を一身に引き受けたことなんてなかったので、何故かどや顔になってしまう。
「あれは新人か」
「見たこと無いツラだなぁ」
冒険者たちが俺を見て感想を溢す。厳ついオジサンや綺麗なお姉さんの纏う雰囲気が剣呑なことに対して俺は異世界に来たことを改めて実感する。
空いている受付へ向かうと早速身分証を作るために話しかけた。
「本日のご用件はどのようなものでしょうか?」
「冒険者ギルドに登録したい。ここに来れば作れると聞いてきたのだ」
「作用でございます。ギルドカードの発行ですね。こちらの用紙に氏名と年齢、職業を記入してください。記入できないのであれば、こちらで記入することもできますが、」
「それじゃ、書いてくれ。それと氏名と年齢は分かるんだが、職業ってのはなんだ?」
「職業というのは、そのままの意味でも書けますよ。商人であれば商人といった風になります。しかしそれは冒険者ではないギルドへいけば済むので、冒険者であるなら剣士、盾職、魔法使いとかが多いです」
「なるほど、ありがとうございます」
分からないことの無くなった俺は氏名と年齢を告げて、職業には魔法使いを職業にしてもらった。その用紙を持って受付係は席を離れて奥にいった。数分後に戻ってくるとその手には一枚のカードが握られていた。
「これがユメナシ様のギルドカードとなります。ギルドカードの作成は終了しましたので、ギルドに口座をお作りしませんか?」
口座を作ると、依頼で受けた報酬を受け取りきらない場合ギルドが代わりに管理してくれるという。口座の維持費として報酬の二割がギルドの物となるため人気がない。代わりに盗難に受けても被害が少ない。
口座からお金を引き出すには、口座を作成するときに登録する自分の魔力を使用するらしい。その魔力をギルドカードにも登録すると買い物をカードだけで支払うことが可能になるとか。
俺はカードで買い物をしない主義だ。しかし口座は便利だな。常に報酬の二割がギルドに納められるというのは悲しいが、将来を思えば必要なことだと思う。
「口座を作ることにします。しかし新人にそれを勧めるとか普通しないんじゃないですかね」
呆れ気味に言った。
「先行投資です♪」
「先行投資って・・・なにを根拠にそんな事を言うんですか」
「先行投資です♪」
「あー、もう聞きません」
「あっすみません。ちょっとからかうのが面白かったので、許してください」
「許しません、口座も作りません」
「え、うそ、冗談ですよね?」
「冗談に見えます?」
「す、すみません。魔法使いと記入した方には必ず口座を作成するか尋ねることになってます。どうかお願いします、口座を作ってください。魔法使いの方は見栄が強い傾向があるので、先行投資という言葉は人気なんですよ?」
なんだ、このアホの受付係は。
俺はいわばこれからお金を預けることになるお客様だ。お客様と銀行員との間には冗談を言って良いほどの良好な関係は初めからない。それに、俺は見栄の強い魔法使いと見られたことも心外だ。
「貴女はなにをしているのですか?」
彼女の後ろから現れたのはベテランといった感じの受付係の女性だった。ベテランの参上にあたふたとしてなにも話せなくなっているようなので俺が代わりに話すことにした
「ギルドカードを発効してくれたまでは良かったです。しかし口座を作成するときに、理由を訪ねると先行投資ですとしか話してくれないので、口座の件を断らせていただきました。先行投資で喜ぶような見栄の強い魔法使いと思われたことも心外ですが、お金を預ける相手は選びたい。初対面の俺をからかうような受付係は信用できない。そして教育の行き届いてない冒険者ギルドへの信用も出来るはずがあろうかな?」
「はう、すみません」
「貴女は、あれほど魔法使いの方への態度を改めるように注意をしたではありませんか。貴女は、冒険者ギルドへの信用を失わせるおつもりなのですか!!」
「現に失われてるけどな、特に俺は」
「この子に代わり、謝罪させてください。誠に申し訳有りませんでした。口座の件は手を引かせてもらいます。誠に申し訳有りませんでした!」
彼女の誠意が伝わってきたので、俺は今回のことを許した。流石に上司がここまで頭を下げているのに許せないほど懐が狭くはないからな。
「私はこれからこの子の教育を行います。ユメナシ様は作成されたギルドカードで依頼を受けることが出来ますので、受けたい依頼があれば受付に持っていってください。しっかりと教育をされた受付係が依頼を受理してくれますから」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございました」
俺はギルドカードを手にしてから、席を離れた。席を立った途端に気付くのだった。
「あの新人生意気だな」
「あんまり印象が良くないわね」
「仕方ない気もするけどな」
「麗しのサリア様に頭を下げさせるとは・・・許せん!」
あまりよろしくない目立ち方をしてしまったようだ。
いや、魔法使いだし、魔法使いって常識がないのでしょう?
俺のなかでは常識のはずだったのに、マジかよ。
俺も魔法使いに常識を求めないようにしましょう!
魔法使いだし、俺も魔法使いだもん。