異世界召喚承認世界に対する監査の一例
● 人の選択 ●
ウルア・アムネスにとって――否、この世界にとって”召喚魔法”というのは身近な魔法だった。完璧に調整された陣と一定以上の魔力があれば誰にでも使用できるのだから。”召喚”によって労働力を得ることは、この世界にとっては当然のことである。
今回は家事労働の人員を補充しようと、いつものように召喚を行うことにしたのだ。そのときに女性を選んだのは、男のサガというものである。そんな、気軽な召喚であったのだ。
目の前に現れた女性に、満足する。満足するのは、女性の容姿と極上品を召喚せしめた己の腕であり、幸運である。
女性を上から下までじっくりと品定めをして――これほどの美貌ならば高く売れる、とほくそ笑む。労働の人員を得ようとして、思いがけない幸運を得たウルアの頭の中は、これから彼が手にするであろう銀貨の事であふれかえっていた。
「おい、お前」
ウルアは高圧的な声で女性に声をかけた。
「お前は、このウルア・アムネスに召喚された。今からおまえはオレの召喚獣だ。元の世界に戻る術はないから諦めるんだな。今後の生活の面倒はみてやるから、オレに従うように」
「・・・・・・」
女性は言葉が聞こえていないのだろうか、首をかしげる仕草をした。
「おい、馬鹿にしているのか? ――――まぁ、いい。こちらに出て来い」
ウルアの使用した召喚陣に設定されているのは、”翻訳”と”隷属”だ。ウルアの言葉は女性に届いているはずだし、女性はウルアの言葉に逆らえないはずだった。
「・・・・・・」
「出て来いと言っている! これは命令だぞ」
なぜか、女性は召喚陣に留まり続けた。ウルアの声が届いてはいるのだろう、反応はする。しかし、周囲を見回し、足元の陣を視て、ウルアの命令に従おうとはしなかった。
「命令だと言って――――」
ウルアは気が長いほうではない。
そもそもこの世界では、何でも召喚で解決している。困ったことがおこれば召喚をする。娯楽で召喚をする。より良い生活を得ようと召喚をする。そんな風に召喚を続けた結果、少しでも気に入らないことがあれば癇癪をおこす大人ばかりが増えてしまったのだった。
勿論、ウルアもその一人であり、感情をコントロールすることなど考えもしていない。
そのため、感情に任せて女性に掴みかかると、握り締めた拳で女性の頬を殴りつけた。
「きゃぁ」
「これは、命令を聞かないお前のしつけだ! いいか、お前が悪いんだ! おまえが言うことを聞くなら、オレは痛いことはしない!」
頬を数回殴られた女性が目を閉じてよろめいたところで、肩をつかんで床に押し倒す。ウルアは自分を支配する癇癪にしたがって、女性に暴力を振るい続けた。
「あ。う・・・・・・」
「返事をしろ! お前が大人しくしていないからいけないんだ。オレに暴力振るわせるのはおまえだ。おまえがオレに暴力を振るわせているんだ」
女性が悪い、とウルアは叫ぶ。
叫んで。
叫んで。
叫んで。
どれだけの時間がたっただろうか、気がついたときにはウルアは召喚陣を描いた部屋で一人座っていた。
「アレ?」
ウルアは押さえつけていたはずの女性がいないことに困惑した。白昼夢でも見ていたのだろうか? しかし、白昼夢にしては片実的であったし、女性を殴りつけた感触もしっかりと残っていた。
「夢だったのか?」
わけもわからず、ウルアは首をひねる。違和感はある。何が起こったのか、未知の出来事に関しての恐怖――好奇心もある。しかし、その”わけのわからないこと”をウルアは夢として片付けることにした。
いくら夢で美女を召喚したからといって、夢は夢。現実ではないのだ。夢の中の女性を惜しむくらいならば、さっさと召喚した方が良いではないか。悔やむ暇は無い。夢よりももっと美人を召喚すれば良いのだから。
期待に胸を膨らませ、ウルアは召喚陣を起動させる。この世界の優れた召喚陣は、簡単な合図一つで自動的に起動して召喚対象者を絞り込む。あとは、召喚陣が必要とする魔力を込めてやれば、あっという間に”異世界召喚”の完成である。
だが――今回、召喚陣はピクリとも反応を返さなかった。
「なんだ、故障か? ちくしょう、こんな時に!」
ウルアが声を苛立たせる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう――――バカにしやがって!」
召喚陣の故障はめったにあることではないが、無いわけではない。特に低級品に多いのだが――今回は召喚陣の故障ではなかった。ウルアの召喚陣が使えなくなったのと同時期に、この世界全ての召喚陣が使えなくなっていたのだった。
それだけではなく、ウルアはまだ知らないことだが――この世界に召喚されたほとんどの”召喚獣”までもが消えてしまっていたのだ。
”召喚”に頼っていた世界から”召喚魔法”と”召喚獣”が消える――これがどのような文明破壊をもたらすのか。ウルアはそれを知らない――――否、この世界の誰にも予想できないことだった。
○ 世界の異変 ○
その場所を支配するのは美しい――天空にある星星の光を集めたかのような存在だった。男とも女ともつかない存在の背中をゆったりと黒髪が流れ、揺れるごとに赤か黄色か――はたまた緑色にきらめいて黒に戻る。その宇宙に散らばる星雲を思わせる輝きが守るのは、柔らかな肌。クリーム色の月をもっと柔らかくしたような、真珠の内から光がこぼれるようなしっとりとした肌には、光すらも絡めて堕とすほどの黒い宝石を思わせる両眼がはめ込まれていた。その瞳に宿るのは、全てを捕え放さないほどの強い存在感。その佳麗な存在にたった一か所淡く色づく唇――薄い薔薇の花唇からは、木琴の音色のように柔らかく落ち着いた美声がこぼれおちるのだが――その芸術的な声が形作るのは、その存在にはそぐわない四角四面とした言葉であった。
その至高を極めた存在と相対しているのは、小さな――本当に小さな、その存在の半分もないようなサイズの神だった。小さな神々が五十柱ほど、その場に平伏しているのだ。
それらの背中をを見据えて、鹿爪らしい文章が究極の音楽のような声で紡がれる。
「――かのように、行った千回の召喚監査の結果だ。
この度の召喚監査において、統一世界 第三次元‐α型 四七σ-Ⅲ-五七九世界における”複数の世界にまたがる召喚への規定”第四八〇条への違反があった。
特記すべき条例違反は以下の通りである。
一つ、召喚魔法陣への第一種禁止魔法の追加が九百九十八件
一つ、召喚対象者への説明不足が七百八十三件
一つ、召喚魔法施行への前提条件違反が七百八件
一つ、召喚魔法施行時の強制を含む思考違反が六百三十六件
一つ、召喚対象者への威圧行為が四百二件
これらのことから、この世界での”複数の世界にまたがる召喚への規定”の健全な施行は不可能と考える。すでに該当世界から召喚魔法の適応を除外させた。また、近世界に存在する神々――特に”時間の神々”と”回復の神々”の尽力によって、召喚被害者の帰界と起点回復を行っている。これらの作業への対価は、加害者である該当世界の神々が負う。
詳細は頭の中に叩き込んだので読んでおくように。
これらの事により、該当世界の主神、並びに副神二から九のあわせて三十三柱には規定違反により罰を科す。まずは三階梯の降格――このために下位の神三十柱は神格を降りることとなるな。しばらくは神徒としてやり直すように。
残りの三柱は神力を封印の上、規定回数世界を救うこと。三柱それぞれには執行者が一人ずつ監視の任に付く。世界を救うには――――召喚が良いだろう。召喚勇者として世界を救うように。
封じられたとしても神は神。さぞや破格な召喚勇者となろだろうよ。
さて――該当世界はこれが三度目の主神追放になるな。次は無いことを心に刻め。次があれば観測されないとする―――よいな?」
冷たく見下ろすのは、温度の感じられない瞳。力の強い存在の怒気が力となって、伏せる神々の背を押しつぶす。返等をするどころか口を開くこともできず、なんとか口を開いたところで意味のある言葉を告げることなど到底不可能であった。
「では、了承とみる。このうえは可及的速やかに為すべきことを為すように」
こうしてひとつの世界から召喚魔法が消え、神々が入れ替わり――――混迷の時を迎えることとなるのだった。
仕事場に監査が入ったので書いてみました。
自分の作品で、召喚チート勇者を使うにはどういう背景が必要か? を真面目に考えてみた結果です。




