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#02


Loading……


 明らかにおかしい。

 海?

 俺は部屋で寝ていた筈だが。

 どうなってるんだこれは……。

 と考えたところで、一つ、大変なことに気付いた。


 俺はカナヅチだ。


「がぼぉっ!」

 すぐにバランスを崩し、身体の大部分が海の中に沈む。

 口の中に大量に塩水が入ってきて慌てたところで、爪先が砂地に接地した。

 どうやら浅いらしい。

 眼前には、どこまでも広がる水平線。

 背面には、砂浜とその先には鬱蒼とした森。

 ええ、知ってましたとも。バランス崩した時、森の緑がチラリと見えたもん。

 それでも溺れるんですよ、カナヅチは。


…………………………


「本当に、どうなってるんだこりゃあ……」

 脳の処理が追い付かない。

 溺れながらも辛うじて砂浜にたどり着き、目の前に広がる景色に呆然としている俺が、今、ここにいる。

 まず、ここはどこだ?

 答えは出ない。

 いや、出る。ここは『砂浜』か。

 しかし、それだけだ。『海と森に挟まれた砂浜』。それ以上でもそれ以下でもない。

 それにしてもこの景色、どこかで見たことが有る気がする。

 何処だろう。思い出せないのは、近頃外に出ていなかったために見忘れてしまったからだろうか。

 そして、これは現実なのか。夢じゃないのか。

 右手を強く握って、開く。左手も、同様に。

 感覚も有る。本気で頬をつねって、夢じゃないこともよく分かった。

 ならばますます分からない。どうして俺はここに? ここはどこなんだ?

 そして……

 さっきからずっと気になっていた。この服装は何だ……?

 今は水が滴っている、ぶかっとした臙脂色を基調とした上下セットの服。キラキラ光る、黄金の腕輪。茶色の、革製のブーツ。腰には、今は鞘に収まっている、蒼い刃の剣。

 それはまるっきり、MMORPG、『Another World』の中での俺のアバターの服装だ。つまりは……コスプレだ。

 鞘に収まっている剣は当然、ゲームでは無かったずっしりとした重量が感じられる。

「んだよこれ……」

 ……親がどっきりとして昼寝していた引き籠もり息子を連れ出したのだろうか。

 しかしそれだとコスプレさせる意味がない。


 なら夢か?


 いやいや、さっきつねって痛かったじゃないか。それに、


 ……再び、拳を握り、開く。


 うん。思い通りに動けるし。

 そうやって考えれば考えるほど、頭はこんがらがっていく。思考が情報を持て余している。情報の波を前に、無力になる思考回路。

 もう今にでも叫びたいほどのパニックだったが、叫んでも状況は変わらず、エネルギーを消費するだけだと分かっているので、表面上は極めて冷静だ。


 ……まあいいや。


 頭が完全にショートした。処理能力を軽く数千倍は上回ってしまった。

 捜索もかねて散歩しよう。

 イッツポジティブシンキング。

 馬鹿の典型的な行動パターンとしてあげられるだろう。しかしそれで歓迎だ。あげてもらって構わない。実際、頭は良い方じゃないし。寧ろ、秀才や天才など、聞いただけで虫酸が走る。


 まあそれでも、中学校では定期テストの類はいつも首席だったが。そう。Always。


…………………………


 ざしっ、ざしっ、と砂地を踏みしめつつ森に向かう。

 そして森に入った瞬間、視界の右上隅に文字が現れた。


『タムスダム王都外れの森』


 身体が、反応した。

 ばっと後ろに飛び下がり、森から距離を取る。

『タムスダム王都外れの森』。

 あまり強いモンスターは出ないが、ゴブリンが集団で出るため、かなり面倒くさい。正直、通りたくないルート。

『Another World』に出てくるとある王都南東にある森だ。掲示板等では『ゴブリンフォレスト』と呼ばれるほどゴブリンのエンカウント率が高い。

 しかし問題は、面倒くさいことや、ここが『ゴブリンフォレスト』であることじゃない。


 何故、視界に文字が出たか。


 そして、


 何故、その文字は『Another World』に出てくる森の名前を示したのか。


 疑問は募るばかり。

 思考回路は今までにないほど回転して、答えを弾き出そうと必死だ。

 そして、実は最初から分かっていた、そして何度も否定して潰していた答えにたどり着く。認めたくなかった。

 だが、仕方ない。腹を括って、認めてやる。

 もしかしてここは、いや、俺は──


「どうやら、『Another World』に入り込んじまったみたいだな」


 これしか答えはない。


 遭遇。


 異次元は急速に、展開していった。


…………………………



 困ったな。


 もしここが『Another World』であるならば、先ずはこの森を越えないことに話は始まらない。

 この森を越えれば、タムスダムシティという王都に行ける筈だ。

 そこは俺のパーティーの拠点に設定されている。そこに行けば何とかなるだろう。

 しかし問題は、マップが見当たらない。

 というか、ゲームの時は常時画面に表示されていた(勿論消すことも出来たが)操作盤が見当たらない。

 マップや現在地を示すウィンドウは勿論、自分のHPやMPゲージ、レベルといったステータスに始まり、チャット用の入力欄、メニュー(開けたら武器庫やフレンドリスト、アイテム保管庫やスキルの一覧等が出てくる)等が画面の四隅を埋めるように存在していた。

 が、今は視界にはそんなものは当然確認できず、


「……困った」


 これでは、何も出来ない。

 というわけで、まだ砂浜から動けていない。

「まあ、有ったら有ったで視界を遮る遮蔽物にもなっただろうがな…」

 しかし、もしも戦闘に入ったとき、ゴブリンならまだスキルを使わずに何とかなるものの、時々出現する防御・攻撃共にそこそこ秀でているサイクロプスなんかに逢ってしまえば一堪りもない。どうしても操作盤は必要なのだ。

 まあ、逃げ出す手もあるが、しかしターン分けされているRPGのように『逃げます(^O^)/~~ 』『はいどうぞ(^o^)』というわけには行かないだろう。

 多分『逃げます(^O^)/~~』『じゃあ還してやる(^-^)g"』だろう(うまい)。まだ土に還るわけにはいかないし、それは無理。

 だから動きたくないし、動けない。だけどここから動かないと始まらないし、

「腹を括って行くか……?でも痛そうだな……攻撃喰らったら……うん……止めとこ……」

 ……始まらなくてもいいや。

 ……大体これは最早ゲームじゃないんだ。まずきちんと相手を斬れるかすら、実際に武器を扱ったことがない故に怪しい。

 それに、ゲームのように動けるかも疑問だ。もしも現実と同じ身体能力だったらゴブリン一体にも勝てない。

 と、レッドドラゴンの尻尾に弾かれて地面を転がった自分を思い出す。


 ……やべぇ。怖ぇ。


 ふと、スラリと剣を抜き、美しく日光を反射する刀身を見つめる。

 普段から美しく煌めく蒼い剣は太陽から受けた光できらきらと更に眩しく美しく輝く。

 ……普段から?普段はこの剣も俺もポリゴンで出来た3Dだった筈だ。

 こんな美しさは見たことがない。なのに見たことがある気がする俺はどうしたんだ?

 更に生まれた疑問。

 それはつまるところ、頭を更に掻き回し、混乱させる要素でしかない。


「あーもーっ!」


 髪をぐしゃぐしゃと掻き毟る。

 それを考えるのはやめだ!話を戻す!

 そして、怪我するだけならまだしも、例えば、死んだら?

 元の世界に戻る、という話も、復活する、という話も、色んなライトノベル等で見てきた。がしかし、そのまま死ぬかもしれない。

 可能性は有る。

 ここはポジティブシンキングでは通れない。まだチェリーなのもあって死ぬわけにはいかない。

 よって、結論。森に入るのは無理。

「……でもなんかイケそう」

 しかしそんなネガティブシンキングを打ち消すように生まれるポジティブシンキング。

『俺はLv.99だ、だからイケる』という考えが生まれた。『死ぬのは無理』『どうせ死なないって』と二つの考えが頭の中でぶつかる。押しているのは後者。

 それに、ここにいても進展が見られないのも事実。

 更に、いつまでもここにいると軈て夜になって、すると今よりずっとモンスターの出現率は上がる。

 そうなってはお手上げになるだろう。


 矛と盾の闘い。蓋を開けてみたら、あっさり盾が貫通されていた。


 決着。

「……行ってみるか」

 展開する異次元は果たして、俺を、仲間として受け入れるのだろうか。


…………………………


「よ、四人目!? まさか神話は本物……?」

「しかしどの者も蒼き剣を所持しておりません」

「……つまり勇者は未だ現れず、とね」

「そうです」

 バン!(扉の開く音)

「通達!通達!」

「静かにしろ!恐れ多くも、姫君の御前ぞ!」

「す、すみません」

「良いのです、じいや。話しなさい。何ですか?」

「そ、それが、この国より南東の砂浜に一振りの蒼き剣を携え臙脂の衣を纏いし〈剣士〉が現れたとの情報が!」

「……!直ぐに、四人を歓迎し、〈剣士〉を迎えに行きなさい」

「畏まりました!失礼します!」

 ……バタン!

「神話が……」


「現実になりましたな。我々の、救世主が訪れたのですよ」


…………………………


「助けてくれー!」

 今、俺はゴブリン×120に追いかけ回されている。

 何故こうなったか。


 森に踏み込むや否や、

 ゴブリン×5、何故か背後に登場。

 すかさず光る蒼い刀身。横一線に走る刃。灰に還る一体。無傷な四体。

「……?(目をゴシゴシ)」

 ……無傷な四体。

「おかしくない!?」

 四匹のゴブリンは俺の攻撃を手持ちの武器(短刀や鎗〈ランス〉)で弾いていて、更にカウンターを喰らわせてきた。

 なんとかそれを全て剣で弾き、逃走。勝てる気がしない。

 数メートル逃げると、


 ザンッ!


 と何かが落ちてくる音がした。

「?(振り返る俺)」

『ゴアァア!(倍に増えたゴブリン)』

「……っ!(再び逃げ出す俺)」

 怖い。こいつはリアルサファリパークだ。

 やはり『ゴブリンフォレスト』の名前は伊達じゃない。こいつはかなり、ヤバい。

 と、暫く走ったところで、再び後ろを振り向く。

『ガアァアァ!(わらわら)』

 まるで、ゴキブリのようです。

「助けて!この数は洒落にならない!」


 で、現状だ。

 森を抜けて王都に入れればこっちのものだが、その前に死にそうな気がする。

 ただ、この身体が現実より頑丈で運動神経がかなり良いのがせめてもの救いだ。現実体なら、50m走れば骨が二、三本折れているんじゃないかという程使い物にならなかった。

 良かった。身体能力はゲームの育成値をそのまま引き継いでいるようだ。

 走り続け、軈て森の終わりが見えてきた。

 出口から射し込む光。

 余りにも鬱蒼としているため、森の中に日光は届かない。だからそれが森が終わるところだということは、瞬時に分かった。


 そして、森を抜ける。


 ──ガサッ!

 突然、幾つもの物が視界に入った。

 広がる草原。

 それを途中から見えなくしている、白く広く高く広がる逞しい城壁。

 国外からも先端部が見える立派な城。

 ──あと少しだ!

 その次に視界に入ったものは、矢。


 矢が数百本、一斉にこちらに飛んでくるのが、見えた。


To be continued……

2014/7/27投稿

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