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中編

 ユキオと花山は商店街を目指していた、はずだった。しかし、今いる場所は見晴らしのいい川沿いの公園広場であった。

「……おい花山どこだここ」

「わからない」

「はあ!?」

「地形が……ふわふわしてる。道も前と同じじゃない」

 そうだった、ここは夢の中の世界だった。いつも同じ場所が同じように存在している保証は一切ないのだ。

「ごめん……でも、ユキオのことは私が守ってあげるから」

 予想通りにラブコメ展開が運んでいれば、ユキオが言っていたであろうセリフを触手の生えた幼馴染が言う。男として情けないやら、何故こんなホラーに付き合わされなければならないのかという疲労とで、ユキオは溜息を吐いた。

「おう……頼む……」

 花山が戦力として頼りになるのは確かだ。攻撃手段上、スプラッターになる傾向があるのが辛いところだが。

「隠れやすいということは、相手もこちらに見つかりにくいということ。見晴らしがいいということは、こちらからも相手を見つけやすいということ」

 彼女の目がしきりに辺りを見回している。

「つまりどういうことだ?」

「先にこっちが相手を見つけて対応する」

「対応ってなんだ?」

「逃げる、隠れる、もしくは……」

 言い切る前に、花山は触手を遥か遠方に伸ばした。

「やられるまえにやる」

 伸ばされた触手が一度ぶるりと震えた。川の向こう岸まで伸びた触手が何かを捉えたようだ。

「……一人目」

 また別の触手が次々と震える。

「二、三……六人いた」

 数分後、するすると各方位に伸ばされた触手が掃除機のコードのように引きもどされてきた。そのいずれにも、血液と肉片のようなものが付いている。一体何をどうしたのか、と聞くのは諦めた。

「高性能だなソレ」

「ちょっと便利かもって思えてきちゃった……」

 ショックを受けたのか、花山は顔を青くしている。

「夢から覚めたら戻るって……」

 ユキオは慰めようと、幼馴染の背に手を添えようとした。が、それは叶わなかった。

「速い! 来る!」

 花山は急に叫んだかと思うと、隣のユキオを思いっきり突き飛ばした。いきなりのことで受け身の体勢をとれず、ユキオはそのまま川の中に落ちる。

「ぶ、っは!!」

 少々水が口と目に入ったが、大きい怪我はない。顔を上げると、ユキオを庇うようにして触手を拡げる幼馴染と、異形の化け物が対峙しているのが目に入った。化け物は上半身こそ女生徒だが、下半身は太く浅黒い触手に覆われており、鋭いツメがついた巨大な腕を持っている。

「アハァーアユキオクンホシイ!! ハナヤマジャマアアアアアハハハハハ」

 最早声や表情だけではなく、身体までも怪物と化した女子……という名のクリーチャーに、ユキオはただ恐怖するしかなかった。

「……なんか進化してるし」

 解せぬ、とでも言いたそうな眼で花山は怪物を睨みつける。

「オサナナジミダカラッテナマイキヨオオオオオオオオオ」

 化け物は牙をむき出しにし、長い舌を口の縁で一周させて絶叫する。そして間髪いれずに出刃包丁のようなツメを花山に向かって突き立てた。花山はそれを触手で防ぐが、衝撃で後ずさってしまう。

「シネ!! シネ!!! シネエエエエ!!!!!!」

「ぐう……」

 ツメによる容赦ない連続攻撃を耐える花山の頬に汗が伝う。一撃一撃が思い。触手が切り裂かれている様子はないが、これを受け続けていると彼女自身の体力がもたない。かといって回避すれば後ろのユキオに攻撃が及ぶ。

「もう、最悪……」

 花山の口から、心の中に留めておこうとしたはずだった弱音が漏れる。

「花山!」

 ユキオはその光景に思わず叫んだが、どうすることもできない。眼前で怪物に倒されかかっている幼馴染。それを颯爽と救出するのが恋愛モノの主人公ではないのか?

 立ちあがったユキオは側にあった適当な石を拾い、怪物の側面に回り込み思い切り投げる。石は鉄板かなにかに当たったように「がいん」と硬い音を立てて化け物の頭部に命中した。

「ユキオクン……ヒドーイ。デモオイシソー」

 怪物の注意がユキオに逸れる。

「イタダキマアス」

 化け物は下半身の触手をユキオに向かって伸ばす。花山のものと違い、重量感のある筋肉の塊のような触手だった。

「させるかバーカ」

 黒い触手が細い桃色の触手に貫かれる。同時に、桃色の別の触手が怪物の腕に巻き付き、蛇が獲物を締め付けるのと同じ要領……いや、それ以上の力でねじり切った。

「ギャアアアアアアアアアアア」

 サイレンの如く鳴り響く怪物の絶叫。

「無茶しないでよね。結果的に助かったけど」

 怪物の触手を引き抜いては投げ飛ばしながら、花山はユキオの傍らに駆け寄った。

「夢でもユキオが死ぬのは、なんか嫌」

 ぶっきらぼうに言う彼女の眼には、きらりと輝く何かがあった。それが触手の粘液なのか、それとも別の何かなのか、ユキオには判断がつかなかった。

「キャアアアアアアユギオグウウウウウウウウン」

 両手と下半身から血を噴き出しながらも、怪物はまだこちらに向かってくる。花山は身構えると、全ての触手を一つの束にし、巨大な槍を形作った。

「終わっちゃえ」

 大きな塊となったにも関わらず、花山の触手は的確に、そして素早く怪物の中心……腹部を貫いた。ぶちゅ、と嫌な音がすると同時に、桃色の触手が蠢動する。触手を通して何かを化け物に送り込んでいるようだ。それは、蛇や蝎が獲物を弱らせる行為とほぼ同じであった。

「ア……ア」

 怪物の身体の力が抜けていくのがわかる。全身の筋肉が弛緩し、麻痺して身体の自由が利かなくなる。次第にそれが心臓に至り、死を迎える。花山の触手には「猛毒」があった。

 動かなくなった怪物を見、花山は呟く。

「……私も怪物になってしまったのかな」

 自らの手足のように自在に動き、肉を貫き、毒を送り込む触手。それが何本も、何本も生えた身体。この怪物と何が違うのだろう。

 暫く黙りこんでいたユキオが、背後から幼馴染を抱きしめる。花山は驚いて離れようとするが、それを許さないようにユキオは抱いている腕に力を込めた。

「これは夢だから……いや、夢じゃなくても、触手が生えてても、怪物でも、花山は花山だろ」

「うん」

「俺の幼馴染だろ」

「うん」

「ちょっと何考えてるかわかんないとこあるし、たまに目が怖いけど」

「……うん」

「守ってくれてありがとうな」

「……」

 言い終えてから、やっとラブコメらしいことができたな、相手は花山だけれど、とユキオは思った。

 幼馴染の少女は、何も言わず、ただ彼の腕の中で静かに震えていた。

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